Act.1 花嫁救出・2
「エスコート(随伴護衛)機、ブレイク(散開)しました」
「ベアトリーチェ、ジィクをリトラで出すわ。チェックリスト(発進準備)を開始して」
ベアトリーチェの報告とネルガレーテの指示を耳にしながら、ジィクがトランジット・デッキ(中継ぎ区画)を抜け、メスホール(食堂)に繋がるバルクヘッド・パス(隔壁通口)へと駆け込んだ。アモン艦内にはウェイト・デッキ(有重量環境階層)とウェイトレス・デッキ(無重量環境階層)が混在しているが、ブリッジ(艦橋)を含めてウェイトレスネス(無重量環境)は現在、全て惑星スピノザの重力影響下にある。
メスホール(食堂)にあるギャレー(厨房)の脇を通り、さらにバルクヘッド・パス(隔壁通口)を抜けるとステア・デッキ(移層区画)に出る。真正面がメディカル・トリートメント・ステーション(救護医療処置室)、右にグラウンド・ペイロード(陸上機材積載庫)へ繋がる気密リフト、左手にあるのがプライベートキャビン・デッキ(階層)へ下りるラッタル(梯子階段)だ。その奥のバルクヘッド・シャッター(隔壁扉)がある壁の向こう側が、フライト・ペイロード(航宙機材積載庫)へ直通しているラッタル(梯子階段)で、上がり切った所はエアプルーフ(気密区画)のエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)で、ハビタブル・オーバーオール(空間作業用気密与圧服)や大気圏フライト用パイロット携行装備などが保管されている。
バルクヘッド・シャッター(隔壁扉)になっている床面の出入口から、エアプルーフ(気密区画)へ駆け上がったジィクは、大気圏フライト用ヘルメットを引っ掴み、三度今度はペイロード(積載区画)へ出るバルクヘッド・パス(隔壁通口)へと駆け出した。
タイイング(機材固縛)されているリトラ機のステップ・バー(機梯)に齧り付くと、ジィクが大声で怒鳴った。
「ベアトリーチェ、見えてるな? リトラの離艦シークエンスを開始しろ」
アモンが機戴してる大型の宙空機材は2種類ある。1つはバルンガと呼ばれる宙空汎用トランスポート機材で、もう1つがこのリトラだ。
全長22.2メートル、可変後退翼を備えた大気圏内外兼用の要撃用機材で、縦立尾翼2枚、横並尾翼2枚のロングノーズ・スタイルに青の濃淡迷彩を施してある。フェラーリ・ピース・アンド・ギャラクシー社のアーキテクチャ・シャシを元にカスタムメイドされた機材で、コックピットが機体のほぼ中央部に位置し、機体の大きさに比してエンジン部の容積が大きい。マイナス・スタビリティ設計されているので、大気圏内でも機動性に優れ、姿勢制御にバンク(横傾飛行)やピッチング(機首俯仰)を必要としない、ダイレクトなマニューバ(空中機動)が可能だ。主機は対反応プラズマ・エンジンで、宇宙空間姿勢制御用にイオン・バーニアを採用している。
開いていたキャノピーからシートに腰を落とし、慌ただしくチェックリスト(発進準備)を開始すると同時に、コクピット・キャノピーが閉まる。リトラのコクピットは並列配列の複座シートで、コクピット自体が脱出用モジュール構造となっている。
「ジィクはラ・ボエムのエスコート(随伴護衛)に付いて」
手慣れた手付きで兵装をチェックするジィクに、ネルガレーテの声が入る。
基本的なチェックリスト(発進準備)は、ジィクが移動する間にベアトリーチェが済ませている。発進シークエンスで、ペイロード(積載区画)上部のリトラ用ベイ(庫外扉)が開き始めた。
「インターセプト(迎撃)に回らなくて良いのか?」
「まあ、空軍の方たちが、自分の仕事だって言うんだから任せましょ。旧式の大気圏戦闘機3機なら、空軍機でも充分排撃可能な筈だし。それにその要撃行動へのバックアップ(支援)なら、高々度のアモンからの方が有利でしょ」
「テンフォー(了解)」
「んじゃ、ラ・ボエムを頼むわね。こっちは処理が済んだら、そのままサンジェルスへ直行するから、後はよろしく」
ネルガレーテの柔らかい声と入れ替わるように、ベアトリーチェの無機質な声が届く。
「ジィク、リフト・オフ(離艦)のシークエンスを開始します。現在の高度は2万5000メートル、対艦大気速度は、0.35マッハ」
ベアトリーチェの声がヘルメットのスピーカに入って、くの字型のフレームに支えられた、リトラが載るエレベーティング・アレスト・ベッド(昇降繋留駐機台)が上昇を始める。
「リフト・オフ(離艦)まで、5、4、3」
ベアトリーチェのカウントダウンに、ジィクが耳を澄ます。
「・・・1、タイダウン(機材固縛)ロック解除」
そうベアトリーチェが言い終わる前に、スティックを握るジィクが目一杯スロットルを押し込むと、まるでスリングショットで放り出されたように、アモンからリトラが離艦する。
本来、大気圏内でのリフト・オフ(離艦)は、機艦の静止状態もしくは自由落下状態が基本だ。機艦が大気圏内巡航中だと、ベイ(庫外扉)前方にディフレクター(整流板)が立ち上がるとは言え、ペイロード(積載区画)から出た途端に凄まじい気流に曝される。機内からいきなり放り出されるのと同じで、操縦に相当な技量が要求されるため、グリフィンウッドマックでもスクランブル(緊急迎撃離艦)以外は行わない。アレスト・ベッド(繋留駐機台)をエレベーション後、タイダウン(機材固縛)ロックを外すと同時にスラスターを使って離艦する荒技だが、それでも機艦の巡航速度が0.35マッハ以下の状態を原則にしている。
強風に煽られ糸の切れた凧のように、三角形をしたリトラのシルエットが、あっと言う間に後方へ弾け飛んで行った。
* * *
目の前の、トラの異形をした大男は、一言も口を利かなかった。
メルツェーデスを乗せた衙衛隊機ブラック・ドルフィンは、ジョド川を暫く下向してから針路を変えた。皇族やそれに準じる貴族の移動専用機だが、キャビン(客室)は大きくないものの、内装は通常のラルギュース機材とは別仕様だ。機体中ほどに華美ではないが上品な賓客用スペースが設けられ、その前後には側仕えや近衛従官などのスペース、機内奥には簡単なギャレー(調理場)とトイレが設置されている。
桃花心木のテーブルを挟み、向かい側左の1人掛けソファに座るトラ男に、メルツェーデスがしげしげと目を走らせる。いつもなら侍従女御官のリサが座ってくれる場所だ。もう1人の異形のワシ獣人は、今はコクピットに独りでスティック(操縦桿)を握っている。
どことなく重苦しい雰囲気なのだが、トラ男が手荒に扱うことは無論、直接触ってくることもしない。ただじっと睨んで威圧してくるだけだった。
本当に生きているのか疑わしいほど、身動きをしない。ひょっとして目の前の獣人は大きなぬいぐるみで、リサが誕生日プレゼントに用意してくれたものではないかと思えてしまうほどだった。
メルツェーデスが飽きずに眺めているうち、気が付いた。
トラ男の左腕外側の手首に近い毛が、どす黒い色に染まって固まっている。ピアッツァが咄嗟に反撃したときに負った、バヨネット(銃剣)による切り傷だ。傷が意外と深く大きいのか、肘に近い所はまだ血糊がぬらぬらと輝いていて、流血がソファのひじ掛けに大きな血溜まりを作っていた。
それを見たメルツェーデスが、自分でも意識しないまま立ち上がると、楚々と獣人に歩み寄る。そんな皇女を、トラ獣人が首から上だけを僅かに動かし、黙って見詰め返す。
「さっきはピアッツァの命を奪わずにいてくれてありがとう」
メルツェーデスが、空いている隣の1人掛けソファに斜め座りする。
間近で見ると、半ば剥き出しの歯牙がぞっとするが、何故かトラ男自体には然程に恐怖を感じない。大きなトラ猫のようにさえ見えてきて、メルツェーデス自身ちょっと感覚が麻痺してるのか、と我が身を疑った。
「──良いかしら・・・?」
遠慮がちに言いながら、トラ男の傷口に目を落とす。
出血自体は治まってきているようだが、脈の鼓動に合わせて血の塊が揺らいでいた。
メルツェーデスは、頭に着けていた真紅のスカーフを外すと手際よく畳み込み、獣人の太い腕の内側に手を回して包帯のように巻き始めた。
「止血にはならないでしょうけど、傷口が何かに触れるのは防げるでしょ?」
何故そんな情けを掛けたのか、メルツェーデス自身も分からなかった。
“ひょとしたら、怪我をした子猫を放って置けないのと同じ感覚かもしれない”
──子猫? 目の前の獣人が? と改めて我に返ったメルツェーデスが、そんな事を考える自分に可笑しくなって、独り北叟笑む。それを見ていたトラ獣人が、果たしてどう思ったか、感じたかは、外見からは想像もつかない。ひょっとしたら、囚われの身でありながら微笑むなどと、鈍感で現状を把握できない、若干頭の弱い間抜けな皇女と映ったかもしれない。
メルツェーデスはエプロンの紐を結わえながら、ついにこんな疑問までが頭を過った。
“撫でたら、やっぱり喉を鳴らすのかしら?”
* * *
「うほっ、さすがはアルケラオス空軍! 1機目撃墜!」
唐突に能天気そうな声が飛び込んできた。
「ああ、惜しいわね ミサイル(誘導推進弾)1発撃ち損じ・・・!」
ラ・ボエムのブリッジ(船橋)で、思わずアディとユーマが顔を見合わせた。
「ああ危ない! ケツに付かれてるわよ! もっと機体を捻って回り込まないと!」
ネルガレーテの声が立て続けに届いて来る。
「おい、ジィク」うんざりした顔で、アディが声を上げる。「ひょっとして、ネルガレーテ、また呑んでるのか?」
「いや」
さも退屈そうなジィクの声とともに、青の濃淡迷彩をした機材が右横から飛び抜けて行ったのが、ラ・ボエムのブリッジ(船橋)のウィンドウ越しに目に入った。「少なくとも俺が出るまでは素面だった」
アモンからエスコート(随伴護衛)の併航に出てきた、ジィクがスティック(操縦桿)を握るリトラだ。
ラ・ボエムの針路の先で、いきなり顔を上げた鷲のように、可動翼を開いたリトラが機首を上げ、垂直近くまで機体を立ててそのまま飛翔していく。俗に言うコブラ・ピッチアップで、そのまま失速状態に陥ったかと思ったら、ヨーロール状態で落下して視界から消えた。
「──ほらほらほら、高度を取らないと、ミサイル(誘導推進弾)の餌食になっちゃうって」
そのネルガレーテの声とともに、今度は左側から上昇して来たリトラが、ラ・ボエムの目の前でバレルロールを見せた後、気持ち良さそうに錐揉みしながら急上昇していく。ジィクのお遊びにも見えるが、ラ・ボエムとリトラの積載エンジンの違いによる、マニューバ(航空機動)の違いだ。
全長122メートルの宇宙船ラ・ボエムが、大気圏内でも失速せずに飛航可能なのは、グラヴィテーション・ハイドランス・プレート(重力阻害器)を備えているからだ。
グラヴィテーション・ハイドランス・プレート(重力阻害器)は、恒星間航行用の主機であるタキオン・エキスパンド(虚時空拡張)エンジンの補機、ディメンション・コンジュゲート(虚時空共役)エンジンを共用しており、グラヴィトン交換を阻害する場を形成することで浮力を生み出す。ただしこのシステムはスラスター(推進器)ではないため、他のスラスト(推力)エンジンが必要であり、ラ・ボエムではそれが通常宙空間航行用主機でもあるアクシオン対粒子転換エンジンになる。
グリフィンウッドマックの機艦アモンのパワートレインも、基本的に同じアーキテクチャ(設計基礎)技術を基にしているが、ラ・ボエムの設計要求にはそもそもリトラのような高機動性能はもとより、大気圏内での亜音速飛行が考慮されていない。
なのでリトラを操るジィクにしてみれば、予備行動的なエスコート(随伴護衛)飛行では、勢い退屈極まりないのだろう。徐々に高度を下げながら巡航速度も落としていくラ・ボエムに対し、周囲で好き勝手にアクロバット飛行を披露している。ただリトラがダイレクト・フォース・マニューバ・フライト(飛行姿勢独立制御機動)が可能な機体とは言え、これだけの挙動を見せられるのは、ジィクの操縦の腕の良さに他ならない。
「このネルガレーテの通信、筒抜けだろ? お馬鹿で一番評判を落としてるぜ」
「ジィクが出ていったから、きっと呑んでるわよ、あれ」
「気を使って、見えないところで呑んでるんだろ」
アディが口をヘの字に曲げ、ユーマが肩を窄めて言い切ると、ジィクの呆れた声が返ってきた。リトラとラ・ボエムの回線は、ベアトリーチェがホッピング設定した違法回線を使用しているが、ネルガレーテの方は紐付と称した管制側からの認可帯域回線だ。
「──あーん、出だしは良かったのに、結構苦戦するじゃないの・・・!」
まるでスポーツ中継を見て興奮しているかのように、ネルガレーテの独り言は止まらない。
排除対象と評定されたコパスカー・ミリタリー社の戦闘機テロチルスの一団に対しては、アルケラオス空軍機が直接、高度7000メートル近辺で要撃行動を行っている。ネルガレーテのアモンはその空5000メートル上空を旋回しながら、テロチルス3機を攻撃対象としてロックオン(要撃対象設定)したまま事の成り行きを見守っている。
「きたー! 2機目撃墜! 空軍強い!」
「どうやら方が付いたらしい」
ネルガレーテの嬉々とした声に、アディが苦笑しながら言った。
ラ・ボエムは高度を1万メートルまで下げていたが、コンバット・エリア(交戦空域)から既に300キロは離れているので、直接的に攻撃を受ける可能性はほぼ無い。眼下には大きな湖岸が見え始め、地平線の向こうまで視界一杯にリスクラ湖の碧い水面が広がっている。フェリー(回航)のデスティネーションであるローズブァド宙港は、この惑星スピノザで3番目に大きなリスクラ湖の、南東岸に位置するローズブァド城内にある。
「こっちも、ローズブァド管制に釣り上げられたわ。管制指示に従って進入コースにオンレーンするわね」
オフィサー(管制官)との遣り取りに耳を澄ましながら、ユーマが手際よくコースを設定して操船する。シルバーの船体にプルシアン・ブルーの装飾ラインも上品な、ラ・ボエムの船体がゆっくりと転進する。両舷船腹に堂々と描かれた、百合の花を抱くように矛と盾をかざしたドラゴンのクレスト(紋章)は、現皇朝クアトロポルテ家のクレスト(紋章)だ。
つまりこのラ・ボエムは、アルケラオス現皇室が建造依頼した新造御料宇宙船なのだ。
同じ虚時空ドライブを積んだ、アルケラオス最初の恒星間航行宇宙船である先代の御料宙船ステラートが凶事で失われてしまったため、孔雀座宙域にある太陽系国家ノルニルに現皇室が新たに発注したものだ。
ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)・グリフィンウッドマックは、艤装が終わったそのラ・ボエムの、引き渡しのためのフェリー(回航)を請け負った。アサイメント(仕事)としては、殊更ドラグゥンが請け負わなくても良いような内容だが、態々グリフィンウッドマックを指定したのは、外ならぬノルニルだった。受注側のノルニルがフェリー(回航)業者を名指しするのは極めて異例だが、発注主の皇室側は勿論のこと、グリフィンウッドマックと言えど、ノルニルからの指定ではおいそれとは断り辛い。
当初の予定では、フェリー(回航)先は首都サンジェルス宇宙港だったが、アルケラオス領域に着いてからクアトロポルテ皇室直轄の宇宙港があるローズブァド城に急遽変更になった、と連絡が入った。ローズブァド城の宇宙港は、先代ステラート専用に整備されたものだ。
と同時に首都サンジェルスのグレースウィラー城まで、国皇に対してフェリー(回航)の直接報告に参殿せよ、と宮枢府を通して正式な要請があった。当然のことながら、グリフィンウッドマックは足を運ばねばならないし、それは同時にレギオ・デューク(編団頭領)のネルガレーテの任になる。
高度を下げて行くにつれ、ジョド川の川面が眼前に迫ってくる。
既に高度は1000メートルを切っていて、緑豊かでなだらかな山並みを縫い、ラ・ボエムが高度をさらに下げてジョド川沿いを上流へと向きを変える。川面は緩やかに流れ、幾艘かの運搬船が波紋を扇に広げて行き交い、観光船が気持ち良さそうに白波を立てている。そんな下りの水上バスの脇を、文字通りかっ飛ぶように凄まじい速度ですり抜ける小さなジェットボートが一隻。
「酷く飛ばしているな・・・」
アディが声を漏らした途端、ブリッジ(船橋)のウィンドウから垣間見えるボートが、水上バスのウェーキ(引き波)に乗って、大きく跳ね上がった。着水した瞬間、危うく横転しかかる。
「危ねぇ・・・」ブリッジ(船橋)両壁にあるスクリーン・モニターに画像を入たアディが、思わず呟く。「そのうち事故るぞ、ありゃ・・・」
「けど、川遊びにしちゃあ、妙な服着てるわね」
「あれってウエディング・ドレスじゃないのか・・・? そう見えるが」
ユーマの訝る言葉に、ジィクの声がブリッジ(船橋)のスピーカに入る。ジィクのリトラは、おそらくアモンの上空で旋回している筈だ。
「アルケラオスでは、牛車じゃなくてボートでかっ飛んで嫁に行くのが流行なのかしら?」
スクリーンを見上げるユーマが、ぼそりと言った矢先。
側面にどこぞの店名が入った、リバークルーズ用の小型スクリューボートが、姿勢を立て直そうと川面を旋回するジェットボートの背後から一直線に突進していく。ジェットボートの舵を取る花嫁らしき人物が、後ろを振り返った時には遅かった。馬力に勝るスクリューボートが、左から擦るように追い抜きを掛けた。排水量では勝負にならないジェットボートが、スクリューボートのウェーキ(引き波)に煽られて、まるで川面に流される草葉のように転覆寸前に船体を傾けて右へと大きく押しやられる。
「あ・・・!」アディが思わず色めき立った。「あいつ幅寄せしやがった!」
水上交通の法規なんぞ端から無視で、スクリュ−ボートがエンジン出力を振り絞り、白波をけたたましく上げて広い川面を縦断するようにUターンする。
辛うじて転覆を免れたものの、操縦者がスロットルを手放してしまったのか、少しの間水面を揺られていたジェットボートが、再びダッシュを掛けたが遅かった。戻って来たスクリューボートがジェットボートを目掛けて突っ込んで行く。正面衝突寸前で、スクリューボートが舵を切る。強烈なウェーキ(引き波)にジェットボートが乗り上げて、再び弾かれたように跳ねた。
「てか、あの花嫁、スクリューボートに追い掛けられてんじゃないのか・・・?」
「あいつら、明らかにあのジェットボートだけを狙ってる!」
ジィクの言葉に、憤った声を上げるアディが席を立った。
「手を出すのつもりなの? アディ」
少しばかり呆れたように、ユーマが振り向く。
「けど、あれは見過ごせないだろう。単なる嫌がらせの度を超えてるぞ」
「やっぱりね」ユーマが苦笑いを浮かべる。「あんたなら、そう言うと思った」
「ユーマ、高度を下げてスクリューボートの進路を遮れないか?」
アディの言葉に、仕方ないわね、と無言で肩を窄めたユーマが、コンソール(制御卓)に手を伸ばす。
スクリーンの中では、ジェットボートが白波をけたたましく蹴り上げて、左岸のほうへと小さく旋回して川上に舳先を向けていた。それより小回りの利かないスクリューボートの方は、右岸方向へ大回りしながらも再びボートの花嫁を追い掛ける。
「お前も結構お節介焼きだな、アディ」
そう言いながら、ジィクもラ・ボエムへの警戒監視のためにリトラの高度を下げ始めた。
「どろどろの三角関係に巻き込まれても知らねぇぞ」
「そン時ゃあ、ジィク、お前に任せるよ。三角関係は得意だろ? 他人の女を横取りして揉めるのは」
アディがユーマに、スクリューボートの先回りするように仕草する。
「女2人の三角関係なら引き受けた。だがな、アディ──」
ジィクがそう言いかけた矢先だった。
「あ、マズい・・・!」
アディが思わず声を上げる。
ジェットボートの右舷側から迫ったスクリューボートが、出力にモノを言わせて擦るように暴力的に真横に迫る。ボートの花嫁がちらりと横を向いた刹那、追い抜くと同時に舵を右に切ったスクリューボートのテールが、紙のようなジェットボートの艇体に接触する。
大きな凹みを拵えて波を被り、転覆寸前にまで傾いたジェットボートが、スクリューボートの残したウェーキ(航跡波)の追い波を横からまともに受けた。枯れ葉のようなジェットボートの艇体があっと言う間もなくひっくり返って、白のウエディングドレスが翻り、為す術もなく花嫁が川面に投げ出された。
「──ジィク・・・!」
そう叫んだときには既に、アディは席を立ってブリッジ(船橋)を駆け出していた。
「──ドレスを着ているからって、女とは限らんぞ」
そしてジィクも、そう言いながらも咄嗟にリトラのスティック(操縦桿)を押し込んでいた。
★Act.1 花嫁救出・2/次Act.1 花嫁救出・3
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト