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9. 次女ダリア・グエン・ローリー〈1〉

 イーサの口からその名を聞いてから、俺は改めて、ここにいるというもう一人の妹のことを思い出していた。


 次女・ダリア・グエン・ローリーは屈託なく笑い、誰からも愛されるような子だった。ルーランド王国の貴族に見られるという深い青の髪を短く整え、無邪気に走り回るその姿に、誰もが目を惹かれた。そして、彼女を愛したのは、決して人間だけではなかった。


 ガウルの地には時おり、ペインリン山脈を降って大量の魔物が現れることがある。特に冬が訪れ、山脈が白く染まり始める頃になると、腹を空かせた魔物たちが、餌を求めて姿を現すのだ。その冬はとりわけ雪が深く、ガウルの土地はいつにも増して荒んだ空気に包まれていた。ある日、普段は比較的大人しいラークベアーが、飢えに駆られて群れとなり、ガウルに現れると、見境なく住人たちを襲い始めた。


「危ないから駄目じゃと言っとるのがわからんのか!」

「マリンさん、でも、放っておけないよ」

 止めようとするマリンに俺は食い下がっていた。


「そうだぜ、マリン。俺たち三人なら平気だ!」

「やる気になったアタシたちを止めるつもり、マリン婆?」

 俺に追従して言うビリーとクリスはその日も勝気だった。

「全く、あんたたちは……」

 それでも最後までマリンは止めたが、俺たちは、捨てられていたぼろぼろの剣を手に取り、群れが現れた場所へと駆けつけた。こんな土地でも、ここは俺たちの故郷だったからだ。


 しかし、俺たちがたどり着いたときに目にしたのは、あまりにも異様な光景だった。食い荒らされた地区の住人たちの亡骸に愕然としながらも、俺たちは目を疑った。


 巨大なラークベアーたちが、まるで楽しく遊ぶかのように、幼い少女と戯れていたのだ。口元の白い体毛を血で黒々と染めたその姿にも関わらず、少女は無邪気な笑みを浮かべながら、まるで彼らをあやすかのようにふるまっていた。それが、俺たちが初めて見たダリアの姿だった。


 近づいた俺たちに気がつくと、焦った少女はラークベアーたちの耳元で何かを囁いた。すると、魔物たちは軽やかな足取りで山脈の奥へと帰っていくのだ。


「ごめんなさい!」

 少女は唖然としたままの俺たちに向かって頭を下げて必死に叫んだ。俺たち三人は顔を見合わせた。

「──あの子たち、ただ、お腹が空いてただけなの。あたしの知ってる冬の餌場を教えてあげたら、山に帰るって言ってくれたから……お願い、許してあげて!」


 ダリアはまるで友人を庇うかのように泣きながら、「ごめんなさい」と何度も繰り返した。彼女の頬はこけ、衣服の上からでもわかるほど痩せ細っていた。しかし、その身にまとっていたものは、泥と土にまみれ破れてはいたが、この土地の者には似つかわしくないほど上等な衣服の名残を感じさせた。


「あんたが、彼らをここに連れてきたの?」

 クリスが優しい口調で尋ねると、ダリアは首を横に振りながら言った。


「違うの……前に遊んだことのあるクマさんたちの匂いがして来てみたら、人がいっぱい死んでて……クマさんたちも“食べても食べてもお腹がいっぱいにならない”って怒ってて……だから、気を紛らわせてあげようと、あたし、遊ぶことにしたの……」


「嬢ちゃん、あいつらを家に帰してくれたのか?」

 今度はビリーが尋ねた。ダリアは涙を拭いながら、こくりと頷いた。ビリーとクリスは俺に目配せをして、俺の言葉を促すようだった。


「そうか、ありがとうな。よかったら、俺たちに君の名前を教えてくれないか?」

 俺がしゃがみ込んで目線を合わせ尋ねると、彼女は答えた。

「ダリア──あたしはダリアよ」

「それじゃあダリア、君は一人かい?」


 彼女は力強く頷いた。涙は止まらなかった。今度は俺がビリーとクリスに目配せした。二人は俺の意図を察して、静かに頷いた。


「俺たち、ドジしてさ、今日の晩飯を多く作りすぎてしまってな。もしよかったら、俺たちと一緒に食べてくれないかな」

 するとダリアは、涙で潤んだ瞳で俺たちを見上げて言った。

「いいの? あたしすごく汚いし、邪魔な子なのに……それでもいいの?」

「俺たちも、ダリアが来てくれた方が助かるんだ。人助けだと思って、頼む。な!」

 そう言うと、ダリアはまた声をあげて泣き始めた。


 ──そうしてこの日、ダリアは俺たちの家族になった。

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