9.
目の前の美しい二人の変化に思わず
「わ…わたくし、何か粗相を……」
「いいえ、クリスティーナ…貴女は何も悪くないわ。ただ貴女に、そんな、人格を否定する様な、愚かな事を、言ったのは誰なのか教えてくれるかしら?」
そこでクリスティーナはマルコムの事を話した。幼い頃からの幼馴染であり、兄の様な存在で…自分はとても慕い…そして恋人として将来を誓い共に過ごしていた…と。
「そう…(幼い頃からの刷り込みなのね、厄介だわ)
ねぇクリスティーナ?…マルコム・ハンセン…ハンセン伯爵家のご子息とは家同士の付き合いなのね?」
「はい…領地が隣であり互いに商家ですので…」
「彼は三男なのね?ブロワ家に婿に入る予定なのかしら?」
「……はい…わたくしが学園へと入学し、互いに何事もなく…家同士も問題が無ければ…機を見て婚約を結び、いずれはそうなると…両家でもそう約束をしておりました……」
「いずれ…ね、…でも実際にはまだ婚約も結んではいない。と言う事で間違いないかしら?」
「…………はい……」
「なるほどね…、最後に一つ質問するから正直に答えてちょうだいね。
クリスティーナ、今の貴女も…彼を慕っているの?」
「っ……い…いいえ……」
「よろしい、正直に答えてくれて嬉しいわ…ありがとうクリスティーナ。色々聞いてごめんなさいね…それと貴女とても顔色が悪いから、今日はもううちに泊まりなさい。明日はお休みだし伯爵家にも連絡しているから心配いらないわ」
「っ!?…えっ?いえ、あの…わたくし…家に…」
「なりません、これは決定事項です、反論は認めませんよクリスティーナ。それ以外ならメイドをつけるからなんでも言って自由にしてちょうだい。
ゆっくり休んで気分が良くなったら、散策するといいわ、うちの庭は陽が落ちてからもお勧めなのよ!
フェルベールッ!……いい?後は頼んだわよ!」
「クリスティーナ嬢……本っ当に申し訳ないが…ああなった母は父でさえ止められないんだ…だから君さえ良ければ、泊まっていってくれないか?とりあえず部屋に案内するよ」
(良くはありませんっ!もうっほんとにいっぱいいっぱいなんです!…あぁ…でもこのまま帰れる雰囲気ではとてもないわよね…)
部屋に案内されたクリスティーナは、フェルベールに礼を言って…広い部屋で一人考える…。身の上に起きた事を冷静になって考えるが…それでも信じられない。
ふと鏡台の前に座り鏡の中の自分を見て…落ち着かない気持ちになるが…美しく飾られた自分を見ていると、やはりマルコムの事を考えてしまう…
(この姿を見たマルコムはなんて言うのかしら…今までみたいに自分の好みではないと怒るかしら、それともあの女性に言っていたみたいに褒め言葉をくれるのかしら……はぁ…バカね…私ったら…なんて女々しいの、)
クリスティーナは、前髪に隠れる事なく鏡に映ったその薄紫の瞳を伏せ…いつものように俯きかけた…
コンコンコン…「お嬢様、フェルベール様がいらっしゃいました」
「はっはいっ!どうぞっ!」
「クリスティーナ嬢、休んでるところすまない…良ければ庭園を案内しようかと思ったんだが、どうだろう?」
「は…はい、ありがとうございます。でも…あの…フェルベール様が…案内をしてくださるのですか?」
「ん?ああ、もちろん。その…クリスティーナ嬢が嫌で無ければ…だが…」
「そっ、そそそそんなっ!まさかっ!そのような事ある訳がございませんっ!」
「ハハッ!そんなに慌てなくてもっ、フハッ!いや、失敬。……ククッ」
「な…なっな…」
「母とあんなに堂々と会話していたのに、フッフフ」
(はっ恥ずかしい!変な顔をしてしまったわ…それとも私の動揺した姿がそんなにおかしかったのかしら?もしかしてフェルベール様…笑い上戸?噂とは全く印象が違い過ぎるわ…)
社交が苦手だったクリスティーナでも、その噂は商人として耳にしていた。現国王の王妹が臣籍降嫁された歴史ある公爵家、その嫡男フェルベール=ヴェントラー…彼は容姿の素晴らしさもだが、学園の成績に剣術、馬術…あらゆる称賛を一身に受ける程の人物だが自分にも他人にも厳しく、特に女性を近付けない事で有名だった。
クリスティーナは父親の教えもあり、年頃の女性目線と言うよりも…商人として、貴族、高位貴族、街に暮らす人々の事は敏感に情報収集をしていた。
(やはり噂は噂ね…自分の目で確認しないと…)と、一瞬フェルベールの為人を商品と同じ様に考えてしまった事を反省していると、広い庭へと着き目の前に広がる美しい花園に目を奪われた。
空が夕暮れのオレンジ色から、夜の始まりの色に移り変わる。その混ざり合う幻想的な空の色と、鮮やかな生命力を主張する庭園の色とりどりの花達のコントラストにクリスティーナは言葉を失い…その場で見入ってしまっていた。
そんなクリスティーナを静かに見つめるフェルベール
それはひと時だったのか、それとも決して短くはない時間だったのか…二人は静かに、言葉なく寄り添っていた…。
穏やかなその時間は、庭園に明かりが灯り始めた事で終わりを迎えた。また違う一面を見せ始めた庭園を惜しみながら二人は少しの言葉を交わし屋敷へと戻ったのだった……。