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紅のドラグゥン・禁姫の想いは星の翼に  作者: サザン 初人(ういど)
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Act.1 花嫁救出・6

「この度の、私どもの研究成果ですの」


並び立つ異形の獣人たちに、メルツェーデスは言葉を失った。


しかも6人、それも全員が見上げるほどの屈強魁偉(かいい)で、居並ぶ筋骨隆々とした獣人の前をゆっくり歩を進めるヘアルヒュイドは、まるで御伽の国の小さな妖精のようだった。


「遅ればせながら、紹介がまだでしたわね、殿下」


皆一様に深緑のカーゴパンツに焦げ茶のコンバット・ブーツを履き、裸身の厚い胸板は岩みたいで、棍棒のような太い腕はメルツェーデスの腰の倍はある。


「──ふさふさした立派な(たてがみ)があるのがレオ、その隣の飛び出した尖った耳の持ち主がバット、全身黒毛なのがウルフ、鳥みたいな嘴をしたのがイーグル、何やら硬そうな皮に鼻先が角になっているのがライノ、そして最後がタイガー」


レオと呼ばれた獅子男は最も背が高く身長220センチ、蝙蝠のバットと狼男ウルフでも200センチ、犀男ライノと廃虚で襲われた鷲男イーグルで210センチ、虎男のタイガーは215センチある。そのタイガーの左腕はちゃんと傷の治療を受けたらしく、メルツェーデスが応急で手当てしたエプロンではなく、まっさらなバンデージが巻かれていた。


「どうですか、この牙、この爪」


ヘアルヒュイドは嬉しそうに、虎獣人のタイガーに身を寄せると撓垂(しなだ)れ掛かり、頬を寄せて悩ましく分厚い胸板を撫でた。


「殿下、こんな鋭く逞しい爪牙に、美しい着物を引き裂かれ、襲われる恐怖を味わってみたいと思いません?」


突如現れた異形の獣人に、しかも6人も揃われては、さすがのメルツェーデスも気圧(けお)されてしまった。撫でたら喉を鳴らすのか、などと悠長な思いは湧き上がってこない。


「彼らはバイオロジカル・ハイブリッド・アニメイトと称する生物学的複合生命体ですの」ヘアルヒュイドが冷たい笑みを浮かべる。「遺伝子工学技術で産出したヒューマノイピクス(現生汎人類)のクローン培養素体に、外科的無機改造を施しましたの」


息を呑むメルツェーデスに、ヘアルヒュイドが自慢気に獣人たちを見渡した。


「すごいでしょ。骨は強化カルシウム有機繊維でできていて、高効率ミトコンドリア筋肉まで備えているのですよ。実に逞しいでしょう」


「これが、あなたの言う・・・研究成果・・・ですか・・・?」

メルツェーデスには、言い返すだけの言葉が見つからない。


「強化カルシウムとかミトコンドリア筋肉とかいう言葉を聞いて、背筋にぞくぞくするエクスタシーが走るのを感じませんか?」鬼気迫るような醜い笑みに、ヘアルヒュイドは下品にも唇を舌で小さく嘗めた。「こんな男たちに犯され汚されてみたいと思いません?」


「・・・・・・」

もうメルツェーデスは、開いた口が塞がらない。


目の前の獣人軍団にも畏怖を感じざるを得ないが、自慢気に蕩々と説明するヘアルヒュイドにも、ある種の脅威を覚えた。大体こんな獣どもに襲われたら、犯されるだけではなく生命(いのち)すら落としかねない。


「でも残念。この武官(もののふ)たちは生殖機能がないの。生殖器を持ってないから、セックスできないの。惜しかったわね、メルツェーデス殿下」


「──貴女(あなた)、頭がどうかしているわ、ヘアルヒュイド」

メルツェーデスはそう言い返すのが精一杯だった。


「あら辛辣な。けどね殿下、1年もあれば、小隊規模くらいは編成できますわよ。アルケラオス連邦宗主たる皇室を警護するに相応しい、頼もしい陣容でしょう」


「アルケラオス・・・連邦宗主の皇室?」

初めて聞く言葉にその意味を理解できず、メルツェーデスは嫌な予感と不安を感じた。


「そうですわ。早ければ1年か2年後にはオッカムを併合して連邦国家になり、アルケラオス皇室を首長にいただく宗主連邦になるのです」


「オッカムを併合ですって! 誰がそんな事を決定したのです!」

思わずメルツェーデスが声を荒げた。


オッカムはアルケラオスと同じ獅子座宙域のネスン・ドールマ宙帯にある太陽系国家だ。アルケラオス最隣の国で、同じくルパス・ガラクト(狼座域標準語)言語圏に属するが社会主義体制を敷いており、ネスン・ドールマ宙帯での交易覇権を競い合っている。


「あら、もちろん私の弟オロフ・ウェーデン皇とメルツェーデス皇妃陛下ですわ」

ヘアルヒュイドの言葉に、一瞬メルツェーデスが言葉に詰まった。


そこまで我欲も深く考えているとは、及びも付かなかった──単なる皇権覇権欲しさ、失われたビガー朝の復古が狙いの政略結婚と思っていたが、これはもうアルケラオス国内での覇権争いの域を越えている。


「なんて馬鹿げた発想を! 戦争でも仕掛けるつもりですか・・・!」


「まさか!」ヘアルヒュイドは小馬鹿にするように、大仰に驚いて見せた。「オロフとてそんな無茶な考えはしませんよ。ただ宇宙軍の充実度に裏打ちされた国力の差違が有るうちに、経済力でも押さえ込んでしまうだけです」


「ならば併合などと、国の有り様を変える必要がどこにあるのです!」


「まあそこは、私どもビガー朝の血を引く者共の野望、とお考えくださいな」ヘアルヒュイドは見たこともない歪んだ笑みを浮かべた。「あなた方クアトロポルテに簒奪(さんだつ)され追われた身分は、このスピノザ(いち)惑星に留まらず宇宙規模での復古をもって、忌まわしい過去を完全に払拭し正当な皇権を証明するのです」


「レディ・ウェーデン・・・!」

メルツェーデスは可愛らしい唇を引き締め、本当にぎりぎりと音がしそうなほど歯噛みして一呼吸置くと、腹の底から搾り出すように声を上げた。

「──私が、オロフごときを伴侶とするとお思いか・・・!」


メルツェーデスにとって、オッカム併合は絶対に許せない施策という訳ではない。それは政治的な判断であり、国益を考えた経済力の発露であり国家規模の打算でもある。メルツェーデスとて正義感だけを振り回す気はないし、得策ならば賛同もしよう。


だが何よりメルツェーデスが身震いするほど毛嫌いするのは、“あのオロフと一緒に”アルケラオスの未来を作っていく、という点だ。


これだけは、この身が枯れるまで(あらが)う気でいた。


「この期に及んで、強がるのもいい加減にしておかないと、大やけどをしますよ、殿下」

実弟を面と向かって()き下ろし、どこまでも楯突いてくる鼻っ柱だけが強い小娘風情の皇女に、ヘアルヒュイドは目を吊り上げた。


「欲しいのは皇位継承のもっともらしい大義名分でしょうに! 計算高い女狐だこと!」

それでも負けじと食って掛かるのは、メルツェーデスの若さ故だ。


「殿下にしては、お口の汚いこと。けれどオロフとの婚儀は、国を挙げての祝賀です。姫さまの考えだけでは、もう止められませんわ。それはご自身も良くお分かりの筈。だからこそ、今日のお衣装合わせを承諾なさったのではないのですか? それとも最初から皆を欺くつもりで、仮縫いに立ち会われたのですか?」


「覚えておくのです、レディ・ウェーデン」

メルツェーデスは負け惜しみとも取れる、乾いた笑みを浮かべ、静かに言った。

「わが兄シン皇子が必ずや践祚(せんそ)され、その暁には貴女(あなた)たちの(はかりごと)など、いとも容易く打ち破られます」


「やはりそうでしたか、メルツェーデス殿下」


想像していた通り、と言わんばかりにヘアルヒュイドは一頻(ひとしき)呵呵(かか)と噴飯し、それから噛み締めるように言葉を継いだ。


「この度の気儘(きまま)なお隠れごと、シン皇子のことに端を発していましたか」

ヘアルヒュイドの冷たい目が、メルツェーデスの珊瑚(さんご)色の瞳を捕らえた。


「それで、どこへ行こうとなされたのです? 我々の目を欺いて」ヘアルヒュイドが威圧するように腰を折って、皇女の顔を覗き込む。「シン皇子が存命である証でも見つかったのですか?」


「・・・・・・」


「お喋りにならなくても結構です、殿下。おおよそ見当は付いています」ヘアルヒュイドは踵を返して背を向けた。「御料宙船を運んで来た、いま入国しているドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)連中でしょう」


メルツェーデスが顔色を変えた一瞬、ヘアルヒュイドが振り向いた。


「──グリフィンウッドマックとか言う、確か16年前のエッジセーク皇がお(たお)れになった事変に深く関わっていた無頼の輩ども」ヘアルヒュイドが容赦なく(ねめ)付けた。「姫の兄上シン皇子と最後まで一緒にいたのが、そのドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)──そうでしたわね」


「・・・・・・」


「答えていただかなくて結構ですわ、メルツェーデス殿下」口元を緩め、ヘアルヒュイドが小さく首を振った。「話は当の本人たちから聞かせてもらいますわ」


「それは残念ですわね、レディ・ヘアルヒュイド」鼻であしらうように、メルツェーデスが言った。「その方たちなら、()うの昔にグレースウィラーへ登城している筈。然しもの貴女(あなた)でも、皇居には手出しできますまいに」


「あら、これは滑稽な」ヘアルヒュイドが勝ち誇ったように、腰に手を当てる。「ご存じないようですわね、殿下。その者たちなら、ローズブァド城に先ほど到着しましてよ」


「──ローズブァド城に・・・!」

メルツェーデスが動揺したように色をなした。


「当初の予定が変更になりましたの、サンジェルスから」


「──ひょっとして、ヘアルヒュイド、あなた・・・!」


「御料宙船の引き渡し場所を変更したのはオロフであって、殿下に対する当て付けでも嫌がらせでもありませんよ」ヘアルヒュイドが首を(すく)めて見せた。「到着する御料宙船に対して、不穏な族輩(やから)どもが、何やら姑息な妨害を企んでいると察知したオロフが、直前に大事を取って当初の予定を変えたのです。オロフには別の含みがある様子でしたが、まあ、そのお陰で、殿下の身の安全をこうして確保できたのですから、怪我の功名と言うべきでしょうか」


絶句するメルツェーデスに、ヘアルヒュイドが嫌みったらしく北叟笑(ほくそえ)む。


「あら失礼、殿下には骨折り損でしたね」


まさしく骨折り損──メルツェーデスは一気に脱力感に襲われた。


「それに僭越ながら、殿下のお考えくらいお見通しですし、為さろうとする事も見当は付きますの、私のような女狐でも。意外と地獄耳ですの、これでも」


メルツェーデスがこう出ると予測したか事前に知っていて、あの廃虚に来るのを手薬煉(てぐすね)引いて待ち受けていたのだ。(てい)の良い、飛んで火に入る夏の虫だった──メルツェーデスは顔を(しか)めて(ほぞ)を噛んだ。


「さて(くだん)破落戸(ごろつき)を招待して、殿下が縁と縋るシン皇子の1件、殿下と一緒にお話を賜りましょう・・・!」


ヘアルヒュイドが()も嬉しそうに大声を張り上げた。


「──彼奴らの、命請いの悲鳴とともに・・・!」


「・・・・・・!」

その言葉にメルツェーデスがはっとする。


「さあ、私の頼もしい武官(もののふ)たち、無頼のドラグゥンを1人以上、捕らえてくるのです。息さえあれば、手足の1本2本は失くても構いませんよ・・・!」





★Act.1 花嫁救出・6/次Act.2 痛哭咽(むせ)(その)・1

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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