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或る人のFIRE日記  作者: 鷺岡 拳太郎
2024年12月
4/277

経験にお金を使う(1)


もう少し経験にお金を使おうと考えている。




FIRE生活を送っていると、同じような日々が同じように続くことが多い。その中で自分の人生目標に向かって様々なタスクをこなしているのだけど、それでもそのほとんどは自宅での作業になる。




そこで、知識や経験の幅を少しでも広げるために、月に一度は、今まで行ったことのない場所に行ったり、また今まで見たこともないものを見ようと思っていた。








先月は、実家売却準備を兼ねて13年ぶりに鳥取に帰省した。




では今月は何をするか。








現在、少し気になっている催し物があった。




上野にある国立西洋美術館で、今年の10月5日から来年の2月11日まで「モネ 睡蓮のとき」という企画展をやっているのだ。




上野は川崎から電車で一本で行けるので、上野にある東京国立博物館や国立科学博物館には、まだ企業B在職中に平日に有給を取得して行ったりしていた。


ただ、国立西洋美術館にはまだ行ったことがない。


いつか行ってみたいと思ってはいたのだけど、行く機会もなく月日が流れていた。








国立西洋美術館のHPを覗くと、企画展「モネ 睡蓮のとき」について、次のような紹介文が載っている。








『印象派を代表する画家のひとりであるクロード・モネ(1840-1926)。1890年、50歳になったモネは、ノルマンディーの小村ジヴェルニーの土地と家を買い取り、これを終の棲家としました。そして数年後には、睡蓮の池のある「水の庭」を造成します。この睡蓮の池こそ、以降の画家の心を占め続けた、最大の創造の源にほかなりません。本展は、〈睡蓮〉連作を中心に、モネ晩年の芸術をご紹介するものです。




モネの晩年は、家族の死や自身の眼の病、第一次世界大戦といった多くの困難に直面した時代でもありました。そんななかでやがて彼は、睡蓮の池の水面を描いた巨大なカンヴァスによって部屋の壁面を覆う、「大装飾画」の構想を抱きます。本展の中心をなすのは、この「大装飾画」の制作過程で生み出された大画面の〈睡蓮〉の数々です。未完の構想を外に出すことを嫌ったモネは、それらの作品の大部分を最期までアトリエに残しましたが、彼が生前に唯一、〈睡蓮〉の装飾パネルを手放すことを認めた相手が、日本の実業家で収集家の松方幸次郎(1866-1950)でした。松方はジヴェルニーのモネの家を訪れて画家と交流し、最終的に30点以上ものモネの作品を収集しました。それらは今日、国立西洋美術館のコレクションの白眉をなしています。




本展では、パリのマルモッタン・モネ美術館の所蔵作品およそ50点に、国立西洋美術館をはじめ日本各地に所蔵される作品を加えた、計64点のモネの絵画を展覧します。日本においては過去最大の規模で、モネの〈睡蓮〉が一堂に会する機会となります。』








絵画について特に詳しい訳では無いが、やはり実物を見るということには大きな価値があるはず。


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