12.
「堅苦しいっ!非っ常〜に堅苦しいわクリスティーナ…貴女…そんなに固い頭で、表情まで硬くしてどうするの!
確かに礼儀やマナーは、己の武器で鎧でもあるわ…若い貴女のその礼儀正しさは貴女の努力の賜物なのでしょう…。でもね、さっきプリンを食べていた貴女だって…とても可愛らしくて魅力的だったのよ?
だからねクリスティーナ、もう少し肩の力を抜きなさい。勿論…時と場合、場所を考えてそれに合わせる事が何より大事な事ではあるけれど…心の余裕はもっと大切よ?その為に、より高度な知識とマナーを身に付けて、己の振る舞いに自信や矜持を持った上で貴族としての責任を果たすの。
賢い貴女なら分かるでしょう?
淑女らしくだとか貴族らしくという事と、感情を誤魔化し笑顔を捨てる事は違うの、だからここで沢山の事を学び、自分を磨きなさい…そして貴女に理不尽を強いるような男を見返してやるのよっ!
貴女の瞳も笑顔もとても素敵なのだから、ね?」
「…エメリアーナ様っ……」
そう呟いたクリスティーナの瞳からは涙がとめど無く溢れ出した。
『ティーナ、私の可愛い子…その綺麗な瞳も笑顔も隠してしまうなんて勿体ないわ……沢山笑っていてほしいの…私が居なくなっても、笑顔を忘れないで…幸せになってね……』
母親が…病床で繰り返しクリスティーナへと伝えていた言葉が呼び起こされたからだ……。
そんなクリスティーナを夫人は優しく抱きしめて頭を撫で「辛い事も沢山頑張って乗り越えてきたのね…」と声をかけてあげた為、クリスティーナは涙を止める事が出来なくなってしまった。
「母上っ?クリスティーナ嬢に何かあったのですか」
「落ち着きなさいフェルベール、クリスティーナが驚いてしまうわ、誤解の無いように言っておきますが、わたくしが意地悪をした訳ではないですからね!そんなに睨まないでちょうだい!」
「いやっその…ここにいると聞いてやって来たら…クリスティーナ嬢が泣いていたので驚いてしまって」
そこでクリスティーナは自分が夫人に抱きしめられながら、子供のように泣いてしまった事を認識してしまい慌てて説明をする…
「エッエメリアーナ様っ…申し訳っございません…あの…先程エメリアーナ様にかっ掛けていただいた言葉が…はっ母がっ残してくれたっ…こっ言葉と同じだったもので……つい…。フェルベール様もご心配をっ」
しゃくり上げながら弁明するクリスティーナの手を取り、自分の隣に座らせたフェルベールはそのまま手を握ってクリスティーナを落ち着かせる。
「クリスティーナ嬢…君はいつも泣いている…母上と何を話したかはわからないが…俺達に心配を掛けてすまないと思うのなら…どうか笑っていてくれないか?涙よりも…そうだな…プリンを食べている時のように!さっきのような君の笑顔がまた見たい…昼食時にはプリンよりも美味いデザートを用意させるから、どうか元気を出してほしい…」
「まぁぁぁぁっ!!この子ったら母親の前で……」
「奥様っっ!お口を閉じてくださいませっ!さぁっ!参りますよ!」
いち早く冷たいタオルを持ってきた優秀な執事のハリーによって連れ出されていく夫人とメイド達……
微かに「後から来ていいとこ取りなんて〜」と夫人の声が聞こえた気がしたが…残されたクリスティーナは目の前のフェルベールに手を握られ、優しい声で囁かれて…夫人達を気にする余裕は無かった…しかし、夫人の言葉や母親の言葉がしっかりと胸に残っていた。
「わっわたくし…笑ってもいいのでしょうか…?」
「もちろんだっ!むしろそれを抑圧する方が…いや、笑わない俺が言うのも説得力がないと思うが…何故そんな風に思うんだ?」
クリスティーナは前髪で顔を隠すようになった経緯を打ち明けた…。マルコムの横で楽しそうにする事も、笑う事さえも注意され続けたと…。
自分の手を握るフェルベールの手にギュッと力が入ったのがわかった。顔を上げるとフェルベールと視線がぶつかったが、逸らさずに自分の思いを告げる…。
「わたくし…彼に疎まれ嫌われていた事にようやく気付いたのです…。先日…医務室で…彼の本心を聞いてしまって……お恥ずかしい話ですが…その…あの時フェルベール様が注意されていた相手がマルコム・ハンセン伯爵令息…わたくしの婚約者になるはずの方でした…。これまでの事を含め父にも話しましたし婚約の話は消滅したのですが……彼はわたくしの全てでしたので、この気持ちが癒えるにもきっと時間がかかると思います。…でもっエメリアーナ様とフェルベール様が仰ってくれたように、笑って…笑顔で乗り越えようと思っています…そう思えたのですっ!」
「クリスティーナ嬢、君は儚げに見えるが…母親の死を乗り越え、父親の試練にも挑み…頼れるはずの恋人からの重圧にも耐えてきた…。だから芯の強さもしっかりと持っている女性なのだと分かる…。きっと君は幸せになれる…、俺や母上が協力する!」
「……あっ…ありがとう…ございます…。でっでも、その…何故わたくしなんかに…そこまで…」
「クリスティーナ嬢、君だからだ。その…訳あって詳しい理由は話せないが…俺や母上にとって君は特別なんだ、…だからこれからは自分なんかがなんて卑下しないでくれ…」
「…私が……特別……」
両親以外からそう言ってもらえた事に心がフワフワする様な感覚に嬉しさや戸惑いを感じていたクリスティーナは……今目の前のフェルベールが母親がしていたようにクリスティーナを抱きしめたいと葛藤している事や、部屋の外で「そこは、俺が君を幸せにするって言いなさいよー」と言う夫人と「奥様っ気付かれてしまいます!もう少し声を抑えてくださいませっ」と注意する執事のハリーが、わちゃわちゃしている事を知る由もなかったのであった……。




