エピローグ 〜マルコム〜
前話と同じく少し長いですが…お付き合いください。
それではマルゲ…ゲフンゲフンッ…
もとい、…それではマルコムのその後スタートです!
カタッカタッ…コロコロッコロ…
「クリスティーナ?どんぐり…沢山集められてすごいね」
「マルコムお兄様にプレゼントなの!ね?嬉しい?」
「僕に?うーん…うん、…ありがとう嬉しいよ」
「フフフ!良かった、カルロお兄様とラッセルお兄様には内緒よ?大好きなマルコムお兄様にだけなの!」
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〜「マルコム!元気にしてる?あなたに似合いそうな革のブレスレットを見つけたので贈ります。私の瞳の色の石がアクセントなの、鍛錬の邪魔にならないか心配だけど…よければいつも身に付けてね!あなたが怪我をしない様に祈りを込めました。 クリスティーナより」〜
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「マルコム…もう帰るの?来たばかりじゃない…」
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「あの…い……いいえ、な…何でも…ないわ…」
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「目が覚めたか、情け無いあれぐらいで気を失うとは。立てっ!貴様の罪はこれぐらいでは済まさんぞ!」
どうやら俺は父に殴られて気を失っていた様だ…二人の兄もこちらを睨んでいる…。覚悟はしていたが、こんなに早く知られるなんて…流石は公爵家、という事か…。
さっき見た幼い頃のクリスティーナ…可愛かったな、兄達よりも俺を特別扱いして、全身で想いを伝えてくれていた。俺もそれを嬉しいと感じていたのに、誰にも心を許さないクリスティーナが、俺だけに見せる笑顔も…その綺麗な瞳も大好きだったはずなのに…
いつから?茶会の時、冷やかされたのが恥ずかしくて一人で行動してたら、クリスティーナが怪我をさせられた。一人にして悪かったと思ったけど、俺は悪くないと思った。
夫人が亡くなった時彼女の落ち込み様は酷かった。俺が居なかったらきっと立ち直れていなかっただろう。
二番目の兄の目の前で彼女を叱った事があったが、彼女は俺を慕い逆らわなかった。あの時の兄の顔が忘れられない…きっと兄は彼女が好きだったんだ、俺は自分の優越感を満たす為と、劣等感を解消する為クリスティーナに辛く当たる様になっていて、俺に逆らわぬ様に…俺だけを頼る様にと、繰り返し彼女に酷い言葉で言い聞かせていった。
学園に入学して新しい世界を知り、女性に好意を寄せられる事が多かった俺は有頂天になり…自分の価値を見誤った。
俺には苦手な人物が二人いた、クリスティーナの父親であるブロワ伯爵と、フェルベール・ヴェントラー公爵令息その人だ。
伯爵は、いつもペコペコしているうちの父とは逆で、いつも全てに余裕があった。だから彼の前では猫を被り…殊勝な態度を心掛けていた。接点すらない公爵令息に対してはただの嫉妬だ。
しかし俺は自分の肯定感を高める為に色んな女性と交流を持ち、ついに見つけたんだ…最愛と呼べる女性を。
クリスティーナより爵位は低いが彼女には華やかさがあり、いつも俺の欲しい言葉をくれた。陰気なクリスティーナとは違い彼女を連れて歩くのは気持ちが良く…俺の男の部分が満たされていくのを感じていた。
たまに注意をしてくる友人がいたが、クリスティーナが学園に入り成人となったら婚約して、卒業したら結婚と…未来が決められているんだから、学生の時ぐらい…と耳を傾けなかった…。
この時の俺は、みんな俺を羨ましがっていると…見下していたんだと思う…。ブロワ家の跡継ぎとして、従順な婚約者とは別の美女を隣に置き、自由を謳歌している俺。そう思わせたい為、必要以上にクリスティーナをみんなの前で貶した。
ある日ソフィーの提案に、天啓を受けた様な衝撃を受けた。俺の望みが全て叶えられるんだと、その時の俺は何故かそう信じて疑わなかった。これで全て上手くいくとそう思ってしまった。
クリスティーナの名前を出しても金を出し渋る父親、それなのに二言目にはクリスティーナを大事にしろとそればかりだ。
兄達は三男の俺など眼中にもないのだろう、上の兄はこの家を継ぐ為いつも父親とあちこち出掛けているし、下の兄は騎士団に入り家に寄り付かない。きっとこの二人もブロワ家を継ぐ俺が羨ましいんだろう。
しかし俺が信じてきたものは、あのパーティーで一夜にして全て一変してしまった。
美しく変身したクリスティーナは、俺が羨んでいたあの男の隣で幸せそうに笑っていた…信じられなかったが、彼女達の口から更に衝撃的な事が告げられ…俺は自分の足下が崩れる音を聞きながら、綺麗になったクリスティーナを見つめる事しか出来なかった。
父親に何度も殴られてハンセン家の実情を聞く、いや…知っていたが目を逸らしていたのは俺だ。領地の復興も、商売のサポートも、金銭的な助力もブロワ家との信頼と善意で受けられていたものだったのに…。
同じ伯爵家だからと、何故対等などと思ったのか…
言い返さないから不満が無いと何故傲慢に思ったのか…
クリスティーナの愛が何故不変のものだと思ったのか…
殴られボロボロの俺に父が声を掛ける。
「沙汰が下るまで大人しくしておけ、本当は引き摺ってでもランドルフ殿の前に突き出し、お前を引き渡し許しを乞いたいが!それすら拒絶されたっ、あの温厚なランドルフ殿が…。そこまでお怒りになっているんだ!お前の首一つじゃ納得されなかった…」
「そ…ゴホッ…そんな物騒な…たかが婚約破棄では」
「黙れっ!婚約はまだだった!それにたかがだと?…こちらが婚約を結んでもらう側だったのだぞ!お前の代わりぐらいあちらの親戚筋にいくらでもいたんだ!それを…うちを助ける為に、大切なクリスティーナ嬢をお前に預けてくださっていたんだ。ゆくゆくは身内となり援助がし易くなると…それ程の温情をくださっていたんだ…それをお前は…。お前がこの領地の事も、私達がどれだけ苦労して這いずり回っているかも、知らなかったとは言わせんぞっ!」
「何だよっ俺だって後悔しているし、ソフィーに惑わされただけなんだ!父上だって、ただ頭を下げてただけじゃないですか!俺にそんな情け無い姿しか見せてこなかったくせに…当てが外れたからと俺に当たるなんて、父親として恥ずかしくないのですか!?」
イライラした勢いで俺が反論したから、また殴られると思ったけど…衝撃は無かった。その代わりそれまで泣いていただけの母が俺に部屋に戻るようにと、それだけ言って父を支えながら部屋を出ていってしまった。
部屋に戻された俺は謹慎という事なのだろう。与えられた時間で今後の事を考えなくてはいけないのに有り余る時間で思うのは、最愛と愛したソフィーではなく…クリスティーナの事ばかり。
いつも俺の後を付いて来て、俺の事を一番に考えて、俺の心配ばかりしていた幼馴染。
兄に取られたくなかったんだ、友人達がクリスティーナに興味を持つのが嫌だった、クリスティーナが俺から離れるのを恐れていたんだ。ずっと俺だけのクリスティーナでいて欲しかったはずなのに……。
謹慎十日後、やつれ老け込んだ父に告げられたのは…王都で人夫として徴用された、という事だった。
「なっ何故俺が人夫など…」
「お前はもう…貴族でも息子でもない。その身を削り国の為に働くのだ。本来ならもっと過酷な場所だってあるが…公爵令息の温情らしい…。ランドルフ殿もお前の給金を慰謝料に充てる事でハンセン家の支払いを減額してくださったのだ、なのでしっかり働け。私からは以上だ」
「私達はクリスティーナを自分達の娘の様に思ってたのに…何も気付かず苦しませて、酷い事をしてしまって合わせる顔が無いのに…手紙をくれたのよ…。私達とあなた宛に、本当に優しくてとても良い娘ね。あの方が望まれるのも無理はないわ。クリスティーナもあなたなんかと一緒になるより余程幸せになれるでしょう…。では、あなた宛の手紙を読むわよ、
『マルコムへ、体に気を付けてください。これまでお世話になりました、ありがとう。 クリスティーナ』
罵られても当然なのに、クリスティーナは最後まであなたの心配をしてくれているのね…。
さぁ、話は終わったわ。その身一つで出て行きなさい。この手紙も含め、この家から何一つ持ち出す事は許しません。さようなら…私達の愛しい息子だったマルコム」
「は?ちょっちょっと!母上っ、母上!待ってください」
振り返りもせずに両親は部屋から出て行ってしまった。
訳がわからぬまま馬車に乗せられ、人夫が集められた掘立て小屋の様な場所に着き説明された。隣国ラファールと王都を繋ぐ道を新しく作るらしい…。何でも急に決まったとかで、そこかしこから人が集められたらしいが…その殆どが平民だった。
外が騒がしくなったので、ひび割れた小さな窓から外を覗くとそこには、あのパーティーの時の様に前髪を上げた美しいクリスティーナとあの男の姿があり、声が聞こえて来た。
「これまでは迂回路を使っていたので、ここに道が出来るととても便利になりますね!でも、ご無理をされたんじゃ…」
「いいんだよクリスティーナ!婚約の記念に君を驚かせたかったんだ!ビックリしたか?陛下もこの道が出来る事で得られるメリットがわかるから、すぐに許可を出してくれたんだ。許可さえ下りれば後は早かった!準備段階だからまだまだ時間は掛かるが…お義父上も大層乗り気だから心強い!クリスティーナを喜ばせたいと言ったらみんなが協力してくれた」
「フフフ、最初はご冗談かと思いましたわ!しかし職に溢れた人達のよい働き口にもなり、人が集まります。そうなれば街も活気づき、王都が賑わえば国力にも繋がりますわね!商人達も販路が広がる事に盛り上がっておりました!」
「あれは誰だ?あんなクリスティーナ俺は知らない…そもそもクリスティーナは俺がここで働かされる事を知っているのか?……いやあの男か!チッ、公爵家の嫡男様は大層いい性格をしているという訳か」
こんな所で働けるわけ無い!そう思ったが行く所が無い為、夜遅くまで働き、用意された宿舎に寝泊まりをして…朝は日が昇る前に働かされた。人夫の給金は1日単位で決められているのに、半日も動けない俺の給金だけは少なく配られた。
…毎日が疲れ果てて何も考えられなかったが、一度だけ屋敷に帰った。しかし門前払いを食らってしまったので…どうやら俺はまだ許されていないらしい。
クリスティーナに許して欲しかった、親に…家に縋りたかった。こんなに近くにいるのに…どんなに欲しても望んでも叶わない。
今なら分かる…クリスティーナの優しさも献身も、父の苦労も偉大さも…母の涙の理由も厳しさも。
幸せになれる為の道があったのに、それらを自ら手放したのだ…。そんな俺が新しい道を作る為に働いているなんて、なんと皮肉な事か。
俺は、そんな自虐的な事を考えながら…辛く厳しい毎日を孤独に繰り返すのだった…。
この道が完成し繋がる事で、マルコムの禊が済むかは分からない…。しかしどんなに孤独で辛くとも逃げる事は許されない。それが彼が傷付けた人達に対する唯一の贖罪なのだから。
月に一度だけ、人目を避ける様に…人夫達が仕事をしているのを見つめる女性の姿がある。
その女性が見つめる先にマルコムがいる事も、その女性が涙を流している事も……ここだけの話。
二話とも長く重くなってしまったので、次回はクリスティーナ達のお話です。
誤字脱字報告をくださる方達へ感謝申し上げます。
(直接お礼が言えずもどかしいです)
沢山の方にご要望いただいた続編ですが、楽しんでいただけているでしょうか?作者の自己満足になっていないか…それだけが心配です…。
皆様の貴重なお時間を割いてまで読んでいただくのですから、少しでもご満足いくものをご用意出来ればと思っております。 雪原の白猫




