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 クリスティーナは自分の部屋の鏡の前で呟いた…


「傷はとっくに消えているのに…」


長い黒髪と、左右に流す事なく瞳にかかる程真っ直ぐモッサリとおろされた長い前髪…。


他人ひとと視線を合わせる事が出来ないクリスティーナは、確かにこの前髪に助けられていた。


注目を浴びる事が苦手なので、地味な服装も目立たず記憶に残らない様にするには…とても理にかなっていた。


なので成長と共にお洒落にも興味が出てきていたが、的確なアドバイスをくれるマルコムの言う通りにしていた…特にマルコムの前では…。


何故なら…額の傷が消えた時に、前髪を可愛らしいピンで留めてマルコムと会ったが"はしたない"と言われ…傷が消えた喜びよりも悲しい記憶となっている。


クリスティーナにはマルコムが全てだった…。

だから…嫌われたくないと従順でいた…。

しかしその従順さもうとまれていた…。


教室で見た光景を思い出し、また涙があふれる…

あの後教室へと戻ると、しばらくしてマルコムが迎えに来て…。いつもの様に言葉少なく「帰るよ」と優しく声をかけてくれた…。

先程の事は白昼夢でも見たのではないかと自分を疑ってしまった程に…いつもの彼と変わりは無かった…


だから…彼の後ろを俯いて歩く私が泣いた事など気付く事もなく屋敷に着き、「また明日…」と言う彼が乗った馬車を見送った…


(…この前髪だもの…気付くはずないわよね…でも…

サーシャはすぐに気付いてくれたわ)


メイドのサーシャはクリスティーナの異変にすぐに対応し心配した。


目を冷やしながら鏡を見つめ、これまでの事を思い返し…そして今日の事を思い出していたクリスティーナは次から次に泣いてしまった為、翌日学園を休んだ。


父親に相談しようか悩んだが、これまでも相当心配をかけた自覚があった為…すぐに話す事をしなかった。


あの日から三日後、クリスティーナは学園に行く事を決めた。本当は行きたくなかった…マルコムに会うのも怖かったが、彼にこれ以上うとましく思われたくなかったし、少しずつでも自分を変えて、彼の本心を確かめたかったのだ…。


暫く休むかもしれないから朝は一人で通学してくれ、というむねの手紙を送っていたので一人で学園へと向かう…。

寂しい事に…この三日間、マルコムからのお見舞いは無かった…。


馬車の中で叱咤しった激励げきれいし、マルコムから自立して自分を変えようと決意するが…学園に着くとその大きく膨らんだ決意もしぼんでしまう…


(やはり長年身体に染み付いていた事を急に変える事なんて難しいわ…そもそも私が変わるなんて…)


昼休み…人気の無い木陰で、一人でひっそりと昼食をとっているクリスティーナの頭上から男女数人の声が聞こえてきた。食堂のテラスがある場所だ。


「マルコム様〜今日の放課後はどこに連れて行ってくださるのですか?わたくし今話題の輸入雑貨のお店に行ってみたいのです!みんなで参りましょうよっ!」


「ん?雑貨屋は昨日も行っただろう?」


「んもぅっ!マルコム様ったら〜違いますわ、隣国ラファールの商品だけを取り扱ってるお店ですのよ!若い令嬢達にとても人気がありますし、流行の最先端ですの。ね?よろしいでしょうマルコム様っ、わたくしの為にプレゼントしてくださるでしょう?」


「ソフィー嬢、最近ずっとマルコムに強請ねだって贈り物を贈られているじゃないか、これ以上まだ必要なのか?俺には違いすら分からないんだが…」


「まっ!ダニー様ったらぁ〜、強請ねだるだなんて人聞きの悪い事を仰らないで!殿方はこれだから……ダニー様もキリアン様も、好いた女性にはセンスの良い贈り物をなさった方がよろしいかと思いますわよ」


「そうだな、俺も婚約者に贈ろうかな…ソフィー嬢、そのセンスの良い物とやらを選んでくれるかい?マルコム、お前はどうする?お前の婚約者学園休んでるんだろ?」


「えー、マルコムとキリアンが選んでもらうなら、俺もソフィー嬢になんか選んでもらおうかな!」


「ダニー?装飾品の違いも分からないお前に贈り物をする相手がいるのか?」


「キリアン、俺にだって気になる子の一人や二人はいるんだぞっ!」


「まぁまぁお二人とも、…分かりました!わたくし皆様のお役に立てる様頑張りますわっ!マルコム様も…()()()()婚約者様にも贈り物されます?わたくしのと一緒に選んで差し上げますわよ?」


「……お見舞いかぁ…うん頼むよ、ソフィーはあいつと違ってセンスがいいからね。」


「ウフフ…お任せくださいマルコム様!」






(マルコム……この三日間、私にはお見舞いも連絡すらも無かったのに…

先程ご友人の方が最近ずっとって仰っていたわ…きっと皆さんで街へ繰り出していたのね…。

私……他の女性が選んだ贈り物なんて…嬉しくないわ…たとえ自分の好みと違ったとしても、自分の事を考えて選んでくれたのだと思えた方が…より幸せだもの…)


「私…どうしたら…」


マルコムにとって自分は迷惑な存在で、思いやる対象ではないんだと思い知らされたクリスティーナは、食事も喉を通らず…ポロポロと涙を流していた。



「失礼、ご令嬢…迷惑でなければ…これを」


俯き泣いているクリスティーナは声を掛けられ、ハンカチを差し出された。


ビクッと顔を上げるが逆光でよく見えず、そのまま顔を伏せ…その親切な行為を辞退する。


「お…お見苦しくて申し訳ございません…。お心遣いをいただき感謝いたしますが、どうぞ捨て置いてください…ませ…」


「大丈夫か?…体調が悪い訳ではないのだね?」


クリスティーナは、心配気に掛けられたその声に既視感を感じながら「はい…」と答えると


「では…こちらを確認してくれるか?君のだと思うのだが…」


そう言って差し出された先程と違うハンカチを見たクリスティーナは、


「こっ…これ、わたくしの…」


「やはり君のだったか、先日ぶつかってしまった時に拾ったんだが…渡せて良かった!さがしていたんだ」


(あの時の方?え?ハンカチ…?なんて事っ!あの時は動揺してしまっていたから気付かなかったわ…しかも綺麗に洗濯をしてくださっている…)


「かっかさがさね申し訳ございませんっ!わたくしブロワ伯爵家、クリスティーナ・ブロワと申します。」


「あぁ、ブロワ商会の!ブロワ家のご令嬢だったか。

私はフェルベール・ヴェントラー、君より一学年上になるのかな…その色は一年生だろう?」


(うそ…え?フェルベール・ヴェントラー様?)


「ヴェントラー公爵家のご令息様に…この様なお手数をお掛けしてしまい…まことに申し訳ございません…この様なハンカチなど…それこそ捨て置いてくだされば…」


「何を言うっ!その様に見事な刺繍がされたハンカチをぞんざいに扱うなどあり得ないっ!」


(えっ?…ほ…褒められた?)

「……ぁ…ありがとうございま…す…」


「ん?…まさかっこの刺繍はクリスティーナ嬢が?

いや、すまない疑った訳ではないんだ…その…うちの母がとても興奮していたんだ、素晴らしい技術だと」


(え…ぇえっ?母って…こっ公爵夫人様?)

「わ…わたくしの様な未熟者のつたない刺繍を…過分に評価していただき…おめっお目汚しでなかったのであれば幸いでございます……」


「いやいや、謙遜しないでくれ。母も私も決して社交辞令ではないんだ、それよりも顔を上げてくれ…ここは学園であり私達は学生だ。そんなに緊張せずにもっと気楽に接してくれて構わない、気軽に話そう!」


(申し訳ございません公爵令息様…私の対人関係に関する辞書に『気楽』や『気軽』という言葉は載っていないのですっ………)


俯き、プルプルと震えてしまうクリスティーナ…


「すまない……私の爵位や人相にんそうが君を怖がらせ、萎縮させてしまっているのだろうか……?」


(違います違いますっ!確かに公爵令息様に対しての畏怖はありますがっ、そもそも私は…貴方様のご尊顔が見えてはいないのです!でも…あぁ…これではこのままの方が失礼だわ)

「…み、未熟者のわたくしが至らないだけでございます。…ですので…その……先日の事も含め、助けていただいた貴方様に感謝こそすれ…威圧感を感じている訳ではないという事をご理解いただき…たく……」


「ふむ、…ではつまり、君は緊張しているだけで…私を怖がってはいない、という事で間違いないか?」


「もっ勿論でございますっ!」

(っ…!分かっていただけたっ!?)


「それなら良かった…安心した。ではこれを受け取ってくれ…」


クリスティーナは自分に差し出された、見るからに質の良い封筒を両手で受け取った…


「あの…こちらは一体…」


「あぁ、母上からの手紙だ!このハンカチの持ち主を見つけたら必ず渡してくれと頼まれていてね。なに、心配する事はない!多分茶会か何かの誘いだろう…あっ勿論強制ではないから無理なら断って構わない。」


(そんな…えっ?…まさか…ヴェントラー公爵夫人様からのお誘い?……何がどうなればそんな事に?…)


ついに額に手を当て悶々と考え込んでしまうクリスティーナ…


「ん?クリスティーナ嬢?どうした?……おいっクリスティーナ嬢?頭が痛いのか?どうしたんだ?」


(はっ!いけないっ!ついっ…)

「もっ申し訳ございませ………ん」


慌てて顔を上げるクリスティーナ…

そのクリスティーナを心配して、覗き込もうとかがんで近づくフェルベール………


バチッ!と二人の視線が重なった……

かたや前髪越しではあるが…まぁまぁの至近距離……


(わわっ!!…わぁ…綺麗なお顔………)


「っ!!おいっ!おいっ!クリスティーナ嬢っ?」

 

ぶつかった時は…泣いていて慌てていた…。さっきは座っていて逆光だった……初めて相見あいまみえる事となった高貴なるお方…フェルベール・ヴェントラー…その人は……顔が良かった。とてもとても……。


クリスティーナは、そのあまりの衝撃に…のけぞり…胸の前に手を組み…意識を手放した…


後ろに倒れていくクリスティーナを、正面から腕を伸ばし抱き込む形でフェルベールは慌てて声をかけるが、その声がクリスティーナに届く事はなかった…



「なんだか下が騒がしいですわねぇ?何かあったのかしら?……マルコム様?そろそろ戻りましょ〜」


「ああ、そうしよう」

(ん?…あの黒髪は……いや、まさかな…)


クリスティーナを横抱きにし、凄い速さで医務室へ向かったフェルベール。その後ろ姿を…友人達との雑談を終え、立ち上がり視界の端に見たマルコムは、脳裏に一瞬だけクリスティーナが浮かんだが…ソフィーに腕を絡め取られ、そちらに意識を戻された。


そしてマルコム達は、ソフィーの甘やかな香りだけを残してテラスを後にしたのだった…。











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