小児集中治療室の日々(6)
あるとき、「太郎」の腹部が大きく膨れ上がってしまう。
消化器外科の医師が太郎に緊急手術を施して腹部を確認すると、「太郎」の腸の半分が壊死していた。
壊死していた腸を摘出するが、なんとか少しの腸を残すことができた。少しでも腸を残すことができれば、そこから多少でも栄養を吸収することができる。「太郎」はなんとか命をとりとめた。
そのときはまだ、今にも切れそうな命の糸はかろうじてつながっていた。
「太郎」の若い両親は病院に毎日のように通い、自分の息子と過ごす時間をなるべく作ろうとする。二人にとって「太郎」は初めての子どもだったのだろう、特に父親は「太郎」のことを溺愛していた。
「目に入れてもほら、痛くない」
父親はテレビカメラの前で、自分の顔を「太郎」の顔にくっつけて戯れていた。
そんな父親の職業は「チンドン屋」だった。
チンドン屋は奇抜な衣装や仮装によって街を回りながら、依頼者の指定した地域や店舗への人の呼び込みを行う。
昔は私も時々チンドン屋の姿を見ることもあったが、今では目にすることも全くない。
そのような珍しい仕事をしていた。
ある時、チンドン屋の日本一を決める大会が地方で開催される。
「太郎」の父親は自分の妻と息子を東京に残して、その大会会場に乗り込んだ。
一方で、国立成育医療研究センターの「太郎」の病室には医師たちによってノートパソコンが持ち込まれ、そのディスプレイに大会の様子を映した。
ベッドには母親と「太郎」が横になっている。
その二人を囲むように、「太郎」の治療に関わっている医師や看護師たちが大勢集まる。彼らは二人と一緒に、ディスプレイに映し出される「太郎」の父親の様子を見守った。
まだ一歳にもならない「太郎」に、その映像の意味が理解できたかどうかは分からない。
「太郎」は自分の母親のすぐ横で、ディスプレイに映る父親の姿を見ていた。




