第19話 八日、
(滞在地)大湊
(原文)
八日、障ることありてなほ同じ所なり。
今宵の月は海にぞ入る。
これを見て業平の君の「山の端逃げて入れずもあらなむ」といふ歌なむおもほゆる。
もし海辺にて詠よまししかば
「波立ち障へて入れずもあらなむ」と詠みてましや。
今この歌を思ひ出でゝある人の詠めりける
「照る月の 流るる見れば 天の河 出づるみなとは 海にざける」とや。
※障ること
差し障り、妨げられること。具体的な内容は不明。物忌み、節忌み説があるが、必ずしも出航を妨げる理由とはされていない。
※今宵の月は海にぞ入る。
この後の業平の和歌「山の端逃げて入れずもあらなむ」との対比を意識しての記述。
現代の専門家の計算では、当時の大湊において海に月が入るのを見ることができないらしい。
※「山の端逃げて入れずもあらなむ」在原業平 古今和歌集884
あかなくに まだきも月の かくるるか 山の端逃げて入れずもあらなむ
(見飽きたわけでもなく)もう少し見ていたいのに、まだその時でもないのに、月は(私の気持ちなど無視して)山の端に隠れてしまうのでしょうか。
こうなったら、山の端には、どんどん遠ざかってもらって、月を入れないようにして欲しいと思うのです。
(舞夢訳)
八日も、障りとなる事情がございまして、まだ大湊から動きません。
今夜は、月が海に入るのを見ました。
これを見て、業平の君の「山の端逃げて入れずもあらなむ」の歌を思いました。
業平の君が、海辺で詠まれるとすれば、「波立ち障へて入れずもあらなむ」とでも、詠むのでしょうか。
今、この歌を思い出して、ある人(紀貫之)が詠んだ歌は
美しく照る月が流れて行く天の河の行きつく港(先)は、この地上の海だったのかもしれない。
とのことでした。
八日は、訪問客の記述はない。
何の事情で出航できなかったのかも、不明。
連日の酒と爆食で、身体も疲れ、出航どころではなかったのかもしれない。
それでも、貫之は、敬愛する業平を思って歌を詠む。




