表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

2 優しい言葉が重荷になる ✳挿絵あり

 クリニックを出たセンリは、自分で診断書を提出しに向かった。

 チヨに提出を頼んだら、「書類出すくらい自分でできないのか」と会社の人たちに笑われる気がした。



 誰に提出すべきかわからなくて人事課に電話をしたら、人事課に持ってくるよう言われた。


 センリは事務課のため、階が違う人事課のオフィスに入ることはほぼない。こんな形で来るとは思いもしなかった。

 先程電話で応対してくれた、人事課長の蛇場見(じゃばみ)(かける)に頭を下げる。

 


「秤。休職しなければならないって?」

「……す、すみませ……」


 謝るのが癖なんですか? と初田に聞かれたことを思い出して、言いかけた謝罪を飲み込んだ。


「あまり気に病むな。うちの娘も、数年前働けない状態になったことがある」

「……そう、なんですか?」

「ああ。ときには休むのも必要だ。診断書をもらっておこうか。これに添える休職届けも書いてもらおう」

「はい」


 人手不足なのに休む気か! と怒られる覚悟をしていたが、労いの言葉をもらってしまった。


 自分の父親が生きていたら蛇場見くらいの年齢だから、こんな人が自分の父だったらななんて思う。


 蛇場見が診断書を検めて、なんとも言えない表情をした。


「あの……なにか、不備でも?」

「いや、不備はない。秤。主治医が初田なら安心していい。変な男だが腕は確かだ」


 まるで初田と知り合いかのような言い方をする。

 人の事情に踏み込むようなことは聞けなくて、センリは書類の記入をするのに意識を移した。



 書こうとして、ペンがすぐに止まった。自分の住所氏名を書いて判子を押すだけなのに、頭に文字が浮かばない。

 クリニックの問診票を書くときもそうだった。考えても漢字が出てこなくて、ところどころひらがなで書いた。


 一枚書くのに何分もかかる。


 横でセンリの様子を見ていた蛇場見は、ふっとため息を吐く。


「そんなになるまで無理していたのか。運動部だって、体調不良のときは練習を休むぞ」


 全員が全員、蛇場見のような考えならいいのに、現実は残酷だ。

 嫌な先輩が一人いるだけで、職場は地獄になる。


「一ヶ月経っても復職が難しそうなら、早めに言ってくれ」

「……はい」


 休職約一ヶ月、明日から八月の末まで。

 九月のあたままでに、どれくらい回復できるものだろうか。


 人事課の他の人も、「しっかり休んで元気に戻ってきてね」と言う。


(元気で戻れなかったら失望されるのかな)


 優しさすら重荷に感じてしまう、そんな自分の後ろ向きさが申し訳なくなった。

 事務課にも話をしなければならない。

 挨拶をするために部署に顔を出したら、案の定。

 田井多が他のメンバーに聞こえないようコソっと呟く。


「休職ねぇ。俺だって毎日疲れているから休みたいよ。お前と違って独り暮らしだからできねー。家賃の心配がない実家住みコドオジはいいねぇ」


 センリが都合のいいやつでなくなった途端、この態度だ。

 これからひと月、田井多は別の後輩に残業を押し付けるのだろう。

 そうしたら、きっと恨まれるのはセンリだ。

 残業を押し付けている田井多でなく、スケープゴート役から降りたセンリ。


 センリは何も言わず、頭を下げてオフィスをあとにした。



 スマホを見ると、チヨからのショートメッセージが何件か入っていた。

 よく見れば最新のメッセージは五分前。会社すぐそばの公園にいると、書いてある。


 猫柄の日傘をさした小さな姿が近づいてきた。


「センリ、終わったのかい?」

「先に帰りなって、言ったのに」

「いいじゃないかい。心配くらいさせておくれよ」


 幼い頃はセンリより大きかった背中。

 今ではセンリより小さくて、エビみたいな曲線を描いている。


 センリの祖父母は、シルバー人材で働きながら年金を受け取って生活している。

 センリはもう三十歳で、祖父母を支える側にならないといけないのに、うつが治るまで寄りかからないといけない。


 焦ってはいけませんと初田に言われていても、やはり気持ちは急く。


 チヨは日傘をかたむけて、空を見上げ目を細める。

 


「センリ。良い天気だね。たまには景色を楽しみながら帰るのもいいと思わないかい」

「…………うん」


 暑くてダルい。返事をするのも億劫だ。

 心配して待っていてくれたのに、疲れたからもう帰りたい、と言えない。

 わがままを言って失望されるのが怖い。

 期待されたのと違うことを言ったら、どうなる?

 なんでそんなことを気にしてしまうのか、わからない。


 また、センリは誰かの意見に左右されている。


(初田先生の言うとおりだ。僕には、自分の意見なんてない。みんなの意見に合わせてくるくる回るだけの、風見鶏)


 


 センリはキャップを目深にかぶって、祖母と歩調を合わせながら家路を歩いた。

明日18:00すぎに3話を更新します。


挿絵(By みてみん)

唄さんからセンリのイラストをいただきました!

ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルファポリスで『拝啓、風見鶏だった僕へ。』先行連載しています。#アルファポリスのほうが話数が進んでいます。


シリーズ作品です。
センリの主治医が主人公。
風見鶏1話より数年前のお話。
bw8he8qad0pl2swieg4wafj75o61_2mg_o4_y3_hqte.png


蛇場見人事課長の娘が主人公。
風見鶏より2年前の話です。
離職して立ち止まってしまった女性のやり直し。
design.png
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ