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第65話 五日、④

(行程)難波津


(原文)

といひて、行く間に、石津といふ所の松原おもしろくて、浜辺遠し。

また住吉のわたりを漕ぎ行く。

ある人の詠める歌、

「今見てぞ 身をば知りぬる 住の江の 松よりさきに われは経にけり」

ここに、昔へ人の母、一日片時も忘れねば詠める、

「住の江に 船さしよせよ 忘れ草 しるしありやと 摘みてくべく」

となむ。

うつたへに忘れなむとにはあらで、恋しき心地しばしやすめて、またも恋ふる力にせむとなるべし。


※石津

 大阪府堺市石津町。

※住吉のわたり

 大阪市住吉区の住吉大社一帯。

※今見てぞ~

 古今和歌集巻第十七 905 詠み人知らず

 われ見ても 久しくなりぬ 住の江の 岸の姫松 幾世へぬらむ

 私が初めて見た時から、かなりの時が流れました。(しかし、全く時を経たとは思えません)

 住吉の岸の姫松は、どれほどの長い世代を経て来ているのでしょうか。

 姫松は、丈の低い松(成長が遅い松)

 「姫」松に、土佐で亡くした娘を想っている。次の奥方に歌を詠ませる契機となる。


(舞夢訳)

いろいろと、話をしながら船を漕ぎ進めている間に、石津という場所にさしかかりました。

素晴らしく美しい松原が、浜辺のはるか遠くまで、続いています。

そして、住吉一帯を通ります。

ある人(紀貫之)が、歌を詠みました。

今、この住吉の(永遠に変わらない松原)の姿を拝見して、私自身の限界を悟りました。

住吉の松より先に、(衰えて)高齢化に到る時を経てしまったのです。


この歌を聞いて、昔(土佐で)娘を亡くした母なる人が、その哀しみを、一日、いや一瞬でも忘れることができなくて、歌を詠みました。


住吉の浜に、船を差し寄せて欲しいのです。

忘れ草を摘めば、この哀しく寂しい思いを、忘れさせてくれる霊験が、あるかもしれません。

できましたら、忘れ草を摘んで行こうと思いますので。


これは、亡くした娘への思いを、本気で忘れてしまおう、とのことではなくて、住吉の忘れ草の霊験で恋しく苦しい気持ちを、少しだけ休めて、また恋しく思う力にしようとの思いからなのでしょう。



亡き娘は、記憶の中で、永遠に愛らしい子供のまま。(姫松のように)

しかし、自分は、無常にも、年老いていく。

美しい住吉の松原の風景を見ても、紀貫之夫妻の心は、慰められることはない。

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