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紅のドラグゥン・禁姫の想いは星の翼に  作者: サザン 初人(ういど)
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Act.7 ハーフムーン・ゲッタウェイ・3

「リサ、君が来るんだ、さあ」


若き姫君を気にするリサに、アディは手を差し伸べて促す。後を振り返りつつもリサは、アディの手を借りて、腰高のハンドレール(手摺り)を跨ぎ越えた。


「シーツをしっかり握って、足をゆっくり下に」


唇を真一文字に結び、リサは小さく頷くと、左足を岩壁に降ろして腰を下げた。


「いいぞ、あと3回で下に着ける」


リサが小刻みに手を繰って、そろりそろりと岩壁を下る。右足がカモネギの砲身に触れた瞬間、リサは少なからず安堵の息を漏らした。


「気を付けろ。勾配は意外と急だぞ」

ベランダ端の上から、アディが声を掛ける。


リサはアディを仰ぎ見て、プラズマ砲の砲身が作る坂道に足を出した。崖の陰で室内からの明かりが届かず、足元は月光だけが頼りだ。80センチ幅ほどのバレル・ジャケット(砲身外殻)の上を、おっかなびっくりに、左右に少しフラつきながらもリサがバランスよく歩き下る。


「良いぞ、リサ。左に繋がっている腕の部分の上を伝って、前の操縦席に行くんだ」


トン、トン、トンと、リサは軽やかな足取りで支腕の上へ跳ね飛んで、そのままカモネギの胴体部に齧り付く。数段のステップ・バー(機梯)を()じ登り、中腰でカモネギ胴体部の上を進んだ。


室内からの漏れる光量が増えたと感じてアディが振り向くと、ブラインドが再び開き始めていた。テルミット・キャンドルで溶かし開けた穴の高さまでせり上がるのももどかしそうに、ちゃんとストラップ・サンダルを履き直したメルツェーデスがベランダに飛び出して来た。


「上手くやったようですね、姫」


「ええ、勿論よ。有無も言わせず追っ払っいました」少しばかり野卑な言葉遣いで、メルツェーデスが顔を綻ばせる。「湯浴みの後の心地よい時間を邪魔するとは何事です、と思いっ切り皇女ぶってやりました」


アディが、さあ、おいで、とばかりにメルツェーデスに手を差し出す。


「やはり、アディたちの事でした。室内を見渡してから、不審者がウロついているようなので注意をして下さい、とだけ言い残して出て行きました」


「不審者ですか」

ハンドレール(手摺り)を跨ぐメルツェーデスのか細い腰を支えながら、アディが口元を緩める。


「ええそうよ。貴方(あなた)、不審者ですって、アディ。悪党よ、お尋ね者ね」

ベランダの外に足を着けたメルツェーデスが、甘えるようにアディに抱き付く。


「気を付けて。足元が暗いから──」

そう注意を促した矢先、下からきゃあ、という悲鳴が聞こえた。


アディとメルツェーデスが咄嗟に振り向くと同時、リサがコクピットの中へ転げ落ちた。


「あ、痛ッい!」


コクピットの中で呻くリサは、暗くて足元が良く見えていなかったようだ。バレル・ジャケット(砲身外殻)の、放熱用リブの段差に蹴躓(けつまず)いてしまった。


慌ててバランスを取り、前のめりに手を付こうとしたら地が無かった。落ちた先がコクピットで、前転するように1回転したリサは、尻を操縦席のアームレストに(したた)かに打ち付けた。


「つぅぅぅぅぅぅ・・・!」

コンソール(操作卓)を手掛かりに、へっぴり腰のリサが立ち上がる。


「打った、打った、お尻打ったぁ・・・! 痛ったぁーい・・・!」

お尻を突き出して、コンソール(操作卓)に半ば突っ伏した。


「──大丈夫か? リサ」


アディの呼び掛けに、リサは痛みを(こら)えて歯を食い縛り、ようように左手を上げて応えた。細め開けたリサの目に、シーツを伝い降りるメルツェーデスの姿が映った。


「──火器管制システム起動、チェック、スペード(駐鋤)展開」


どこからか、機械的な声が上がった。


「はい・・・?」


怪訝な顔でリサがコクピットを見渡す。いつの間にか全てのディスプレイが通電起動していて、パイロットランプらしき点滅が次々と緑に点灯していく。


「チャンバー内の磁束密度上昇、電磁場フィールドに作動異状なし。透磁率上昇、プラズマ発生まで30秒」


「何? 何? 何!」


ディスプレイ上の図像が瞬く間にも次々と切り替わり、表示される数字が目紛(めまぐる)しく変わって行く。明らかに何かのシステムが始動している。


「バレル(砲身)内のローレンツ力場を現状で維持、プラズマの発生まで20秒。電磁フィールド出力100パーセントを維持、ブリーチロック正常に作動中」


「ねえ、アディ・・・!」不安げにリサが声を上げる。「何か、この機械、動いてるみたいなんだけど・・・」


「動いてる・・・?」


岩壁を飛び降りたアディは、メルツェーデスに先回りし、手を取ってゆっくり下るように促した。砲身の上を繰る足裏に、微かな振動を感じる。


「何が動いてるんだ?」


支腕機構の付け根に飛び降たアディが、メルツェーデスをリードする。


「何か言ってるの・・・ん・・・今、あと10秒って言ったよ・・・?」


「10秒・・・?」


プラズマ砲の砲身が羽音のような、空気が震える僅かな音を発していた。その砲身自体も心なしか、熱を帯びているような気がする。


「──発射まで5秒だって」


「発射だと・・・!」

アディがメルツェーデスをカモネギの胴体上に引き上げた刹那。


「プラズマ球の縮退相への変位を確認。ファイアリング電磁場開放、発射します」


無機質で抑揚のない合成音声を、リサは耳にした。


轟く唸りが起こったかと思うと、カモネギの両腕のような砲身の先端から、眩いばかりの閃光が生じた。辺りに雷鳴のような轟きが鳴り響き、空気中に放電が走る。


「メルツェーデス、急げ!」

アディが皇女をコクピットに急き立てる。


右腕のプラズマ弾が、火の玉となって向こう側の岩壁を直撃した。仰角を持った左腕のプラズマ弾は、チャドウィック荘のベランダを大きく(えぐ)った。アディたちがさっきまでいたベランダの半分が融解昇華し、すさまじいガスが鼻を突く臭気とともに立ち篭める。


アディが見落としていたのだが、カモネギの音声入力による指示モードは継続していたのだ。ヘッドセットのプラグを抜くだけではモード自体は解除されず、入力デバイスが操縦席にある集音マイクに切り替わっただけだった。それだけなら問題は無かったのだが、火器の発射管制を起動させたインシデント(決定的な素因)はリサの言葉だった。


リサが思わず口にした、“打った”と言う単語が、そのまま攻撃指示語、“撃て”と言うキィワードとして認識されてしまったのだ。一言だけだったらシステムは確認用の応答を返し、それに応じる指示がなければ命令はキャンセルされていた。


しかしリサは、“打った”を3回続けて連呼してしまったため、システムは緊急対応事態と認識し、現状を維持したまま即座に指示に従った。しかも音声制御による攻撃受命のシステム対応では、3回以上の連呼は即時連射を意味する。


コクピットへのラッタル(梯子階段)を下るメルツェーデスの横合いから、アディがコクピットに勢い良く飛び込んだ。と同時にそのアディの頭上で、対艦ミサイル(誘導推進弾)の1連射目が発射された。夜空に煌めく打ち上げ花火のように、4つの発射炎が白煙を引いて彼方へと飛んで行く。


「何をしたんだ、リサ・・・!」


「あたし、何もしてないって・・・! お尻から落ちただけよ! 何も触ってない!」


落ちていたヘッドセットを、アディが拾い上げた瞬間だった。プラズマ砲の2射目が放たれた。


「本当よ! 何も触ってないって! 信じてッ!」


ヘッドセットのプラグを挿し込もうとして、アディは音声入力が維持されているのに気が付いた。


「悪い、こりゃ俺のミスだ。音声入力が完全にシャットダウンされていなかったんだ」


そして(おお)きな鴨が背負ったランチャー(発射機)から、次々とミサイル(誘導推進弾)が放たれる。


「攻撃中止だ! 中止! これ以上、撃つな!」慌ててヘッドセットを着けたアディが、システムを怒鳴りつける。「勝手に撃つなッ、馬鹿野郎!」


「リサのお尻に怒ったんじゃないの? この鉄のカモ」

コクピットに下り切ったメルツェーデスが顔を覗かせる。


「姫さま、何であたしのお尻が・・・!」


「リサ、通信機だ! 腕を!」

そう言うが早いか、アディが半べそ顔のリサの右腕を強引に引っ張る。


「──ジィク! ジィク! 応答してくれ!」


アディが叫んだ刹那、弾着と思しき爆発音が遠くから微かに空気を震わせた。間違いなく、このカモネギが放った1射目のミサイル(誘導推進弾)だ。着弾点を知る必要も、その余裕もない。


「どうした? アディ・・・!」


アディの切羽詰まった声にただならぬ雰囲気を感じたのか、ジィクが堅い声音で飛び付くように直ぐさま応じて来た。


「今からここを脱出するが、算段通りの合流設定ポイントには行けそうにない! すぐにピックアップに来てくれ! 位置はそっちで確認して──」


「何があった? ヤバい状況なのか? アディ!」

ジィクの声に緊張が(みなぎ)る。


「アディ! 上を!」


メルツェーデスの声にアディが振り仰ぐ。


「そこで何をやっている・・・?」


ドタドタと厳ついブーツ音の大合奏に、怒鳴り声が頭上から降り注ぐ。半壊したベランダのハンドレール(手摺り)越しに、警衙(けいが)官が一列に並んで顔を突き出して来た。


「見つかった! 一旦通信を切る!」


ジィクにそう叫ぶと、アディはリサの腕を放して操縦席に腰を落とす。


「身を屈めて隠れていろ!」振り向くアディが2人に言い放ち、システムに命令を下す。「射撃モードを解除、姿勢制御、前進だ、前進しろ」


「火器管制をデフォルト。スペード(駐鋤)開放、微速前進」


システムの返答に、機体胴部が僅かに旋回して前を向き、砲身の仰角がデフォルト位置に戻る。そして機体が右に傾いたかと思うと、巨大な鴨の左足が前に踏み出される。


「全速前進! 隘路に沿って全速だ!」


モニター・ディスプレイ(監視画面)に映るナイトビジョン(増感暗視)映像を、アディは凝視する。


「動かしているのは誰だッ? 何をするつもりだ?」


状況を把握できていない警衙(けいが)官たちは、叫び声を浴びせるものの、発砲してよいものか躊躇していた。カモネギが一瞬後に引っ張られる抵抗感を感じたが、それでも2歩目の右足を繰り出すと、繋がっていたアイドル用動力線が引き千切れた。


「行くぞッ!」


カモネギが歩を繰り出すごとに、身体が激しく右左に振られる。その度毎に、うら若い娘の、きゃあきゃあ(かまびす)しい二重唱が、コクピット内に響き渡る。


「2人とも、何でも良いから獅噛(しが)み付いてろ!」


その言葉にリサはアディの左に、メルツェーデスは右に床に直座りすると、ここぞとばかりに2人は両側からアディの身体に腕を絡ませた。


「リサッ! 通信機だッ! 俺の口元に腕を伸ばしてくれ!」


ひゃあと悲鳴を上げるリサが、前屈みのアディの後ろ首に獅噛(しが)み付くように抱き付き、そのまま右腕を回して通信機をアディの口元に近付ける。そんなリサに、何故か頬を膨らませるメルツェーデスが、アディの腰に前から両腕を巻き絡め、態とらしくも撓垂(しなだ)れ掛かるように組み付いて、より一層体ごと身を寄せた。


「──何があった? アディ! 応答しろ!」


アディの耳には、挿し込んだままのイヤフォン(聴声器)から、数秒ごとにずっとジィクの呼ぶ声が入っていた。


「ジィク!」被せるようにアディが怒鳴る。「ジィク! 手筈が少しばかり狂った。陸路で移動中だ。多分追撃される」


アディは通信しながら、照準用グラフィック画面を直接タッチして弾着ポイントを設定する。


「そっちの移動は確認した、トラッキング(追尾)に問題はない。アモンは既にローズブァド城を離陸して、今そっちへ向かってる」


「現状だけ簡潔に言うと、移動にカモネギを使ってる」


「カモネギ? 道理で移動速度が中途半端だと思った」硬い声のジィクが、不思議そうに尋ねる。「──んで、何でそんな妙竹林(みょうちくりん)な馬を調達したんだ?」


「リサのヒップアタックに、カモネギが怒って吼えたんで、敵にバレた」


「何だ、それ?」

「アディまで、そんな言い方しないで・・・!」

素っ頓狂な声を上げるジィクに、顔を真っ赤にしたリサが、伏せた顔をそのままアディの首筋に押し付け、コンコンと額で(たた)いて抗議した。


「ほら、やっぱりリサのお尻が原因なのよ。お肉も少ない癖に」


メルツェーデスが口をヘの字に曲げて、少しばかり突っ慳貪に言った。それにリサが、お肉はあります、人並みに、と言い返す。


「──リサのヒップが強烈すぎて、カモネギが興奮したところまでは理解した」

ジィクも巫山戯(ふざけ)て返したものの、その声音は真剣で、焦りはないが心なしか硬い。

「今、ベアトリーチェに機材の発進準備をさせている。俺がカバー・ファイア(援護)に回ってやるからな。もう少し粘れ」


おうさ、と勇ましく答えるアディだが、実際オープン・コクピットの中の3人は、カモネギが1歩踏み出す度に、舌を噛みそうなほど揺すられていた。左へ大きく弧を描きながら、岩場の間を抜けるように続く外周路を、ネギを背負ったようなアイアン・ダック(鉄の鴨)が徐々に速度を上げて行く。


青白く輝く月の光に、正面の岩場が浮かび上がる。岩場は大きな獣に噛み千切られたように、カモネギの発した2発のプラズマ・ブラスターでざっくりと(えぐ)られ、弾着痕に残った木々が、まだ小さな火の粉を上げて燻っていた。


当初の目論見では、このカモネギを橋渡しにして岩場へ上がり、生い茂る木々の森を抜け、向こう側の砂浜海岸で救助を待つ想定だった。


遠くから、サイレンの音が(こだま)していた。チャドウィック荘の正面ロータリーにいた警衙(けいが)か、他所からの増援に違いない。ただこの崖下の外周路は、正面のロータリーへは直接繋がっていないため、正面玄関にいる車輛が外周路に入ろうとするなら、一旦アプローチ路を下った先から迂回するように、隘路を通って来ざるを得ない。


なので、このまま隘路を進めば、直ぐに警衙(けいが)車輛と鉢合わせする事になる。


「プラズマ・ブラスターを発射準備。弾着を100メートル先に設定、掃討射撃モード」

アディが火器管制ディスプレイのモニター表示を睨みながら、迎撃のための指示を出す。


「火器管制システムを起動します。砲照準設定、静止時俯角マイナス5度、支腕45度角での射角スタビライズ」


アディの命令にシステムが反応し、プラズマ・ブラスターの移動砲撃での発射体勢を整える。同時に機体に備えられた、エイミング・ビーム(照準用発振光)検知センサーが、いきなり警報を発した。どうやらメルツェーデスが軟禁されていたチャドウィック荘のベランダから、レーザー銃撃を浴びているようだが、鴨が背負ったネギみたいな対艦ミサイル・ランチャー(誘導推進弾発射機)が、コクピットの盾になっているお陰で直撃を免れている。 しかもカモネギくらいの装甲になると、携行レーザー長銃くらいでは歯が立たない。


「アディ、前・・・!」

「現照準でブラスター2連射だ」


リサが、闇の中にちらつく赤と青のフラッシュ灯に気付いて声を上げた時には、アディは既に砲撃命令を下していた。


アディが見詰めるナイトビジョン(増感暗視)のモニター映像には、2台の警邏(けいら)車輛がはっきりと映っている。緩やかにカーブしている岩場の隘路の坂道を、猛スピードで登って来ていた。玄関先に駐車していた車輛に違いない。


アディの言葉に一瞬の間があって、発射します、との声と共にシステムが応答する。右のブラスターが火を吹き、0.5秒の間を置いて左砲が発射された。


砲身先端が強烈に煌めいたかと思うと、プラズマ火球が着弾していた。その弾着と同時に地面が水蒸気爆発を起こしたように、一瞬にしてガスと化す。雷鳴が轟きわたり、弾道が放電光を纏って空気を震わす。


辺り一面が熱気に包まれ、()せ返るような臭気を伴うガスに包まれる。突進した車輛の1台は爆風で横転し、もう1台は急制動する暇もなく、視界不良のガスに突っ込んだ。フラッシュ警告灯がガスの中にぼやけて一瞬煌めいたが、次の瞬間にはクラッシュ音が立ってカモネギの脚に衝突した。


弾着痕の窪みに嵌り込むこともなく、カモネギは時速30キロで進撃する。


「──進撃って言えば勇ましいけど、これで良いの? アディ」


もどかしそうなメルツェーデスの物言いに、アディは下唇を突き出した。


不安ではなく、どこか不満げな面持ちで、アルケラオスの聡明な皇女は、その炯眼(けいがん)で痛い所をずけっと突いて来る──本人に悪気はないのだろうが、その冷静な状況把握にアディも舌を巻く。


「有り体に言えば、成り行きで仕方なく、ってところだ」苦笑いのアディは小さく肩を(すぼ)めて見せた。「それでも、徒歩でも追い付けない程度の速度で進んでいるし、小銃程度じゃカモネギの相手にならない」


(つくろ)わない割に、結構図太いのね、アディって」メルツェーデスが呆れたように、リサと顔を見合わせた。「何か感心しちゃうわ」


「これでも、脳味噌は使ってるつもりなんだけどな」


両側から岩場が迫る小さな谷間を抜けると、(うね)る丘陵地の向こうに、宝石を撒き散らせたような華やかな街の夜景が垣間見えた。ライトアップされた観覧車の大きな車輪もきらびやかに一際目を引き、右手奥から北へ延びる数条の大きな光の数珠が、幅200メートルのマラネロ・ブルバード(大通り)だ。


「どこへ行くの? アディ」リサが少し心配そうに尋ねた。「このまま行けば、ロジャーハビシャム広場に出ちゃうわよ」


「あと15分。ジィクたちがピックアップに来てくれる、それまで──」


いきなりロックオン・レシーバー(被火器照準警戒装置)のアラート(警告)が鳴った。アディたちが捕まっていた、メイフィールド荘への分岐点に差しかかった折りだった。


左手から、太陽が飛んできたのか、と思うくらい強烈な火球がすぐ目の前を横切った。あっと言う間もなく光に包まれて目が眩み、3人の搭乗するオープン・コクピットが熱気を帯びたすさまじい融解ガスの爆風に吹き曝される。


間違いなくプラズマ・ブラスターによる攻撃だ。


「くそッ! 待ち伏せされた!」


怒鳴るアディに、メルツェーデスとリサが、この世の終わりだ、とばかりの悲鳴を上げる。


回避する暇などない。プラズマ・エネルギー弾の弾速は光速だ。初弾は前方3メートルの距離で外れたが、次弾が右腕のブラスター砲身を直撃した。


砲撃して来たのは、メイフィールド荘への脇道側で待ち伏せしていたカモネギだった。他のカモネギ機体が、メイフィールド荘にも配備されている可能性を、見落としていた。


プラズマ・ブラスター1基は損壊したが、走行駆動系への被弾はないので、アディたちを乗せたカモネギの双脚進撃は止まらない。


追っ手がすぐに2射目を放ったものの、アディたちは既に50メートル近く移動していた。


プラズマ砲の連射と言っても、プラズマ発生に5秒以上掛かる。ブラバム・メタル・アーム社のダッコングは、確かに自走砲だがあくまでフィールド・キャノン(野砲)であり、対アーマード・ファイティング・ヴィークル(装甲戦闘車輛)戦は想定されていない。


それでも待ち伏せ機体が、すぐさま追撃態勢に移る。


隘路を抜けると、見通しが開けた丘の斜面に出た。見下ろす先は辺り一面葡萄畑で、その間を抜けるような一本道が、ロジャーハビシャム広場へ通じる幹線道路へ合流している。


後方からは、追撃のブラスターが間延びした間隔で浴びせられるが、いずれも直撃にはほど遠く、ブドウ畑に土塊(つちくれ)を噴き上げてクレーターを作っているだけだった。


カモネギは元来、戦車のように移動しながら砲撃できる戦闘車輛ではない。下り勾配に加え、僅かにカーブする道なりで、しかも100メートルほどの近接砲撃でターゲット(標的)が移動していると、バレル(砲身)移動が相対的に大きくなり、カモネギの火器管制と射撃制御システムでは砲撃はおろか照準すらも(まま)ならない。


小さな草原の丘を下りきった先に、右手にシイとカシの小さな林、左手に大きなレストランが建っていて、その奥に太い幹線道路が垣間見える。


2両のアイアン・ダック(鉄の鴨)がドタドタと、短い双脚を駆使して追い駆けっこをしている姿は、傍から見たら滑稽だが当事者は必至だ。アディが操縦するカモネギが、瀝青(アスファルト)セメント地面に擂り潰すような音を軋ませて、林の陰からレストランの駐車場に侵入する。駐車しようとしていたホィーラ(車)が、いきなりヘッドライトに浮かび上がった巨大な鴨のバケモノに、慌ててハンドルを切ったが間に合わず、左の支脚に接触して弾け飛ぶ。


その卒然、背後から雷鳴に似た空気を引き裂く音がした。雑木林の向こうに煌めくブラスターの強烈な光の球が見えたと思ったら、次に瞬間には駐車場に面した、レストランの洒落たエントランス(玄関先)が、地面ごと一瞬にして爆発しながら熱気を帯びた昇華ガスに包まれる。


「アディ、こっちから遣り返せないのッ?」

高熱ガスで火の手が上がるレストランを振り返り、メルツェーデスが大声を張り上げる。





★Act.7 ハーフムーン・ゲッタウェイ・3/次Act.7 ハーフムーン・ゲッタウェイ・4

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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