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第83話 十六日、⑤  (完)

(原文)

思ひ出でぬことなく、思ひ恋しきがうちに、この家にて生れし女子のもろともに帰らねば、いかが悲しき。

船人も皆子たかりてののしる。

かかるうちに、なほ悲しきに堪へずして密に心知れる人といへりける歌、

「生まれしも 帰らぬものを 我が宿に 小松のあるを 見るが悲しさ」

とぞいへる。

なほ飽かずやあらむ。

またかくなむ、

「見し人の 松の千歳に 見ましかば 遠く悲しき 別れせましや」

忘れ難く、口惜しきこと多かれど、え尽くさず。

とまれかうまれ、疾く破りてむ。


(舞夢訳)

(土佐の地にあっても)思い出さないことなどなくて、いつでも絶えず、いろんなことを心配し続けて。帰って来ることを、あれほどまでに恋しく思って来た我が屋敷が、こんなにも惨めな状態のうえ、この家で生まれた愛娘が、(こともあろうに、土佐の地で亡くなってしまい)一緒に帰って来られなかったのですから、その悲しさと辛さは、どれほどの苦しさなのでしょうか。

一緒に戻って来た人々も、全員、子供たちも一緒に、大声をあげて嘆くのです。

そのような雰囲気に包まれ、やはり悲しみをこらえることなど、不可能です。

ひそかに、気持ちの通じている人と、歌を詠みました。


この屋敷で生まれたというのに、(あの愛しい娘は)帰って来ることが出来なかった。

それなのに。、私の屋敷には、小松が生えているのです。

それを見ると、余計に悲しさと虚しさが、つのるのです。


その一首だけでは、気持ちは収まりませんでした。

いつも近くにおいて愛でていた愛しい娘が、もし松の木のように、千年も見続けることができるのなら、あんな遠い土佐の国で悲しい別れをしなくてもすんだと思うのに。


忘れることなど難しくて、悔しいことも多いのですが、とても書き尽くせるものでは、ありません。

もう、どうにもならないので、(こんな日記など)破り捨ててしまおうと思うのです。



※土佐日記 舞夢訳をこれで終わります。

 希代の歌人、紀貫之の散文でした。

 途中で歌も入りますが、特に凝った歌は、ありません。

 土佐出発時の宴会の連続。

 進まない船旅への、イライラとした書き方。

 土佐で亡くした娘への、消えることのない辛い思い。

 ようやく自邸に戻れば、付け届けを怠ることなく(隣家に)預けていたのに、荒れ放題。

 夜になれば無法地帯(盗賊、火付けが横行していた)京の街なので、「焼けなかっただけでも、不幸中の幸い」と思ったのか、文句をこらえて、さらにお礼の品を渡す。

 でも、一番辛いのは、土佐で娘を亡くしたこと。

 最後は、希代の歌人も「キレて」、こんな日記なんて、「破り捨てます」と、終わる。

(長旅で心身のストレス、疲労も限界だった、と思う)


 訳を終えて思うのは、紀貫之は、「普通の感性」を持った人、ということ。

 確かに歌人としては。その技術、理論も含めて、我が日本でも、最高位に入ります。

 でも、土佐日記自体には、技術を凝らした文は、ありません。

 上記の様々な思いを書き綴った「普通の人の、素直な旅日記」でした。



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