表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅のドラグゥン・禁姫の想いは星の翼に  作者: サザン 初人(ういど)
5/78

Act.1 花嫁救出・3

アディはブリッジ(船橋)を出ると、待つのがまどろっこしいリフトを使わずに、折り返しラッタル(梯子階段)を一足飛びに駆け下りる。着込んでいるフィジカル・ガーメントの右袖プロテクションガード裏側に収納してある、小さな(ボタン)ほどのイヤフォン(無線聴声器)を、アディが右耳に挿し込む。右袖プロテクタの表側にはマイク(無線送声器)が付いていて、これでレギオ(編団)内通信が出来る。


「──その場合なら、ユーマが適任だ。オトコもオンナもお手の物だ」

「人聞きの悪いこと言うんじゃないの!」

「トゥインキー(性徴不明瞭)って、両方イケる口じゃないのか?」

アディの突っ込みにユーマが憤る声を入れ、ジィクがさらに雑ぜ返す。


「だから、ジャミラは単なるコンプレックス・バイナリ(両性可現態)! メイル・オルガン(一物)頭のペロリンガと一緒にしないで!」


「おや、そうだっけ? ブロッケン(入道坊主)・ジャミラ」


ジィクの素っ惚けに思わずくすっと笑いながら、アディが船底左舷側のカーゴ・ルーム(貨物庫)へ飛び込んだ。ライオンが伏せたようなシルエットのラ・ボエムは、その両の前脚に見える箇所がカーゴ・ルーム(貨物庫)になっているが、フェリー(回航)中の新造船なので当然ながら積載物はない。


「いいぞ、ユーマ!」荷揚用のランプ(傾斜路)を兼ねたベイ(庫外扉)の縁に立って、アディが怒鳴る。「カーゴ・ベイ(庫外扉)を全開だ! 彼女を引き上げる!」


「──多分真下だとは思うけど、モニター画像だけじゃあ、よく分からないのよ!」

ユーマの声と共に、ベイ(庫外扉)が小さな唸りを上げて開き始める。


「ジィク、ちゃんと牽制してるだろうな!」

開き出したベイ(庫外扉)隙間から、顔を覗かせたアディが辺りを見渡す。


「当ッたり前だ。白馬の騎士は譲ってやるから、有り難く思え」

「オトコだったら、お前に譲る」

「俺じゃなくて、ユーマだろ」


ジィクやスクリューボートはラ・ボエムの船尾方向に位置するので、開きつつあるベイ(庫外扉)からでは見えない。だが実際ジィクは、とんでもないアクロバットなマニューバ(空中機動)で、迫るスクリューボートを足止めしていた。


枯れ葉を掃くように、ジェットボートを苦も無く横転させたスクリューボートは、すぐさま弧を描いて転針した。目の前を横切る材木運搬船を()けて一旦大回りし、ジェットボートの方へ白波を立てて急行する。乗っていた黒いスーツの男たちは、まさか転覆するとは思っていなかったようで、明らかに動揺していた。男たちの視線は、横切る材木運搬船の向こう、転覆したジェットボートの方に釘付けで、さらに疾駆による風切り音に耳を塞がれ、気付いたときには、ジィクの操るリトラが目の前に迫って来ていた。


そのリトラはなんと、可動翼を開いてノーズを下にテールを上に、垂直近くまで機体を逆立ちさせた姿勢で、だ。俗に言う逆コブラ・マニューバ(空中機動)と呼ぶべき姿勢制御で、コクピット(操縦席)のジィクは川面に対して下を向いている。しかもその状態で、ジィクは威嚇射撃のトリガー(引金)を引いていた。


リトラの機首に固定装備された連装パルス・レーザー砲の火線が、水面を(はし)る。弾着で川面に水蒸気が列を作って噴き上がり、エネルギー弾がスクリューボートの船体を横断する。


これに慌てたのがスクリューボート上の黒スーツの男たちで、逆コブラ・マニューバ(空中機動)で真上を飛び抜けるリトラに、操舵していた男が闇雲に舵を取って逃げ出した。


それでもジィクはスクリューボートを逃さない。


ホバリングしながらゆっくりテールを下ろし、ダイレクト・フォース・マニューバ・フライト(飛行姿勢独立制御機動)で、弧を描いてスライドするように機体をクラブスリップ(横滑り)させ、機首レーザー砲を常にスクリューボートに照準する姿勢で牽制した。まるでバスケットボールのディフェンスのように、襲撃者と転覆ボートの間に立ち塞がる。


スクリューボートは逃げるように最小回転半径で旋回し、くねるような航跡を残してリトラを抜こうと必死に右往左往する。船上に立った二人が、構えたレイガン(光線拳銃)を放ったが、リトラの外鈑を撃ち抜くだけの威力がある筈もない上に、激しく揺れる船上では狙い自体がままならない。


彼我の距離は約70メートル、ジィクが威嚇の1射のトリガー(引金)を再び引く。


スクリューボートの舳先を(かす)めて火線が(はし)り、慌てた操舵手が精一杯の面舵をとって逃げ出した。川面でもがく白い布を広げたような花嫁は、川下へと流されているので、常に位置取りを考えないと、スクリューボートの接近を許してしまう。


「無茶な攻撃を仕掛けてくる様子はない。殺害が目的じゃないようだ」

ゆっくりと川面に向かって降下するラ・ボエムを振り返ってジィクが言った。川下側に先回りするラ・ボエムが、船体下部のカーゴ・ベイ(庫外扉)を開き始めていた。





“──このまま溺れ死ぬかも・・・”


水面に必死に顔を出すリサは、尽きていく体力と積み上がっていく疲労感に、半ば観念しかかっていた。何かに掴まろうにも、投げ出されたジェットボートは自分よりも遥か先に流されてしまっていて、どこを漂っているのか見当さえ付かない。大きなばら積み船が下っているのが見えたが、気付いてくれている気配がない。水泳は得意な方だが、海水と違って塩分を含まない川の水は浮きにくく、ひらひらの花嫁衣裳が水を含んで纏わり付き、途轍も無い重しになって手足の自由がまるで利かない。


“──もう・・・これ以上・・・浮いて・・・られない・・・”

早くも腕も上がらなくなってきていた。


“──さよう・・・なら・・・”

そんな言葉が脳裏を(よぎ)った刹那。


「いま助けに行くからな!」

そう声がした気がした。空耳だと思った。だが。


「動くな! じっとしていろ!」

今度ははっきりと、男の声が聞こえた。


「両腕、両脚を開いて、静かに浮いてるだけで良い!」

声がしたと思われる方向に、辛うじて首を巡らせるが、髪の毛は勿論、睫毛からも次から次へと水が滴り落ちてきて、まともに目を開けることすら叶わない。


「大丈夫だ、何も心配することはない!」

その言葉を聞いて、リサはっとした。


“同じ言葉、どこかで聞いた・・・”

薄れ行く意識の片隅に、ある記憶が蘇る。

“──ああ・・・そうだ・・・ツィゴイネルワイゼンの・・・事故のときだ・・・”


何故かほっとした気持ちが込み上げてきて、滴る水の幕でぼやける視界の中に、大きく開いた鯨の口に立つ人影が薄ぼんやりと見えた。オレンジ色の何か板のようなものが川上側に投げられた。その沈みもしない板のようなものが、リサの背後から流れ近づく。


「胸から乗り上げろ! 掴まっているんだ!」

誰かに抱えられるように引っ張られ、身体を捩って伸ばされた手に、オレンジの板のようなものが触れた。表面は堅いが中身は柔らかい。リサが両手で縋り付いても沈む気配はない。


“──救かった・・・?”

そう安堵したリサの目の前に、黒鳶(くろとび)色の髪をびしょ濡れにして、萌葱(もえぎ)色の瞳のテラン(地球人)青年が、水の中から顔を出した。




「ユーマ!もっと後ろだ、後ろ! 流れを考えろ!」

ランプ(傾斜路)になったカーゴ・ベイ(庫外扉)の端に立って、アディが叫ぶ。


白いドレスの花嫁の頭が一瞬水中に沈んだが、すぐさま紅の髪が水上に突き出て来た。

「いま助けに行くからな!」


カーゴ(貨物庫)内を見渡すが、浮環はもちろん救命筏(いかだ)などの水難救助用具が備えてある筈もない。ラ・ボエムは宇宙船であって海洋船舶ではない。ハビタブル・オーバーオール(空間作業用気密与圧服)はあるがライフジャケット(救命装具)はない。


「動くな! じっとしていろ!」

そうアディが怒鳴る間に、今度はラ・ボエムの方が花嫁を追い越してしまい、少しばかり離れてしまう。


「両腕、両脚を開いて、静かに浮いてるだけで良い!」リサに叫ぶ傍らで、今度はユーマに怒鳴り返す。「ユーマ! 左だ、左! あと1メートル!」

「無茶言わないで!」

「──大丈夫だ、何も心配することはない!」


インカム(編団内通話)に飛び込んで来るユーマの怒鳴り声を聞き流し、再びリサに声を掛けながら庫内を見渡すアディが、カーゴ・ルーム(貨物庫)壁際に設置された傷病人搬送用ストレッチャーに目を留めた。


「あと50センチ、高度を下げろ、ユーマ!」

そう叫びながら、アディは備え付けのキャスター・ストレッチャー(搬送用脚車担架)に駆け寄ると、乱暴に降ろしたストレッチャーからオレンジ色のベッド・マットを剥がし始めた。


「やってるわよ! 聞こえない? 対地高度センサーが喚きっぱなしなのを」

「良いからもっと下げろ! 波に被ってもいい! 船内モニターでも確認できるだろ!」


と言い返すものの、ユーマへの言い草が結構無茶だとは、アディ自身も分かっている。ユーマは限られた外部モニター画像に小さく映る白い姿を頼りに、後は勘で操船しているのだ。花嫁は流されて移動している上に、ラ・ボエムのグラヴィテーション・ハイドランス・プレート(重力阻害器)によるホバリング・ダウンウオッシュで遠くへ追いやられてしまいがちになる。


「カーゴ(貨物庫)ごと水没しても知らないわよ・・・!」

ストレッチャーのマットを丸めた抱えたアディが、助走をつけて投げ込んだ。マット自体は発砲ウレタンフォームで、カバーには出血などに対する防水難燃ラミネーション加工が施されているので、吸水することなく水には軽々と浮く。


「胸から乗り上げろ! 掴まっているんだ!」

と言うが早いか、アディはブーツを脱ぐとイヤフォン(聴声器)を納め、自ら川に飛び込んだ。


漂うマットを引っ掴み、あっぷあっぷの花嫁の傍まで近寄る。彼女の身体を抱えてマットに手を伸ばさせて掴まらせ、マットを少しばかり沈めると、彼女の身体を掬うように上半身をマットに乗せ上げた。これで顔だけは川面に沈まなくなるので、溺れる不安が無くなり一息吐()ける筈だ。白いドレスの花嫁の胸が激しく上下し、空気を吸い込むと同時に激しく咳き込む。


後は、ユーマが上手く高度を下げながら近づき、ランプ・ベイ(斜路外扉)が水面に漬かるタイミングを待って乗せ上がるしかない。もう1機の積載機材であるバルンガなら、ホイスト(懸吊)による救難も可能だが、今ジィクが乗っているリトラには備っていない。アディが機転を利かせた、救命筏(いかだ)代わりのストレッチャーのマットがなければ、彼女は溺れていた。


必死に操船するユーマは、悪態をつきながらも何度か失敗した。間合いを考慮して接近しないと、ベイ(庫外扉)自体で2人を()し沈めてしまうことになる。それでもユーマが思い切って、さらに高度を下げる。ランプ・ベイ(斜路外扉)の3分の2が水に浸かって、そのまま斜め横に移動してきたかと思ったら、まるでショベルで掬い上げるように、漂う2人をマットごとベイ(庫外扉)で拾い上げると言う、絶妙な神業の姿勢制御をやってのけた。

水の中で立ち泳ぎしながらアディがすかさず、びしょ濡れの花嫁のお尻を押して、ベイ(庫外扉)の上に彼女の上半身を乗せ上げる。花嫁も渾身の力を込めて腕を繰った。


「いいぞ! 次は足だ」

白いストッキングを履いた、花嫁の長い片足が乗った。アディは、彼女の体を転がすようにして、さらに乗せ上げる。


それをモニターで確認していたブリッジ(船橋)のユーマが、船体設備管理システムに命じる。


「カーゴ・ベイ(庫外扉)を10度だけ閉めて」

ランプ(傾斜路)の斜度が着地面に対して25度と急角度なので、そのままだと収容した2人が濡れた床面で不用意に滑って転がり落ちてしまうのを防ぐ、ユーマの配慮だ。


「カーゴ・ベイ(庫外扉)を閉じます」

「違うわよ! 10度よ、10度だけ・・・!」

復唱を返すシステムの合成音声に、ユーマが色めき立った。


「カーゴ・ベイ(庫外扉)を閉じます」

「このぉ! なんて融通の利かないシステムなのよ!」

同じ言葉を繰り返して来るシステムにユーマが珍しくも声を荒げ、コンソール(制御卓)を殴り付ける。このベイ(庫外扉)がいきなり閉まり始めたのに驚いたのが、アディだった。


「待てッ! 待てッ! 待てッ! 俺がまだ乗ってないって! ユーマ!」

途中で止まる気配の無いベイ(庫外扉)に、まだ水の中のアディが焦る。


「だめ、全部閉めちゃ! アディがまだなの!」

「こなクソッ!」

閉じ上がるベイ(庫外扉)に手を掛け、アディが腕力だけで懸垂するがごとくに体を持ち上げる。胸を押し当て肘までベイ(庫外扉)の端に乗せ上げて、息吐く暇もなく右足を振り上げる。爪先が掛かった刹那、腕に力を込めると半身が乗った。


「アディ! 早く!」

モニターを睨むユーマが叫ぶ。このベイ(庫外扉)は、開口角度を途中で止められないらしい。ここで再び開くことを命じたら、今度は全開してしまって、折角掬い上げた2人が川面に投げ出されかねない。


ブリッジ(船橋)でユーマがはらはらしながらモニターを注視する中、アディが残った左足を引き入れた瞬間、(くるぶし)(かす)めるようにしてベイ(庫外扉)が閉まり切った。


「アディ、大丈夫? 足は千切れてない?」

カーゴ(貨物室)内の船内スピーカからユーマの声が響く。


「──勘弁してくれよ、ユーマ・・・」

アディは安堵の息を吐き出すと、床に臥したまま肩で息をしている花嫁の元へ、四つん這いのまま近寄った。


「もう大丈夫だ。何も心配することはない」

アディがずぶぬれの花嫁の顔を覗き込んだ。


「あ・・・ありがとう・・・」

強張った顔付きで振り向くドレスの花嫁は、歳の頃なら15、6というところか。

燃えるように紅い髪が印象的で、少し癖のあるバングス(前髪)に、腰上まで届くロングヘアが水気を含んで艶めかしい。ぱっちりした菖蒲色の瞳に、小さな宝石みたいな水玉を浮かせる長い睫毛を瞬かせて、アディを見詰めていた。


「水は飲んでないか?」

「平気・・・そんな・・・飲んで、ない・・・」ずぶ濡れの若き花嫁が、弱々しい笑みを(こぼ)す。「でも・・・力が・・・入らないの・・・」


健気にも身を起こそうと、突っ張った腕が小さく震えていた。アディが後ろに回り込み、背中を抱えるようにして抱き起こす。紅い髪の花嫁がぐったりと、アディの(かいな)に身を預けた。力なくうな垂れる彼女の髪から、水が滴り落ちる。


「タオルと何か羽織るものを持ってくる」

柔らかな肩越しに、アディが優しく声を掛ける。


「あ・・・」

我に返ったように振り向く彼女の唇は、まだ血の気が薄い。


「服を脱ぐの・・・手伝って・・・」

背中を見せる花嫁が、とぎれとぎれに息を()きながら、ざんばらに乱れた髪をたくし上げる。血の気を失った白い素肌の奥の、透けて見える桜色の肌に、アディが一瞬どぎまきした。白いウエディングドレスの背中のジッパーを丁寧に下ろすと、すぐ戻る、とだけ言い残し、アディは赤面しているのを悟られまいと、カーゴ・ルーム(貨物庫)を駆け出した。


「ユーマ、あとどのくらいで着く?」

アディは歩きながらイヤフォン(聴声器)を再び挿し込み、ユーマに声を上げた。


「もう着陸のシークエンスに入っているわ。脚が着くまで7、8分ってところ」

「ローズブァド城の宙港に、救急隊を要請してくれたか?」

「そんなの、言わずもがなよ」

「それで追ってた奴等は? ジィクがうまく追っ払ったのか?」

「ええ、最初はジィクを(かわ)そうと足掻いていたけど、この船が降下してきたのを見て、ぴたりと動くのを止めたわ。この船のクレスト(紋章)に気付いたみたいで、あんたが花嫁を救けるのを、何もせずじっと眺めていたわ」

「さすが、お上の紋所の効力は違うな。皇室においそれと銃は向けられない、ってか」


自室に割り当てていたクルー(船員)用個室で、アディはガーメント・ケースをひっくり返し、ダンガリー・シャツとバスタオルを引っ掴むと、早足でカーゴ・ルーム(貨物庫)へと踵を返した。


アディが救けた花嫁は、床に座り込んだまま純白のブライダル・ドレスから脚を引き抜いたところで、(たお)やかな背肌の艶美を見せていた。背骨が描く曲線も柔らかく、赤毛に水を滴らせ、若々しいウエストを捩らせてへたり込んでいる姿は、まさに水面から上がったばかりの人魚のようだった。


「これで髪を拭いて」頭にそっとタオルを被せ、シャツを肩に掛ける。「よれよれだけど、ちゃんと洗濯してあるからキレイだぞ」


小さく頷き、気怠そうにシャツに腕を通すのを、アディが背後からそっと手伝う。紅い髪の花嫁がすっと伸びた首を巡らせて、柔らかい笑みを初めて見せた。その途端、がくんと突き上げる衝撃が2人を襲った。


「──着いたわよ、アディ」

ユーマの声が、全船放送で響き渡る。


着陸態勢で降下しているのに、全く気が付かなかった。それだけリサに目を奪われていたのか──アディは無意識に眉尻を掻いた。


「既にアンビュランス(救急隊)が待機してくれているわ。ベイ(庫外扉)を開くわよ」


アディから借りたダンガリー・シャツの前身頃を掻きあわせ、気丈に立ち上がろうとする花嫁だったが、踏ん張りが全く効かずに蹌踉(よろ)めいた。慌ててアディが介添えを入れる。後ろから腰を支えられて歩き出そうとすしたが、1歩踏み出した途端、再びくたりと膝から砕けた。


もたれ掛かるように、そのままアディの胸の中に倒れ込む。アディは腰を折りながら、赤髪(しゃくはつ)の娘の体をゆっくりと横にすると、片膝突いて彼女の両の足を抱え上げた。


突然のお姫さま抱っこに、当のリサは含羞(はにか)んだものの、そのままアディに体を預けた。


普段のリサなら、意地でも自分の足で歩いていた筈だ。何せ事もあろうか、見知らぬ男に抱き上げられているのだ。だが何故か、全身に力が入らなかった所為(せい)もあるが、そのまま身を任せる事に不思議と安堵を感じていた。


ベイ(庫外扉)が足下の方から開き始め、陽の光が差し込む。


リサがアディの腕の中で揺られながらランプ(傾斜路)を下る。何となく見覚えがある風景に、リサは眩しそうに菖蒲(あやめ)色の瞳を瞬かせた。


「ここは・・・?」

「ローズブァド城、ジョド川上流の。分かる?」

アディがリサに視線を向け、優しく微笑む。


「ローズブァド城!」

リサがそう声を上げた矢先、がちゃがちゃと音を立てて救護隊がキャスター・ストレッチャー(搬送用脚車担架)を押してやって来た。その向こうには、救急フラッシュ灯を明滅させる車が止まっていた。


「そう。そこの城内宙港だ。既に救急は来ているから、すぐに医者に診てもらえるよ」

「着陸許可が下りたの?」

信じられない、といった顔付きでリサが目を丸くさせた。ローズブァド城は、現皇室直轄の御料地だ。いくら救急救護のためでも、一般人を招き入れる事はあり得ない。


「仕事でここに来る予定だったからな」

リサの疑問を何となく察したアディが小さく頷くと、抱えていたリサを、ストレッチャーにそっと下ろした。


「仕事って・・・」

救急隊員にブランケットを掛けられながら、リサがアディを見上げた。


「ああ、俺たちはドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)だ。あの船をここにフェリー(回航)して来ただけだ」

後ろに見える宇宙船に、アディが頭を振った。


「ドラ・・・グゥン・・・!」

思わずリサが菖蒲(あやめ)色の瞳を見開いた。伏せたライオンの、持ち上がった頭のようなブリッジ(船橋)を見上げ、リサは初めて自分が宇宙船に救けられたのを知った。


「それじゃあ、あなたが・・・!」

リサが驚愕したように言葉を詰まらせる。


ドラグゥン・エトランジェ(傭われ宇宙艦乗り)などと言う族輩(やから)は、一般人にしてみれば単なるギャング(与太者)か、街角の破落戸(ごろつき)連中と()して違わない。出来れば関わり合いになりたくないのは当然で、リサの驚いたような態度も、まあよくある反応だ。


救急隊員にブランケットを掛けられるリサに、アディは小さく苦笑すると、後はよろしく、と手を振って踵を返した。その後ろでキャスター・ストレッチャー(搬送用脚車担架)の運び出される気配が立つ。


「待って! 待って! お願い、待って!」

遠ざかるアディ背中に、リサが慌てて声を掛けた。


立ち去ろうとしていたアディが振り向いたが、ストレッチャーを押していた救護隊員は自らの任務に忠実に、リサを手際よくアンビュランス(救急救助車輛)に乗せ上げる。


「あなた・・・! あの・・・あなた・・・!」

懸命に上半身を起こすリサは、言いたい事が山ほどあるのに言葉が出ない様子だった。


「ん・・・?」

(いぶか)るアディが、少しばかり首を捻る。


「後で、必ず後で連絡するから、ここで待ってて・・・!」

「気にするなって。本当に仕事で来ただけだから」

「違うの、そういう意味じゃないの! あたしはリサ・テスタロッサ、必ず連絡するから、話をしたいことが・・・!」


リサが精一杯の大声を張り上げた矢先、救急車の扉が閉まった。





★Act.1 花嫁救出・3/次Act.1 花嫁救出・4

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ