Act.2 痛哭咽(むせ)ぶ苑(その)・1
これこそ本当のショーファー・ドリブン(運転手付き送迎)だった。
アディとユーマ、ジィクの3人のドラグゥンは、ダブル・ブレストのフロック・コートにトリコーン(三角帽子)と言う、見事な制服を着込む御者が手綱を取る、その古風で優雅なランドー(対座4輪馬車)の心地よい揺れを楽しんでいた。
厳かな飾り門を幾つか潜り、少しばかりの登り道に蹄の音がリズムを刻む。林立する緑の向こうに、リスクラ湖が宝石のような煌めきを見せていた。海と呼んでもおかしくない広大なリスクラ湖南東湖岸から吊り橋で結ばれた、700メートル沖合に浮かぶ1200平方キロの小島全体が、ローズブァド城の敷地となっている。
なにせ城内に皇室直轄の専用宇宙港を備えているぐらい、このローズブァド城も大きい。
160年前、立憲君主制や世襲君主制を含む5つの地方領域国家が現れた時代に、さる王の宮城として造営された。現在は現クアトロポルテ朝の皇室御料別荘だが、主館は先代皇妃アルシオーネが亡くなってから閉館され、実質は東宮館閣として使われている。
城の警固はアルシオーネ妃在宮から以降、伝統的に東宮衙衛隊が担っており、東宮隊の司令部も城内にある。また衙衛隊全体での保持武力装備の多くがここで監理されている。
城内には宮枢府御料監庁、衙衛隊ローズブァド城駐屯監庁、麾下に騎馬隊も抱える城内警護隊、消防隊、馬場、御料牧場、御猟場、御漁場、ハッサンサラァ御苑を始めとして荘館が5つあり、島内住人すべてが皇室付き特別官吏で、総官吏数3500名 。
奇麗に手入れされた庭だか森だかを抜けると、薔薇の垣根が目を引く一際美しい館、ハッサンサラァ御苑のポーチ(車寄せ)に着いた。テニスができそうなほど大きなウインドブレイク・エントランス(風除け室)を抜け、館の迎賓ホールに入って、アディ、ジィク、ユーマは目を見張った。
3階層吹き抜けのロタンダ(円形)ホールは、直径120メートルを超える円形大広間で、美しい飾り柱が取り囲み、ドーム型の天井にほど近い高みにはアーチ状の大窓が列をなす。ホール内には、荘重な皇族衣裳が飾られたショーケース、目を奪われる絢爛な花器や陶器、由緒ありそうな馬車や家具調度品が誇らしげにコレクションされ、何より目を引くのは空中結像で展示されている、立派な立体肖像画たちだ。
壮麗な装飾を施された背丈ほどある基台の上で、肖像画の中の人物がポージングを少しばかり変えながら、実物と見紛う表現から油彩バロック調、印象主義調、パステルロココ調、ゴシック調と、タッチや手法が移ろい変わる。
正面左側、陽の光が柔らかく差し込む一角に飾られた、一段大きく美しい姫君の絵が、3人の目を惹きつけた。年の頃なら15歳前後、金糸雀色の輝くような長い髪、宝石のような珊瑚色の瞳。凛とした花のような、少女と呼ぶにはあまりに気高い立ち姿。
「こりゃまた別嬪なお姫さまだな」
「そうよね」
「確かに・・・そうだよな」
ジィクが溜め息交じりに見上げ、ユーマがそれに相槌を打ち、アディが感心頻りに頷いた。ただ3人ともが、驚嘆の声というよりは何か腑に落ちない、という声音だった。
「どっかで見たような気がするんだよな・・・」
とアディがつぶやいた途端。
「あああッ!」ユーマが指差して素っ頓狂な声を上げた。「この娘、あの娘よ、あの娘!」
これだけ興奮する物言いは、ユーマには珍しい。しかも、この、あの、を連発する不明瞭さ。
「お前何言ってんだ? ユーマ」
アディが、落ち着けよ、と言わんばかりにジト眼で見返した矢先。
「あ・・・ああ!」
今度はジィクが手を打った。
「ツィゴイネルワイゼン!」
そしてユーマとジィクの声が重なる。
その言葉に、はっと目覚めたように、アディが声を上げた。
「──俺たちが救けた女の子! 姫さまって言われてた・・・!」
3人が3人とも、三者三様にお互いを見詰め合い、口をパクパクさせた。
「まさか本当に──」
「お姫さまだったとは・・・」
「げげーッ・・・!」
ユーマ、ジィク、アディが一様に、独り言のような喫驚の声を漏らす。
「はい。皆さまのご賢察通りでございます」
凛とした、それでいてどこか含み笑いの混じった声が、3人の背後に投げられる。
「──確かにアルケラオス現東宮皇女、メルツェーデス・アレハンナ・アッンリエッタ・クアトロポルテ殿下であらせられます」
その声に振り向くと、ロトスオーリが立っていた。
「あら、あなたさっきの」
「はい、ロトスオーリです。私、このローズブァドの首席城代官も兼務いたしております」
宇宙港で会った宮枢府御料監庁の官吏は、相変わらず上質なスーツを隙無く着ていたが、ずぶ濡れのドレスをユーマに押し付けられて汚れたのか、先程とは違うピン・ストライプ柄に着替えていた。
「──皆様方でしたか、あの客船ツィゴイネルワイゼンで、姫君とテスタロッサ女史を救けていただいたのは」ロトスオーリはユーマの横に立つと、メルツェーデスの肖像画を見上げ、感慨深げに言った。「何という巡り合わせ。これも姫御前の宿運でござりましょうか」
「あんた知ってるの? あの事故のこと」
問い掛けるユーマに、ロトスオーリは首を巡らし一同を見た。
「はい。あれは2年前のことでござりましょう。姫と女史のお2人は、太陽系エピクロスの惑星ミルにあります、然る寄宿学校にご在籍のおり、ご危篤の報に一時帰国なさるためツィゴイネルワイゼン号にご乗船なさっておられました」
「危篤?」
「はい。予てご病気を患っておられました、姫の母君アルシオーネ皇妃陛下です」
そう言うと、ロトスオーリはメルツェーデス像の右隣の肖像画を眺め上げた。珊瑚色の瞳をした上品な目元が、メルツェーデスそっくりだった。
「こっちの皇は、父君?」
ユーマが、アルシオーネ皇妃と反対側、メルツェーデスの左横、金髪の若い青年皇族像の隣、皇らしき立派な装束に身を包んだ壮年の肖像画に、体ごと向き直った。癖毛の黒い髪と焦げ茶の瞳、意志の強そうな顎。誇らしげに胸を張る肖像は、立派なパワード・アーマー(筋力支援兜鎧)を身に付けた武勇の像に変わった。
「はい。エッジセーク皇陛下です」
ロトスオーリが厳かに、だがはっきりと言った。
「今は確か、フロースガール皇の御代よね? アルケラオスって」
「はい。エッジセーク皇陛下が、16年前に崩御なさったおり、メルツェーデス殿下はまだお生まれではなく、陛下の父君であるフロースガール太皇が今一度、皇陛下に復辟なされました」
「ああ、エッジセーク皇の横の、皇さま像ね」ユーマが少しばかり顔の向きを変え、指を揃えて差した。「で、その隣は?」
「フロースガール皇正妃、カリーナ皇后陛下です」
ロトスオーリの仰ぎ見る先を追うように、アディとジィクが首を巡らせる。
プラチナ・ブロンドの髪の嫋やかな貴婦人が、萌葱色の瞳をした優しそうな眼差しで微笑んでいた。
「ふーん」ユーマが訝ったように、少し口を尖らせる。「──ご存命?」
「いえ。5年前に崩御なされました」
「あ、そうなの・・・」
何を意外に思ったのか、ユーマは口をヘの字に曲げた。
「カリーナ皇后陛下が何か?」
そのユーマの反応に、今度はロトスオーリが訝った。
「いえ、どなたにもお会いしたことは無いんだけどね・・・」
少しばかり首を傾げたユーマが、愛想笑いを浮かべた。
「お前が歯切れの悪いときって、大概ロクなことが起きないよな」
アディはユーマの方を向き、歯を見せてニヤッと笑った。
「あんたの鈍感具合よりはマシでしょ」
「ホント、アディって鈍感だからな。時々感心するぜ」
腰に手を当てて言い返すユーマに、ジィクが追い討ちを掛ける。
「うるせー。女の尻ばっか追い掛けて、病気ばっか貰ってくる助平ペロリンガ人に言われたくはねェよ」
「ちょっと待て。スケベなのは認めるが、病気を貰ったことは1度もない」
三度ぎゃあぎゃあと言い合うドラグゥン3人に、ロトスオーリは苦笑しながら、さあ、こちらへどうぞ、と案内した。
天井高は2階層分くらい、採光の窓も明るくて、ホールと言ってもおかしくないような広い通廊に出る。正面奥に見えている大きな扉に向かって、通廊中央を通るムービング・ウェイに乗って移動する。着くと同時に、その大きな扉が目の前で開いた。
その途端3人のドラグゥンが、おおっ、と目を見張り、ロトスオーリに促されて室内に足を踏み入れてさらに驚いた。戸口を入って直ぐは、言わばエントランスのような部分になっているのだが、そことて奥行30メートルはある大広間と言って良いのだが、本当の大広間はその先に広がっていた。否、そこはもう想像を遥かに凌ぐ豪壮な社交広場と呼ぶに相応しい設えだった。
奥行き100メートル、左100メートル右100メートル、エントランスを入れると凸型をしている大広間だ。大広間の天井高は4階層分もあり、エントランスの正面、端から端まで200メートルもある大広間の東側には、全面ガラス戸のテラス窓になっていて、柔らかなレースのカーテンが掛かっていた。
ロトスオーリが壁際のスイッチをいくつか操作すると、垂れ下がったカーテンが巻き上がり、室内にいることを忘れてしまいそうな、圧倒的で壮観なパノラマ風景が広がる。
広大な中庭には果てが見えず、背丈を超える垣根や植え込みに、咲き誇る薔薇の花が競い合う。色とりどりの薔薇で埋め尽くされた庭は、さながら立体的なパッチワークのようだ。目の前には屋根に風見鶏が揺れる瀟洒なガゼボ(四阿)、蔓薔薇が絡まるバーゴラ(陰棚廊)、いくつかの小径が優雅な曲線を描き、小さな森や小池が散在し、古い砦のような建物や天然資材だけで作られた格調高い館が見える。その奥は広大なリスクラ湖畔が垣間見え、さながら美しい絵画だった。ただその叙景を台無しにしているのが、右の森を隔てて突き出ている無機質で不細工な、先程までいた空港の管制塔の姿だった。
さらには、窓と呼ぶにはあまりにも巨大なガラス戸が静かに次々と折れ畳まれていき、優しい風が緑の匂いを著大な広間に流し込む。
大広間の左手、北側には2階の高さに室内に向かって突き出た踊り場があり、そこから中央に大階段、左右に優雅な回り階段が繋がっていて、本当にお伽話に出てくるお城のようだ。さらに踊り場は、大広間を囲む上層階の屋内アーケード(拱廊)へとも階段で結ばれている。
大広間の床には、見上げるような大理石の巨大な彫像が、格調高く10体も鎮座する。所々にはまるで砂漠のオアシスのように、武器や武具を見事に飾り立てて陳列してあるが、もうその飾り立て自体がアート作品のオブジェのようだ。西側の壁、アディたちが入ってきたエントランス側の壁には、掛けられた重厚な絵画が彩りを添えている。優雅な曲線を描く椅子やソファ、テーブル、チェストなどは間隔もゆったりと配置され、ゴミバケツみたいなスカートを履いたご婦人方がうろうろしても、とても優雅に過ごせそうだった。
「テスタロッサ女御官はまもなく来ます。ただ申し訳ないのですが、女史はまだ少し顔色が冴えないご様子でして」
堅苦しい口調のロトスオーリが、少しばかり心苦しそうに言った。
「こっちから出向こうか? 彼女には横になっててもらっても一向に構わないぜ」
アディが肩を窄め、同意を求めるようにユーマとジィクを見やった。
「はあ、それが、床に臥している姿をお見せするのははばかれる、と申されまして」
「気骨のある彼女ね。あの娘をガールフレンドにする殿方は難儀しそう」
ユーマが微笑みながら、小さく首を振る。
ロトスオーリは一礼すると、では今しばしお待ちを、と言って下がっていった。
それから15分ほど待っただろうか。
北側3階、張り出したアーケード(拱廊)に面した扉が、不意に開いた。
アディ、ユーマ、ジィクの3人が一斉に振り向く。
シャンパン・ゴールドのドレスを纏い、紅色の髪も眩しい女性──溺れて息も絶え絶えだったとは思わせないほど、見事な淑女姿のリサだった。
上品なリサの身形に、皆が、おお、と感嘆したのも束の間、2頭の大型狩猟犬がリサの脇を縫って勢いよく飛び出してきた。あっと言う間もなく、階段を飛ぶように下り、踊り場から大階段を一目散に走って来る。
「ローレル! パルサー!」
リサが思わず叫んだが、2頭の犬は制止を聞かず、真っ直ぐアディに突進した。
逃げて、とリサが叫ぶと同時に、ローレルとパルサーが大きく跳ね飛んだかと思うと、体当たりするようにアディに襲い掛かった。
噛み付かれた、と思ったリサが咄嗟に首を竦める。
どさっ、とアディが倒される音がして、悲鳴が轟く──惨劇を思って目を瞑ったリサに聞こえて来たのは、悲鳴ではなくヒャヒャヒャヒャヒャと喚く、奇っ怪な声だった。
リサが恐る恐る目を開く。
そこには、ローレルとパルサーに体ごと伸し掛かられ、べろべろと顔を嘗め回されるアディの姿があった。
「ローレル! パルサー!」リサが血相を変えて、階段を駆け下りてくる。「これは申し訳ないことを・・・!」
「良いって、良いって」上身を起こしたアディが、2匹の頭を交互に撫でた。「しっかし、人懐っこい犬だな」
と言われて、一瞬はっとしたリサだが、すぐさま眉根を寄せて2頭の犬に渋面を作った。
「ローレル、パルサー、こっちへ来なさい。失礼ですよ」
ローレルとパルサーはアディの脇にちょこんと座り、ちらりとリサを見てアディを見て、またリサを見てアディを見る。アディの傍を離れようとしない2頭は確かに仕草は愛らしいが、共に体高は90センチを超えている。体重も70キロは下らず、たとえ愛嬌であっても飛び掛かられると、可愛いらしさより怖さが先に立つ。
「ローレル、お前は賢いな」
アディが右を向き、黒真珠のような艶も上品な短毛の犬を、頭から肩にかけて撫で下ろす。
「パルサーも元気だな」
今度は左を向いて、白毛に黒の斑が入ったスポット柄の顔を、両手で包み込むように撫でた。
「アディ、あんた大丈夫?」
「頭の1つか2つ齧られたんじゃないのか?」
ユーマとジィクが小走りに駆け寄る。
「うるせー。おまえなら股座を咬み千切られてただろうよ」
そう毒突いてから側にいるリサと目が合って、品のない言葉を口走った事に、アディはばつ悪そうに肩を窄める。
「──これは珍しい」リサの背後から、ロトスオーリが姿を見せた。「ローレルとパルサーが、おとなしく撫でさせるとは。御仁は余程の犬好きですな」
然も愉快そうに顔を綻ばせ、首席城代官が言った。
「どうしてそっちがローレルで、そっちがパルサーって分りました?」
微笑ましそうに笑窪を作るリサが、訝るように言った。
「ん・・・何となく。違ったか?」
よっこいしょとばかりに腰を上げたアディが、今一度、今度は片手づつで2頭の頭を同時に撫でた。
「いえ、その通りなんですけど・・・」リサが少しばかり困惑気味に言った。「ただロトスオーリ卿が言った通り、その2頭、本当はあまり人懐っこくないんです」
「へえ、そうなのか」
アディは目を丸くして、ローレルとパルサーの顔を見比べた。
「ねえ、ロトスオーリ卿」
「はい」
リサの言を受けた城代官が、大きく深く頷いた。
「ローレルもパルサーも大変賢くて素直なのですが、姫御前とテスタロッサ女史にしか触れさせないのです。何か相性のようなものがあるようで、食事なぞも知った者以外が与えると、見向きもしません。私なんぞ吠えられこそしませんが、触ろうとしただけで身構えられて睨まれます。酷い扱いなど、一度たりとした覚えはございませんのに」
「そうなんです」リサが心底済まなさそうに、ロトスオーリを見た。「本当はサンジェルスのグレースウィラー城でメルツェーデス姫に可愛がられていたのですが、もう、ウェーデン卿が来られる度に、噛み付かんばかりに吠えるものですから、卿は明白に嫌な顔をされますし、さすがの姫さまも困惑しきりで、それで仕方なくこちらのローズブァド城に移されちゃったんです」
「そうか。ともかく番犬としては役に立っているようだな、お前たち」アディは目を細めて、ローレルとパルサーを交互に見やった。「犬はおべっかなんか使わないものな」
2頭は嬉しそうに立ち上がって、千切れんばかりに尻尾を振り、バゥとひと吠えした。
「あの、申し遅れましたけど、先程は危ういところを助けていただいたのに、何のお礼を申しあげず、大変失礼しました」
まだ少し血の気が冴えない顔を僅かに赤らめて、リサが丁寧に頭を下げた。
「自己紹介がまだよね」ユーマがにっこりと微笑み返す。「あたしはユーマ・レヴィン・エグフェルト・クレスタ、見ての通りジャミラ系。こっちのペロリンガ人がジィク・ムルシェラゴで、貴女を川で救けたテラン(地球人)の彼が、アディ・ソアラ」
「こちらこそ改めまして、リサ・ファセリア・テスタロッサです。メルツェーデス皇女殿下付きの侍従女御官をしております」
一同を丁寧に見渡してから、再度深々とお辞儀し顔を上げるリサを、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の3人が改めて見遣る。
理知的でしかも嫋やかな佇まい、菖蒲色のくりっとした目が愛らしく、鴎の翼のような端正な曲線を描く眉が印象的だった。
綺麗にクラウンハーフアップに纏められた赤髪も、今はすっかりと乾いて本来のツヤツヤした若々しさを取り戻し、立ち上がるように少し跳ねた巻き癖毛の前髪がキュートなアクセントになっていて、背の中程まで届くまで届く長い後ろ髪は、ボリュームたっぷりなのに軽やかにウェーブを描き、空気を孕んでふんわりしている。
エレガントなシャンパン・ゴールドのドレスは、デコルテ・ドレープとスカートサイド、裾にオーガンジーとレースを配ってあり、ハイウエスト・ベルトは上品な艶のマルーン色だ。軽やかな空気に揺れるドレスの裾からは、ラズベリーレッドも格調高いオリエンタル柄のストッキングを装った可愛らしい膝が覗き、それに焦げ茶のアンクルブーツを履いている。
リサは少女の可愛らしさと貴婦人の気高さを重ねもつ不思議な雰囲気を纏いながら、どこか人を惹きつける、そんな魅力に輝いていた。
「まあこれからは、泳ぐときは水着を着るこったな」
「はい、気をつけますわ」
アディの嫌味のような紋切り調子は照れ隠しの裏返しなのだが、リサはそれに気分を害した様子も見せず、素直な笑顔で頷いた。
「時にこちらへは、何かお仕事で? ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)とおっしゃってましたが」
「まあ、侍従女御官に誤魔化しても意味がないし」ユーマが肩を軽く聳やかす。「こちらの皇室が発注した宇宙船を引き渡しに来たの」
「やはりラ・ボエムの・・・!」リサが菖蒲色の瞳を輝かせ、急くように言った。「グリフィンウッドマックの方々ですね!」
「おや、よくご存知で」
ほう、と感心するアディがジィクと顔を見合わせた。
「──なんて僥倖な! 本当に運命のお導きかもしれません!」興奮さめやらぬリサは、畳みかけるような口調で言った。「けど、皆さま方はサンジェルスの方へ行かれる筈なのでは・・・」
「よく知っているわね」ユーマは一驚しながら言った。「アルケラオスに着いてから、急にフェリー(回航)先がここに替わっちゃったのよ、そちらの宮枢府とやらを通して」
「宮枢府から・・・?」
リサはロトスオーリを振り向いたが、宮枢府官吏である当のロトスオーリは、知らない、とばかりに肩を窄めて小さく首を振った。
「それでは、グレースウィラー城の方へは、どなたさまも行かれていないのですか?」
少し慌てた素振りでリサが声を上げ、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の3人を見渡した。
★Act.2 痛哭咽ぶ苑・1/次Act.2 痛哭咽ぶ苑・2
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト