↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/79

Act.4 獣人奇襲、そして落日・4

振るう剣が、ライノの堅い角質の皮膚に跳ね返される。その衝撃に手が痺れ、アディの手から剣が落ちた。レオのモーターサイクルがシルヴァー・ブレイズの脇を駆け抜けて、追撃のために派手なブレーキターンをする。


ザザザザッと、小径(こみち)の加工土(アンツーカ)を後輪が掻く大きな音が立ち、遠くからはバタバタと空気を叩くプロップ・リフター(垂直離着陸回転翼機)の音も響いてくる。騒然とする辺りの雰囲気に、2人を振り飛ばしたシルヴァー・ブレイズが、耳を後に倒して神経を尖らせ、怯えた嘶(いなな)きを上げた。


利かない左足を引き摺って、ライノの太い右腕がアディの体を薙ぎ払う。アディは5メートルも吹っ飛んで、背中から叩き付けられた。腕から肩にかけて痺れが治まらないアディの手には、力がまるで篭らない。


轢かれた死体を摘むように、ライノがアディの胸倉を掴み上げる。2.5メートルを超える巨躯に、アディの体が宙に浮いたその刹那。


興奮しきりに跳ね回るシルヴァー・ブレイズが、ライノの頭部を背後から蹴り飛ばした。バコッと鈍い大きな音がして、サイ獣人の角が生えた頭部が歪む。


鼻と耳から血を流し、ライノが地響きを立てて崩れ落ちた。


それでもアディに、のんびり構えている余裕はない。怯えるシルヴァー・ブレイズの興奮は収まらず、今度はアディを蹴り上げようとしていた。


「アディ・・・!」

蹴られる、とリサが思わず目を瞑(つぶ)る。


アディは慌てて頭を抱えて地を転がり、シルヴァー・ブレイズの下を潜って逃げ跳んだ。そして再びモーターサイクルを駆るレオが、今度は垣根脇で立ち尽くすリサに狙いを定めた。


向かって来るレオのモーターサイクルに気付いたリサが、咄嗟に駆け出す。


逃げるリサを捕まえようと、迫るレオが腕を伸ばした。振り返るリサが身を捩らせ、レオの腕が空を掴んで掠(かす)め過ぎる。だがバランスを崩したリサは足を挫(くじ)いてしまい、薔薇の垣根に倒れ込んだ。棘の痛みに、思わずリサが悲鳴を上げる。


派手な音で地面を滑らせ、レオが車体をターンさせた。


リサは棘に服を搦め捕られていて、身動きできない状態に陥っていた。スカートが裂ける音がして、もがく体が擦り傷だらけになる。


「リサッ!」


リサの元へ駆け出そうとするアディに、興奮したシルヴァー・ブレイズが後肢立ちに威嚇する。アディが手放した剣を何度も踏み付け、近づくもの全てに敵意を見せる。プロップ・リフター(垂直離着陸回転翼機)の爆音が、風に乗って一際大きく轟き届くと、シルヴァー・ブレイズがいきなり立ち上がって嘶(いなな)いて、もと来た道へ跳駆した。


加工土(アンツーカ)に塗(まみ)れた剣の柄に、アディが飛び付いた刹那。


気配を感じたアディが、剣を握って横に跳ね退く。と同時に半身を起こして、切っ先を突き出した。目の前には、半身を返しながらスウェイ・バック(上体反らし)で躱(かわ)すタイガーの姿があった。


反撃の隙を与えず、アディが跳ね起きながらタイガー目掛けて、袈裟懸けに剣を振るう。だがタイガーの方が半秒早かった。


振り降ろすアディの斬撃に、タイガーが踏み込む右足を軸に半回転。肩越しに剣を躱(かわ)し、連動するように振り上げたタイガーの、左足がアディの頭部目掛けて繰り出される。


タイガーの後回し蹴りに、アディが咄嗟に膝を折る。


崩れ落ちる体勢で、タイガーの初撃を辛うじて躱(かわ)したものの、次の一撃には対応できない。右からの横蹴りを、アディは左脇腹に喰らった。


「アディ・・・!」


タイガー越しにアディを案ずるリサが、口を真一文字に結び小さく首を振った。そのリサ自身も薔薇垣根の棘に身を取られたまま追い詰められて、レオに銃を突き付けられていた。


地に伏すアディが、それでもリサを助けようと剣に手を伸ばす。


その剣身を、タイガーの厳ついブーツが踏み付ける。見上げるアディの目と、冷たく見下ろすタイガーの目が合った刹那、アディの胸元にタイガーの非情な蹴りが突き刺さった。


仰向けに吹っ飛ぶアディの耳朶を、リサの悲痛な叫ぶ声が打つ。そして背中から地面に叩き付けられた瞬間、目の前が真っ暗になる感覚を伴ってアディは気絶した。


少し離れた噴水広場に、プロップ(回転翅)音を轟かせ、スカイブルーとダークグレイの迷彩塗装を施された中型のリフター(垂直離着陸機)が降下する。


着地の邪魔になる噴水と、ピンクの薔薇が咲き誇るバーゴラ(陰棚廊)を、手荒に機戴機関砲で破砕すると、舞い上がる粉塵を掻き混ぜるように、リフター(垂直離着陸機)が着地した。


トラ獣人がナイフを使って、リサに絡まる薔薇の棘を丁寧に外してくれた。その間に、気を失っているアディがライオン獣人に担がれて、リフター(垂直離着陸機)の方へと運ばれていた。自由の身になったリサはタイガーを一瞥すると、急いでアディの後に付き添った。


散らされた薔薇の花びらが、獣人たちの泥靴で踏み躙られ、2人はリフター(垂直離着陸機)に乗せられた。貨物室の床に寝かされた土埃だらけのアディの顔を、リサがスカートの裾でそっと拭う。操縦席を垣間見て、リサは僅かにぎょっとした。


座っていたのは、鷲の獣人だった。鼻筋から上唇にかけて一体化した角質と、下顎と下唇が一体化した角質が、まるで嘴のようだった。顔表面は茶色の羽毛に覆われている。


轟音が一層大きくなって、プロップ(推進回転翅)の風圧が、周囲の美しく咲いた薔薇を再び暴力的に吹き散らす。2人を乗せた迷彩外装のリフター(垂直離着陸機)は、薔薇の花びらが乱舞する中、サイ獣人の亡き骸を回収しないまま、ローズブァド城から飛び立った。



  * * *



「やっぱりこっちも襲われたのね・・・」

中庭に足を踏み入れたユーマが呟く。


脱いだフィジカル・ガーメントのアッパー・トルソを脇に抱え、アンダーウエアの左身頃から抜き出した肩に、大きなドレッシング・シールが貼ってある。駆け付けた衙衛(がえい)隊の救急治療で、止血作用のある疑似体組織ジェルを塗り込まれ、3箇所をステープラー縫合された。深い刺傷だが傷口が単純なので、言わば軽傷だ。鈍(にび)色の肌に白のシールなので、意外に目立つ。


ロトスオーリの方は、足へのレーザー銃創と軽い擦り傷程度なので、命に別状はない。大事を取って城内の宮枢(きゅうすう)病院へ搬送された。


ユーマは眉間を寄せ、足元に転がるオオカミ獣人を見下ろした。アシスト・エクゾスケルトン(外骨格型補助装具)を着けたピアッツァが、異形の獣人の検分をしていた。


喉笛が完全に食い千切られ、頚椎が剥き出しになり、顔面も一部筋肉が削ぎ落ちている。上半身は裸身だったが、酷い裂傷に血塗れで、二の腕の筋肉も一部損壊している。唯一の着衣のカーゴパンツは、ビリビリに裂け破れていて原形を留めておらず、下肢も筋肉が裂けて酷い出血状態で、コンバットブーツの片方が失くなっていた。


「これ、アディが斃(たお)したんですかね・・・」

ピアッツァが、恐る恐る顔を上げてユーマを見上げる。


「まさか・・・!」ユーマが眉根を寄せた。「いくらアディでも、こんなに喰い付きはしないわよ。こいつ、明らかに何か強烈な牙を持った獣に噛み殺されてるわ」


「仲間割れ、ですか?」

「こんなに肉を引き裂いて、食い千切れるやつ、他にいる?」

「だとしたら、とんでもなく凶暴なやつらですね・・・」

ユーマの言葉に、ピアッツァは思わず身震いを覚えた。


「──アディ、応答しろ! アディ!」

ジィクがガゼボ(四阿)の陰から、通信機に怒鳴りながら姿を見せた。

「だめだ、2人とも、この近くにはいない」


首を振るジィクに、ユーマはピアッツァに声を掛けた。

「ピアッツァ監佐、この館周辺の捜索に、幾許(いくばく)かの人員を割いてもらえない? 多分リサも一緒だと思うの」


ユーマの言葉に頷くピアッツァが、手近な部下を呼ぼうと見渡したすと、ちょうど若い衙衛(がえい)官が早足でこちらに向かって来ていた。衙衛(がえい)官はピアッツァの元で一礼し、1言2言報告を入れる。それにピアッツァは頷いて指示を与え返すと、2人のドラグゥンに向き直った。


「どうやら、屋上のリフティング・デッキ(垂直離着床)に駐機していたロータークラフト(回転翼機)がやられたようです。テスタロッサ女史が乗って来た機材だと思われます」


「最初に聞こえた爆発音は、それだな」

ジィクが唸るような声の背後で、プロップ・リフター(垂直離着陸機)の微かな音が、風に乗って耳に届く。ユーマが耳を澄ませて、彼方を見やった。


茜の空に浮かぶ、黒い小さなものが上昇していた。沈む夕日に照らされて、明らかに航空機体の一部が、キラッキラッと反射する。距離にして3、4キロ、宙港や衙衛(がえい)隊駐屯基地とは反対の方角へ飛び去って行く。


「あのリフター(垂直離着陸機)ね、襲った連中」

深緑色の瞳を眇(すが)めて、ユーマが彼方の空を睨む。


「少し距離がありすぎないか? 2人が走って逃げたとしても」

ジィクも山吹色の瞳を凝らして言った。


「ピアッツァ、フィールドスコープ(双眼鏡)持ってない?」

ユーマの言葉に、ピアッツァが無言で首を振る。そのプロップ・リフター(垂直離着陸機)がじんわりと夕闇の中に消えて行く中、薔薇の垣根の陰から別の衙衛(がえい)官が姿を現し、ピアッツァの元へ息急き切って走り込んで来た。


「もう1体、獣人を発見しました。死亡していると思われます」


その報告に、ピアッツァと2人のドラグゥンが振り向いた。


同じ薔薇の垣根の奥から、ハンギング・ソフトストレッチャー(手上げ救助担架)に乗せられたバット(蝙蝠獣人)の遺骸が、4人の衙衛(がえい)官に担がれて運ばれて来た。身長200センチの獣人は、頭と足が担架からはみ出していた。その後ろからは、東宮衙衛(がえい)副督帥のタフグス卿が足早に従って来ていた。


コウモリ獣人が担架ごと、オオカミ獣人の脇に並べられた。バットはウルフとほぼ同じ背丈、両者ともポケットをリベットで補強した同じカーゴパンツに同じコンバットブーツを履くだけで、上半身は裸身だった。2体とも一目で判る筋肉質で、コウモリ獣人は焦げ茶の体毛が、オオカミ獣人は黒く長い体毛を纏っていた。


「それで、こいつら? あなたをシルヴァー船長にしたのは?」

仁王立ちのユーマが、獣人たちを睨(ねめ)下ろした。


「間違いないですね。私の相手はトラでしたけど」ピアッツァは2体の獣人を改めて見下ろす。「それに私はまだ、片足を失うところまでは行ってませんよ」


「そうなったら、フリントって名のオウムをプレゼントするわ」


ユーマの皮肉にピアッツァがニヤッと返すと、コウモリ獣人の頭を捻った。

「見て下さい、ここ」


骨が折れているので、簡単に横を向く。頚元の裏、後頭下部の薄い体毛を逆なですると、何かの印らしき物が見えた。

「判りますか? 紋章の焼き印が」


「ああ、確かに」ユーマとジィクが覗き込む。

「うーむ・・・」タフグスが唸ったきり黙り込んだ。


「城門城塔のクレスト(紋章)です。言わずもがな、ビガー家御料の印です」


オオカミ獣人は頚元の筋肉が殆ど削ぎ落ちていて、焼き印を確認できる状態ではなかった。


「メルツェーデス皇女殿下に続いて、テスタロッサ女史もか・・・」

タフグスがピアッツァを見遣る。ピアッツァはただ頷くだけだった。


「モンテフィアスコーネの方さまが動いているのは、間違いないようだ」タフグスが苦虫を噛み潰したような表情を見せた。「だが厄介なことに1時間ほど前、首都サンジェルスには威力被脅危機事態が発布された。グレースウィラー城の衙衛(がえい)隊本営も、実質的には城外への行動を制限されている状態だ」


「いきなりですね。理由は何です? 発布の」


「今朝の御料宙船に対する、実力行使行動だ。ウェーデン閣下は、自由の未来派による実質的な内乱誘発素因と断定し、軍に掃討行動を命じたようだ」


「何? その威力なんとか事態って」

お互い困惑顔のタフグスとピアッツァに、ユーマが口を挟む。


「太政府首臣が発する準戒厳令です」ピアッツァが不機嫌そうに言った。「本来の戒厳令は、形式的にしろ国議院の採択が必要なのに対して、威力被脅危機事態令は行政が単独で発布できるのです」


「実力行使行動って、あたしたちがフェリー(回航)したラ・ボエムへの襲撃の事ね」


「おそらく」

見向くユーマに、タフグス副督帥が小さく2度3度と頷いた。


「それで、その城門城塔のクレスト(紋章)の主、モンテフィアスコーネの方さまとやらとウェーデン閣下、どう言う関係なの? さっきはリサの話で聞きそびれちゃって」


「モンテフィアスコーネの方さま──ヘアルヒュイド・ベルタ・ウェーデンさまは、現太政府首臣オロフ・バルブロ・ウェーデン卿の実の姉君なのです」


「おやま・・・」

ピアッツァの鬱然とした言い草に応えるように、ユーマも肩を窄(すぼ)めて見せた。


「ウェーデン家はビガー家の近傍の家系でして、現クアトロポルテ朝の前がそのビガー朝なのです」

タフグスも重苦しそうに言った。


「あー、リサも何かそんな風な事を言ってたな」ジィクが下唇を突き出した。「それじゃ、メルツェーデス姫とオロフって野郎との婚儀は、一種の政略結婚って訳か?」


「それは私の口からはなんとも・・・」

「ただヘアルヒュイドさまは、どうもビガーによる皇権治世にご執着のようで、クアトロポルテ家には良い感情をお持ちでないのは確かです」


言葉を濁すタフグスにピアッツァが差し出口を利くと、タフグスが、滅多な事を言うな、とばかりに顎を引いて眉を顰(ひそ)める。


「ははあ、平たく言えばクアトロポルテ一族が邪魔なんだな」


したり顔のジィクに、ピアッツァは上司からの無言の箝口にもお構いなしに、言を継ぐ。

「メルツェーデス皇女殿下との婚儀も、モンテフィアスコーネの方さまのご発議とか」


そこまで言うか、と俯(うつむ)き加減のグスタフが、無言で額を擦った。


「兄君シン皇子がご不在の今、メルツェーデス姫とご成婚あそばせば、現皇フロースガール陛下の後世は、実質ビガー朝の復興です」


「それなのに姉のヘアルヒュイドとか言う女傑が、何でメルツェーデス姫を拉致しなきゃならないんだ? 婚約はしてるし、挙式のスケジュールも問題なく進んでるんだろ? このまま放っておいたって、自分の弟の花嫁になることは確実なのに──」


とそこまで言って、ジィクの言葉が止まった。ジィクがゆっくりとユーマを見る。


「そうよ、きっと」ユーマが大仰に頷く。「恐れているのよ、シン皇子が生きている事を」


「兄シン皇子のことで、俺たちに会うとオロフに知れたら妨害されるのは必定、と姫も分かっていたから、機警隊の目を誤魔化したんだ、リサを身代わりにして」


そうだろう、と言わんばかりにジィクがピアッツァに目を向けた。


「ち、ちょっと待って下さい・・・!」

さすがにピアッツァも慌てて、2人のドラグゥンを見渡した。

「あなた方まで、シン皇子殿下の生存説を持ち出されるのですか・・・!」


「あの時のことを知っているのは、あたしたちグリフィンウッドマック」ユーマは確信したように言い切った。「──いえ、今となってはネルガレーテだけかも知れないけど、ともかくメルツェーデス姫は、あたしたちに会いに行こうとして、そして拉致された」


「ヘアルヒュイドが妨害したのか。会わせまいとして」


「・・・・・・」

ドラグゥン2人の会話を、ピアッツァは、まさか、と言う面持ちで聞いていた。


「良い線を突いてると思うわ、ジィク」そしてユーマが、ピアッツァに鋭く問うた。「──もしあたしたちから、シン皇子が生きているって知らされたら、メルツェーデス姫はどうする?」


束の間、逡巡するように言い淀んだピアッツァが、ちらりとタフグスと目を合わせ、それから徐(やお)ら口を開いた。


「──皇女殿下の事です。何が何でも、シン皇子殿下の無事のご帰還を図られる筈」


「オロフとの婚儀は?」


「正直に申せば、余り乗り気ではあられませんので・・・」

苦しそうに言葉尻を濁したピアッツァが、傍らの衙衛(がえい)隊副督帥を見遣った。


「嫌っているんでしょう? オロフとか言う男を」


「これは極度に政治的な側面もありますし、我々では何とも・・・」

無遠慮に切り込んで来るユーマに、タフグスが至極形式的なポジショントークで返す。


「じゃあ仮に、メルツェーデスが三行半を突き付けたら? 強引にでも破棄したら? それが可能になったら、どう?」

しかしユーマはそんな誤魔化しに与せず、ズバズバ辛辣で直截な言葉をぶつけ返す。


「そんな、仮にでも、迂闊な事を言えない質問をしないで下さい。意地の悪い」

ピアッツァはそう言うのが精一杯で、今にも泣き出しそうだ。


「そうなれば、ビガー朝復興の夢とやらも、まあ潰(つい)えるだろうな」

横からジィクが、結論はこうだろ、とずばりと言い放つ。


衙衛(がえい)隊副督帥も監佐も、二の句が継げず押し黙る。


「そんな事態を避けるための、ブラックショルダーとか言う手合じゃないの?」


「──しかし肝心の、シン皇子殿下は? 本当にご健在であらせられるのですか? それがはっきりしない事には、噂話に毛の生えた程度の憶測ですぞ」

少しばかり気を取り直したタフグスが、半ば食って掛かるように言った。


「それは・・・」ネルガレーテとの会話が頭をよぎったユーマは、言葉を濁らせた。「それはあたしたちにも分からないの、今のところ」


「それにもう1つ、疑問がありますぞ」ここぞとばかりに、タフグスは声を張り上げた。「何故ここが襲われたのです? ここにシン皇子殿下はおられませんぞ」


確かにその通りだった。


うーむと腕を組み、ドラグゥンが押し黙った矢庭、庭先の方が急に騒がしくなった。


3人の衙衛(がえい)官に囲まれて、馬丁が馬を引き、2匹の大きな犬を連れて姿を見せた。


2匹の犬は、間違いなくローレルとパルサーだった。可哀想に全身擦り傷だらけで、頭を下げて垂らした尻尾を弱々しく振る姿は、文字通り負け犬のようだった。


「その男は?」

ピアッツァが訝(いぶか)りながら問うた。


「は、この先の馬場の馬丁なのですが、テスタロッサ女御官らしき人を見かけたらしいのです」


「何だと!」

タフグスが声を上げ、ピアッツァと顔を見合わせる。馬丁は馬丁で、説明した衙衛(がえい)官に食って掛かった。

「らしき人じゃねぇって。あれは間違いなく、テスタロッサさまだって。それに俺の名前はハンターだ」


「ねえ、ハンター」ユーマが優しい口調で訊いた。「そのとき若いテラン(地球人)の男性(おとこ)と一緒じゃなかった?」


「はあ、確かに一緒に、このシルヴァー・ブレイズで、どちらかへ行かれたようですが、こいつ空馬(からうま)で帰って来よりましたんで」

ハンターは見事な体躯の鹿毛の馬の、白い流星斑が印象的な鼻面を撫でた。


「思った通り、リサと一緒だったんだわ、アディ」

「それで結構遠くまで逃げおおせたんだな」

ジィクがユーマに頷いた。


「やはり、さっき見かけたリフター(垂直離着陸機)よ。どこかで捕まったのね」


「それでこの犬は?」

ジィクは血塗れの犬の前に腰を落とし、黒真珠のような短毛のローレルと白黒のスポット柄のパルサーを交互に見やる。


「そうそう、あんなバケモノ見たことねぇですよ・・・!」

身振り手振りも大仰に、ハンターが興奮したように声を荒げた。


「顔がこうトラのようで、体が人間で、あやうくションベン漏(ちび)るとこでごぜぇやした」


「トラ獣人ですよ。やはり来てたのか・・・」

ピアッツァが厳しい顔付きで呟くように言った。


「そのバケモノ相手に、ローレルとパルサーもやられちまって、酷ンでぇことに、薔薇の垣根に放り込まれちまいまして、見ての通りの有り様でさあ」


「そうか、お前ら勇敢に戦ったんだな」


撫でてやろうと、ジィクが気軽に手を出した。痛々しい程に満身創痍にも拘(かか)わらず、2頭の犬は闘争心だけは僅かに残っているのか、噛み付きはしなかったものの、歯を剥いてグルルルルと低い唸り声を上げた。思わずジィクが手を引っ込め、口をヘの字に曲げて首を竦(すく)めてユーマを見やった。


「はああ、さてはオオカミ男を撃退してくれたのは、あなたたちね」

ユーマも腰を落とすと、2頭の犬を交互に見た。


パルサーがくぐもるように鼻を鳴らし、ローレルは撫でてくれと言わんばかりに頭を下げて、2匹がユーマの匂いを嗅ぐ。ジィクが、何でお前だけ、と不満そうな表情をした。


アルケラオスの空はすっかり日が暮れて、夜の帳が降りていた。


ユーマは気怠そうに、通信機でネルガレーテを呼び出した。


ライノ(犀獣人)の遺骸発見の報告が入ってきたのは、それから1時間後だった。アディとリサの姿はどこにも見当たらなかった。





★Act.4 獣人奇襲、そして落日・4/次Act.5 囚われたドラグゥン・1

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。