第77話 十日~十四日
(滞在地)山崎
(原文)
十日、さはることありてのぼらず。
十一日、雨いささかに降りて、止みぬ。
かくてさし上るに、東の方に山のよこをれるを見て、人に問へば「八幡の宮」といふ。これを聞きてよろこびて人々拝み奉る。
山崎の橋見ゆ。嬉しきこと限りなし。
ここに相応寺のほとりに、しばし船をとどめてとかく定むる事あり。
この寺の岸のほとりに柳多くあり。
ある人、この柳の影の、川の底に映れるを見て詠める歌、
「さざれ波 寄する文をば 青柳の 影の糸して 織るかとぞ見る」
十二日、山崎に泊れり。
十三日、なほ山崎に。
十四日、雨ふる。今日、車京へとりにやる。
※山のよこをれる
山が横たわるの意味。
※八幡の宮
石清水八幡宮。
※相応寺
現在は、廃絶している。塔心の礎石が離宮八幡宮境内に残存する。
(舞夢訳)
十日になりました。今日は物忌みの日ですので、船は動きません。
十一日になりました。雨が少々降っていたのですが、止みました。
船は再び川をのぼって行きます。
東の方に、その身を横たえたような山が見えて来ました。
人に聞いたところ、「八幡宮です」とのことです。
その名前を聞いて、船上の人は皆、手を合わせて拝みました。
山崎の橋が見えて来ました。
(ここまで来ると、京の都も本当に近いので)うれしくて、しかたありません。
ここで、相応寺のほとりに船を一旦停めました。
入京について、あれこれ手配することがありますので、相談を行いました。
この相応寺の岸辺には、柳の木が、多く植えられています。
ある人(紀貫之)が、柳の木影が川底に映るのを見て、歌を詠みました。
風を受けて、さざ波が寄せて描く川の水の模様は、青柳の枝と葉の(水に映った)影を糸として、織り出したかのように、趣深く見えております。
十二日になりました。山崎に泊っております。
十三日になりました。今日も、なお山崎におります。
十四日になりました。雨が降っています。今日は、車の手配のため、使いを出しました。




