第69話 六日、
(滞在地) 川尻
(原文)
六日、澪標の下より出でて、難波に着きて、河尻に入る。
みな人々、女、翁、額に手をあてて喜ぶこと二つなし。
かの船酔の淡路の島の大御、「都近くなりぬ」といふを喜びて、船底より頭をもたげて、かくぞいへる、
「いつしかと いぶせかりつる 難波潟 蘆漕ぎ(そ)けて 御船来にけり」
いと思ひの外なる人のいへれば、人々怪しがる。
これが中に心地悩む船君、いたく愛でて、
「船酔し給べりし御顏には似ずもあるかな」といひける。
(舞夢訳)
六日になりました。
(船は難波の入り江から)澪標に沿って、難波の海に入りました。
様々な島が点在する北の方向に船を漕ぎ進めて、ついに川尻に着きました。
船にいる全ての人々、年老いた女性も男性も、額に手をあてて喜ぶこと、この上ありません。
酷い船酔いで船底に伏せていた淡路のお方様は、「都が近くなりましたよ」と耳にして喜び、船底から顔をあげて、歌を詠みました。
いったい、いつになったら京の都に付くのでしょうかと、相当不安に思っていたのですが、ついに難波潟に、葦を漕いでおしのけて、御船が到着したのです」
予想外の人(船酔いで苦しんでいた人)が(上手な)歌を詠んだので、一同は「え?」と不思議がります。
この人々の中にあって、(同じように船酔いに苦しんでいた)船君(紀貫之)が、淡路のお方様を(歌を含めて)、大変にお褒めになり、「船酔いに苦しんでいた時の御顔には見えませんよ」と言うのです。




