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第四話:受付嬢さんは間に合わせたい。

「種ぇぇぇぇええ! 勇者の種ぇぇぇぇエエエ!」


 四つん這いになって走り、まっすぐに突っ込んで来たグール娘の牙を、僕は聖剣の鞘でガードして、受け流す。

 続いて、上空から体を膨らませ、ボディプレスあるいはヒップドロップをしかけようとするスライム娘を見上げ、これを素早く前転して回避。

 そうして石畳を転がり、立ち上がった瞬間。僕の手足をスキュラ娘の触腕が絡めとる……のを見越して、さらに僕は踏み込み、スキュラ娘の懐に飛び込んだ。

 そのまま。聖剣の柄頭を。スキュラの胸元へ叩き込む。


「……きりがない」


 昏倒したスキュラ娘から離れて立ち上がり、振り返る。

 三体からの攻撃をさばいたとしても、新手の魔族が次から次へと現れる。

 もちろん。一人一人の能力は決して高くない。それこそ、この聖剣を鞘から抜くだけでも撃退できるような弱い魔族に過ぎない。


 けれど。ここは王都。王国の首都。

 夜の歓楽街には、まだ一般市民が大勢いる。

 ここで下手に聖剣の力を解放してしまえば、周辺への被害は免れない。扱いには慎重になるべきだった。


「やっぱり、逃げるしかないか……!」


 敵の狙いはあくまで僕だ。

 厳密の言うと、僕の精子、らしい。

 当然に。殺害よりも捕獲を優先している。いきなり高威力広範囲の攻撃をぶっ放してくる危険性は少ないはずだ。

 なので。街中で無理に戦う必要はない。適当にあしらって、どこかへ隠れてしまう方が良いだろう。


「勇者のタマ取ったれー!」

「これみよがしにブラ下げやがってー!」

「逃げンなやこの童貞ー!」


 やたら物騒な叫びを上げ、僕へ殺到する魔族の女たち。

 そんな連中には、頼まれたって捕まりたくはない。だから、僕は手近な建物の壁面に向かって駆け出す。

 走った勢いで壁を蹴り、窓やひさしに手足をひっかけ、ひょいひょいと建物の屋根に上がる。

 これくらいは貧民街にいた時に身に着けた曲芸だし、冒険で鍛えた身であればなんてことはない。


「しかしまあ、なんて夜だ……」


 今日は厄日だったのだろうか?

 なんだって僕は靴も履かず、真っ裸のまま聖剣だけを脇に抱え、屋根の上を走っているのだろう?

 吹き抜ける夜の風は思ったよりも冷たくて、僕は若干背を丸める。


 とりあえず。冒険者の店に戻ろう。

 あそこならまだ人がいるだろうし、街の衛兵や騎士団とも連絡はとりやすいはずだ。

 何より。早く衣服を調達しなければ。ただでさえ『変なお店から全裸で出てきた勇者』の恰好である。

 これが『全裸のまま街を徘徊していた勇者』などと発展してしまってはマズい。

  

 そうして。

 気持ちの上では焦りながらも、慎重に周囲を警戒して。屋根と屋根を飛び回り、ようやく、何とか、僕は冒険者の店に辿り着くことができた。

 ただし、通りに面した入り口はさすがに避ける。キッチンへ繋がる裏口の方へ回り込んだ。


 そのドアを、ノックしようとして。

 僕はちょっと。考え込む。


「ゴミ出し、ゴミ出し、らんっららら~……ってひぇあ!?」


 が、逡巡した途端に、ドアは内側から開かれてしまった。

 すっとんきょうな歌を口ずさみながら、ゴミ箱を抱えた女性が現れる。

 そして僕の姿を見るなり驚いて、ゴミ箱をひっくり返してしまった。


「あ、あわわわわ……! へ、へへへへへへ……ふし、ふし、しししししし……」

「オーケー。落ち着いてください。僕です。勇者です。お願いだから。受付嬢さん」


 あまりの衝撃にろれつが回らなくなっている彼女は、この冒険者の店の受付嬢さん。いつもはカウンターについて、クエスト依頼などに関わる事務手続きを行っていることからそう呼ばれている。

 けれど実際はこうして、キッチンの片づけや宿の掃除などの雑用も自分から担当しており、なかなかの働き者だと評判だ。


 対する僕は。魚の骨とか鳥の皮とか野菜のクズとか腐りかけの麺とか。そういう生ごみを真っ向からひっかぶってしまった。オマケに全裸なので、見た目による信頼度はマイナスだ。

 唯一僕の身分の証明となりうる聖剣を地面に置き、せめて僕は両手を上げて、敵意がないことをアピールした。


「え!? あ、本当です! 勇者さんです! 変態の不審者さんかと思いました!」

「声……! 声を抑えて……! あまり人に集まって欲しくない……!」


 慌てて手を口で塞ぐ受付嬢さん。

 思ったことを素直に口に出してしまうのは、彼女の欠点であり美点の一つだ。もう一つの美点は、やわらかい顔の輪郭にマッチしたまるい眼鏡。どんなに厳しい戦いの後でも、彼女に笑顔で迎えてもらえれば、疲れなどすぐに吹っ飛んだものだ。

 

 でも今は、そんな彼女になごんでいる場合ではない。


「実は僕……ええと……いろいろと事情がありまして……」


 正直。少しためらったが。

 やはり話すことにした。僕が『風呂屋』に行った経緯と、その顛末。そして街に魔族が現れ僕を追っているということを。


「え!? 勇者さん童貞だったんですか!? ダメですよ!」

「そこはひっかからなくていいから……! とにかく、このままだと街が危険なんで、衛兵に連絡をしてください。あ、それと近衛騎士団にも店の場所を伝えて、騎士のやつを助けて行ってもらって……なんなら僕のお金からでいいんで、今いる冒険者に応援を依頼して欲しいかな、とか……」

「わ、わかりました! すぐに手配します! ……ですけど」


 すぐに裏口から店に戻ろうとする受付嬢さん。

 だったが、一度立ち止まって、僕に向かって振り向いた。

 

「勇者さんは、どうするのですか?」

「え、僕はまあ……とりあえずどこかで身を隠した方がいいのかなって……」


 本当なら、皆が戦っている時に僕だけ何もしないでいるのは忍びないのだけど。

 敵の数は多くても、脅威度はそれほど高くない。だったらむしろここは他のみんなに任せて、僕はおとなしく隠れている方が正解だろう。


「……変わったんですね。勇者さん」

「え? いや、何が?」

「勇者さんがこの店に初めて来たのは、12歳の時でした。あの頃の勇者さんは元気でしたが……なんでも一人でやろうとして、逆に失敗ばかりしていましたね」

「ああ……」


 ぽりぽりと、僕は自分の頬を爪でひっかく。

 貧民街を出て一人で生きていこうとするなら、冒険者というのは最もシンプルな解答の一つだ。けれど当時の僕はなんの能力も才能もないただのガキだったので、突っ走っては転び、転んでは怪我ばかりしていた。

 

 そんな僕の面倒を見てくれていたのも、受付嬢さんだ。

 彼女は、僕がお金を持ってない時も、まかないをこっそり食べさせてくれた。僕が熱を出して寝込んでいた時に、看病をしてもらった覚えもある。


 物心ついてから人の『やさしさ』に触れたのは、彼女が初めてだったかもしれない。

 

「そんな勇者さんが、自分から助けを求めるようになった……もう勇者さんは、大人になったのですね……」

「そ、そんな大げさなことかな?」


 面倒を他人に押し付けるのが上手くなっただけでは?

 とは思いかけたが、とりあえず受付嬢さんに同調することにする。


「けれどそれなら、もっと私に頼ってください! 勇者さんが困ってるなら、私がかくまってあげます!」

「ええ……宿に空きがあるなら、貸してもらうのもアリかなとも思うけど……」

 

 冒険者の店の二階にある宿なら、身を隠すには丁度良いだろう。百戦錬磨の冒険者が集まっている場所なので、セキュリティ的にもいくらか安心だ。


「残念ながら満室です!」

「だめじゃん」

「ですが! 屋根裏にある私の部屋なら大丈夫です!」


 胸に手を当てて、受付嬢さんは高らかに応える。


「受付嬢さんの部屋……というか住み込みだったんだ」


 この冒険者の店に来るようになって六年ほど経つが、そんな情報は聞いたこともなかった。そもそも受付嬢さん自身四六時中働いているように見えるので、そもそもいつ寝ているのかもわからなかったのだが。


「けれどそれだと、受付嬢さんが迷惑じゃない?」

「とんでもありません! 迷惑など!」


 受付嬢さんは僕の手を引いて、立ち上がらせる。


「勇者さんの童貞さえいただければ! それだけで!」


 満面の笑みで。

 生ごみをかぶって汚れた体も厭わず、受付嬢さんは僕の腕に自身の腕を絡ませる。


「……なんて?」


 聞き間違いかと思った。

 だって普通にタイミングとかおかしいし。そういう流れじゃなかったし。


「勇者さんが『まだ』なら、私でもいけるってことですよね? ダメですよ。童貞なんて! さっさと始末してしまいましょう!」


 だが受付嬢さんは確かに。そう発言していて。

 僕の腕を逃すまいと、自分の胸をぐいと押し付けてきたのだ。

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