表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/20

19 寄り添う言葉 ✳挿絵あり

 検品の仕事は思った以上にセンリに向いていたようだ。

 作業場に入るときに挨拶する以外は会話することもなく、みんな黙々と製品を振り分けていく。


 部品の欠け、歪み、傷。そういうものをチェックする。

 見る人ごとに基準が違っていてはクオリティに差が出るから、この場合は必ず不良品に分ける、というものを覚える。


 文字の読み書きやスムーズな会話の能力が著しく低下しているから、そういう能力を求められなくて良かった。


 初日、川崎や知野に見てもらいながら仕分け、二日目には自分の目利きで仕分けられるようになっていた。


「秤さん、飲み込みが早いね。不良品をちゃんと見分けられているわ」

「……ありがとうございます」


 センリの隣の席では、先輩の女性社員、音坂(おとさか)がセンリよりも素早く仕分けをしている。

 分厚いメガネをかけた、小柄な人だ。

 自己紹介のときに聴覚障害で完全に音が聞こえていないから、手話か筆談で要件を伝えてほしいと言われていた。


(ミオが、耳が聞こえないと働く先の選択肢が少ないと言っていたけれど、こういう仕事なら可能なんだ)


 このチームは蛇場見に説明されたとおり、半分近くが障害者雇用枠で働く人で構成されている。

 聴覚障害、身体障害、精神障害、知的障害。

 車椅子で働いている人もいる。義手の人もいる。

 そしてみんな、自分に与えられた仕事をこなしている。


 障害を抱えているからといって、何もできないわけじゃない。

 ここにいてくれるみんなの存在が、センリにとっては希望の光に見えた。


 センリはまだならしの期間だから三時間であがるけれど、他のみんなはこれから昼休憩を取り後半の勤務に入る。


「おつかれさまでした」


 自分の机のものを片付けて、挨拶をする。

 音坂には、昨日家で練習した手話で伝える。

 左手を握り、右手も拳にして、左手首を右手でトントンと二回叩く。


『おつかれさまでした』


 毎日顔を合わせることになる人だから、というのもあるけれど、ミオの目線で話せるようになりたいというのもあった。


『ありがとう』

『おつかれさまでした』


 まずこのニつを覚えた。



 音坂はセンリが手話でお疲れ様を言うと思っていなかったようで、目を丸くしている。


『秤さんは手話、できるの? 昨日は手話してなかった』


 メモに書いて聞かれ、センリもメモに書いて答える。


『ぼくの友だちも、しょうがいで耳がきこえにくい。あなたとも、はなしたくて、きのうからべんきょうはじめました』


 漢字がなかなか出てこないのがもどかしい。

 

『書けば済むのに、わざわざ手話を覚えるの、面倒じゃない?』

『そんなことないです』


 センリが書くと、音坂は目を細めて笑う。


『やさしい人ね』


 都合のいい人、自分がないと言われることが多くて、優しいと言われるのは意外だった。

 悪い意味で言われたわけではないのはわかる。


 センリは笑って会釈して、職場を出る。

 手話で挨拶できただけ、それだけでもなんだかうれしかった。



 帰宅して、センリは治療をはじめた頃の日記を読み返してみた。



 なおるのかわからない。くすりをのむいみがあるのかな。



 はきそう、くるしい。むり。おとが、いたい。みみがいたい。



 おきるのがつらい。ねているだけなのにつかれる。


 読み返してみても、自分の日記はなかなかに暗い。

 辛い、生きていたくない、始めたばかりのときは、そんな負の言葉ばかりを書き連ねていた日記は、十月から少しずつ明るい言葉に染まっていく。



 ミオと海に行った。

 海は人がすくなくて、広くて、あんしんする。

 ミオはじぶんだけのおとを見つける。

 ぼくも、じぶんだけのみちを見つけたい。 


 

 コウキにさそわれて、えのしまじんじゃに行った。

 かいだんをのぼれなくて、エスカーをつかう。体力のなさをつうかんした。

 コウキは何年もまえから、まいにちさんぽしてるから体力にじしんあるって言ってる。

 見ならおう。

 たかだいからみおろす海はきれいだ。



 友だち二人のことが多く出てくる。

 四つ葉のクローバーの栞を挟んでいた最新のページを開いて、今日の日記を書く。


 

 今日はおぼえたしゅわで、おとさかさんにおつかれさまを言えた。

 もっと、はなせるようになったら、ミオともしゅわでかいわできるかな。

 おどろかせたい。

 しゅわでさいしょに伝えたいのは、ありがとうだ。

 であってくれて、ありがとう。

 ぼくと友だちになってくれて、ありがとう。



 ノートを閉じて、センリは横になる。

 たった三時間てもかなり体力と精神力をを消耗した。

 もともとは八時間勤務だったのに比べると半分以下だ。

 起きているのがやっとの疲労感から、今のセンリの精一杯がここだとわかる。

 

「にーー」

「うん。マメも一緒に寝よう」


 最近寒いから、タオルケットから布団になった。豆大福は綿布団のなかにもぐりこんで、足場をふみふみして固める。

 やはり定位置である、センリのお腹のあたりがいいらしい。

 頭をなでてやり、目を閉じる。


 こうして一歩ずつ、できることを増やしていこう。



 

挿絵(By みてみん)

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルファポリスで『拝啓、風見鶏だった僕へ。』先行連載しています。#アルファポリスのほうが話数が進んでいます。


シリーズ作品です。
センリの主治医が主人公。
風見鶏1話より数年前のお話。
bw8he8qad0pl2swieg4wafj75o61_2mg_o4_y3_hqte.png


蛇場見人事課長の娘が主人公。
風見鶏より2年前の話です。
離職して立ち止まってしまった女性のやり直し。
design.png
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ