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カモン、マンデラ、カモン!

作者: 叶 こうえ

 この三ヶ月でだいぶ膨らんできたなあ、なんて感心しながら可愛らしい谷間を見ていると、それに気がついた祐奈ゆうなが胸を隠して睨みつけてきた。

「見るなキモい」

「なんだよー裸同士の付き合いじゃん」

 体を洗う手を止めて、娘の肩に腕を回し、体を左右に揺らしてやる。

「キモいってぇ」

 なんて言いながらも笑っている。でもいつもより若干、眉が下がっている気がした。

「あー明日から学校始まるもんね、憂鬱?」

「うん、行きたくない……」

 素直な返事を受けて、私は娘の背中を軽くグーで叩いた。産毛がちょっと目立つ、弾力のある肌だ。

「大丈夫だよ、すぐに新しい友達できるよ」

「だといいけど」

 祐奈がため息を声にして吐き出した。

 今年の四月から同じクラスになって仲良くしていた子が、夏休み中に引っ越してしまったのだ。祐奈はその子以外のクラスメイトと、あまり喋ったことがないらしい。

 娘の不安は痛いほど分かる。私も子供の頃は、友達を作るのが苦手だった。クラス替えは憂鬱なイベントだった。

「クラスに仲良くしたいなって思える子はいないの?」

 娘の体についた泡を流してから、自分の泡も流す。

「一人いるけど……香澄かすみちゃん、他に仲良くしている子がいるし」

 諦めモードの声だ。たしかにこの子は、社交的ではないし、友達と仲良くなるのに時間を要するタイプだ。引っ込み思案だし。

「諦めるのは早いよ。お母さんにいい考えがあるんだけど」

「ええ、どんな?」

 娘の目には疑いの色が浮かんでいる。期待していなさそうな冷めた表情だ。私は気にせずに話すことにする。

「香澄ちゃんと実際仲良くなっているところを想像するんだよ。で、その通りに行動してみる。これだけ。簡単でしょ」

「想像って、どんなふうに」

「香澄ちゃんと仲が良かったら、まず朝、顔を合わせたら自分から『おはよう』って挨拶するでしょ? 業間休みに『遊ぼう』って声をかけるでしょ?」

「うん」

「あと、香澄ちゃんがいつもスカートを穿いてるなら、祐奈もスカートを穿くとかね。仲が良いと服も似たようなのを着るようになるし」

「そっかあ」

 祐奈が少し納得したように軽く頷く。

「香澄ちゃんとすでに仲良くしている祐奈の世界があるから、それと融合するように仕向けるの」

 私が言葉を切ったとたん、祐奈の顔が停止した。

「ちょっとよくわからない」

「平行世界ってやつよ。例えばさ、いま祐奈はお母さんに友達の相談をしたでしょ? しない選択もできたわけで、しなかった場合の世界もあるってこと」

 その後延々と、「平行世界式引き寄せの法則」を噛み砕いて説明した。すべて今日読んだ本の受け売りだけど。私は本を読んで感銘を受けると、娘と共有したくなって話さずにはいられなくなるのだ。それに、インプットしたあとにアウトプットをすると知識がより定着すると言うし。一石二鳥だ。

「今日はお母さんが洗ってあげる」

 ポンプ式の容器からシャンプーをいつもより一滴多く手のひらに落とし、シャワーのお湯と混ぜてモコモコの泡を作った。それを娘の頭に乗っけて目の前にある鏡を指差す。

「見てみて、ヤンキーみたい。ヤンキーゆーな」

 鏡を見た祐奈が爆笑した。笑い声が木霊する。私も笑いながら娘の髪を洗い始めた。リーゼント型の泡をできるだけ保たせたまま。


 自宅の玄関ドアにたどり着いても、すぐに鍵を開けて中に入りたいと思わない――そうなったのはいつからだろう。一年前から……いや、もっとだ。一年半は経過している。

 今日も鍵が重く感じる。キーホールダーは一切つけていないのに。

 ドアの脇には私のビニール傘が置きっぱなしになっている。――私のだけ。

 ため息を一つ吐いてから、鍵穴に鍵を差し込んでドアを開ける。

「ただいま」

 玄関に入ると同時にリビングまで届く程の声を出した。すぐに娘の「おかえり」が聞こえてきて肩から力が抜けたものの、後に続く声がなくて、またため息が出そうになった。

 収納ボックスの上辺に飾られた、娘の七五三の写真を眺める。赤い着物を着て傘をさしている三歳、白いフリルだらけのピンクのドレスを纏った七歳。どちらも嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。私は毎回これを見て、心を落ち着かせている気がする。

 先に洗面所で手洗いうがいを済ませてから、私はリビングに足を踏み入れた。とたん、むあっとした油っぽい空気に包まれる。

 夫がキッチンに立って揚げ物をしていた。匂いからして、唐揚げだろう。ジューパチパチ、と激しい油ハネの音がする。

「ただいま、今日もありがとね」

 換気扇の音にかき消されないように腹から声を出した。でも夫の返事はなかった。こちらを見ることさえしない。

 ランチバッグを持つ手が自然と震えた。私はリビングを突切り、ドアの隙間から娘の部屋を覗いた。

「祐奈、宿題は終わってるの?」

 彼女は勉強机に座ってiPadを見ていた。どうせまたYouTubeでも見ているのだろう。

「んー」

 視線をiPadに向けたまま、娘が気のない返事をよこす。小脇に抱えていた半纏の裏地を指で撫でている。これはやっていないな。

「先にやること」

 やりなさい、は夫の声に潰された。

「祐奈、今日は唐揚げだぞ。早く席に着け」

 朗らかな声が部屋に響く。

「うん」

 祐奈が元気に返事をして、私の脇を通り過ぎ、洗面所に向かった。

 私は私の部屋――娘の部屋の隣――に入り、ドアをきっちり閉めて部屋着に着替えた。二分で済ませて居間に戻ると、娘と夫はすでに着席していた。私も窓際のいつもの席に座った。向かい側ではすでに娘がフライドポテトを頬張っている。

「いただきます」

 いつもよりできるだけ大きな声を出す。と、娘が「うん」と反応してくれた。夫は無言のまま、レタスにシーザーサラダドレッシングを垂らしている。私も箸を手に取り、味噌汁の椀を持った。

 静かだ。我が家にはテレビがないし、食事中に音楽を流す習慣もない。三人だと会話もないし、みんな口を閉じて食べるから咀嚼音も聞こえてこない。お通夜のように暗くて湿っぽい。でも今日は、そうはさせない。

「今日は学校どうだった?」

 とりあえず娘に話を振る。

「ふつーだった」

 定番の返事。想定内だ。いつもなら「ああ、そう」で話を終わらせていたけど、今日の私は違う。

「お母さんもまあ普通だったんだけどね。今日の弁当に入れた冷凍のスイートポテトが美味しくってさ。今度祐奈のお弁当作るときは入れてあげるよ」

 たとえ一人芝居になったとしてもへこたれはしない。

 祐奈があれ? って言いたそうな顔をしている。

「ね、スイートポテト。好きでしょ?」

「うん」

 小さい声で返事をしつつ、娘がまた、大皿に盛ってあるポテトフライに手を出した。

 食器棚の壁にかけているカレンダーを確認してから、今度は夫に話しかけた。

「来週の火曜日って出社だよね? お弁当作ろうか?」

 語尾が変に甲高くなった。唇も少し震えた。それでも私は、夫の横顔に視線を定めた。

 味噌汁を飲んでいた夫が、二秒経ってからこちらを見た。視線がかち合う。不審そうで冷たい目。睨んでいるみたい。

「いらない」

 鬱陶しいものを振り払うような大きなため息。

 まあこんなものだろうと自分に言い聞かせる。

 ここ数年、夫に弁当を持たせることなんてしてこなかったし、いきなり言われても反応に困るだろう。

 私は唐揚げを一つ食べて気持ちをリセットさせた。

「来週、台風が来るらしいね」

 また祐奈に話しかける。「へえ」としか言ってくれない。

「へえってさ。台風が近づいたら大変なんだよ」

 私は一人で話を広げた。娘の反応は薄かったり濃かったり。夫は「ごちそうさま」と言うまでは無言だった。


 夕食後、私は淡々とルーティンワークをこなす。使い終わった食器と油まみれの鍋を洗い、ベタベタのキッチンコンロを拭いて、排水溝を軽く掃除して、キッチンシンクを水滴ひとつ残らなぬよう乾拭きする。全部屋のゴミを収集して、生ゴミ臭漂う袋をマンションのゴミ捨て場に置きに行った。家に戻ると、玄関入ってすぐの夫の部屋から、二人の笑い声が聞こえてきた。ゲームでもやっているのだろう。

 ようやく得た自由時間は電子書籍を読んで過ごしたが、すぐにお湯湧きのチャイムが鳴った。久しぶりに着けたコンタクトレンズを外し、娘と一緒にお風呂に入って(その間の話題は娘がさっきやっていたゲームのことだけ)、湯上がりの野菜ジュースで一服した。そしてすぐに歯磨きをする。

 のんびりしている暇はない。祐奈の歯磨きが終わったら、今度は私が仕上げ磨きをする。彼女がうがいをしてオシッコをして、夫に「おやすみ」と挨拶している束の間、私は手持ち無沙汰になってスマホを弄った。

 メガネを外し、娘と一緒に娘のベッドに入って、リモコンで部屋の電気を消したときだった。掛け布団を首まで引き上げながら、祐奈が「あのさ、あの話って本当なの?」と何の脈絡もなく聞いてくる。

「あの話って何よ」

 娘に背を向けたまま聞き返した。

「前に話してくれたじゃん。お風呂で。香澄ちゃんと仲良くしたかったら想像しろって」

「ああ、平行世界式引き寄せの法則?」

 私は体を反転させて、祐奈と向き合った。

 彼女は十年愛用の紫色の半纏を頭巾のようにして被っていた。

「パラレルワールドって本当にあるの?」

「さあ。どうなんだろう。あったら面白いけどね。物理学者が実際に調べてはいるらしいよ。絶対にないとは言い切れないらしい」

 ネットで調べた程度の浅い雑学――多言宇宙論や量子力学といったもの――をぜひとも披露したくなったけど、ぐっと堪える。どうせこの子には理解できないだろうし、今はもう寝る時間だ。

向日葵ひまわりちゃんとはうまくいってる?」

「うん。今度休みの日も遊ぼうって話してる」

「そう、よかったね」

 自分のことのように嬉しい。娘の頭を撫でた。

 新学期が始まって二週間が経っている。その間に祐奈に新しい友達ができていた。席替えで隣の席になって自然と仲良くなった向日葵ちゃん。

「香澄ちゃんはもういいの?」

「ん――席が遠いから話す機会がないんだよ。――でも話しかけてみようかなあ」

 娘の口から、珍しく前向きな言葉がこぼれた。

「向日葵ちゃんとも仲良くなれたし。自分から挨拶して話しかけたらさ……」

 声が小さくなっていく。これはあと数秒で眠りに落ちそうな感じ。背中を優しく撫でて追い打ちをかけてやると、すぐに寝息が聞こえてきた。

 たった今聞いた娘の科白を反芻する。

 ――自分から挨拶して話しかけたら。

 二週間前に私が風呂場で口にしたアドバイスを、素直に実行したってことだろうか。だったらなんて素直な子なんだろう。ちょっと笑ってしまう。

 ――平行世界式引き寄せの法則。

 私は今日からの実践だっていうのに。

 何度も何度も読み返して(さっきも読んだ)、本気でやってみようと思った。

 本来自分がどうなっていたいのかをイメージして、実際そうであるかのように行動すること。精読すれば分かる。著者が提唱していることは至ってシンプルな事なのだと。

 でもそもそもの、自分がどうなっていたいのか、を確定するまでに時間がかかった。

 いくつかの、曖昧な未来予想図が私の頭に浮かんだ。夫と別れて、夫の足音にビクつくことなく娘と二人暮らしを謳歌しているパターン。離婚して数年後に他の誰かと再婚し、三人で仲良く過ごしているパターン。でもどちらも却下だ。

 娘は私にも夫にも懐いている。離婚したら悲しむだろう。泣くだろう。辛い思いはさせたくない。結局のところ、娘の幸せを第一に考えたら、選べる選択肢はひとつしかないのだ。


 仕事帰りに寄ったスーパーで、新発売のカップヌードルを発見した。濃厚チーズがたっぷり入った現地人お墨付きのインドカレー味。

 つい手が伸びそうになったけど、すんでのところで手に取るのをやめた。今日の目的はカップヌードルじゃない。

 入り口から一番遠い、リカー売り場に行き、500ml缶のビールと350ml缶のノンアルコールカクテルを一本ずつカゴに入れてレジに並んだ。

「あ、佳代子さん」

 私は前に並んでいる女性に声をかけた。祐奈の幼稚園時代から仲良くしているママ友だったのだ。最近はLINEのやり取りばかりで、会って話すことがなくなっていた。

 彼女がこちらを見た。数秒目を瞬かせたあとに、「ああ! ゆいさん」と嬉しそうな声を発して、笑顔になった。

「久しぶり! 感じ変わったからすぐに分からなかったよ。コンタクトにしたの?」

 マジマジと顔を見られて、私はちょっと居心地が悪くなった。

「うん。仕事のときはコンタクトにしてるんだ」

 コンタクトを着けて出勤するようになってから、ちょうど二週間が経っていた。

「そうなんだ。仕事って前からやってる事務?」

「うん、まだ続けてる。ちょっと遠いんだけど時給が良いから」

 お互い近況報告をしているうちに楽しくなってきて、レジで会計を済ませたあともサッカー台で少し立ち話をした。

「あ、もうこんな時間だ。お醤油切れてて買いに来たんだ」

 佳代子さんが店内の時計を見ながら、エコバッグを軽く振って見せてくる。

 たしかに今は夕飯時だ。これから家に帰って料理をするのだろう。

「ごめんね、引き止めて」

「ううん、私も久しぶりに話せて楽しかった。またランチでもしようね。LINEする」

 店を出て、お互い手を振りながら別れた。

 マンションのエントランスを抜けて、集合ポストの中身を確認する。と、夫宛の小包が入っていた。発送元はアマゾン。本か何かだろう。帰宅してすぐに、夫の部屋の仕事机に小包を置いてから、手洗いうがいを済ませリビングに向かった。すでに二人は夕飯を食べ始めていた。

「ただいま」

「おかえり」

 祐奈の返事を背中で聞きながら、ビールとノンアルコールカクテルを冷蔵庫に入れた。

 下を向いて食事中の夫に、「ビール入れといたから良かったら飲んでね」と一声かける。と、ピタッと夫の動きが止まった。

「私もノンアル買ってきたよ」

 誰に言うともなく呟きながら席に座って、夫が準備してくれていた食事にありつく。

「今日もありがとね。いただきます」

 少し間を置いて、うん、と夫が言った気がした。いや、ただの咳払いなのかもしれない。

「今日久しぶりに美来みくちゃんのお母さんに会ったよ」

「ふーん」

 祐奈が興味のなさそうな声で相槌を打った。


 鏡の前でコンタクトレンズを外していると、横に立ってそれを見ていた娘が「わあ」と声を上げた。

「怖い、目の中に指突っ込んでる」

 本気で恐ろしげに様子を窺っているから、私は思わず苦笑した。

「大丈夫だよ」

 使用済みのワンデイコンタクト二枚を指でクチャクチャにして、ダストボックスに捨てる。

「なんでコンタクトするようになったの」

 まだ私の目を観察しながら娘が問うてくる。

「ちょっと気分を変えたくてね」

「もしかして、またあれ?」

「そ。平行世界のやつ」

 私たちは裸になって浴室に入った。今日は気温が低くて、すぐにでも湯船に浸かりたいくらいだった。

 私がシャワーの蛇口を捻ると、祐奈が慌てて風呂椅子にのった。シャワーのお湯がちゃんと温かくなる頃合いを見て、娘は私の方にすり寄ってきた。

「私にもシャワーかけてよ」

「さっきまで避けてたくせに」

「床に跳ねたお湯ってめっちゃ冷たいんだよ」

 なんてどうでもいい会話をしながら、頭と体を洗って、ようやく念願の湯船に浸かる。

「パラレルワールドって本当にあるのかな」

 娘が体育座りになりながら呟いた。

 何度目かの同じ問いかけに、私は「あるんじゃないの」と答えた。どこかの物理学者が、平行世界がないとは言い切れないって発言したらしいし。もしかしたらあるかもしれない。少なくとも私はあると信じて、平行世界式引き寄せの法則を実践しているのだ。

 二週間前から。

 こうありたい、と思う自分、状況を頭に浮かべて、実際にそうであるかのように行動している。また、私が読んだ書籍にはこうも書かれていた。

 ――自分の引き寄せたい平行世界と交わるための、比較的簡単な方法があります。それは自分の身の回りに置く物や装いを少しだけ変えてみることです。例えば、いつも暗いトーンの服を選んでいる人は、赤やピンクを着てみるなど。部屋の模様替えをするのも良いです。

 著者曰く、劇的な変化を狙うのはNGらしい。あくまで、無理のない範囲で行うこと。

 ちょっとした変化を狙って、私は出勤のときだけコンタクトを着けることにした。するとメイクもしやすくなって、顔を造るのが楽しくなった。アイライン、マスカラまで手を抜かずに施すようになった。アイシャドーやチークも、ブラウン系からピンク系に変えてみた。

 服も然り。無難な黒やネイビー、白ばかりを好んで着ていたけれど、最近チェックの入った黄色いモヘアのセーターを購入した。もう少し寒くなったら着てみるつもりだ。

「祐奈もさ、パラレルワールドに行きたいならスカートでも穿いてみたら」

 娘はいつも男の子っぽい格好をしている。夏頃はアディダスのメッシュTシャツにブラックジーンズの装いで、飲食店の店員に男の子と勘違いされていた。ショーツもボクサーパンツ、ブラもスポーツブラとか。

「ええ? スカートはいやだよ。スースーして落ち着かない」

「タイツ履けば」

「ズボンのほうが良い」

「ま、気が向いたら言って。買ってあげるから」

 話を終わらせて、私たちは浴室から出た。

 二十二時に祐奈の歯を仕上げ磨きして、彼女がうがいをしている間にスマホをチェックする。と、さっきスーパーで会った佳代子さんからLINEのメッセージが届いていた。

『さっきは話せて楽しかった。また会いたいね。それにしてもメガネからコンタクトにするだけでずいぶん変わるね。良い感じ』

 更に『可愛い』という文字付きのスタンプが押されていた。目をハートにさせた猫のキャラクターが、招き猫のポーズをしている。

 褒められて悪い気はしない。というか普通に嬉しい。顔がにやけた。

 ありがとうのスタンプを押して、『そうだね、また近いうちにランチしようよ』とメッセージを送った。


 夫の塩対応(なんて甘いもんじゃないけど)にめげることなく、辛抱強く私は「夫と仲が良い私」になりきる生活を続けた。朝、私より遅く起きてくる夫に明るく「おはよう」と挨拶し、「今日は一日晴れだって」といったリスクゼロの雑談も提供した(無視されるか、よくて「うん」と返事が返ってくる程度だったけど)。平日の夕飯時には「いつも家事をやってくれてありがとう」とリモート勤務の夫に心を込めて謝意を伝え、ときには彼の好きな缶ビールを冷蔵庫に備えておく。仕事のない土日は、平日にできない分しっかりと家事を行った。全部屋に掃除機をかけて、洗濯物を干し、風呂とトイレを掃除して、玄関の三和土を水拭きする。もちろん朝、昼、夜の食事は私が作った。昼食後にコーヒーを淹れて彼の部屋に持っていくことも欠かさなかった。たまに「ありがとう」と沈んだ声で言ってくれるときもあった。

 平行世界式引き寄せの法則を実践し始めてから一ヶ月が経過した頃、夫の態度に目を瞠るような変化が起きた。

 その日は土曜日で、私が食卓にロールキャベツを出したときだった。

 いつもより夫の「いただきます」の声が明るく響いた気がして、少し違和感を覚えた。

 視線を皿から夫に向けると、彼が口を大きく開けてしんなりしたキャベツを前歯で噛み砕いているのが見えた。ちぎれたキャベツからは豚のミンチ肉がこぼれ、肉汁が皿の上に滴った。夫がダイナミックに咀嚼しているのを、私はなぜか凝視してしまった。一応口は閉じているのに噛んでいる音が漏れている。

 すべて飲み込んだあとに、夫が「美味しいね」と言った。はっきりと。

 耳を疑った。私の料理を夫が褒めたことなんて、仲が良かったときだって滅多になかった。仲が悪くなってからは一度も言われていない。

 そして夫は、薄っすらと笑ってさえいた。

 笑ってる。笑っているのだ。ここ数年、一度だって私に笑いかけてくれたことなんてなかったのに。

「そ、それは良かったよ。けっこう手間がかかってるから」

 動揺しすぎて吃ってしまった。脈が早くなって、額には汗が浮いた。嬉しいことが起こったはずなのに、動悸がする。

「キャベツをきれいに剥がすのが一番難しかったよ」

 ここでなんとか、自然に笑うことができた。

 夫にほほえみながらも、私は必死に思い出していた。あの本の『成功したら』の項目に書かれていた内容を。

 ――このメソッドを実践しているうちに、あなたにも引き寄せに成功したと感じる瞬間が訪れます。そんなときは、心を落ち着けて、穏やかな気持ちで受け入れましょう。なぜなら、あなたに起こった出来事は、あなたが引き寄せた平行世界では当たり前のことだからです。

 そうだ、いま夫が「おいしい」と言ったのも、私に向かってうっすら笑ったのも、この世界では普通のことなのかもしれない。

 フツーのテンションで、フツーのテンションで、フツーのテンションで。

 大事なことだから心のなかで三回唱えた。

「ロールキャベツ好きなの?」

「好きだけど自分じゃ作らないよ。面倒だし」

「そっか。じゃあ作ってよかったよ」

 和やかすぎる空気にビビりながらも、私は娘に声をかけた。

「祐奈はどう? ロールキャベツ美味しい?」

「うん、美味しい」

 屈託なく笑う彼女に、若干の違和感を覚える。娘はこの状況にすんなり馴染んでいるようだ。昨日までのお父さんは、お母さんに一切話しかけなかったし、笑いかけなかったし、返事もまともにしなかったんだよ? そんなお父さんの変化に戸惑ったりしないの?

 小刻みに震える手を叱咤して、箸でロールキャベツを持ち上げて頬張った。とたんコンソメ出汁と肉汁の豊かな味わいが舌に広がった。栄養が頭に行き届いたのか、思考力が戻ってくる。

 ちょっと待って。この世界ではこれが普通で、この世界の祐奈にとってもこのお父さんの態度が当たり前ってこと?

「お母さんどうしたの? 真面目な顔してさ」

 娘が首を傾げて、私の顔を窺ってくる。

「なんでもないよ」

「本当?」

 私は強く何度も頷きながら、食べかけのロールキャベツに箸をつける。

 夫と祐奈がゲームの話をし始めて食卓は賑やかになった。たまに相槌をうちつつ、私は食べることに専念した。


 翌日になると、残念なことに、夫はいつもの夫に戻ってしまっていた。朝、おはようの挨拶を私からしたら、目を合わせることもなく不機嫌な声で「ああ」と一言。その後一言も口をきかずに、夫は出勤した。今日は月一回の定例会がある日で、出社することが義務付けられているのだ。

 だから今日は、私が有給を取って家にいる。

「ええ? そんな理由で仕事休んじゃったの? 結さんは六時半には帰ってこれるんでしょ?」

 佳代子さんが残念そうな声で話す。

「祐奈ちゃんに留守番させれば良いのに。ご飯も炊いてくれるように頼んで」

「うちの子はまだ留守番できないんだよね。一人っ子だし」

「うちも一人っ子だけど、留守番できるよ。七時ぐらいまでなら全然余裕」

 自慢げな口調で言われて、ちょっとムカついた。歪みそうな口元をそっと手で隠して、椅子から立ち上がる。テーブルの上にある二人分の皿を重ねて、キッチンのシンクに運んだ。

 今日は日中、私しか家にいない。午前中、佳代子さんにダメ元で家ランチのお誘いをしたら、OKの返事がもらえたのだ。ガパオライスを振る舞ったら喜んで食べてくれた。

 佳代子さんは基本優しくて気遣いもできる人なんだけど、たまにズバッと言いすぎちゃうときがあるのだ。

 汚れた皿に水を張ったあと、私は冷蔵庫を開けて、ケーキの入った箱を取り出した。

「ケーキありがとう。わざわざすみません」

 ケーキをお皿に載せフォークを添えてテーブルまで運ぶ。地元のケーキ屋で買ってきてくれたショートケーキが二つ。上に乗っている苺はどちらも大きめで真っ赤だ。

「どういたしまして。ところで結さんは二人目作らないの?」

 またズバッと聞いてくる。デリケートなことを。

「もう産む体力も気力もないよ」

「でも今年三十八だよね。まだ大丈夫じゃない?」

「いやいや」

 私は首と手を同時に横に振る。無理なものは無理だ。

「カンナちゃんのお母さんも、今年二人目産んだんだよ。結さんより年上だよ」

 励ますように言葉を重ねられて、うんざりしてきた。

「うちはさ……もう二年レスだからできないって。ほしいとも思わないし。祐奈にまだ手がかかるしね」

「んーでも、小五なんだし、しっかりしてきたでしょ。留守番だってやらせればできると思うよ」

「いや……お風呂も寝るのも一人じゃ怖いって言ってるから。私が一緒にお風呂入って添い寝もしてるんだよ。いまだに」

「へえ……たしかに手がかかるね」

「赤ちゃんの頃から使ってる半纏も手放せないんだよ。寝るときも動画見るときも触ってる。安全毛布だよ」

 佳代子さんは何も言わずに呆れたような苦笑いを浮かべた。

 やっと分かってくれたようだ。子供に手がかかる、かからないは個人差が激しい。

「それにしても二年レスなんだ。意外だなあ。結さんたち仲が良かったじゃない? 幼稚園の行事にも二人で見に来てたし」

「いや、夫婦仲はその頃から良いってわけじゃなかったよ。悪くもなかったけどね。教育熱心なところはあったから、行事に出てくれてただけ」

 祐奈を産んでから今までの十年間を軽くおさらいしてみる。うん、仲が良かった時期ってものすごく短い。思えばいつも私達は、教育方針や生活観の違いで対立してきた。はじめのうちはちゃんと話し合って落とし所を決めていたけれど、徐々に意見を交わすこともなくなって、現在に至っている。

「結婚する前から、あんまり気が合わないなあとは思ってたんだよね。ことごとく好みが違うの。映画もさ、私は洋画が好きだけど、旦那は邦画かアニメしか観ない。本もそう。私は電子書籍派で旦那は紙本派」

「ああ、そういう些細な好みの違いって、結婚前は気にしないよね。でも長く付き合っていくと、趣味が合うに越したことないって実感するのよね」

「そうそう」

 佳代子さんが私の話に、うんうんと頷いてくれる。共感してもらえてホッとした。

「仲が悪くなった理由ってあるの?」

「決定的な何かがあったわけじゃないんだけど……きっかけはあるかな。祐奈が幼稚園のとき、専業主婦だったのに最低限の家事しかしてなかった時期があって。その頃から旦那は私に不満持ってたらしいんだよね。でもなんとか表に出さないで普通に過ごしてたんだけど、私が派遣の仕事を始めて、旦那がリモート勤務に切り替えたあたりから、どんどん仲が悪くなってった」

 私は朝から晩まで家を開けるようになって、平日は物理的に家事をするのが難しくなった。代わりに在宅で働くようになった夫が家事のほとんどを担うようになった。

「この二年、旦那に家事を任せっきりにしたから、そのせいだと」

「でも、仕方無くない? 働きに出てるんだし」

「彼的には、毎日『ありがとう』って言ってほしかったみたい」

 もっと労ってほしかった、と本人から一度言われたことがある。以前私が、無理やり話し合いの場を設けて、夫から本音を引き出そうとしたときだ。この話し合いで夫婦仲は改善しなかった。むしろ悪くなる一方。

「結さんも色々大変なんだね。でも、旦那さんとはできれば仲良くしたいよね。親が不仲だと、子供にも影響するし。さっき言ってた、一人でお風呂入れないのとか、関係ないとは言い切れないよ」

「そうかな」

 佳代子さんの言葉が重く胸に響いた。ズシンって。

「まあ私も他人にアドバイスできるほど家庭が円満ってわけじゃないけどさ……」

 今度は佳代子さんが話すターンだ。彼女の手元を見る。と、皿に載っていたショートケーキが三分の一に減っている。会話しつつもちゃんと食べていたのだ。器用な人だ。

 私はまだケーキに手をつけていなかった。フォークも綺麗なまま。

「あ、コーヒー出してなかったね。すぐ淹れるね」

 私は席を立って、キッチンに向かった。

 佳代子さんと私は、三時過ぎまで喋り続けた。


 ロールキャベツの件があってから、夫の態度が不安定になっていた。うっすらと笑いながら話しかけてくる上機嫌な日と、挨拶は返してくれるけど必要最低限のことしか話さない日が交互に続き、こっちは合わせるのが大変だった。こんなに振れ幅が激しい夫は、結婚して以来初めてだった。精神的な病気か、若年性更年期にでもなったのでは? そんな不安が膨らみつつあったとき、私自身にも不可解な出来事が起こるようになった。

 土曜日の昼時だった。祐奈は向日葵ちゃんと駅近くのマクドナルドに行ってしまった。夫は娘がいないなら、と隣駅のイオンに映画を観に行った。私は一人で昨晩の残り物を食べて昼食を済ませた。

 食器洗いを終わらせ、食後のコーヒーを淹れる準備をしていたときだ。ふいに、カレーの良い匂いが漂ってきた。家庭のカレーじゃない、本格的なスパイスの香り。クミン、ガラムマサラの類の。それでもって、ちょっとジャンクな軽さもある。

「カップヌードルだな。あれかな、最近出たインドカレー味?」

 ひとりごちながら、私も買ってこようかな、なんて思った。前、会社帰りにスーパーで見かけて欲しくなったけど、ビールとノンアルを買うから諦めたのだ。予算が足りなくて。

 お湯が湧いた。コーヒーフィルターに粉を一杯入れて、ケトルで湯を注ぐ。そこであれ? と思った。

 コーヒーの芳ばしい香りが強くするのに、カレーの匂いも負けじと主張してくる。

 どこから匂いが流れてきてるんだろう。

 私は居間の窓を確認した。オーケー、ちゃん閉まっている。鍵もかけていた。次に娘の部屋の掃き出し窓――閉まっている。私の部屋、夫の部屋も調べたけど、窓はすべて閉まっていた。念のため玄関も調べたけど、戸締まりは完璧だった。風呂とトイレに窓はない。じゃあ換気扇とか排気口? そんな狭い入り口から漂ってきている感じじゃない。

 私の鼻がおかしくなった? 

 疑問を覚えながらも、居間に戻ってコーヒーのマグを手にとった。そのままリビングテーブルの椅子に座って、コーヒーを飲もうとして、動きを止める。

「え」

 思わず声が出た。

 ジャンクなインドカレーの匂いが鼻腔に押し寄せてきて、目がツンとした。スパイスのきつい香り。

 ここで匂いが発生している? このテーブルで。

 テーブルの上には何も置いていない。何もない空間を手で触れてみる。何も掴めやしない。当たり前だ。――でも。

「え」

 湯気に触れたような熱さを感じた。手のひらで。

 手をマジマジと見てみる。が、何も異常はない。火傷なんかしていないし、湿ってもいない。今のは気のせいだろう。

 私は天井を仰いだ。張られている白いクロスを眺める。穴のようなものは確認できない。

「疲れてるのかも」

 そうだ、疲れてるんだ。平日はフルタイムで働いていて、帰宅したあとは夫に気を遣い、娘の世話で時間が過ぎていく。睡眠の質も悪いのだ。なんせ、祐奈のシングルベッドに二人で並んで寝ているんだから。

 今のうちに寝ておこう。

 コーヒーを飲んだ直後だけど、速攻で眠りにつける自信がある。


「お母さん、どうしたの? 具合悪い?」

 不安の滲んだ声がした。祐奈の声。

 目を開けて首を左に曲げると、ベッド脇に座っている娘と目が合った。

「んー大丈夫。昼寝してただけ」

 心配してくれてありがと、と付け加えて、私は上体を起こした。

「いま何時?」

 部屋の照明がついている。

「五時三十分」

 祐奈が腕時計を見ながら教えてくれる。

「え、そんな時間? やば」

 私は慌ててベッドから下りた。今日は土曜日だ。夕飯を作らなければ。

 祐奈の背中を押しながら自分の部屋を出る。すると、夫がキッチンに立っていた。炊飯器の稼働音が聞こえてくる。

「俺がやるから良いよ」

 とくに怒った風でもなく、夫が振り返りながら私に告げる。たまに見せてくれるようになったぎこちない笑み。

「ありがとう」

 素直に嬉しかった。正直、寝起きの体はダルいし、夕飯の献立を考えられるほど頭もクリアになっていない。

「ほんと助かる。ありがとう」

 もう一度言うと、夫がくすぐったそうに笑った。今度は目を細めて。

 とたん、目頭が熱くなった。だってこんな表情、何年も、ううん、五年以上、見ていなかった。

 優しい微笑み。あれは結婚前とか、結婚初期の頃にしか見せてくれなかったものだ。

 喉にこみ上げてくる熱をなんとかやり過ごして、私は夫に話しかける。

「映画、どうだった? 楽しかった?」

「うん、俺が小学校のときに見た映画のリバイバル上映だったんだ。また同じ監督の違うタイトルが上映されるんだけど――」

 夫が私に背を向けたまま話し続ける。サラダに使うサニーレタスを流水で洗いながら。

「三人で行こうか。今度」

「うん、行きたい」

 私は即答した。さっそく祐奈の部屋に向かい、ベッドの上で漫画を読んでいる彼女に話しかけた。


 その翌日も、夫の機嫌が良かった。朝食にパンケーキを焼いてくれた。私の分も。

 昼は私が焼きそばを作って三人で食べ、夕飯は夫が焼き肉の準備をしてくれた。

 食事以外の家事は自然と分担してやった。私は洗濯物を干すのと、風呂掃除。夫はトイレ掃除と掃除機掛け。

 まるで仲が良かったときのようだった。お互いに不満を抱えることなく、気持ちよく家事をこなせているのが。

「お母さん、早く来てよ」

 祐奈が隣の部屋で呼んでいる。

「ちょっとまって。化粧水つけてるから」

 私はドレッサーの鏡を見ながら、化粧水をつけたあと、ハイドロキノンクリームを目立つシミに塗った。これで少しは薄くなると良いんだけど。最後に乳液をつけて娘の部屋に行く。

「祐奈?」

 小さい声で、ベッドに突っ伏している娘に声をかける。返事はなかった。

 近づいて顔を覗き込むと、健やかな寝息が聞こえてきた。電気がついたままの部屋で布団も掛けずに眠ってしまったようだ。私を待つ数分の間に。

 祐奈の体に布団と毛布をしっかりとかけて、照明を消そうとしたところで、ふと、扉のないクローゼットに目がいった。そこには今朝洗った半纏がハンガーにかけられたままだった。娘の安心毛布。十年間そうだったけど、そろそろ卒業なのかもしれない。そして私の添い寝も近いうちに不要になりそうだ。

 自分の部屋に戻って、ドレッサーの引き出しを開けた。爪切りを取ろうとして、無いことに気がついた。

「あれ?」

 いつもここに入れているのだ。同じ場所に置いておかないと、どこにいったか分からなくなるアイテムベスト1だから。独身のとき、新婚時代のとき、何度も無くして、何度も買い直した。買い直したあとすぐに、しつこく探して出てこなかった爪切りが目につくところにあったりして、一時期爪切りが五個勢揃いしたこともあった。

 だから絶対、同じ場所に置こうと決めていた。この五年は紛失することもなかったのに。

「どこやっちゃったんだろ……」

 爪が伸びているから今日のうちに切りたい。間違えて捨てたということはまずない。絶対この部屋にあるはず。

 私はドレッサーの引き出しをくまなくチェックした。上段には細々した化粧道具を詰め込んである。それらを全て出しても、見つからない。下段もなかった。マニュキアと除光液と、引き出しの奥に隠しているもの――夫とセックスレスになってから購入したバイブとコンドームしかない。

 きっちりと引き出しを閉めてから、今度はベッドのサイドテーブルを見て、念のためゴミ箱も漁る。なかったので、押入れのチェスト、道具箱も確認した。けどない。

「これ以上心当たりはないなあ」

 ひとりごちながら、最後にベッドの上を隅から隅まで見下ろした。すると、壁とベッドの隙間に何か落ちていることに気がついた。ベッドを少しずらして、隙間を広げて手を突っ込み、床に下ろす。果たして、目当ての爪切りが手の中に収まった。

 なぜこんなところに爪切りが落ちてる?

 不思議で仕方なかった。ベッドで爪を切ることなんて、五年以上していない。新婚時代はたまにやっていたけど、夫に一度窘められてやめたのだ。

「なんなの……」

 変なことが続いている。何も無いところからカレー臭がしたり、爪切りが変なところにあったり。爪切りは、祐奈のいたずらって線もあるかもしれないけど。可能性はかなり低いだろう。


 次の日、会社に行って同僚に爪切りの話をした。入社当時から隣の席に座っている、同じ派遣社員の同年代の女性だった。私より二ヶ月だけ先輩だ。

「ああ、そういの、私にもあります」

 私の話を興味深そうに聞いてくれた後、彼女は同意してくれた。

「私の場合はスマホだったな。充電器にいつも置いてるのに、急に姿が見えなくなって。部屋中探してもなくて、電話会社に連絡して利用停止にしてもらったんです。そしたらそのあとすぐに見つかって! 充電器のそばにあって!」

「ええ、なんですかね、それ。旦那さんがイタズラしたとか?」

「いや、そうとは思えないですよ。スマホがなくなったときに旦那に電話かけてもらったので。家の中にあるなら音が鳴るだろうなって。でも、どこからも聞こえてこなかった。これは家にはないねってことで、旦那がいる前で電話したので」

 そこまでしてイタズラを通す人なんていませんよ、と同僚が強い口調で言った。なるほど、説得力がある。

「だから猫の仕業ってことにしたんです、結局」

「ああ、猫飼ってましたよね。マルでしたっけ?」

「そうそうマル」 

 可愛いんですよぉ、と可愛い声を更に可愛くさせて、スマホの画面を見せてくる。真っ黒くてコロコロした猫だ。猫だからとりあえず可愛い。

「可愛いねえ」

 私も猫飼いたいなあ、なんて言いながら、空になった弁当箱を片付ける。今日は夫の分の弁当も作った。美味しく食べてくれてれば良いけど。

「そういえば今日の朝、ニュースでやってましたよね。元AKDの新崎明音が大麻所持で捕まったって」

「あ、私も見ました。ネットのニュースで。最近多いですよね、芸能人が麻薬で捕まるケース。女優の河野柚月とか」

 二、三ヶ月前に報道されていた名前を挙げてみる。と、「ええ?」と同僚が本気で驚いたように声を上げ、目を見開いた。けっこう世間を騒がせたのに知らなかったんだろうか。いや違う。彼女とも河野柚月容疑者の話題を喋った覚えがある。

 同僚が納得いかないような顔をして、スマホを繰り始めた。裏を取ろうとしているのだろう。私もスマホを手に取り、『河野柚月』で検索をかけた。するとどうだろう。おかしなことに、彼女が麻薬で逮捕されたニュースなんて、いくら画面をスクロールしても出てこなかった。新しいドラマの主演が決まったとか、写真集が来月発売されるとか、そんなお仕事情報ばかりが羅列されている。

 同僚の方も同様だった。

「違う女優と勘違いしたんじゃない?」

 いや、そんなはずはないんだけど。でも証拠がない。

 おかしいなあ、と首を傾げながら、私はしつこく河野柚月の逮捕ニュースを探した。

『河野柚月 麻薬 逮捕』

 今度は詳しく条件検索してみる。十分経過したところで、ようやく関係がありそうなサイトにたどり着いた。それは女性から絶大な支持を得ている大型掲示板のスレッドだった。

『河野柚月が麻薬で捕まったってニュースを見たんだけど』

 そんなタイトルと、一番目のレスが目に留まる。

『たしか8月15日だった。夕方のテレビの速報で、逮捕されたって流れてた。なんで日付まで覚えてたかっていうと、私の誕生日だったから。他にもニュースを見た人いませんか? 周りに話しても、そんなニュースみたことない、河野柚月が捕まるなんてありえないって全然相手にしてくれません』

 その訴えに対し、レスが百件近く付いていた。『私も見ました!』とか『勘違いでしょ』とか、『名誉毀損になりますよ』などなど。

 私の手の甲にざあっと鳥肌が立った。私と同じ状況の人がいる。そのことに安心したのも束の間だった。確実に、自分の身に何か、不可解なことが起きているんだと実感してしまった。というより、私、こういう現象を知っていた。ネットで情報を得ていた。

 これが噂の、マンデラエフェクトだ。


 マンデラエフェクト――事実とは異なる記憶を不特定多数の人間が共有している現象のこと。2013年まで生きていた南アフリカの指導者、ネルソン・マンデラについて、1980年代に獄中死したという記憶を持つ人が大勢現れたことから、この言葉が生まれた。

 ただの認識の相違と結論づけるには、誤認者の数が多すぎて、オカルト的な視点で語られることもある。つまり、1980年代にマンデラさんが死んだ世界があるのではないかと――その世界から今の世界に来ている人間がいるのでは、と。

 本当にそんなことがあったら面白そうだな、なんて思ってた、正直。そういう非現実的な現象に興味を持っていた。だけど実際に自分が経験してみたら、ふつうにちょっと怖い。

「私の勘違いだったみたい、さっきの」

 同僚に一言告げてから、洗面道具を持って席を立った。歩きださずに、慣れ親しんだ職場を眺めてみた。視界の突き当りには上座があって、イケメンの部類に入る部長――見た感じ五十代前半か――が座っている。彼に「長瀬くん」と、関西訛りの発音で呼びかけられ、長瀬課長が突進する勢いで、部長のもとに歩み寄っている。

 よく目にする風景。とくに違和感を覚えることもない――いつもの日常。他の面子も確認する。入社した頃からいる人、私より後に入ったひと、それぞれいる。知らない顔はひとつもない。大丈夫だ。

 私はホッとしながらトイレに向かった。個室がひとつしかない狭い室内。先客はいなかった。洗面台の前に立って、ポーチから中身を取り出そうとして、手が止まった。歯磨き粉は愛用しているシュミテクトで問題がなかった。歯ブラシが、違う。私の記憶にある会社用の歯ブラシは、ビトゥイーンコンパクト毛先柔らかめのピンク色だった。なのに、目の前にあるのは青だ。それも、夫お気に入りの『職人が作った歯ブラシ』シリーズ。

「なぜ」

 職人が作った歯ブラシシリーズの歯ブラシは、たしかによく汚れが取れる優れものだ。コスパも良くて、一時期私も使っていたけれど。二年前から自分で歯ブラシを購入していた。

「なぜに?」

 もう一回呟いてから、私は青い歯ブラシで歯を磨いた。それしかないんだから仕方がない。毛先は少し広がっていて使用感があった。

 絶対変だ。おかしなことが起こっている。

 それは分かっているんだけど、私は落ち着いていた。歯ブラシが変わったくらいじゃ何の被害もないし、迫りくる危機に直面しているわけでもない。

 それに、あの本にも「今起こっている現象を冷静に、当たり前のように受け止めろ」って書いてあった。そうすることで、新しい世界に馴染んで定着するって。

 就業フロアに戻り、自分の席に着いて、仕事を再開した。基幹システムに、上司から頼まれた数字を入力する。単調な作業で眠気に襲われそうになっていたとき、タイミング良く電話が鳴った。電話応対は、眠気覚ましに最適なのだ。

 相手の声だけで、どこの誰か分かる。余裕を持って「お世話になっております」と答えていたら、急に通話が途絶えた。相手の声、というか、背景の喧騒も消えた。

 キーン、という甲高い耳鳴りがして空いている手で耳を塞いだときだった。床からドン、と突き上げてくるような揺れが起こった。

 地震だ。それもかなり大きな。

 私は受話器を置いた。周りを気にする余裕もなくなり、デスクの下に潜り込んだ。横にグラグラ揺れている。床に両手をついて蹲る。歯がカチカチ言った。

 目を瞑って、揺れが収まるのを待った。途中から数を数え始め、十五秒が経ったとき、ピタッと揺れが止まった。ふう、と安堵のため息が出た。

 震度はいくつぐらいだろう? 最初の突き上げは、五ぐらいあるかと思ったけど。でも、横揺れは大したことがなかった。物が落ちる音もしなかったし。――ていうか、なんで全然音がしないんだろう。変だ。けっこう揺れたのに、驚く声も聞こえてこなかった。

 私は嫌な予感に囚われながら、机の下から出た。

「え、なに、なんなの」

 思わず呟いていた。だって、目の前から人が消えているのだ。さっきまでいた同僚、部長、他の人たちが、全員いない。

 物はある。ちゃんと。机、机の上のパソコン、マウス、整理整頓ができない人の、今にも崩れそうな書類の山――すべて。

「どこ行ったの? みんな」

 大声で叫んだ瞬間、カツン、と物が落下したような音が、耳に飛び込んでくる。聞こえてきた方向に視線を走らせると、部長の席の近くにある神棚から、造花の榊が器ごと床に落ちていた。

 やっと音が聞こえた。少し冷静さを取り戻した私は、自分の席に視線を戻した。とたん、洪水のように音が流れ込んでくる。電話の受信音、課長を呼ぶ誰かの声、そして隣にはいつもの同僚。

「今の地震、けっこう揺れましたね」

 狐につままれたよな気分のまま、私は同僚に声をかけた。実はすごく怖い体験をした感じがするんだけど。周りの人は何もなかったかのように、各々の仕事をこなしている。

「え? 地震ありました? 私は気が付かなかった」

 同僚が目を瞬かせながら、首を傾げた。とぼけているようには見えなかった。

 じゃあ何だったんだろう、あの揺れは。こっちが首を傾げたくなる。

「それより、今日さっさと席替えしちゃいましょう。面倒なことは早く終わらせたいんで」

「え? 席替え?」

 そんな話、聞いていなかった。

「なんで席替え?」

「とぼけてるんですか?」

 同僚があからさまに、苛ついた声を出した。

 わけが分からない。更に話を聞こうとしたとき、また誰かが課長を呼ぶ声がした。聞き覚えのない声だった。声がする方を見ると、見たことのない男が、部長の席に座っていた。


 電車が最寄りの駅に着いた。私は現実感がないままエスカレーターで改札階に下り、スマホを翳して自動改札機を通り抜けた。ふと気になって立ち止まる。スマホに入っているパスモのアプリを開いて、直近の購入履歴を確認してみる。一週間前に半年分の定期を買っている形跡があった。

 おかしい。私は今まで、三ヶ月毎に定期を継続していた。派遣の契約が三ヶ月更新だからだ。ところが私は、十月から直接雇用してもらえるようになった、らしい。同僚に教えてもらって、上司にも確認を取った。「いつも頑張ってくれてるからね。残業も嫌がらないし」と言い添えられて、私は「はぁ」としか返せなかった。

 今までの私は残業を断ることが多かったのに。私の帰宅が遅くなると、夫がいつもに輪をかけて機嫌が悪くなるから。

 頭がクラクラしてきた。ふらつきながらも駐輪場まで歩いて、自分の自転車を探す。今日はたしか、出入り口付近に置いたはず。記憶をたどりながら、六年以上乗っているサビだらけの黒い自転車を探した。のに見つからない。

 駐輪場内を巡回しているオジサンに声をかけられて、一緒にさがしてもらうことになった。て、このオジサン、初めて見る顔だ。

「最近このお仕事始めたんですか?」

 見た目が太っちょで気の良さそうな人だったから、気軽に聞いてみた。

「いいや、一年以上この仕事やってるよ」

 まただ。またおかしな現象。いよいよ自分の記憶が怪しくなってきた(いや、とっくに怪しかったんだけど)。

 念のため、バッグのポケットから(このバッグも買った覚えがないんだけど)自転車の鍵を取り出した。私の予想が当たっていた。見覚えのない鍵と、キーホールダー。

「すみません、自転車の色、違いました。たぶんクリームイエローです」

 この世界では、私はクリームイエローの自転車に乗っているような気がした。黒いボロ自転車が壊れたら次に買おうとしていた色だからだ。着ている服も、黄色いモヘアのニットだ。――この服は変わっていない。買った記憶があることに安堵した。

 果たして、クリームイエローの私の自転車はすぐに見つかった。持っていた鍵を差し込むと、カチャンと正解の音がして、動き出した。

 オジサンにお礼を言って駐輪場を出た。ラブホが二軒並ぶ裏道を選んで、猛スピードで自転車を漕いだ。頭がふらつくとか言ってる場合じゃない。とにかく気になるのは、娘のこと、夫のことだ。

 ここまで世界が変わっているのだ。家族が変わっていない、という保証はない。

 今日は職場で苗字を呼ばれていない。私はまだ夫の苗字? それとも旧姓? ああでも、メールアドレスはいつもの苗字が使われていたから大丈夫か。

 雨が降ってきた。眼鏡に雨粒が張り付く。て、なんで私眼鏡をかけているんだろう。通勤のときはコンタクトにしたんじゃなかった?

 人通りのある道に差し掛かり、ガタつく歩道を徐行する。雨脚が強くなっている。通り過ぎる車のライトが、歓楽街のネオンみたいに光をうじゃうじゃと放っている。赤、青、黄色。濡れたアスファルトに乱反射する。街灯の一本一本が白い渦を巻いていた。

 視界がマズイ。これだから雨の眼鏡は嫌なんだ。

 10メートルあるかないかの橋を渡るとき、よく見かける二人連れの自転車が視界に入った。こいつらはいつも並列で自転車を漕いでいる。毎回遭遇するたびにイライラしていたけど、今日は別だ。変わっていないことが嬉しい。辛抱強く彼女らが橋から脇道に逸れるのを見守りながら、私はまっすぐ進んだ。

 ホームセンターが二軒並ぶ通りを過ぎ、ようやく自宅のマンションがある小道に入った。

 薬屋の角を曲がって、細い歩道を突き進む。見慣れたマンション、アパート、クリーニング屋。できるだけ視界に入れて確認して、安心する。大丈夫、大丈夫だ。

 マンションの駐輪場に自転車を置いて、私はエントランスに向かった。先にドアを開けて中に入っている人に、「こんばんは」と挨拶をする。と、明るく挨拶を返され、また安心した。

 全身水浸しになりながらも、私は自宅のドアまで歩き、鍵穴に鍵を差し込んだ。ガチャっと正解音が鳴った。この先もきっと大丈夫なはずだ、きっと。

 唾をごくんと飲んで、深呼吸を一回してから、玄関のドアを開けた。


 三和土に足を踏み入れたとたん、カレーの匂いが漂ってきた。いつもの、我が家のカレーの匂い。ふっと息を吐いて、入って右側にある収納ボックスに視線を向けた。狭い上辺のスペースには、写真立てが所狭しと並んでいる。見覚えのある娘の七五三の写真――以外にも何枚か。夫が追加して飾ったのだろうか。薄暗いので電気を点け、しっかり確認する。

 私達の結婚式の写真が一枚――マーメードラインのウェディングドレスを着た私と、シルバーグレーのタキシードを身にまとった夫のツーショット。

 新婚旅行のハワイで撮った、マウナケア山のサンセットの風景写真。

「――なんで?」

 結婚式の写真も、新婚旅行の写真も、ずっとずっと目にしてこなかった。夫がしまい込んだんだから。リビングのチェストの引き出しの奥に。二度と見たくないとでもいうように。

 雨に濡れた皮膚が、静電気が起こったようにピリピリと痛んだ。

「ただいま」

 大きい声を出そうとして、失敗する。声が掠れて裏返った。

 おかえりーと、のほほんとした声が二つ返ってきた。娘と夫のものだ。

 私は靴を脱ぎながら、上がり框にバッグを置いた。弾みで水滴が床に跳ねた。そこで自分が水浸しだったことを思い出す。

「祐奈ータオル一枚持ってきてよ」

 リビングに向かって大声で頼むと、十秒もたたぬうちに夫がやってきて、タオルを手渡してくる。

「おかえり。雨がちょうど降ったみたいだな。大変だったな」

 労うように言われて、私は「うん、ありがとう」としか言えなかった。受け取る手が震えて、それが夫にバレないことを祈る。機嫌の良い、優しい夫には、まだ慣れていないのだ。

「今日はケーキがあるよ。結が契約社員になれたお祝い」

 夫がニっと笑ってから、リビングに向かって歩いていく。

 タオルで体を一通り拭いてから、私は洗面所で手洗いうがいをしてリビングに向かった。ダイニングテーブルには、すでに三人分のカレーライスが配膳されていた。生野菜のサラダ、夫お手製のローストビーフまである。本当に私のためにお祝いしてくれるようだ。

 麦茶を飲もうと、冷蔵庫を開けると、中には缶ビールが三本、それ以上の数のノンアルが入っていた。他にも、私の好物のキムチ「鶴橋」と、わらび餅が鎮座している。扉を持つ手に鳥肌が立った。

「どうしたの、冷蔵庫の中。私の好物ばっかり」

 私は夫を振り返った。彼は各々の皿にレタスをサーブしていた。

「そう? いつもと変わらないだろ」

 何を今更、と笑いながら夫が言う。

「それよりケーキに注目しろよ。ちゃんとケーキ屋で買ってきたんだから」

「あ、うん」

 私は冷蔵庫の上の段にあるケーキの箱を見た。以前、佳代子さんがうちに持ってきてくれたケーキと同じ店だ。

「この店のショートケーキ、美味しいよね。苺が大きくて」

 ようやく私の心にも余裕ができてきた。佳代子さんの顔を思い浮かべたせいかもしれない。

 三人そろってテーブルを囲み、会話を楽しみながら食事をする。

 私の思い描いていた理想の家庭そのものだった。

「もう二冊目の交換日記が終わっちゃったんだ。お互い一回に付き二ページ以上は書いてるからさあ」

 自慢げ且つ嬉しそうに話す祐奈は、私の娘であることに間違いはない。口調、笑い方、話す内容に違和感を覚えることもない。ただ、髪がいつもより長い。胸のあたりまである。服装も違う。ボーイッシュな格好ばっかりしていたのに、今はスカートだし、襟付き、フリル付きのブラウスを着ている。まあ似合ってるし可愛いんだけど。

「向日葵ちゃんとやってるんだよね、交換日記。続いてるね」

 私が合いの手を入れると、祐奈が「へっ?」と素っ頓狂な声を出した。

「なんで向日葵ちゃんが出てくるの? 全然仲良くないのに。香澄ちゃんと交換日記してるの!」

 途中から怒ったような口調になった。

「え、そうなんだ?」

 ああ、そうなんだ。この世界の祐奈は、香澄ちゃんと仲が良いのか。そんなの知らないわよ。この世界には来たばっかりなんだから。

 私は娘の機嫌を取るべく、「交換日記ってやりだすと熱くなるよね。『ずっと仲良しでいようね! 私たちの友情は永遠だよ!』みたいなこと書くでしょ?」

「うんうん、毎回書いてるし、相手も書いてくれるよ!」

「そうそう、お母さんも小学校のときやってたことあるけど、そんな感じだったよ」

 その交換日記の相手と、今は全然付き合いがないけど。今どこでどうしてるかも知らない。

 私達の交換日記ネタが一旦終わると、夫が話題を変えてきた。

「今日、会社で席替えしたの? 面倒だって言ってたけど」

「あ――やったよ。隣の同僚と席を交換するだけだったんだけど、けっこう時間かかったよ。別に、やらなくても良いのに」

 私が愚痴っぽく話すと、夫が「けじめは必要だから良かったんじゃないの」と返してくる。

「有能だって認められたから契約社員にしてもらえたんだろ。だったら派遣の人より上座にならないとな」

「そう?」

 ほんとどうでも良いんだけど、夫の言葉に気分が良くなってきた。

「でも風当たり強くなりそうだな。その同僚、ちょっと素っ気なくなっちゃって」

 地震のあとから、急に態度が変わった。あっちから全然話しかけてこなくなった。きっと明日からもそうだろう。

「気にするなよ。嫉妬してるだけだろ」

 夫が迷いなくスパッと言う。なんというか、私の味方に徹している感じがした。

 今度は私が話題を変えることにした。

「今日、地震なかった?」

 一応聞いておこう。

「なかったよ」

 娘と夫が同時に同じことを言った。

「そっか。なかったか」

 私はそんな一言で話を切った。

 その後夫が買ってきてくれたショートケーキを食べた。赤みの強い大きな苺が載っていて、甘さ控えめの上品な生クリームがコーテイングされていて文句なく美味しかった。娘が夫から苺を盗んでいて笑えた。

 ケーキが佳代子さんが持ってきてくれたものと同じで、なんだか嬉しかった。世界が変わっても、変わってないことのほうが多いんだろうなと思えた。

 食事を終えて一時間後に祐奈が一人でお風呂に入った。お湯を沸かすボタンを彼女が押して、お湯沸きのチャイムが鳴ったら、さっさとパジャマと下着を持って浴室に向かったのだ。私は何も言わずに見送った。落ち着いた心持ちで、今の状況を受け入れる――それがだいぶ板についてきた。祐奈は寝るのも一人でできた。

 十年連れ添った半纏は、この世界にはなかった。


 翌日、私は六時二十分に起きた。まずはじめに洗濯機を回し、浴室のバスタブだけ洗ってから朝食の準備をした。三人分のベーコンエッグを作って、チーズトーストを二枚焼き、コーヒーを二杯分淹れた。先に一人で食べていると、七時に鳴った目覚ましを消して、自力で祐奈が起きてきた。やっぱりこの世界の祐奈はシッカリしている。

「おはよう、祐奈」

「ん、おはよう」

 今日の寝起きは良いらしい。ちゃんと挨拶するし、表情が明るい。

 祐奈がテーブルを素通りし、洗面所に向かった。水の流れる音と、うがいをする声が聞こえてくる。すぐに戻ってきて、冷蔵庫から野菜ジュースを取り出して、自分でグラスに注いでいる。

 私の世話を必要としない娘の流れるような動きに感心しつつも、これから先ずっとこうなのかと思うと一抹の寂しさを覚えた。

「今日は天気が良いね」

 言いながら、私は背後にある窓のカーテンを開けた。まばゆい陽光が入ってきて、部屋全体が明るくなった。

 祐奈が黙々と食べているので、私も話しかけることはせずに、夫の席にあるハムエッグとコーヒーを眺めた。こっちでも夫は朝が弱いようだ。起きてくるのが遅い。あえて彼の分のチーズトーストは用意しなかった。冷めたらカチカチになってまずい、とかつて夫に言われたことがあったからだ。そして、もう朝ごはんの用意はしなくて良いと、キレられた。だから前の世界では夫の朝ごはんは作っていなかった。

 祐奈が食事を終えて部屋に戻り、ドアを閉めた。着替えるのだろう。

 私もそろそろ出勤の準備をしなくては。自分と祐奈が使った食器を洗ってから歯磨きをして、自室で着替えと化粧を済ませた。

 通勤バッグを携えて、玄関で靴を履いているときに、ようやく夫が起きてきた。私の姿を見て、「おはよう」と挨拶をしてくる。私も挨拶をすると、夫が玄関にやってくる。

「傘、干しとくよ」

 玄関ドアに立て掛けてあった三人分の傘を夫が抱えた。

「あ――ありがとう。助かるよ」

 やけに感情の入った声が出た。

 急に胸のあたりが熱くなった。目が潤んでくる。

「喜び方が大げさだな。いつもやってるじゃん」

 夫が困ったように笑った。

 だって、そんな当たり前のこと、前はしてくれなかったんだよ。私の傘だけ干さなかったんだよ。

 もちろんこの気持ちを、目の前の夫に訴えたりはしない。同じ顔、同じ体をしていても、前の夫とは別人だし、私と同じ記憶を共有していないんだから。

 自転車で駅に向かう途中、見覚えのない店を発見した。きれいな建物の一階に入ったパン屋。もうオープンしているようで、その店を通ると焼きたてのパンの匂いがした。

 急遽自転車を止めて、店に入ってみる。

 店内には、若いOLが一人、惣菜パンを物色していた。私は冷蔵ケースに入ったサンドイッチ類を眺めたあと、ボックスに入りのミックスサンドウィッチを選んだ。レジに持って行き、店員が感じの良い中年女性だったから、話しかけてみた。

「このお店、最近できたんですか?」

「いいえ、最近じゃないですよ。五年前からここでパン屋やってます」

 苦笑しながら店員がレジを打つ。

「そうですか。最近まで眼鏡屋だった記憶があるんですけど」

 このレジカウンターのあたりに、ずらっと眼鏡が陳列されていて、私もたまに冷やかしていたような――。

「ああ、前に同じこと仰ってるお客さんがいましたよ」

 店員がちょっと驚いた顔をして、パンを入れた袋を渡してくる。

 私も一瞬驚いたけど、すぐに納得した。やっぱり、私以外にも平行世界を引き寄せて移動する人がいるんだ。これもきっとマンデラエフェクト。

 通勤電車に乗っている間、私は佳代子さんにランチお誘いのメッセージを送った。すぐに快諾のスタンプが送られて来て、さらに、『ところでインドカレー味のカップヌードル、美味しかった?』と質問のメッセージが届いた。

『いや、食べたことないよ。なんでそんなこと聞くの?』

 メッセージを打つ指が湿り気を帯びる。まただ。また私の記憶が危うい。

『まだ食べてないんだ。感想聞いてから私も買うか決めようと思って』

 歯がゆい気分になる。そんな答えを求めているわけじゃない。

『私がカップヌードル食べるってなんで思ったの?』

『買ってたからだよ。この前スーパーで会ったとき、結さんのカゴに入ってたから』

 わけがわからない。佳代子さんとスーパーで会ったときに買ったのは、缶ビールとノンアルだけ――そこまで考えて閃くものがあった。急いで過去にやり取りしたメッセージを確認する。

 私の記憶と同じ日に、佳代子さんからのメールがあった。でも、内容が違う。

『さっきは短い時間だったけど話せて楽しかったよ。相変わらず旦那さんと仲良さそうで羨ましい。またランチしたいね』

 コンタクト云々のメッセージはない。それはそうか、と思い至る。だってこの世界では、私は眼鏡をかけている。


 その日仕事を終えて帰宅すると、私はすぐにリビングに向かった。キッチンに立っている夫に「ただいま、今日もありがとう」と告げながら、プラスティック用のゴミ箱の蓋を開けた。漁らなくても、すぐに見つかる。カップヌードルの容器が二つ。

「このカップヌードル、いつ食べたっけ?」

 夫に容器を見せながら問うと、「土曜日の昼だな」と即答される。

 土曜日の昼。

 前の世界では、夫は映画を観に行っていて、家で食事はしなかった。おそらく、私と二人きりになるのが嫌で――。

 私は前日の残り物で済ませた。でも、カレーヌードルの匂いがした。見えないのに、匂いがしたのだ。

「それって、さあ」

 ニアミスってやつじゃないの?

 前の世界と、今の世界が重なりそうで重ならなかった。だから匂いだけを感じた。

 今の世界で夫と私が仲良く食べていたカレーヌードルの匂いだけが前の世界に漂った。近かったから。

 そんな仮説が私の頭に浮かんだ。そうであれば、不思議な現象の説明がつく。一応は。

 じゃあ爪切りが、ドレッサーの引き出しから、ベッドの下に移動したのはどうして?

「私ってベッドで爪切ってる?」

 自分じゃわからないから、また夫に聞いた。

 夫が鍋の中身をお玉でかき混ぜながら、「それな」と呟いた。

「いい加減、ベッドで切るのやめたら?  飛び散った爪がベッドに残ってたら、寝ているときに刺さるかもしれないだろ」

「あ――そうだね」

 私の身を案じて、注意してくれていたのか。前の世界では理由までは言ってくれなかった。ただ「やめろよ」と不機嫌な声で怒られて、理不尽な気持ちになりながらも言うことを聞いたのだ。

 まあとにかく、爪切りの件も理由が分かった気がする。多分、両方の世界が短い時間重なったんだ。融合するまでには至らなくて、すぐに世界が離れた。別の世界の私がベッドで爪切りを使った名残なんだろう。そういうことにしておく。

「あとひとつだけ聞いて良い? なんで私、最近コンタクトつけてないの?」

「一週間くらい前からだろ。コンタクトすると目が痒くなるから、当分つけないって言ってたよな? このままずっと眼鏡でも良いと思うけど」

 ふむ。なるほど。

 それにしても、こっちの夫。よく私のことを知っている。私が自分のことを話しているってことかもしれないけど。

「これはなにかのテストか?」

 夫が呆れたように言う。でも本当に呆れているわけじゃないって分かる。口角が上がっているから。ほんと、こっちの夫は優しすぎるくらい優しい。

 私が派遣から契約社員になれたのも、この夫のおかげだと思う。前の夫みたいに、帰宅が遅くなっても不機嫌なんかにならなくて、むしろ「お疲れ様」って労ってくれたんだろう。だから必要だと判断したら、私は迷わず残業していたんだ。


 こっちの世界に来て五日目。辛い平日がなんとか終わった。仕事が本当に大変だったのだ。部長が別人になっていたり、契約社員になったことで仕事の範囲が広がったり、派遣の同僚には気を遣ったりで、職場では神経をすり減らしていた。

 ようやく金曜日の夜になって、のんびりできると思った矢先に、とんでもない物が紛失していることに気がついた。

 絶対他人には見せられないもの。

 二年愛用してきた大人のおもちゃ。クリトリス吸引機能付きの、耐久性と防水性に優れた、ピンク色のバイブ。

 これが万一、日中のリビングや、娘の部屋、夫の部屋、風呂場に出現したら最悪だ。恥ずかしくて死ぬ。死ねる自信がある。

 さっき、ドレッサーの下段の引き出しを開けて、それがないことに気がついて、危うく悲鳴をあげそうになった。

 やばい。やばいって。どこに行ったんだろう。私の部屋にあるならいいんだけど。

 私はベッドに立って、部屋中を俯瞰した。しかし、見つかるわけがなかった。

 ベッドの端に座り頭を抱えていると、コンコン、と部屋のドアをノックされた。祐奈かな? 途中で目が覚めて眠れなくなったとか? シッカリしてきたけど、やっぱり怖がりなところは健在なのかな。

 私はちょっと嬉しくなって、ドアを開けた。夫が立っていた。

「今日は体調悪いの?」

 声のトーンを下げて夫が聞いてくる。心配してくれているみたいだ。夕飯を食べていたときに、疲れたって一回くらいは言った気がするから、そのせいかな。

「そうだね……ちょっと疲れてるけど、なに」

「そっか。じゃあ今日はやめておくか。ゆっくり休んでね」

 ぎこちなく微笑む夫に、やめるって何を? と聞き返した。

「なにとぼけてるの。いつも金曜日の夜はしてるだろ。時間になっても俺の部屋に来ないから具合でも悪いのかと」

 苦笑しながら夫が続ける。

 明日できたらしようか。たまにはラブホに行く? 駅前の。前に行ったけどなかなか良かったよな。祐奈は明日も、昼から夕方まで友達と遊ぶみたいだし――。

 聞いているうちに意識が遠のきそうになった。

 そっか。この世界では私たち、レスになってないんだ。週一のスパンでセックスしてるんだ。そりゃあ仲が良いわけだよ。セックスありで、お互い気遣って生活してて、娘は手がかからなくて、経済状況も恵まれているならば。

 私の頭に軽く手を載せたあと、夫は「たまにはゲームでもするか」と独り言を言いながら彼の部屋に戻っていった。

 ドアを閉じて暫しの間、私はその場に立っていた。一瞬触れられただけの髪の毛、頭皮が脈打つみたいに痺れていた。決してトキメキの類ではない。緊張しかない。まだ私は、夫と対面するだけでも二の腕の皮膚がピリピリするし、話しかけるときも返事をするときも喉がつかえた感じになる。そんな状態で体を重ねろというの? 私にとっては苦行でしかない。

 でも、この世界に留まりたいんだったらあるがままに受け入れなくちゃいけない。今までしていたように、これからもしていくのだ。

 明日、できたらしたいと言っていた。夫が。私は夫ののぞみを叶えられる? たった一日で心の整理をして、割り切ってセックスするの?

「無理だよ」

 私は呻いた。

 夫にされてきた仕打ちを忘れるなんて、到底無理なのだ。挨拶しても話しかけても、蔑むような目で見られて無視されて、三人でいるときも、私はいないものとされてきた。私は道端に転がる石のように扱われていた。人間扱いされていなかった。

 料理をはじめとする家事全般を平日はこなしてくれていたし、そのことに感謝はしていたけれど。彼に対する感謝と、私に巣食った憎しみは別の問題だ。

 彼は一度嫌いになった相手には容赦がない。とことん冷たい態度を取ってくる。

 あれが彼の本性だったと思う。私に本性を晒した。離婚しても構わないと思っていたからだ。

「許してないんだ、私は」

 夫にされてきたこと全般を許していない。許していないけど、まともな態度を取ってくれて嬉しかった。でもセックスは無理だ。許していないから。

 あなたのこと信じてないよ。許してない。セックスなんて冗談じゃない。ずっと優しくしてくれなかった。祐奈が生まれたら私に関心を払わなくなった。扱いが雑になった。

 お互い様なのは分かっていた。私にだって悪いところがあった。反省しなくちゃいけない。だけど心の中で相手に対する恨み節が渦巻いた。

 形ばかりの自問自答がようやく私の中で終わった。

 スマホで時刻を確認すると日付が変わったところだった。

 何か私、やろうとしてなかったっけ? ああ、バイブを探そうとしてたんだ。でももう、その必要はない。最初からこの世界では、私の部屋になかった。買う必要がなかったんだから。

 私は隣の部屋にそっと入った。微かに娘の匂いがして、固まっていた体から力が抜けていく。

 ベッド脇まで寄って、真ん中の位置で仰向けに寝ている祐奈を、壁側に優しく押しやった。できたスペースに体を滑り込ませ、私は娘の手を握って眠りについた。


「お母さん、そろそろ起きようよ」

 娘の声で私は目覚めた。

 私の顔を見下ろしてくる彼女は、紫色の半纏を頭に被っている。十年一緒の安心毛布。なんだかホッとした。やっぱりもうちょっと、半纏とセットの娘を見ていたい。可愛いから。

 ベッドから下りて、娘と一緒にリビングに向かう。と、夫がトースターに食パンを三枚投入しているところだった。テーブルにはすでにベーコンエッグが準備されている。三皿。

 私は自分の席に座って、キッチンに立ってコーヒーを淹れている夫に「ありがとう」と声をかけた。

「うん。珍しいね、八時過ぎまで寝てるなんて」

「え、あ、うん、寝ちゃったな」

 とぎれとぎれの返事をしてしまう。だって、こんなに口数が多いのって、滅多に無いことだ。

 食卓に全てが揃って、三人で食事を摂り始める。夫は娘にだけ話しかけている。表情は硬い。私がこの場にいるからだろう。それでもさっき会話がちゃんと成立した。嬉しかった。

 いま私がいるのは、たぶん出発点の世界だ。娘が半纏を羽織っているし、夫の態度がぎこちないから。

 あくまでも私の予測だけど、私はいくつかの平行世界を引き寄せて移動していたんだと思う。初めての移動は、夫にロールキャベツを褒められたときだろう。少し夫婦仲が好転した世界を引き寄せた。その後も微妙に違う世界を行き来していたときに、あの地震が起こって、現実とはかけ離れた世界に入り込んだ。あれはなにかの間違いだったんだと思う。少なくとも私が読んだ本のメソッドで起こったことじゃない。奇跡とか、神様の気まぐれとか、そんな類のもの。結局、あの世界に馴染めなかったから、私は弾かれて元の世界に戻ってきたんだろう。戻ってきてどこかホッとしている。でも勿体ないことをしたなっていう後悔もちょっとある。めちゃくちゃ優しい夫とか、契約社員になれたことに、未練がないとは言い切れない。でも仕方ない。あんな未来があることを信じて頑張るしかない。今日の夫は機嫌が良さそうだし、幸先の良いスタートだ。

 夫が一番先に食事を終えて席を立ち、トイレに向かった。

「今日のお父さん、なんか優しいね」

「うん、そうだね。私も思った」

 祐奈が声を潜めて同意をしてくる。

「祐奈が何か言ってくれた? お母さんに優しくしてとか」

「ううん、言ってない」

 牛乳に浸したチョコレート味のコーンフレークを、娘が美味しそうに食べている。これとチーズトーストとベーコンエッグを食べるんだから、たいした食欲だ。

「本読んで変わったとか?」

「本?」

「うん。欲しい本があったからお父さんに買ってって頼んだんだよ。すぐに買ってくれたんだけど、私に読ます前にお父さんが試し読みするって言って読んでたんだ」

「なんて本?」

「お母さんがお風呂で話してた本だよ。ええと、たしか」

 それって、もしかして。

「平行世界式引き寄せの法則」了


 参考文献:福原 恕著/PIAM -ピアム-: 5次元を使いこなす「並行世界式」引き寄せの法則



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