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紅のドラグゥン・禁姫の想いは星の翼に  作者: サザン 初人(ういど)
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Act.1 花嫁救出・4

「──リサ?」

声がしてアディが振り向くと、小さなブリーフ・ケースを携えたユーマが、ずぶ濡れのウエディングドレスを抱えて立っていた。


「いま確かに、“リサ”って言ったわよね?」

赤いフラッシュ灯にサイレンを響かせて、走り去るアンビュランス(救急救助車輛)を見送りながら、ユーマがぼそりと言った。


「そうだな」アディが(おお)きなユーマを見上げ、それから手元に視線を落とす。「んで、その花嫁ドレス、どうすんだ?」


さあて、どうしましょ、と面倒臭そうに横目でアディを見やるユーマに、アディが、そんな事、俺が知るか、と言う顔付きで見返した。束の間、無言でお互いに押し付けあい、結局始末に困ってしまった2人に、声が掛けられる。


「──大変遅れて申し訳ございません」

アディとユーマが振り返ると、2人の男が立っていた。


1人はふくよかな顔立ちに、上品なウール・ギャバジンのグレイッシュなスーツを隙無く着こなす、いかにも紳士然とした50代のテラン(地球人)と、それより少しばかり若そうな、恰幅は良いが着ている金ボタンのジャケットも窮屈そうな、背の高い精悍な顔立ちのテラン(地球人)。


「ラ・ボエムを回航していただいた、ノルニルの方々ですか? 遠路はるばるご苦労様でしたな」上品なスーツをきっちりと着こなす紳士が、柔和な笑顔で挨拶してきた。「私は宮枢府(きゅうすうふ)御料監庁のロトスオーリ、こちらは東宮衙衛(がえい)隊副督帥のタフグス卿です」


「いいえ、気になさらないで。こっちも途中ちょっと道草食っちゃったから」ユーマが外交儀礼的な笑みで答える。「それにあたしたちはノルン人からお使いを頼まれた、単なるドラグゥン・エトランジェ(傭われ宇宙艦乗り)よ」


ロトスオーリは、上背213センチのジャミラ人とテラン(地球人)のアディを交互に見やり、にこにこしながら手を差し伸べた。このロトスオーリの反応は、極めて珍しい。ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)と聞くと、大概は顔を(しか)めるか、胡散臭そうな目付きをして、良くて上から目線の紋切り口調、酷いと小馬鹿にするような命令口調で接してくる。


もう1人のタフグス卿は、露骨に毛嫌いする態度は見せなかったが、色違いで同じようなウエアを着ているアディとユーマを、頭の先から靴の先まで慇懃無礼な感じで見回した。


2人が着用しているフィジカル・ガーメントは、グリフィンウッドマックのレギュラー・ドレス・システム(通常環境下被着装備)だ。空間作業着のような気密性はないが、気化奪熱による耐エネルギー弾用高分子被膜を表面に蒸着加工してあり、インナーには衝撃吸収機能を持った高圧縮多重織込繊維素材、保湿断熱素材と発汗換気機能繊維素材を重層内包している。


アディは身長188センチ、均整のとれた体躯に、黒のアッパートルソと白銀(アイスシルバー)のボトムトルソ、それに猩猩緋(しょうじょうひ)のアクセント・カラーを配したガーメントを着ている。一方のユーマがその(おお)きな身体に着けているのは、上下とも白銀(アイスシルバー)のガーメントに銅色のカラーを(あしら)い、ジャミラ人独特の体形にアレンジしてある。


「──そちらも何かトラブルがありましたか?」

握手をしながら、ロトスオーリが尋ねた。


「何やら騒がしかったようですが」

とタフグスが言葉を被せる。


「川で溺れかけた、素敵なお嬢さんを救けてね」

ユーマが手にしていた純白のウエディングドレスを差し出した。


「──それがこの衣裳」

ロトスオーリとタフグスは、鳩が豆鉄砲食らったような顔でユーマを見返す。


「お手数だけど、そちらから返して頂けないかしら?」

ユーマは委細構わず、ずぶ濡れのドレスをロトスオーリに押し付けた。

「この宙港の救急センターに運ばれた筈だから、詳細はそっちで聞いてくれるかしら。名前はリサ・テスタロッサ、赤髪(しゃくはつ)の若い()よ」


「リサ・テスタロッサ!」

ロトスオーリとタフグスが、同時に目を剥いて顔を見合わせた。


「タフグス卿、後は頼みましたぞ!」

そう言うが早いか、ロトスオーリはドレスをタフグスに押し付けると、何やら慌てた様子でその場から踵を返した。少し小走りに走っては早足に切り替えて、を何度か繰り返してロトスオーリは建物の方へと消えていった。


「何だ? どうしたんだ、あんなに慌てて?」

「彼女、ひょっとして、重要人物?」

今度はアディとユーマが、狐にでも摘まれたような表情で、お互い顔を見合わせる。


「ああ・・・まあ・・・」

2人のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)に凝視され、タフグスが曖昧に返事する。


「そちら側も、何か問題が起きたような言い方だったけど、それに何か関係が?」

「ご推察、鋭いですな」

偉丈夫(いじょうふ)に見下ろして来るジャミラ系ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の、射貫くような深緑色の目に、タフグスが眉間にしわを寄せて苦り切った顔を見せた。


「遅れて来て申し訳ないと弁明なさっていたし、あたしたちのトラブルを尋ねるのに、“そちらも”と枕詞が付いていたもので、ね」


「彼女を救けて頂いたようですから、申し上げても、まあ構わないとは思いますが、リサ・フォセリア・テスタロッサはメルツェーデス皇女の私室付き侍従女御官なのです」


「侍従女御官?」

アディが怪訝な顔付きでユーマを見やる。


「平たく言うと宮殿内の上級職員? ひょっとして」

「それも皇女付き?」

アディの視線を受け流すように、目の前のタフグスにユーマが質し、さらにアディが言葉を継ぐ。それに応えるようにタフグスが小さく首肯した。


「──と同時に、テスタロッサ女史は、我が国の皇女メルツェーデス殿下が最も信頼を置いておられる、生来の同年ご学友でもあります」

「・・・・・・」

それを聞いていたアディとユーマは、開いた口が塞がらない。


「──じゃあ、ひょっとして、ロトスオーリ卿、とおっしゃったかしら? その卿が慌てていたのは彼女リサ・テスタロッサ嬢に関係する事なのね?」


「まあ、そんな処ですが、朝から皇室関係者が上へ下への大騒ぎ、とだけ申しておきます」タフグスは、ロトスオーリから渡された白いドレスに目を落とした。「これ以上は、さすがに口を滑らす訳に参りませんので・・・」


「皇室、ね・・・」

ユーマがぼそりと口にした言葉に、アディがタフグスに尋ねた。

「それじゃあ、このラ・ボエム運用への、チュートリアル(集中教導)とドリル(実地演習)に支障を来すのか?」


実は、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)・グリフィンウッドマックが請け負った内容は、単に宇宙船ラ・ボエムをフェリー(回航)するだけではない。ラ・ボエム自体は皇室御料宙船だが、日々の管理と行幸に伴う操船は、タフグスが所属する皇室専属軍組織である衙衛(がえい)隊の管轄になる。衙衛(がえい)隊はアルケラオス国軍や宇宙軍と違って国家の安全保障を担っている訳ではなく、保持武力はあくまでも国皇と皇族の安全確保のためにのみ存在する。そのため命令系統は勿論のこと、その保持武力の選定、調達、運用方法も、行政府が統括する国軍などとは相容れず、協力関係どころか反目しあってさえいる。


その自主独往を自負する衙衛(がえい)隊は、残念ながら16年前に先代の恒星間宇宙船ステラートを喪失してから、自恃の宇宙船運航実績が途絶えてしまっている。今回新造船ラ・ボエムを運用するに当たって、改めて操船とそれに纏る恒星間航行の実地訓練を、衙衛(がえい)隊から宮枢(きゅうすう)府御料監庁を通して、フェリー(回航)担当であるグリフィンウッドマックに正式に要請されていた。衙衛(がえい)隊の操艦担当士官と整備担当スタッフが実際に航行させてみて、不具合はないかを確認をする試験宙航にも付き合わねばならない。


「あ、いや、それはまた別部署が担当ですので、予定に変更は出ないと思います」

軽く往なすように愛想笑いを浮かべ、タフグスは首を振った。


「別部署、ね・・・」

ただそのタフグスの言葉尻に、小さな(わだかま)りを感じたユーマが、口元を少しばかりヘの字に曲げた。裏を返せば、今回のリサの事か皇室に関係している事柄では、衙衛(がえい)隊の別部署が動いている、という意味にも取れる。


「──まあ、あたしたち部外者の権化のようなドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)が、無遠慮に首を突っ込む事では無いのは確かだわ」

ユーマが破顔一笑、アディを見た。


実際、大概のドラグゥン・エトランジェ(傭われ宇宙艦乗り)はお人好しの集団ではないし、銀河の平和を守る特別警備隊でもない。彼らが生業(なりわい)の場にしている宇宙では、守るべき規則や道徳、倫理は意味を持たないし、人が定めた法や秩序に一番縁遠い、無頼の人種だとも言える。


「それじゃ本来の仕事をしましょ」

とユーマが言った矢先、足取りも軽く艶やかな紺青(こんじょう)の髪を風に嬲らせ、ジィクがやって来た。上背190センチのペロリンガ人好男子で、アディと同じく黒のアッパートルソに白銀(アイスシルバー)のボトムトルソだが、ジィクのアクセント・カラーは瑠璃色だ。ジィクが駆ったリトラも、ラ・ボエムと一緒にこの宙港に着陸したのだが、宇宙船と小型航空機ではエプロン(駐機場)が違うのだ。


「よう。さっきの花嫁、美人だった?」

その声を聞いて、ユーマが小さく下唇を突き出してから振り向いた。


「ええ勿論。けどあんたには絶対興味を示さないような才媛よ」


「ほーお、そりゃ結構。だったらさっさと引き渡し終わらせて、ネルガレーテから連絡が入るまで、時間潰しに飲みに行こうや。なんなら、さっきの花嫁を誘ってもいいぞ」


「あんた、どんな思考回路してるのよ」


「え? 何かあったのか?」

ジィクの山吹色した瞳がユーマを見て、それからアディを見た。


「何かこう、ちょっとした胸騒ぎって感じがするんだよな・・・」

妙竹林(みょうちくりん)(しか)め面を作るアディに、話が見えないぞ、とばかりにジィクが首を捻る。


「何だか知らないが、そりゃあ、恋だ、恋。きっと恋だぞ、アディ。一目惚れって奴だな。俺が口説き方を教えてやるよ」


また馬鹿なことを、とユーマは呆れた顔でジィクに溜め息を()くと、手にしていたブリーフ・ケースを開いて、いくつかの書類の束を取り出した。

「──改めて、恒星間宇宙船ラ・ボエムの引き渡しを致しますわ、タフグス卿」


1人残った衙衛隊副監のタフグス卿に向かい、一転ユーマが角張った。タフグスの方も、うっかりしてた、とばかりに薄い苦笑いを浮かべてユーマを見る。


「そしてこれが、シッピング・インストラクション(船積み証明書)とコマーシャル・インボイス(船荷送り状)、それに受領証と納品書へのサイン交換をお願いいたします」


紙に印字書字された、ペーパー・ドキュメントによる、実にアナクロでアナログ形態な引き渡しだが、ノルン人からの依頼では仕方がない。




孔雀座宙域 太陽系ノルニルにあるウルザルブルンを母星とするノルン人は、カルボノ・キウィリズド・サピエンス(炭素系高度文明類人種)としては、かなり特異な存在だ。


ノルン人個体の外観は、他のヒューマノイピクス(汎人類)とさして違いはなく、テラン(地球人)に近いが、ノルン人自体は形而上思考を基礎としている超個体で、ノルン人全体が一つの個体であるかのように振る舞う超個体社会を形成していると言われている。そのノルン人国家であるノルニル自体は、太陽系国家として如何なる国とも、同盟や連合は言うに及ばず条約批准や交易すらも行っておらず、外交的にも経済的にも鎖国的で排他的国家を維持し続けている。


恒星間航行用の主機として、ラ・ボエムが艤装する超光速ドライブ、アイドル・ディメンション(虚時空)航法のアーキテクチャは、宇宙で唯一このノルン人が実用化した技術だ。


実は現在、就役している外洋航行船舶の99.999999パーセント以上が艤装する超光速航法システムは、超対称性場推進と呼ばれるシステムであり、100光年の距離を20時間から50時間で航行可能なのだが、虚時空航行だと瞬く間に移動できる。それはアイドル・ディメンション(虚時空)航法が、時空移転現象を利用する、超対称性場推進システムとは全く異なるアーキテクチャーセオリー(基盤論理体系)で稼動する航法システムであり、単なる推進装置ではない。


ただ虚時空航法の基礎となる静動次元相補理論と虚空粒子理論を確立したのが、孔雀座宙域にある太陽系ノルニルのノルン人唯一であり、工学的技術ですら開発したノルン人にしか扱えない代物なのだ。技術としては存在するがシステムを理解し複製できる者が、他のカルボノ・キウィリズド・サピエンス(炭素系高度文明類人種)には存在しない、ハードリミテッド・アヴェイラビリティ・テクノロジー(超入手困難技術)となっている。他にも他人種では(いま)だに理解されない高度な自然科学理論を数多に発明しているとも言われており、ノルニルとの接触を希望する国家や企業が後を絶たない。


ところがそのノルン人との商取引や交渉事、契約自体が意外と厄介なのだ。初めての場合は、まずその交渉窓口が全く不明で、交渉過程も一筋縄では行かない。(たと)え相手が強大な国家であっても、ノルン人側の対応は全く不変なのだ。


これは、形而上思考をメンタリティ(種族概念)にしているノルン人自体が、1つの個体であるかのように振る舞う、超個体社会的なつながりを有しており、そこから派生する他者には全く理解不能なノルン人の独特の価値観に由来するため、とも言われている。交渉条件もまず経済的対価が俎上に上ることはなく、相手によって条件や対価が変わり、ノルン人以外では理解不可能で推測が不可能に近い。形而下論理だけでは理解できない、ノルン人独特の契約成立要点があるらしく、交渉する側からすると、荒唐無稽、前代未聞、曖昧模糊、観念的、抒情的、と評すべき腑に落ちない商談協議になり、しかも常に契約が成立するとは限らない。


アルケラオス皇室が発注したラ・ボエムの場合、ノルニルが要求した対価は、ドラグゥン・エトランジェ(傭われ宇宙艦乗り)のグリフィンウッドマックがフェリー(回航)すること、それだけだった。それが何故ノルニル側のギャランティー(契約報酬)になるのかは解らない。


ドラグゥン・エトランジェ(傭われ宇宙艦乗り)・グリフィンウッドマックは、先々代のデューク(頭領)、ネルガレーテの祖父に当たるエランの時代からノルニルとは知古の得ていて、取引実績や受発注商売履歴も多いのは確かだ。グリフィンウッドマックの機艦アモン自体も、当然ノルニルで建造されたものだ。


ノルン人は基本的に、ディジタイジンング・アーキテクチャ(近似離隔数値化による設計基礎)を信用していない。システム処理のトランザクション簡便化ためにはディジタイジンングされたデータ用いるが、自らの社会的コミュニケーション基盤では、ディジタイジンング・システムを重要視していない。


簡単に言えば、顔を見て個体としてアイデンティティを認知できる相手、直接話をしてレーゾンデートルを認知出来る相手としか、深いコミュニケーションを取らない。特に異人種とのコミュニケーション形態は、その傾向が強く通話一本では注文に応じてくれない。


だからノルン人との取引は、最終的にはかならずアナログ形態になる。


さらには太陽系国家間の輸出入や物品搬送など商業行為の半数以上が、アナログ形態の契約締結方法を採っているのは、恒星間航行の技術的基盤を支えているノルニルの影響が大きい。


そんなノルニルの絡んだアサイメント(仕事)に、アディたちドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)・グリフィンウッドマックは、ラ・ボエムの引き渡しの書面確認だけで、たっぷり2時間はかかった。うんざりする引き渡し手続きを終え、ほっと一息吐きながら宙港内のレストランで軽い食事を摂っている最中に、東宮からの使官が来た。アディたちの手が空き次第、ご来賓賜りたい、との懇切丁寧なお誘いであった。使官の主は言わずもがなの、アルケラオス東宮私室付き侍従女御官、リサ・テスタロッサ。


3人のイミグレーション(入国管理審査)が簡便な形式で済んだのも、リサの配慮だった。


リサが寄越したロータークラフト(回転翼機)に乗ること15分、着いたリフターポート(垂直離着床)でアディ、ユーマ、ジィクのドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)3人を待っていたのは、迎賓用の4頭立ての大きなランドー(対座4輪馬車)だった。



  * * *



観覧者がネルガレーテただ1人の、まるで貸し切りの美術館だった。


右の壁には立派な額に入れられた彩色豊かな絵画が所狭しと掛けられていて、居る者を圧倒する。左壁には大きな窓がずらりと並び、厚手のレースのカーテンが美しいドレープを作っている。重さ何キロあるのか想像もつかない豪奢なシャンデリアがぶら下がり、大きな窓から入り込む日の光で室内はとても明るい。


大広間と呼ぶにはだだっ広く、サッカーコートくらいの大きさがあって、天井がやたら高い。


入り口から奥に真っ直ぐ、ワインカラーに金色の刺繍をふんだんにつかった絨毯が敷かれ、その正面奥には重厚な緞帳に囲まれ1段上がった雛壇に、彫刻も豪華な玉座が1脚。


鬱金(うこん)色のアクセントカラーを配した、上下白磁のフィジカル・ガーメントを着るネルガレーテは、明らかに場違いだった。しんと静まり返って人っ子一人いない部屋で、巨人に突如ひょいと摘み上げられて、おもちゃの家に放り込まれてしまった気にさせられる。


ジィクをリトラで送り出した後、アルケラオス空軍はすぐ交戦状態に入った。


アモンの方が高度を取っていたので、そのままコンバット・エリア(展開空域)の哨戒警戒の任に回ったが、新たな増援機が来ることもなくラ・ボエムが高度を下げ始めた時分には、敵機判定された全機をアルケラオス空軍機が排除し終わっていた。無事にローズブァド宙港に着いて、これから引き渡しを開始する、との連絡がユーマから入って約15分、ネルガレーテの駆るアモンは首都サンジェルスの宇宙港に着陸した。サンジェルスは、ローズブァド城から約1000キロ、時差がプラス1時間ある。


今ネルガレーテが居るグレースウィラー城は、アルケラオス現皇室クアトロポルテ朝の今上陛下、フロースガール皇が御座(おわし)しまする居城だ。首都サンジェルスの東側、大きな自然公園に囲まれて都会の高層ビル群を遠くに望む、都心とは思えない環境の中、78平方キロの敷地がある。皇宮殿と東宮、宮枢(きゅうすう)府が置かれ、対外的警護を担う武官(もののふ)衙衛(がえい)隊本営と東宮衙衛(がえい)隊が駐屯し、城内には皇室専用空港を備え、数々の迎賓館と一般開放されている美術館や劇場、庭園散策路もある。


ネルガレーテが首都宙港に到着したら、はちゃんと皇室のクレスト(紋章)が入った迎えのロータークラフト(回転翼機)が待っていた。慇懃無礼な役人風情の2名に案内され、乗機すること約5分、あっと言う間もなくグレースウィラー城に着くと、今度は(ひづめ)の音も高らかにブルーアム(1頭立4輪箱馬車)に乗せられて、いくつもの立派な建物の間を抜け、夢のような御殿の玄関で降ろされたと思ったら、縫い付けてあるのではないかと思うほど口を利かない侍従らしき人物に案内され、長い廊下を延々と歩かされてこの部屋に招き入れられた。その侍従は、先触れがあったら跪礼で待つようにとだけ告げ、目配せもせずとっとと出て行った。


ネルガレーテは室内をしばらく歩き回っていたが、待ちくたびれてベンチに腰を降ろすと、レイヤーカットもふんわりした白橡(しろつるばみ)色の髪を無造作に掻き上げ、ジャケットの内ポケットからヒップフラスコ(携帯用酒容器)を取り出した。


“この国、不敬罪ってあったかしら・・・”


そんなことを考えながらヒップフラスコ(携帯用酒容器)のキャップを捩じ開けると、口元の白母斑(ほくろ)も艶っぽい唇に押し当てて軽く傾けた。中身はもちろんウィスキーだ。


禁中で、しかも皇を待っている間に、酒をかっ喰らうなんぞは明らかに儀礼違反だ。いつものネルガレーテなら、宙港のイミグレーション(入国管理審査)に時間をとられ、そしてここでもこれだけ待たされて、苛々の解消に一杯引っ掛けるところだが、同じ引っ掛けるにも今日ばかりは様相が違っていた。


元々ネルガレーテは、このアサイメント(仕事)を渋っていた。


グリフィンウッドマックの先々代デューク(頭領)でネルガレーテの祖父であるエランや、先代のイェレは顔見知りのようだが、ネルガレーテ自身は国皇に目通りしたことがない。


実務上、フェリー(回航)に際しての損害供託金の払い戻し申請書だけには、皇のサインが必要なのだが、申請書なんぞ宮枢(きゅうすう)府を通せば問題ないため、本来なら態々登城する必要はない。それをネルガレーテが此処にいる理由はただ1つ、来いと言う今上国皇からの要請があったからに他ならない。本来のクライアント(雇い主)はノルニルだが、実質的にはアルケラオス皇室からの受注なので、無下に断るわけにもいかない。


“──まさか、16年前の事を蒸し返すために呼んだ訳じゃないわよね・・・”


このアサイメント(仕事)を受けざるを得なくなってから、ネルガレーテの胸中にある不安が暗い影を落としているのは確かだった。それでもアディを始めレギオ(編団)内に対し、何事もないかのように平常に努めていた。だがいざ国皇への、実際の拝謁を控えると、(さいな)まされる不安と滅入る憂鬱な気分は最高潮に達し、酒の一杯も煽りたくなる。





★Act.1 花嫁救出・4/次Act.1 花嫁救出・5

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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