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第75話 九日、③
(行程)鵜殿
(原文)
今、今日ある人、所に似たる歌詠めり、
「千代経たる 松にはあれど いにしへの 声の寒さは 変わらざりけり」
また、ある人の詠める、
「君恋ひて 世をふる宿の 梅の花 昔の香にぞ なほにほひける」
といひつつぞ都の近づくを喜びつつ上る。
(舞夢訳)
(故事を想い)現在、この世に生きる人(紀貫之)が、この地にふさわしい歌を詠みました。
千代を経て来た松ではありますが、あの不遇な親王のお耳に届いた、松風の冷たい響きは、今この時でも、なお、変わらないのです。
また、(別の)ある人が、歌を詠みました。
不遇な親王を恋慕いながら、無慈悲なこの世で年月を重ねて来た、この渚の院の梅の花には、
あの(悲しい)時代と同じ香りがそのままに、今でもなお、漂っているのです。
などと、歌を詠み(様々な感慨にひたりながら)ようやく京の都が近づいて来たことを喜びながら、川を上ります。




