4.
「クリスティーナ、学園から早く帰って来た様だがやはり無理をしていたんじゃないか?もう起きていて大丈夫かい?」
「お父様…わたくしの話を聞いて…いただけますか?」
自分の部屋で、サーシャの準備した紅茶を前に父親と緊張しつつ向かい合う…マルコムについて父親と話をするのはいつぶりだろう…
何も知らず、入婿にと可愛がっていたマルコムの事を伝えたら…どんな反応をするだろうか、驚く?失笑する?果たして信じてもらえるだろうか…
「ああ、勿論だ。時間もある…だからそんなに気を張らずに…なんでも話しなさい」
「あ……」
父親に優しく声を掛けられ、顔を上げたクリスティーナが見た父親の顔は…優しく、自分への愛情を感じさせてくれる目をしていた。なのでクリスティーナは勇気を振り絞った…。
これまでの事、そして三日前と今日…教室と医務室で図らずも盗み聞いてしまった内容を…全て……
父親は途中口を挟まず、感情を昂らせる事もせず静かにクリスティーナの話を聞いた。
クリスティーナはこれまで溜め込んでいた胸の内を明かした事と、父親がどう思っているのだろう…と、ドキドキと不安が入り混じった感情で…思わず涙が溢れそうになる…。
伝え終わるまで、父親の言葉を聞くまでは泣かないと決めていたクリスティーナであったが、自分の隣に来て抱き締めてくれた父親の行動に…もう我慢する事が出来ず、その胸に縋り付き声を上げて泣いてしまった。
好きだった…とても慕って頼りにしていた、結婚して家庭を築いて両家を支えていくんだと…
そんなクリスティーナを優しく包み込んで…背中をさする父親の顔が、悲しみと娘を思う慈悲深い親の顔から…悪人?…魔王?…悪魔?…いや、表現出来ぬ程の恐ろしい顔になった事をクリスティーナは知らぬまま父親の胸で泣き続けたのであった………。
父親に…自分の想いも不安も、全て打ち明ける事が出来たクリスティーナは自分が驚くほどスッキリとしていて、…自分でも無理をしていた事にようやく気付く事が出来た。
そして父親も同様にマルコムとの婚約は結ばない事に決めた。婚約に関しては…そもそもこちらが決定権を持っていたので、心配はないそうだ。
これまでの様に我慢しなくてよかった…婚約を結ぶ前で本当に良かった…とクリスティーナが安堵していると…、父親が「しかし…」と言葉を続ける。
「クリスティーナ、お前からすぐにあの羽虫を遠ざけたいが…お前はどうしたい?婚約を結ばないと突きつけても良いし、何も言わず他の婚約者を探す事も出来る。あの外道は…我々の契約や約束事を知らずに、クリスティーナが学園に入った事で時期が来れば婚約が出来るとのうのうと考えている様だから放置していても何も困る事はない…。だが…それだとお前がこれまでの様に…あの腐れ外道の事で嫌な目に遭うかもしれん…。私は勿論このままにしておかないが、私とお前は違う…クリスティーナの思うままに行動しなさい。私もそれを応援するから心配いらない…」
(あぁ…お父様、マルコムの呼び名がどんどん酷くなってしまっているわ…でも、私の事を考えて私の気持ちを優先してくださっているのね…)
「お父様、ありがとうございます!わたくし少し様子を見てみようかと思っております…。
知らなければ、相手の策略に嵌りこれまでの様に口をつぐんでいたかもしれません…。しかしわたくしは彼の本心を知り、本性を見ました。
内容的にはほぼ相手方の女性に上手く誘導されておりましたが…決断したのは彼ですから…
マルコムはお父様の早期引退を願い、更に害する事を考えるかもしれませんし、我が家の使用人達の事も…酷い言い方をしておりました。なので彼に対して、幼い頃の感謝の心も恋心も…最後に残っていた僅かな情でさえも消えてなくなったのです。だから…今後彼らに傷付けられる事はありません、これからはわたくしも自分を偽る事はせず…自分を大事にしようと思います……徐々にですが…」
「よしっ!わかった!『何もしない』をするとしよう…しかし何かあれば今回の様になんでも話して欲しい、私はビオレッタの分もお前を守らねばならなかったのに…これまで溜め込ませてしまってすまない…」
「いいえ、お父様…わたくしが意気地なしだったのです…。わたくしの方こそごめんなさい、沢山の心配を掛けてきてしまって…これからは自分の為とお父様、そしてこのブロワ伯爵家の為に頑張ります!」
クリスティーナが顔を上げてしっかりとそう言うと、とても安心した様に…そして誇らしげに娘の頭を撫でていた父親であったが…その後娘に告げられた報告にマルコムの事以上に驚かされる事となったが……引き攣る表情を娘に隠しつつ執務室へと戻り、とても他人にも身内にも見せられない様な顔で……執事と諜報員達を呼び戻すのであった…。
◀︎ ブロワ伯爵家当主 ランドルフ・ブロワ ▶︎
「ランディー…あの子…クリスティーナの事をお願いね…私の分も沢山愛して…幸せにしてあげて………」
病床の妻が私に繰り返していた言葉……妻ビオレッタは聡明でとても美しく、私達の娘をとても愛していた…。
その愛しい妻は三年前天国へと旅立った…当時の事はあまり記憶はなく…残された私と娘は、灯りが消えてしまったかの様な日々を送っていた。
それでも妻の言葉とクリスティーナが支えとなり少しずつ日常を取り戻していった。
クリスティーナには幼い頃から慕っているマルコムが側にいてくれたし、二人が結婚して伯爵家も次の代、そのまた次の代へと引き継がれていくと安心していた。
十二歳で母を亡くしたクリスティーナも、大人しく感情表現が多少苦手ではあったが…少しずつ成長して学園へと入学する事になり、親バカと分かっていながら伯爵家で使っている諜報員を護衛も兼ねて学園へと潜らせていた。
貴族であり商売人でもある人間にとって大事な物は…商品、仕入れルート、得意先、人材、センス…沢山あるがその中でも『情報』これを重要視している。その為独自の諜報組織を持っていた…
私は最初、その優秀なはずの諜報員達の報告を疑ってしまった…。他人を見る目は自負していた…しかし幼い頃から家族ぐるみの付き合いで、娘も慕っており…優しく接してくれていたから。言い訳にしかならないが、成長して会う機会も減っていたし…私の前では誠実な姿を見せていたのだろう…
見抜けなかった自分にも腹が立ち思わず報告書を破ってしまい彼らには手間を増やしてしまった。
クリスティーナを蔑ろにしていた挙句…マルコムが入学した一年前からクリスティーナ以外の女達と遊んでいた事。
クリスティーナが入学する少し前から特定の女と、周囲を気にしながらも学園で更に親密にしている事。
私は知っていた…。しかしクリスティーナを傷付けはしないかと、切り出せずにいた。幼い頃から想いを寄せていた娘の気持ちも知っていた為尚更判断を鈍らせた…機を見誤るなど、商人としても親としても最悪である。
結果クリスティーナ本人が見聞きしてしまい、辛い思いをさせてしまった…。娘の震える肩を抱き、次々に溢れる涙を見た時…怒りで神経が焼き切れるかと思った。悲しませたあの男にも不甲斐ない自分にも…
救いだったのは、クリスティーナが悲しみに押し潰される事なく前を向いてくれた事だ…。
私は二度と間違えない…二度と見誤らない。悲しみや怒りの感情に目を曇らす事なく、冷静に…。
今は亡き愛しい妻…ビオレッタとの約束通り娘の幸せだけを願って…。
父親が執務室へと戻った後、クリスティーナはベッドに横になり顔を冷やしてもらっていた…。
(サーシャには連日心配を掛けてしまったわ…泣いてばかりではダメね…これから私は変わるのだから!)
「手紙っ!」
そう言って飛び起きたクリスティーナ、学園でフェルヴェールに手紙を渡された事を思い出したのだ。
「お父様にも少しお伝えしたけど…中を確認して詳しく報告しなければ…それにお返事も!」
内容はクリスティーナの刺繍に興味を持ったので、公爵家で話がしたいとの事…。
(公爵夫人様のお目に留めていただけたなんて…とても信じられないわ…ご令息様にも褒めていただい…)
「私っご迷惑かけた上に、ご厚意に甘えて…お礼も言わず…カーテン越しに……なんて失礼を……」
あの時はマルコム達の会話を聞いて、気が狂いそうになる程胸を掻きむしられていて…とても普通の精神状態ではなかった…しかし冷静になった今、己の態度が恩人…ましてや高位貴族の人間に対するものでは到底無かったと、後悔と反省に苛まれていると…サーシャが替えのタオルと紅茶を持ってきてくれた。
「お嬢様?ご気分はいかがですか?旦那様が明日からの学園の事を心配なさってましたが…」
「ありがとうサーシャ、大丈夫よ…私は大丈夫。サーシャにも沢山心配掛けてしまったけど…これからはもっと前向きに楽しい事を考えて生きる事にしたの!だから学園も休まずに行くつもりよ!お父様にそう伝えてくれる?あぁ…それと目上の方にお手紙を書くから用意して欲しいの、女性用と男性用をお願いね!」
クリスティーナが幼い頃から側に仕えてきたメイドのサーシャは、久方ぶりにクリスティーナの張りのある声を聞き、安心した。
ここ数年は特に母親を亡くしてからのクリスティーナは自ら楽しい事を遠ざけている様に見えていたし、ここ数日常に目を腫らしていた…。自分の主人を変えたきっかけは何か…それはまだわからないが、全力で要望に応えていこうと…急いで手紙の準備をしたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
続きが気になる…と、思っていただけたら嬉しいです。
また…ご感想、ブクマ、評価星、いいね、をいただけますと、作者の今後の糧となりますので…なにとぞっ!!よろしくお願いします( ˙꒳˙ )ノ