Act.4 獣人奇襲、そして落日・4
振るう剣が、ライノの堅い角質の皮膚に跳ね返される。その衝撃に手が痺れ、アディの手から剣が落ちた。レオのモーターサイクルがシルヴァー・ブレイズの脇を駆け抜けて、追撃のために派手なブレーキターンをする。
ザザザザッと、小径の加工土を後輪が掻く大きな音が立ち、遠くからはバタバタと空気を叩くプロップ・リフター(垂直離着陸回転翼機)の音も響いてくる。騒然とする辺りの雰囲気に、2人を振り飛ばしたシルヴァー・ブレイズが、耳を後に倒して神経を尖らせ、怯えた嘶きを上げた。
利かない左足を引き摺って、ライノの太い右腕がアディの体を薙ぎ払う。アディは5メートルも吹っ飛んで、背中から叩き付けられた。腕から肩にかけて痺れが治まらないアディの手には、力がまるで篭らない。
轢かれた死体を摘むように、ライノがアディの胸倉を掴み上げる。2.5メートルを超える巨躯に、アディの体が宙に浮いたその刹那。
興奮しきりに跳ね回るシルヴァー・ブレイズが、ライノの頭部を背後から蹴り飛ばした。バコッと鈍い大きな音がして、サイ獣人の角が生えた頭部が歪む。
鼻と耳から血を流し、ライノが地響きを立てて崩れ落ちた。
それでもアディに、のんびり構えている余裕はない。怯えるシルヴァー・ブレイズの興奮は収まらず、今度はアディを蹴り上げようとしていた。
「アディ・・・!」
蹴られる、とリサが思わず目を瞑る。
アディは慌てて頭を抱えて地を転がり、シルヴァー・ブレイズの下を潜って逃げ跳んだ。そして再びモーターサイクルを駆るレオが、今度は垣根脇で立ち尽くすリサに狙いを定めた。
向かって来るレオのモーターサイクルに気付いたリサが、咄嗟に駆け出す。
逃げるリサを捕まえようと、迫るレオが腕を伸ばした。振り返るリサが身を捩らせ、レオの腕が空を掴んで掠め過ぎる。だがバランスを崩したリサは足を挫いてしまい、薔薇の垣根に倒れ込んだ。棘の痛みに、思わずリサが悲鳴を上げる。
派手な音で地面を滑らせ、レオが車体をターンさせた。
リサは棘に服を搦め捕られていて、身動きできない状態に陥っていた。スカートが裂ける音がして、もがく体が擦り傷だらけになる。
「リサッ!」
リサの元へ駆け出そうとするアディに、興奮したシルヴァー・ブレイズが後肢立ちに威嚇する。アディが手放した剣を何度も踏み付け、近づくもの全てに敵意を見せる。プロップ・リフター(垂直離着陸回転翼機)の爆音が、風に乗って一際大きく轟き届くと、シルヴァー・ブレイズがいきなり立ち上がって嘶いて、もと来た道へ跳駆した。
加工土に塗れた剣の柄に、アディが飛び付いた刹那。
気配を感じたアディが、剣を握って横に跳ね退く。と同時に半身を起こして、切っ先を突き出した。目の前には、半身を返しながらスウェイ・バック(上体反らし)で躱すタイガーの姿があった。
反撃の隙を与えず、アディが跳ね起きながらタイガー目掛けて、袈裟懸けに剣を振るう。だがタイガーの方が半秒早かった。
振り降ろすアディの斬撃に、タイガーが踏み込む右足を軸に半回転。肩越しに剣を躱し、連動するように振り上げたタイガーの、左足がアディの頭部目掛けて繰り出される。
タイガーの後回し蹴りに、アディが咄嗟に膝を折る。
崩れ落ちる体勢で、タイガーの初撃を辛うじて躱したものの、次の一撃には対応できない。右からの横蹴りを、アディは左脇腹に喰らった。
「アディ・・・!」
タイガー越しにアディを案ずるリサが、口を真一文字に結び小さく首を振った。そのリサ自身も薔薇垣根の棘に身を取られたまま追い詰められて、レオに銃を突き付けられていた。
地に伏すアディが、それでもリサを助けようと剣に手を伸ばす。
その剣身を、タイガーの厳ついブーツが踏み付ける。見上げるアディの目と、冷たく見下ろすタイガーの目が合った刹那、アディの胸元にタイガーの非情な蹴りが突き刺さった。
仰向けに吹っ飛ぶアディの耳朶を、リサの悲痛な叫ぶ声が打つ。そして背中から地面に叩き付けられた瞬間、目の前が真っ暗になる感覚を伴ってアディは気絶した。
少し離れた噴水広場に、プロップ(回転翅)音を轟かせ、スカイブルーとダークグレイの迷彩塗装を施された中型のリフター(垂直離着陸機)が降下する。
着地の邪魔になる噴水と、ピンクの薔薇が咲き誇るバーゴラ(陰棚廊)を、手荒に機戴機関砲で破砕すると、舞い上がる粉塵を掻き混ぜるように、リフター(垂直離着陸機)が着地した。
トラ獣人がナイフを使って、リサに絡まる薔薇の棘を丁寧に外してくれた。その間に、気を失っているアディがライオン獣人に担がれて、リフター(垂直離着陸機)の方へと運ばれていた。自由の身になったリサはタイガーを一瞥すると、急いでアディの後に付き添った。
散らされた薔薇の花びらが、獣人たちの泥靴で踏み躙られ、2人はリフター(垂直離着陸機)に乗せられた。貨物室の床に寝かされた土埃だらけのアディの顔を、リサがスカートの裾でそっと拭う。操縦席を垣間見て、リサは僅かにぎょっとした。
座っていたのは、鷲の獣人だった。鼻筋から上唇にかけて一体化した角質と、下顎と下唇が一体化した角質が、まるで嘴のようだった。顔表面は茶色の羽毛に覆われている。
轟音が一層大きくなって、プロップ(推進回転翅)の風圧が、周囲の美しく咲いた薔薇を再び暴力的に吹き散らす。2人を乗せた迷彩外装のリフター(垂直離着陸機)は、薔薇の花びらが乱舞する中、サイ獣人の亡き骸を回収しないまま、ローズブァド城から飛び立った。
* * *
「やっぱりこっちも襲われたのね・・・」
中庭に足を踏み入れたユーマが呟く。
脱いだフィジカル・ガーメントのアッパー・トルソを脇に抱え、アンダーウエアの左身頃から抜き出した肩に、大きなドレッシング・シールが貼ってある。駆け付けた衙衛隊の救急治療で、止血作用のある疑似体組織ジェルを塗り込まれ、3箇所をステープラー縫合された。深い刺傷だが傷口が単純なので、言わば軽傷だ。鈍色の肌に白のシールなので、意外に目立つ。
ロトスオーリの方は、足へのレーザー銃創と軽い擦り傷程度なので、命に別状はない。大事を取って城内の宮枢病院へ搬送された。
ユーマは眉間を寄せ、足元に転がるオオカミ獣人を見下ろした。アシスト・エクゾスケルトン(外骨格型補助装具)を着けたピアッツァが、異形の獣人の検分をしていた。
喉笛が完全に食い千切られ、頚椎が剥き出しになり、顔面も一部筋肉が削ぎ落ちている。上半身は裸身だったが、酷い裂傷に血塗れで、二の腕の筋肉も一部損壊している。唯一の着衣のカーゴパンツは、ビリビリに裂け破れていて原形を留めておらず、下肢も筋肉が裂けて酷い出血状態で、コンバットブーツの片方が失くなっていた。
「これ、アディが斃したんですかね・・・」
ピアッツァが、恐る恐る顔を上げてユーマを見上げる。
「まさか・・・!」ユーマが眉根を寄せた。「いくらアディでも、こんなに喰い付きはしないわよ。こいつ、明らかに何か強烈な牙を持った獣に噛み殺されてるわ」
「仲間割れ、ですか?」
「こんなに肉を引き裂いて、食い千切れるやつ、他にいる?」
「だとしたら、とんでもなく凶暴なやつらですね・・・」
ユーマの言葉に、ピアッツァは思わず身震いを覚えた。
「──アディ、応答しろ! アディ!」
ジィクがガゼボ(四阿)の陰から、通信機に怒鳴りながら姿を見せた。
「だめだ、2人とも、この近くにはいない」
首を振るジィクに、ユーマはピアッツァに声を掛けた。
「ピアッツァ監佐、この館周辺の捜索に、幾許かの人員を割いてもらえない? 多分リサも一緒だと思うの」
ユーマの言葉に頷くピアッツァが、手近な部下を呼ぼうと見渡したすと、ちょうど若い衙衛官が早足でこちらに向かって来ていた。衙衛官はピアッツァの元で一礼し、1言2言報告を入れる。それにピアッツァは頷いて指示を与え返すと、2人のドラグゥンに向き直った。
「どうやら、屋上のリフティング・デッキ(垂直離着床)に駐機していたロータークラフト(回転翼機)がやられたようです。テスタロッサ女史が乗って来た機材だと思われます」
「最初に聞こえた爆発音は、それだな」
ジィクが唸るような声の背後で、プロップ・リフター(垂直離着陸機)の微かな音が、風に乗って耳に届く。ユーマが耳を澄ませて、彼方を見やった。
茜の空に浮かぶ、黒い小さなものが上昇していた。沈む夕日に照らされて、明らかに航空機体の一部が、キラッキラッと反射する。距離にして3、4キロ、宙港や衙衛隊駐屯基地とは反対の方角へ飛び去って行く。
「あのリフター(垂直離着陸機)ね、襲った連中」
深緑色の瞳を眇めて、ユーマが彼方の空を睨む。
「少し距離がありすぎないか? 2人が走って逃げたとしても」
ジィクも山吹色の瞳を凝らして言った。
「ピアッツァ、フィールドスコープ(双眼鏡)持ってない?」
ユーマの言葉に、ピアッツァが無言で首を振る。そのプロップ・リフター(垂直離着陸機)がじんわりと夕闇の中に消えて行く中、薔薇の垣根の陰から別の衙衛官が姿を現し、ピアッツァの元へ息急き切って走り込んで来た。
「もう1体、獣人を発見しました。死亡していると思われます」
その報告に、ピアッツァと2人のドラグゥンが振り向いた。
同じ薔薇の垣根の奥から、ハンギング・ソフトストレッチャー(手上げ救助担架)に乗せられたバット(蝙蝠獣人)の遺骸が、4人の衙衛官に担がれて運ばれて来た。身長200センチの獣人は、頭と足が担架からはみ出していた。その後ろからは、東宮衙衛副督帥のタフグス卿が足早に従って来ていた。
コウモリ獣人が担架ごと、オオカミ獣人の脇に並べられた。バットはウルフとほぼ同じ背丈、両者ともポケットをリベットで補強した同じカーゴパンツに同じコンバットブーツを履くだけで、上半身は裸身だった。2体とも一目で判る筋肉質で、コウモリ獣人は焦げ茶の体毛が、オオカミ獣人は黒く長い体毛を纏っていた。
「それで、こいつら? あなたをシルヴァー船長にしたのは?」
仁王立ちのユーマが、獣人たちを睨下ろした。
「間違いないですね。私の相手はトラでしたけど」ピアッツァは2体の獣人を改めて見下ろす。「それに私はまだ、片足を失うところまでは行ってませんよ」
「そうなったら、フリントって名のオウムをプレゼントするわ」
ユーマの皮肉にピアッツァがニヤッと返すと、コウモリ獣人の頭を捻った。
「見て下さい、ここ」
骨が折れているので、簡単に横を向く。頚元の裏、後頭下部の薄い体毛を逆なですると、何かの印らしき物が見えた。
「判りますか? 紋章の焼き印が」
「ああ、確かに」ユーマとジィクが覗き込む。
「うーむ・・・」タフグスが唸ったきり黙り込んだ。
「城門城塔のクレスト(紋章)です。言わずもがな、ビガー家御料の印です」
オオカミ獣人は頚元の筋肉が殆ど削ぎ落ちていて、焼き印を確認できる状態ではなかった。
「メルツェーデス皇女殿下に続いて、テスタロッサ女史もか・・・」
タフグスがピアッツァを見遣る。ピアッツァはただ頷くだけだった。
「モンテフィアスコーネの方さまが動いているのは、間違いないようだ」タフグスが苦虫を噛み潰したような表情を見せた。「だが厄介なことに1時間ほど前、首都サンジェルスには威力被脅危機事態が発布された。グレースウィラー城の衙衛隊本営も、実質的には城外への行動を制限されている状態だ」
「いきなりですね。理由は何です? 発布の」
「今朝の御料宙船に対する、実力行使行動だ。ウェーデン閣下は、自由の未来派による実質的な内乱誘発素因と断定し、軍に掃討行動を命じたようだ」
「何? その威力なんとか事態って」
お互い困惑顔のタフグスとピアッツァに、ユーマが口を挟む。
「太政府首臣が発する準戒厳令です」ピアッツァが不機嫌そうに言った。「本来の戒厳令は、形式的にしろ国議院の採択が必要なのに対して、威力被脅危機事態令は行政が単独で発布できるのです」
「実力行使行動って、あたしたちがフェリー(回航)したラ・ボエムへの襲撃の事ね」
「おそらく」
見向くユーマに、タフグス副督帥が小さく2度3度と頷いた。
「それで、その城門城塔のクレスト(紋章)の主、モンテフィアスコーネの方さまとやらとウェーデン閣下、どう言う関係なの? さっきはリサの話で聞きそびれちゃって」
「モンテフィアスコーネの方さま──ヘアルヒュイド・ベルタ・ウェーデンさまは、現太政府首臣オロフ・バルブロ・ウェーデン卿の実の姉君なのです」
「おやま・・・」
ピアッツァの鬱然とした言い草に応えるように、ユーマも肩を窄めて見せた。
「ウェーデン家はビガー家の近傍の家系でして、現クアトロポルテ朝の前がそのビガー朝なのです」
タフグスも重苦しそうに言った。
「あー、リサも何かそんな風な事を言ってたな」ジィクが下唇を突き出した。「それじゃ、メルツェーデス姫とオロフって野郎との婚儀は、一種の政略結婚って訳か?」
「それは私の口からはなんとも・・・」
「ただヘアルヒュイドさまは、どうもビガーによる皇権治世にご執着のようで、クアトロポルテ家には良い感情をお持ちでないのは確かです」
言葉を濁すタフグスにピアッツァが差し出口を利くと、タフグスが、滅多な事を言うな、とばかりに顎を引いて眉を顰める。
「ははあ、平たく言えばクアトロポルテ一族が邪魔なんだな」
したり顔のジィクに、ピアッツァは上司からの無言の箝口にもお構いなしに、言を継ぐ。
「メルツェーデス皇女殿下との婚儀も、モンテフィアスコーネの方さまのご発議とか」
そこまで言うか、と俯き加減のグスタフが、無言で額を擦った。
「兄君シン皇子がご不在の今、メルツェーデス姫とご成婚あそばせば、現皇フロースガール陛下の後世は、実質ビガー朝の復興です」
「それなのに姉のヘアルヒュイドとか言う女傑が、何でメルツェーデス姫を拉致しなきゃならないんだ? 婚約はしてるし、挙式のスケジュールも問題なく進んでるんだろ? このまま放っておいたって、自分の弟の花嫁になることは確実なのに──」
とそこまで言って、ジィクの言葉が止まった。ジィクがゆっくりとユーマを見る。
「そうよ、きっと」ユーマが大仰に頷く。「恐れているのよ、シン皇子が生きている事を」
「兄シン皇子のことで、俺たちに会うとオロフに知れたら妨害されるのは必定、と姫も分かっていたから、機警隊の目を誤魔化したんだ、リサを身代わりにして」
そうだろう、と言わんばかりにジィクがピアッツァに目を向けた。
「ち、ちょっと待って下さい・・・!」
さすがにピアッツァも慌てて、2人のドラグゥンを見渡した。
「あなた方まで、シン皇子殿下の生存説を持ち出されるのですか・・・!」
「あの時のことを知っているのは、あたしたちグリフィンウッドマック」ユーマは確信したように言い切った。「──いえ、今となってはネルガレーテだけかも知れないけど、ともかくメルツェーデス姫は、あたしたちに会いに行こうとして、そして拉致された」
「ヘアルヒュイドが妨害したのか。会わせまいとして」
「・・・・・・」
ドラグゥン2人の会話を、ピアッツァは、まさか、と言う面持ちで聞いていた。
「良い線を突いてると思うわ、ジィク」そしてユーマが、ピアッツァに鋭く問うた。「──もしあたしたちから、シン皇子が生きているって知らされたら、メルツェーデス姫はどうする?」
束の間、逡巡するように言い淀んだピアッツァが、ちらりとタフグスと目を合わせ、それから徐ら口を開いた。
「──皇女殿下の事です。何が何でも、シン皇子殿下の無事のご帰還を図られる筈」
「オロフとの婚儀は?」
「正直に申せば、余り乗り気ではあられませんので・・・」
苦しそうに言葉尻を濁したピアッツァが、傍らの衙衛隊副督帥を見遣った。
「嫌っているんでしょう? オロフとか言う男を」
「これは極度に政治的な側面もありますし、我々では何とも・・・」
無遠慮に切り込んで来るユーマに、タフグスが至極形式的なポジショントークで返す。
「じゃあ仮に、メルツェーデスが三行半を突き付けたら? 強引にでも破棄したら? それが可能になったら、どう?」
しかしユーマはそんな誤魔化しに与せず、ズバズバ辛辣で直截な言葉をぶつけ返す。
「そんな、仮にでも、迂闊な事を言えない質問をしないで下さい。意地の悪い」
ピアッツァはそう言うのが精一杯で、今にも泣き出しそうだ。
「そうなれば、ビガー朝復興の夢とやらも、まあ潰えるだろうな」
横からジィクが、結論はこうだろ、とずばりと言い放つ。
衙衛隊副督帥も監佐も、二の句が継げず押し黙る。
「そんな事態を避けるための、ブラックショルダーとか言う手合じゃないの?」
「──しかし肝心の、シン皇子殿下は? 本当にご健在であらせられるのですか? それがはっきりしない事には、噂話に毛の生えた程度の憶測ですぞ」
少しばかり気を取り直したタフグスが、半ば食って掛かるように言った。
「それは・・・」ネルガレーテとの会話が頭をよぎったユーマは、言葉を濁らせた。「それはあたしたちにも分からないの、今のところ」
「それにもう1つ、疑問がありますぞ」ここぞとばかりに、タフグスは声を張り上げた。「何故ここが襲われたのです? ここにシン皇子殿下はおられませんぞ」
確かにその通りだった。
うーむと腕を組み、ドラグゥンが押し黙った矢庭、庭先の方が急に騒がしくなった。
3人の衙衛官に囲まれて、馬丁が馬を引き、2匹の大きな犬を連れて姿を見せた。
2匹の犬は、間違いなくローレルとパルサーだった。可哀想に全身擦り傷だらけで、頭を下げて垂らした尻尾を弱々しく振る姿は、文字通り負け犬のようだった。
「その男は?」
ピアッツァが訝りながら問うた。
「は、この先の馬場の馬丁なのですが、テスタロッサ女御官らしき人を見かけたらしいのです」
「何だと!」
タフグスが声を上げ、ピアッツァと顔を見合わせる。馬丁は馬丁で、説明した衙衛官に食って掛かった。
「らしき人じゃねぇって。あれは間違いなく、テスタロッサさまだって。それに俺の名前はハンターだ」
「ねえ、ハンター」ユーマが優しい口調で訊いた。「そのとき若いテラン(地球人)の男性と一緒じゃなかった?」
「はあ、確かに一緒に、このシルヴァー・ブレイズで、どちらかへ行かれたようですが、こいつ空馬で帰って来よりましたんで」
ハンターは見事な体躯の鹿毛の馬の、白い流星斑が印象的な鼻面を撫でた。
「思った通り、リサと一緒だったんだわ、アディ」
「それで結構遠くまで逃げおおせたんだな」
ジィクがユーマに頷いた。
「やはり、さっき見かけたリフター(垂直離着陸機)よ。どこかで捕まったのね」
「それでこの犬は?」
ジィクは血塗れの犬の前に腰を落とし、黒真珠のような短毛のローレルと白黒のスポット柄のパルサーを交互に見やる。
「そうそう、あんなバケモノ見たことねぇですよ・・・!」
身振り手振りも大仰に、ハンターが興奮したように声を荒げた。
「顔がこうトラのようで、体が人間で、あやうくションベン漏るとこでごぜぇやした」
「トラ獣人ですよ。やはり来てたのか・・・」
ピアッツァが厳しい顔付きで呟くように言った。
「そのバケモノ相手に、ローレルとパルサーもやられちまって、酷ンでぇことに、薔薇の垣根に放り込まれちまいまして、見ての通りの有り様でさあ」
「そうか、お前ら勇敢に戦ったんだな」
撫でてやろうと、ジィクが気軽に手を出した。痛々しい程に満身創痍にも拘わらず、2頭の犬は闘争心だけは僅かに残っているのか、噛み付きはしなかったものの、歯を剥いてグルルルルと低い唸り声を上げた。思わずジィクが手を引っ込め、口をヘの字に曲げて首を竦めてユーマを見やった。
「はああ、さてはオオカミ男を撃退してくれたのは、あなたたちね」
ユーマも腰を落とすと、2頭の犬を交互に見た。
パルサーがくぐもるように鼻を鳴らし、ローレルは撫でてくれと言わんばかりに頭を下げて、2匹がユーマの匂いを嗅ぐ。ジィクが、何でお前だけ、と不満そうな表情をした。
アルケラオスの空はすっかり日が暮れて、夜の帳が降りていた。
ユーマは気怠そうに、通信機でネルガレーテを呼び出した。
ライノ(犀獣人)の遺骸発見の報告が入ってきたのは、それから1時間後だった。アディとリサの姿はどこにも見当たらなかった。
★Act.4 獣人奇襲、そして落日・4/次Act.5 囚われたドラグゥン・1
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




