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或る人のFIRE日記  作者: 鷺岡 拳太郎
2026年01月
417/433

昭和の文豪たち(3)


番組では、芥川龍之介の生前の映像も流される。




芥川龍之介は私が好きな作家の一人で、学生時代は短編集を買って読んでいた。現国の授業でもその作品は取り上げられており、「羅生門」や「トロッコ」を授業の中で読んだ記憶がある。


短編の中では私は「地獄変」が特に好きだった。








映像では、芥川龍之介は自宅の庭にしゃがんで、麦わら帽子をかぶってタバコを吸っている。隣には子供がいる。一見すると、ひどく幸せそうな映像になっている。有名な映像だ。




この映像は昭和2年(1927年)に撮影された。








映像が撮影されてから間をおかず、同じ年の7月24日に芥川龍之介は致死量の睡眠薬を自宅で飲んで服毒自殺した。








芥川が死の直前に書いた「或る旧友へ送る手記」には、次のような芥川自身の思いが書かれていた。




「少なくとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。


何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である」




つまり、芥川龍之介は「唯ぼんやりした不安」を理由に自殺したという。








芥川龍之介が自殺をした10年後、1937年に日中戦争が勃発する。


それに先駆けて、1925年には「治安維持法」が制定された。




この法律は、天皇制政府が共産主義運動や社会主義運動を取り締まる目的で制定された法律だったが、次第に適用範囲が拡大し、反戦、反軍運動家や一般市民も弾圧対象となった。


この言論統制は1945年の敗戦まで続くことになる。








芥川自身の人生においても様々な不安が立ち込めていたのだろう。




あるいは、これから戦争に突き進んでいこうとする日本という社会の「唯ぼんやりした不安」を作家として敏感に感じ取っていたのかもしれない。



挿絵(By みてみん)


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