花婿の兄達は、ぶち切れたようです
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
むやみやたらに騒ぎにすると、周囲は結構冷たい感じになりますからね。人の振り見て我が振り直せ!
結婚式の数日前、なんとなく外に出たら見てしまった光景。
僕の婚約者が、いつもの男性とキスしていて。互いに愛の言葉を囁き合っていて。
「お願い、私と誓って」「大丈夫、必ず行くよ」なんて会話していた。
その時は、ただその場から逃げ出した。そして何も知らないフリをしたけど・・・何が起こるか、ある程度予想できてしまう。
「イリス、運命の相手は俺だ!」
真実の愛で結ばれたと、その男が式に乱入するのも。
僕は子爵家の次男ワイト・モーフェ、仕事だけが取り柄の地味な男だ。両親を早く亡くして、若くして当主になった兄様ハークス・モーフェを中心に切り盛りして10年。家も多少安定したし僕も18歳になったから、兄様が知り合いを通じて婚約者を探してきてくれた。
それが伯爵令嬢イリス・ウェゼット様。子爵家の仕事相手で、爵位も上。大好きな兄様が用意してくれた機会だから、絶対に成功させたかった。
ーーーうわっ、なんか雰囲気暗いわね。本当に私の相手?
それが初対面での最初の台詞。元々性格も雰囲気も正反対、きっと最初から歓迎されてなかったんだな。でも兄様が必死で僕の落ち着いた性格や仕事の出来を語ったところ、「それは良いわね」と褒めてくださった。それからとんとん拍子に話は進んで、半年後には結婚式を挙げると決まったんだ。
でもそれからすぐ、イリス様は僕と関わらなくなった。仲良くなるためお茶や散歩に誘っても「忙しい」「気分じゃない」と何度断られたことか。次第に僕も仕事が忙しくなって、イリス様と顔を合わせることも減ってしまう。
だから、なのかな。イリス様が他の男性と仲睦まじくしている、なんて噂が流れたのは。噂好きなメイド達が密かに流す内に、僕にも入ってきたんだ。
一応イリス様にも言ったよ、浮気やら遊び人やら怪しい噂が流れてるから気をつけてくださいって。でも彼女には、まったく改善する気は無かったみたい。それからも目撃情報は後を絶えず、何度言っても無駄だったから、僕は諦めた。
もう好きにさせよう、これ以上干渉しないでおこう。婚約さえすれば良い、ウェゼット伯爵家の繋がりがあれば良い。
でも、それすらも拒まれた。結婚式の今日、彼女には容姿端麗な「運命の人」が来たから。
「俺は候爵令息バーン・パルプルート!悪しき男からイリスを救いに来た」
「あぁバーン、信じてたわ!貴方なら来てくれるって」
「イリス、君は俺こそ幸せにしてみせる!だからこんな男となんか、結婚するな」
パルプルート候爵家。実家と似た事業を担っている、同業他社みたいな感じだ。「規模が違うし、ウチみたいな貧乏貴族とは天と地の差だな」って兄様は言ってるから、あまり関わりは無いけど。
ウェディングドレスに身を包む彼女は、堂々と彼にギュッと抱きついている。確かに、僕なんかと比べたらスッゴく格好いい。明るい雰囲気も相まって、とてもお似合いな2人だ。
向かい合うだけじゃなくて、ハグしたり、勝手に口づけたり・・・完全に自分たちの世界に入っちゃったみたい。
「しかし辛かったな。政略結婚とはいえ、こんな酷い男といたなんて」
「そうよ、こんな男となんか結ばれたくないわ!!」
「ワイト・モーフェ子爵令息は君に時折暴言を吐いては、気に食わないと気付かれない程度に暴力を振るったのだろう?オマケに、伯爵家の事業を乗っ取ろうとも企んだんだな」
「そうよ、格下のクセに不誠実で本当にろくでなし。こんな男がいるモーフェ子爵家なんて、貴族の端くれにもなれないわ!」
な、な、何を言っているんだ!?暴言も暴力も、事業を乗っ取ろうともしてない!伯爵家の分まで仕事に明け暮れていたから、イリス様と過ごすこともほとんど無かったのに。
「待ってください、僕は・・・!」
「黙れ、のうのうと発言するな!この卑怯者、愚か者!!本来なら処罰されて当然だが、彼女の温情で婚約破棄で済ませてやる。だが子爵家が今まで通りに動かせると思うなよ?相応の処分は受けてもらう!!」
なんで?どうして?僕が何をしたっていうんだ!?でも・・・何も言えない。恐怖で口が渇いて、呼吸もままならないから。
イリス様は子爵家の僕なんかより、候爵家のバーン様と繋がりたかったに違いない。でもなんで、ここまで騒ぎにするんだろう。相思相愛だから、もっと良い人がいたから婚約破棄したいって言うだけで良かったのに。こうして目の前で否定されるなんて。
怖くて、怖くて、怖くて・・・僕は何も言えず、膝から崩れ落ちてしまう。「もう良いわ、バーン」とイリス様の言葉で、向こうは次の段階へ移った。
「突然の宣言になりますが、本日限りで私イリス・ウェゼットはワイト・モーフェとの婚約を破棄します。そしてここにバーン・パルプルートとの婚約を宣言しましょう!
これより式は、バーンと執行します。ワイト、出て行きなさい。そして2度と顔を見せないで頂戴!!」
命令されても、全く動けない。彼女の声も、周囲のざわめきも、全部僕への悪口みたいで怖い。こんなところ早く逃げたいのに、体が震えて動かない。ボロボロと涙が止まらない。
「ふん、そうやって粘るのか?おい、誰かコイツを連れ出せ!!」
視線が怖い、囁きが怖い、空気が怖い、何もかもが怖い。
全部が全部、僕の敵・・・。
・・・コッ、コッ、コッ
誰かが僕に歩いてきてる。あぁ、僕を連れて行くのかな。こんな状態の花婿を連れ出すなんて、酷く目立って嫌だろうな。申し訳なくて、でもどうしても動けなくて、それが全部辛くて・・・。
「う゛、う゛ぅ・・・ゴメンナサイ。こんな役目、させてしまって。早く、出て行かないと、ですよね・・・」
「何を言うんだよ。突然謂れの無い悪事を突きつけられて、すぐに動ける奴の方が少ないだろ」
その声に、僕は聞き覚えがあった。上を向こうとした途端、その人に抱き寄せられる。その温もりに、その優しい香りに、さっきまでの混乱が少しずつ落ち着いてきた。涙で霞んだ目の前がハッキリすれば、目の前にはあの人がいる。
「・・・ソウル、様」
「どうした?いつもみたいに【兄さん】って呼んでも良いんだぞ」
「い、一体何年前のことですか・・・」
もう、公でなんてことを言うんだこの人は。でも優しく頭を撫でてくれることが、ただただ嬉しかった。
僕を抱き寄せるのは、ソウル・シューバー公爵令息。兄様と貴族学園で同級生だったらしく、僕ら兄弟に礼儀作法を教えていただいてから親しくなった。家庭の事情で1人が多かった僕を心配して、よく子爵家に遊びに来てくれた。
一緒に本を読んで、勉強して、時々遊びに行って。僕にとってはもう1人の兄。兄様みたいに【ソウル兄さん】と呼んで、10年近く過ごしてきた。子爵家と公爵家、明らかに立場が違うのに、ソウル様は今も僕らと交流してくださってる。
僕が婿入りする話が出てから、あまり会う機会は無かったけど・・・この結婚式にも来てくれてたんだ。
「ワイト、ワイト!」
ふとソウル様の後ろで、心配そうな顔をした兄様がいた。兄様はソウル様が少し離れてから、同じように抱きしめてくれる。こうしてくれるのは、随分久しぶりだな。ずっと邪魔にならないように、1人でいることが多かったから。
大切な日になるはずだったのに、ソウル様や兄様に、こんな酷い有様を見せたんだ。そう考えると涙が止まらない。本当に情けないよ・・・。
「ぅ、ゴメン、なさい・・・こんなコトになって、子爵家を傷付けて」
「なに言ってんだよ、お前は何もしてないだろ。むしろ悪かった、こんな馬鹿女と結ばせてしまって」
小声で話していたけど、その言葉は聞こえたらしい。「馬鹿女ですって!?」とイリス様はカンカンだ。
「ふざけないで、私は被害者でそっちより格上なのよ!アンタ達の子爵家なんて、その気になれば潰せるのよ!?友人だか何だか知らないけど、私達の邪魔をしないで!」
ソウル様と兄様の血管がブチッと切れた、気がする。ふとソウル様のお顔を見て、何故かバーン様の顔が青ざめていた。近付こうとしたイリス様の腕を掴み、後ろに下げさせてしまう。
「ちょっと、どうしたの?あんな不敬な奴ら、さっさと追い出さないと」
「しっ!あ、あの方は我が候爵家のお得意先であるシューバー公爵家の嫡男、ソウル・シューバー様だぞ!?」
えっ、という彼女の声に被さるように、ソウル様は立ち上がり一礼をする。粛々とした笑みで、静かな怒りを浮かべながら。
「これはこれはパルプルート候爵令息、清らかな結婚式に随分な真似をしたもんだな」
「な、ななな、何故貴方様がこんなところに!?公爵令息である貴方が、こんな質素な辺境地に・・・」
「弟のように可愛がる奴の晴れ舞台を見るのに、何か不都合でも?」
ギロッとした睨みに、バーン様もビクッと震える。いや、この瞳を見た誰もが一瞬ゾッとするだろうな。
「ど、ど、どうして公爵が・・・?しかもバーンの得意先って、なんで彼に口出しできる奴がココにいるのよ!?」
イリス様の独り言、なのかな?完全に隠せてないけど。バーン様も、かなり焦っているみたい。さっきから挙動不審だ。
「ででで、ですがその男は悪人ですよ!?イリスに暴言暴力を尽くし、伯爵家の事業を乗っ取ろうと企んだ、とんでもない男です!」
「人的及び物的証拠はあるか?イリス以外の、他の奴から」
その声に、会場がシンと静まり返る。バーン様もイリス様もうろたえていて・・・え、まさかそういうのも無いのに主張したの!?ビックリしている間に「ソウル様」と兄様が1歩出る。
「向こうが喋らないのなら、私に発言権をください。弟がこんな女を傷付ける暇なんて無いこと、そして乗っ取りなんて企んでないことも」
ソウル様はニッと笑い「話せ、ハークス」と肩を叩く。兄様はガサゴソと胸元から大量の紙を取り出すと、同じような笑顔で自信満々に話し出した。
「ここ数ヶ月はワイトの奴、日中は得意先をアチコチ飛び回り、夜中も自室で書類整理していたようで。メイドや得意先の話で、アイツの1日の行動は大半明らかになるでしょう。イリス・ウェゼット令嬢に暴言暴力を振るう暇も無いのは、明白ですよ。
あと俺がス・・・追跡した結果、コイツ、ほぼ休み無く働いてました。数多の男と遊んでばっかな、あの馬鹿女と違ってね。つまり伯爵家の仕事は、大半あの女から押し付けられてるんです。乗っ取ろうだなんてとんでもない、むしろ利用されてたんですよ」
い、いつの間にか1日の行動を調べられていたの!?そういえば行く先々で兄様と会ってたなぁ、って、まさか追いかけられてた?いや、でもあれは仕事で・・・まさか兄様、仕事すら合わせてたの!?
「そ、それは・・・ここ数ヶ月の話よ!その間は確かに何も無かったけど、それ以前は!」
「え?おいイリス、お前の話じゃ先月にもぶたれたって・・・」
バーン様の言葉で、イリス様はハッと口を押さえていた。
「おいおい、協力者の辻褄すら合わせてなかったのかよ」
「嘘の設定を庇おうとまた嘘をついて、ドツボにはまったか」
その様子に、フッと兄様とソウル様は笑う。青ざめる乱入者と花嫁に、ソウル様は1歩踏み出した。
「バーン・パルプルート候爵令息、今までのお前を見て、イリスの言うことを鵜呑みにしたのは明白だ。ろくに調査もせずに、あの女との逢瀬に夢中だったんだな。仕事を大量に放っておいて、よくやるぜ。
イリス・ウェゼット伯爵令嬢、テメェはもっとタチが悪い。お前は汚れた嘘に嘘を重ねて、何の罪もない人間に濡れ衣を着せたんだ。何も手を汚そうとせず、馬鹿な真似をして呑気に立っていられるとはな」
コッチにも伝わるくらい、ソウル様は怒り狂っている。イリス様みたく騒ぐんじゃなくて、静かに淡々と、それで威圧感を与えながら。
「こんな穴ぼこだらけの計画に、俺らの大切な弟を巻き込みやがって・・・ふざけるなよ。お前らこそ貴族の端くれにも置けねぇな」
その大きな後ろ姿は、今も昔も同じで。味方でいてくれるんだと、信じてくれてるんだと、とても嬉しくて安心する。全てを言い切ったのか、ソウル様は僕の方を向いた。さっきまでと違って、とても優しい笑みで。
「さぁ、もうこんな奴らに縛られなくて良いんだ」
「行こうぜ、ワイト。これから俺達は自由だ」
ゆっくり出された手を掴むけど、思ったように立ち上がれない。どうしよう、そう思った瞬間に、ソウル様にガバッと抱きかかえられた。えっ、こんな人前で!?
「では俺達は、これで失礼する。パルプルート候爵家にウェゼット伯爵家。今後一切、モーフェ子爵家とシューバー公爵家に関与しないでくれ」
「「なっ・・・!?」」
「ここまで愚かな輩がいる奴がいる家とは、関与したくない。今までワイトが必死になって取り組んできた仕事も、俺の家が関係していた仕事も、ぜーんぶ白紙にするぜ。色々言われようが、全てはお前らに責任があるからな。
ま、どうせこの騒動でお前らには色々待ち構えてるんだろうけど。廃嫡やら勘当やら、平民になるのは覚悟しとけよ?あぁ、2人でいられるなら問題ないか。ま、勢いある子爵家を潰そうやら、金のある家で贅沢な生活をしようやらの願望は叶わないけどな。
別にお前らの愛は邪魔しない。だがコイツを陥れようなら、俺は全力で叩き潰す」
僕を抱きかかえながら、ソウル様は兄様とコツコツと会場を後にしていく。後ろから「どうしてくれるんだ!?」「どういうことよ!」って口喧嘩が聞こえてくるけど、もう関係ないよね。
ーーー花婿に、運命の人が来たのか。
そんな優しい声が、ふと耳をかすめた。
会場を出てから、ソウル様が「このまま結婚するか」とおっしゃったり、兄様が「次は俺が抱っこする!」とか言い寄ってきたのは、僕らだけの秘密。
fin.
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