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或る人のFIRE日記  作者: 鷺岡 拳太郎
2025年03月
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人生で一番暗かった夜(5)


不動産会社の担当者が、連れてきた水周りの業者の人と一緒に、台所、トイレ、風呂などの水周りを確認していく。




私は彼らが確認をしている間、居間の机の上で時間つぶしのためパソコン操作をしていた。いや、している振りをしていた。ディスプレイの画面を見ながら、耳は、水周りの確認をしながら話をしている彼らの言葉をはらはらしながら聞いていたのだ。


心の中では「どうしよう、どうしよう、どうしよう」とひたすらつぶやいていた。それでいて何もすることも出来ず、私は石のように固まったまま、マウスを握っていた。


この事態の延長線上で何が待っているのか、まったく想像できなかった。想像するのも怖かった。




ただ、「なんとかこのまま事態が収まってくれないだろうか」とひたすら願っていた。








結局、彼らは、外観からは何も異常を発見することは出来なかった。


それはそうだろう。


だって、実際に給水管や排水管からの水漏れなんて発生していなかったのだから。ただ私の不注意で、風呂の水を床に溢れさせてしまっただけだったのだから。




一通り水周りの確認を終え、彼らは台所で何かの相談をしているようだった。そこで一つの結論が出たのか、不動産会社の担当者が、居間にいた私を呼んだ。


私は自分の中で大きく膨らんでいる不安を抱えながら、覚束ない足でその担当者のもとに行く。


彼は私にこのように告げた。




「おそらく排水管から水が漏れていると思われます。ここからはこの部屋では水は使えません。また水漏れの修理のために床を剥がす必要があるので、一度、◯号室に引っ越して欲しい」




私は始め、彼が何を言っているのか理解できなかった。


理解できていたとしても、自分の頭が理解することを拒んでいた。




引っ越し?




次第に、その言葉の意味することが自分の頭の中で形を持ち始める。








ただ不注意で床に水を溢れさせただけなのに。


それなのにいきなり引っ越しをしなければならないのか。




そこにきて、私はようやく事の重大さを認識した。




私は「実は、水漏れの原因は排水管からの水漏れではなくて、ただ単に私の不注意によるものです」と言おうと思った。そのために引っ越しなんてするわけにはいかなかった。








だけど、始めに担当者に「昨日は異常は無かったですか?」と聞かれて、私はすでに「特にありません」と答えてしまっていた。




私の口は固まる。




「何もありません」と答えてしまった以上、「実は」と言うことがどうしてもできなかった。


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