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クリスティーナはその教室に入れずにいた。
何故なら教室の中では、自分の幼馴染で想い人である
マルコムが友人達と大声で談笑していたからだ。
「クリスティーナは見た目だけでも鬱陶しいのに、あいつに休みの日まで付き纏われて…いい加減気が滅入るよ…」
「確かにクリスティーナ嬢は野暮ったい見た目してるけど、あのブロワ商会の一人娘だろ?しかも伯爵家!
お前が羨ましいぜっ」
「そうだそうだ!俺達みたいな次男や三男は、婿入り先があるだけでも有り難いと思えよ!それに…クリスティーナ嬢は大人しくて従順なんだろ?それなら婿入り先で肩身の狭い思いもせず、機嫌を取る必要もなくていい事ずくめじゃないか!」
「お前ら他人事だと思って…
あんな陰気な奴からずっと付き纏われてみろっ!連れて歩いてるこっちが恥ずかしくなるんだぞ?
大人しくて従順なんて言えば聞こえはいいが、俯いたままでボソボソとしか話さないし、行動もとろいし、何よりあの見た目だ…勘弁して欲しいよ」
「あらっ、そこまで言っては可哀想ですわ。一応は婚約者なのでしょう?
わたくし達にはいつもお優しいマルコム様がそんな辛辣な事を仰るなんて…同じ女性として心が痛くなってしまいますわ…」
「あぁソフィー…君が心を痛める事はないんだよ、相変わらず君は優しいね。全く…同じ女性であるのにこうも違うとは…あいつは自分を磨く努力さえせずに実家に甘えているんだ!しかも学園に入学したら俺との婚約も確実なものになるから…
はぁ…あいつが入学してきたから俺の自由も減るだろうな、ブロワ伯爵家にはクリスティーナしか子がいないから、伯爵家もブロワ商会も俺が継ぐ事になるだろうから色々と忙しくなる…」
「マルコム様…お可哀想、貴方様が望んでくださるのなら、これからもこれまでの様にわたくしが癒して差し上げますわ!お一人で抱え込まないで」
「ソフィー!」
「おーい、俺達がいるの忘れないでくれる?」
「マルコム、そろそろクリスティーナ嬢を迎えに行かなくていいのか?」
「ふんっ、俺がいないとあいつは何も出来ないんだ、今だって教室でただじっと大人しく待ってるだろうさ待たせておけばいいんだっ!」
ソフィーという同級生だろう女性を抱きしめ、愛おしげにその女性の頭を撫でているマルコムを見たクリスティーナは、目の前の光景もだが…それまでに聞こえてきた会話の内容も信じられず呆然と立ち尽くし涙を流していた。
マルコムの家とは同じ伯爵家であり、どちらの家も領地を持ちながらも商会を営んでいた。その為幼い頃から交流があり、家同士の関係も良好であった。
マルコムは三男で末っ子ではあったが、面倒見がよく一つ年下のクリスティーナに優しかった。
クリスティーナはブロワ伯爵家の一人娘。甘えんぼで人見知りだったクリスティーナもマルコムには懐いており、一緒にいる時はどこにでも付いてまわった。
そんな二人を互いの両親は微笑ましく見守っており、このまま仲の良い婚約者として縁を結び、両家の絆も深まるだろうと誰もが思っていた。
そんな二人が少し成長して他家のお茶会に参加した時の事…
マルコムとはぐれたクリスティーナは同じ年頃の子供達に囲まれて悪意を向けられてしまっていた。
「いくら幼馴染だからといって、マルコム様を独り占めするのはやめなさいよ!」
「そうよっ、そもそもここは交流の場なのよ?それなのにあなたがマルコム様に付いてまわるせいで、あの方の行動を制限してしまっている事がわからないの?」
他の子達もそうだそうだとクリスティーナを責める…
十歳になったばかりのクリスティーナには、兄も姉もいなかったのと、人見知りだった為これが初めてのお茶会であった。
もちろん知り合いや友達もマルコム以外にはおらず、心細さからいつも以上にマルコムの側から離れる事が出来ず…ずっと付いてまわっていた。
だが…人気者のマルコムを慕う彼の友人達は、それを良しとせずクリスティーナを責めた。
緊張と焦り、恐怖からクリスティーナは何も言えずに下を向いて耐える事しか出来なかった。
何も言わないクリスティーナに苛立ったのか、
「なんとか言えよっ!」
一人の男の子がクリスティーナをドンッと押した…
背後からの予期せぬ衝撃に踏ん張る事も出来ず、小柄なクリスティーナは盛大に前方へと倒れ込んでしまった。
転んでしまったクリスティーナを見てクスクスと笑っていた女の子達も、額から血が流れ出るのを見て悲鳴をあげた。
髪に隠れるとはいえ…貴族令嬢の顔に傷を付け、指の骨折と手首の捻挫という怪我を負わせたとして、その男の子は勿論…居合わせた子供達もそれ相応の罰を受けた。
離れた場所にいたマルコムも…そんな状況を作り出した上に、守れなかった事を両親にきつく叱られ…クリスティーナを何度も見舞い謝罪した。
「側を離れてごめん、痛い思いをさせてごめん」と…
クリスティーナは初めての茶会で、初めて他人に悪意を向けられ、初めて暴力をふるわれて、初めて大怪我を負ってしまった事により…対人恐怖症と言っても過言ではないほどこれまで以上に、他人と関わる事に消極的になってしまった。
しかし両親の説得やマルコムの優しさもあって、数年後にはマルコムや両親とであれば街に出掛けたり、少しずつ他人と関わりを持つ事が出来る様になっていき、これならばと…学園の入学も遅らせる事なく十五歳となるクリスティーナは学園へと入学したのであった…。
立ち尽くし…ハラハラと涙を流すクリスティーナ…
どうしてマルコムはあんなに酷い事をお友達と話してるの…
どうしてマルコムはあの女性を抱き締めているの…
療養中、マルコムはずっと優しかった…。
「額の傷は前髪で隠すといいよ…」
「綺麗に装い過ぎると要らぬ嫉妬を向けられるから
地味で落ち着いた物を選ぶといいよ…」
「僕の隣で楽しそうにしていたらまた妬まれる…
だから感情は面に出さない方がいいよ…」
臆病だった私にずっとアドバイスをくれて、励ましてくれていたのに…私が入学して落ち着いたら正式に婚約しようと両家で話していたお父様達に反対もせずに頷いてくれていたのに………
……私…ずっと迷惑をかけていたの…?…
そろそろマルコムに迷惑を掛けない様にと、マルコムの教室まで迎えに来たのが間違いだった…
いつもの様に自分の教室で大人しく待っていれば…知らずに済んだのに……
「…うっ……うぅ…ふっ…」
嗚咽を抑える様にハンカチを口にあて、踵を返して自分の教室へと戻ろうと、少し小走りで廊下を急いでいると…
角を曲がった所でドンッとぶつかってしまった。
「あっ…」
「おっと、すまないっ!大丈夫かっ?」
咄嗟に支えてもらった腕にしがみつく様な体勢になってしまったクリスティーナは、更に慌ててその腕から離れて謝罪をした。
「…もっ申し訳ございません…」
消え入りそうな小さな声で、それだけを絞り出し、泣き顔を上げる事も出来ず…俯くクリスティーナ。
失礼に失礼を重ねている事は分かっているが、どうする事も出来ず…ギュッとスカートを握りしめていると頭上から声がかけられた。
「本当に大丈夫か?足を捻ったりはしていないだろうな?もしそうなら医務室に連れていくが…」
「いえっ大丈夫ですっ」
これ以上見ず知らずの人に迷惑は掛けられないとぐっと堪えていたクリスティーナだったが、慌てて顔を上げた事で堪えていた涙が瞳から溢れ落ちた
「っっ!!……泣いているじゃないか!やっぱりどこか痛いのか?」
「なっ泣いていませんっ…ほっ…本当に大丈夫です…貴方様にお怪我がない様でしたら…これで失礼いたします…お手を煩わせてしまい本当に申し訳ございませんでした…」
「あっ!…おいっ!」
深く頭を下げて、引き留める間もなく走り去ったクリスティーナの後ろ姿を見つめていた男性は
「あの様子なら怪我はしていない様だな…」と、少し安心して廊下を進もうとした時…落ちていたハンカチに気付き拾い上げた。
「濡れている…やっぱり泣いていたんじゃないか…」
自分とぶつかる前に何か悲しい事でもあったのだろうか…と見ず知らずのクリスティーナの事を心配しつつ次、会う事があれば返そうとそのハンカチをそっと…しまったのだった…。
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