ささいなことで別れてしまった
彼女と別れた。
三年も付き合っていたのに。
結婚だって考えていたのに。
考えていた、というよりも、その予定だった。
ただ、すぐに結婚できない理由があった。
俺の借金だ。
恥ずかしい話だが、昔の俺はクズだった。キャバクラの女に入れ込み、数百万の借金をした。それでも、キャバクラ通いをやめられなかった。
そんなときに出会ったのが、彼女だった。
彼女は、俺の目を覚まさせてくれた。キャバクラの女に入れ込み、どんだけ貢いでも、決して振り向いてくれることはない。ただの金づるに過ぎない。
俺の目は覚めた。キャバクラに足を運ぶことはなくなった。
当たり前のように、目を覚まさせてくれた彼女に恋をした。
俺達は付き合い始めた。幸せだった。少しずつ借金を返しながら、一緒に暮らした。それほど裕福ではないが、幸せだった。
付き合いが長くなれば、当然、結婚の話も出てくる。
結婚したい。一生一緒にいたい。結婚しよう。
そこでネックとなったのが、俺の借金だ。
俺は必死に働いて、借金を返した。
彼女も協力してくれた。
彼女のお陰で返済のペースは格段に上がり、とうとう完済できた。
二人で苦難を乗り越えた。その事実は、俺達の絆をより一層強めたはずだった。
それなのに。
こんなささいなことで、俺は、彼女に別れを告げられた。
困難を乗り越えた二人だからこそ、ささいなことなど許し合えると思っていた。
互いに好きだからこそ、ささいなことなど許して貰えると思っていた。
それなのに、俺達は終わった。
遠くの夜空を見つめて――虚空を見つめて。
俺は一筋、涙を流した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
彼氏と別れた。
結婚しようと約束し合った彼だった。
けれど、彼には数百万もの借金があった。そんな状態では、とても結婚なんてできなかった。
借金を返し切ったら、結婚しよう。そう話し合った。
それからは必死だった。彼は残業を積極的に行ない、遊びに行くこともなく借金返済に充てた。
私も協力した。残業をして、お金を貯めて、彼の借金に充てた。
けれど、私達にも生活がある。生活費を捻出しながらでは、なかなか借金は減らない。なんといっても数百万だ。簡単な額じゃない。
私は、彼には内緒で、キャバクラで働き始めた。昼間の仕事よりも、格段に稼げた。贔屓にしてくれる太客もできた。お金はどんどん貯まり、借金返済のペースは一気に上がった。
そして、借金を完済した。
同時に、私はキャバクラを辞めた。
私達は喜び、家で、久し振りのお酒を飲んだ。乾杯。これでようやく、結婚できるね。二人で、涙を流しながら喜び合った。
ある日。
借金がなくなって身が軽くなったのか、彼は、仕事の同僚と飲みに行きたいと言った。
私は快く許可した。
飲み会の日。彼は、終電の時間を過ぎても帰ってこなかった。連絡をしても、通じなかった。
彼が帰宅したのは、朝の九時だった。
当然、私は、彼に何をしていたのか問いただした。
彼は同僚数人と飲みに行った。その中には、女もいた。酔った勢いで、女とホテルに行った。ホテルでやることと言えば、ひとつしかない。
「寝ちゃって、気が付いたら朝になってたんだ」
その「寝ていた」は、「眠っていた」とは別の意味のはずだ。
彼は平謝りしてきた。挙げ句、こんなことを言った。
「一緒に頑張ってきただろ? ごめん。謝るから。こんなささいなことなんだから、許してくれよ」
ささいなこと?
私は激怒し、家を出た。彼に別れを告げた。もちろん、結婚の話はナシだ。
私は、彼の借金返済のために、キャバクラで働いたのに。太客を捕まえて、一生懸命奉仕したのに。
枕営業までしたのに。
家を出て、あてもなくフラついていた。とりあえず、今夜泊るところを探さないと。
考えていると、ポケットの中でスマホが振動した。通話着信のバイブだ。
スマホを取り出し、画面を見た。例の太客からだった。
私は電話に出た。
「もしもし?」
「よかった。繋がった。ねえ、店、辞めたの?」
「はい。もう、目的は果たしたんで」
「目的?」
私は、客に事情を話した。彼の借金返済のために頑張っていたこと。でも、彼に浮気されたこと。浮気を「ささいなこと」なんて言われたこと。もう別れたこと。
「じゃあさ、提案なんだけど」
客は、ベッドの中で囁くような優しい声で言った。
「俺のマンションに来ないか? 君と暮らせたら、楽しそうだ」
私には、今夜の寝床すらない。彼氏の借金返済を手伝ったから、大してお金もない。
断る理由などなかった。
即答して、私は、彼のマンションの場所を聞いた。
(終)




