昭和の文豪たち(2)
昭和初期。
まだ日中戦争が開始される前。
その当時の様々な作家の実際の映像が番組では流される。
久米正雄。
菊池寛。
武者小路実篤。
佐藤春夫。
残念ながら、この四人の作家の中で、私は武者小路実篤の作品しか読んだことがない。
ただし、武者小路実篤の作品と言っても読んだことがあるのは「友情」のみで、その内容も今でははっきりとは覚えていなかった。それほどその当時の私には刺さらなかったということなのだろう。
武者小路実篤は雑誌「白樺」創刊に参加し、その雑誌に作品を掲載する作家は「白樺派」と呼ばれた。
白樺派には志賀直哉や有島武郎がいる。
私にとっては武者小路実篤よりも、この二人の作家のほうが馴染みがある。
志賀直哉の作品である「小僧の神様」は、現国の授業でも取り上げられていた。そこから志賀直哉に興味を抱き、「城の崎にて」を読み、そして最後は大作である「暗夜行路」を読んだ。
「暗夜行路」は志賀直哉唯一の長編であり、読み終えるのにかなりの時間を要した記憶がある。
有島武郎の作品としては、何と言っても「小さき者へ」だろう。
この作品も、現国の授業で取り上げられ、そこで私はこの作品に初めて触れた。
結局、後日、私は改めて文庫本で「小さき者へ」を購入するほどだった。
それ以降、自分の人生において苦しい状況に立たされたときに、度々この作品を読むようになった。
「小さき者へ」は、1917年、妻安子を結核で亡くした有島が、母を失った3人の幼い子どもを勇気づけるために、そして子どもの将来を期待して書いたといわれる。自らの子どもたちに向けて書き残した自伝的短編ともされる。
小説の最後は、次のような文章で締めくくられる。
「小さき者よ。不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅を登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。
行け。勇んで。小さき者よ。」
これを読むと、今でも泣きそうになる。




