プロローグ
「ずっとあなたが好きでした。私と付き合ってください」
──ああ、またこの夢だ。
「…ごめん、春海とは付き合えない」
毎晩毎晩飽きもせず、未練がましいにも程がある。
彼女は何も言わなかった。
ただ、瞳が揺れ、ぽつりと涙が零れ落ちる。
拭おうともしないまま、静かに頬を伝い、次々と滴る。肩がわずかに震えていた。
失敗した。
あの時、俺には彼女を受け入れる覚悟がなかったんだ。
だって俺はまだあの頃の傷を抱えていて、心の中が苦しさでいっぱいだったから。
彼女は背を向け、駆け去った。
「…待ッ」
目が覚める。
最悪の目覚めだ。
暗い天井がぼんやりと視界に広がる。息苦しい。全身が重い。
「死にてぇ」
生きていたくない。
こんな気持ちになるくらいなら、目を覚ますべきじゃなかった。夢の中でずっとさまよっていられた ら、どれほど楽だっただろう。
成人式のことを思い出す。
久しぶりに会う面々。スーツや振袖に身を包み、懐かしさと虚勢が入り混じった会話。
二次会、三次会と酒が回り、歩けないほど酔った。
そしてーー春海が俺を介抱してくれた。
スマホを手に取る。時刻は午前二時。どうせ眠れやしない。
メッセージアプリを開き、春海の名前をタップする。
「ごめん。あと、ありがとう」
送った瞬間、後悔した。
何に対しての謝罪なのか、何に対しての感謝なのか──説明すべきことは山ほどあるのに、言葉が見つからない。
削除しようとしたが、その前に既読がついた。
「どうしたの? 酔いはもう抜けた?」
ああ、まただ。
彼女は昔と変わらない。何をされても、何を言われても、優しく応じる。
本当なら、ちゃんと返事をするべきなんだろう。
でも、俺は今さら何を言えばいい?
言葉が見つからず、スマホを伏せる。
「結局、俺は何も成長していないな」
昔も今も、相変わらず具体的なことは何一つ言わずに、ただ言葉を並べているだけ。
言葉が足りないまま、ただその場をやり過ごしている。
もう一度、春海に向き合うべきなのはわかっている。でも、そんな勇気は俺にはない。
成人式の夜は終わったのに、俺の中の《過去》はまだ終わらない。
夢の中の春海の言葉が、また頭をよぎる。
「ずっとあなたが好きでした」
もう終わったはずの言葉が、今になって俺の中に棘のように刺さっている。