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第74話 九日、②

(行程)鵜殿


(原文)

かくて、船曳き上るに、渚の院といふ所を見つつ行く。

その院、昔を思ひやりて見れば、おもしろかりける所なり。

しりへなる岡には松の木どもあり。

中の庭には梅の花咲けり。

ここに人々のいはく、

「これ、昔、名高く聞こえたる所なり。故惟喬ここれたか親王みこの御供に故在原の業平の中將の、

「世の中に 絶えて桜の咲かざらは 春の心は のどけからまし」

といふ歌詠める所なりけり。


※渚の院

 大阪府枚方市渚。淀川東岸。

故惟喬ここれたか親王みこ

 文徳天皇第一皇子。しかし帝位は、藤原良房の娘明子が生んだ惟仁親王に奪われたため、失意で出家。小野に隠棲したので、小野宮と言われた。

※昔

 伊勢物語八十二段にある、惟喬親王と在原業平、紀有常の故事。

 (要約)

 昔、惟喬親王という親王がいた時代の話。山崎の向こうに水無瀬という場所に宮があり、毎年桜の花盛りには、その宮へとお出かけになりました。その時、右馬頭(業平)という人を常に連れて行かれました。時が経ち、その人の名は忘れられました。狩りに熱心ではなく、酒を飲みながら和歌に興じていました。今、交野の渚の家で狩りをしていると、その院の桜が格別に美しいです。その木の下に降りて、枝を折り、髪飾りにして、上中下の身分の人々がみな歌を詠みました。右馬頭(業平)だった人が詠んだ歌は、「この世に桜が全くなければ、春の心はもっとのどかだったろうに」という内容です。また別の人の歌は、「散るからこそ桜は美しい。この苦しい世に永遠のものは何もない」と詠みました。その後、日が暮れ、御供の人が酒を持って現れました。天の河という場所で酒を飲み、惟喬親王は「交野で狩りをして天の河のほとりに着いたことを題にして歌を詠んでください」と言われました。右馬頭は歌を詠み、親王は返歌をしませんでした。紀有常が御供として仕え、親王は宮に帰りました。夜更けまで酒を飲み、物語をして、親王は酔って寝床に入られました。


(舞夢訳)

やがて、船を曳き上ながら進み、渚の院というところがあり、それを見ながら、旅を進めます。

その渚の院は、故事に思いをはせれば、実に興味深いところです。

後方の岡には、松の木立があり、中庭には梅の花が咲いています。

ここで、人々が申すのは、

「ここは、昔から有名で、評判高い場所です」

「故惟喬親王のお供で、故在原業平中将が、


『世の中に 絶えて桜の咲かざらは 春の心は のどけからまし』

(この世で、桜の花など、絶対に咲くことなどない、と決まっているのなら、⦅桜の花が散ることを惜しむ気持ちも起きないので⦆春を楽しむ心は、実にのどかなものになるのですが)


と、お詠みになられた場所なのです」

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