第6話 廿六日、
(滞在地)国府
(原文)
廿六日、なほ守の館にて饗しののしりて、郎等までにもの被たり。
唐詩聲あげて言ひけり。
大和歌、主人も客人も他人も言ひ合へりけり。
唐詩はこれにはえ書かず。
大和歌、主人の守の詠めりける、
「都いでて 君に逢はむと こしものを こしかひもなく 別れぬるかな」
となむありければ、帰るる前の守の詠めりける、
「しろたへの 浪路を遠く ゆきかひて 我に似べきは たれならなくに」
他人々のもありけれど、さかしきもなかるべし。
とかくいひて前の守、今のも諸共に下りて、今のあるじも前のも手取りかはして、酔言に心よげなることして出でにけり。
※もの被たり。
労をねぎらい、ほうびとして、衣服を相手の肩にうちかけて与える。
※唐詩はこれにはえ書かず。
唐詩(漢詩)は、女性の私では理解できませんので、この日記には、書くことを控えます。
※白妙の
波、裳、衣などにかかる枕詞。
※さかしきもなかるべし
すぐれたものもありません。「さかしき」は「すぐれた」の意味。
(舞夢訳)
二十六日になりました。
この日も、国司の館で大宴会となりました。
従者に対しても、いままでの労苦のごほうびとして、立派な贈り物がございました。
宴は華やかに盛りあがり、どなたかが、漢詩を声高く詠まれます。
和歌を主人も客人も、また他の人たちも、お互いに詠み合います。
ただし、漢詩につきましては、女性の私では理解できませんので、この日記には、書くことを控えます。
新任の国司様が、送別の歌を詠まれました。
遥か京の都を出発し、貴方様にお会いできることを楽しみにして(長い道中を)来ましたのに、その甲斐もなく、ここでお別れになってしまうのですね(実に残念です)
京に帰る前の国司(紀貫之)がお返しになりました。
白浪の砕け散る遠い海路を越えてあなたはここまで来て、私はこれから京の都に帰ります。
確かに、今はここであなたとは、お別れです。
しかし、(あなたも任期を終えれば、新しい国司を向けカエルことになるのですから)、あなたもやがては、今の私と同じように。、行き交うことになるのです。(田舎に来たからと言って、肩を落とさないでください)
他の人たちの歌もありましたが、書き残すほどの、優れた歌もありません。
あれこれと騒ぎながら、新任の国司も前任の国守も、庭に下りて、互いに手を取り合って、酔いも回りながら、お世辞を言い合いながらお別れとなりました。
土佐の国の国守と言っても、京の宮中勤めから見れば、田舎臭くて土臭い。
しかも土佐は、罪人の流刑地でもあった。
新任の国司は、土佐まで来るのも、陰鬱に満ちていたかもしれない。
貫之は、「任期が終われば、あなたも京に戻れる」、そんな慰めをするけれど、結局は「逃げたもの勝ち」「戻ったもの勝ち」の心理が透けて見える。