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第20話 九日、①

(行程)大湊から奈半の泊へ


(原文)


九日のつとめて、大湊より奈半の泊をおはむとて漕ぎ出でにけり。

これかれ互に国の境の内はとて、見おくりにくる人数多あまたが中に藤原のときざね、橘の季衡、長谷部のゆきまさ等なむ、御館みたちより出でたうびし日より此所彼所ここかしに追ひ来る。

この人々ぞ志ある人なりける。

この人々の深きこころざしは、この海にも劣らざるべし。

これより今は漕ぎ離れてゆく。

これを見送らむとてぞ、この人どもは追ひ来ける。

かくて漕ぎ行くまにまに海のほとりに留まれる人も遠くなりぬ。

船の人も見えずなりぬ。

岸にもいふことあるべし、船にも思ふことあれどかひなし。

かかれどこの歌をひとり言にして止みぬ。

「おもひやる 心は海を渡れども ふみしなければ 知らずやあるらむ」



※藤原のときざね、橘の季衡、長谷部のゆきまさ

 土佐国の下級官僚


(舞夢訳)

九日の早朝、船は大湊から、奈半の泊を目指し漕ぎ出しました。

様々な見知った人たちが互いに土佐の国の境まではお供したいとのことで、お見送りに来られる人が多いのです。

その中でも、藤原のときざね、橘の季衡、長谷部のゆきまさ等は、前の国司(紀貫之)が国衙を出た時から、何度も訪れていただきました。

このような人たちこそ、実に厚い気持ちの持ち主であって、その気持ちは、深い海にも劣ることはありません。

船は漕ぎ始めると、どんどん、岸から離れて行きます。

この様子を見送ろうと、これらの人々は、さらに追いかけて来ます。

そして漕ぎ進むにつれて、海のほとりに残った人々の姿も遠ざかっていきます。

船に乗る人の姿も、岸からは見えなくなります。

私たちを見送る岸にも、まだまだ話したいことはあるでしょうし、私たちの船にも思うことはあるけれど、今となっては、どうにもなりません。

それでも、この歌をひとりごとにして詠み、けじめをつけました。


(離れ行く人と見送る人の)切ない気持ちは、海を渡って行き交うけれど、文を交わし合うこともできないので、わかりあえないまま、終わってしまうのだろうか。

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