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紅のドラグゥン・禁姫の想いは星の翼に  作者: サザン 初人(ういど)
21/78

Act.5 囚われたドラグゥン・1

「それは真実(まこと)か、ネルガレーテ?」

半ば腰を浮かせて、フロースガール皇が問い直した。


「残念ながら」ネルガレーテが厳しい表情を返した。「レディのお嬢さまも、どうやら」


「何としたこと・・・」当惑する老皇は、眉を(ひそ)めた。「それで、ヘアルヒュイドの手の者というのは本当なのか?」


「間違いないようです」

ネルガレーテはその柿色の瞳に顔を曇らせた。


「さきほどお話しました、メルツェーデス殿下への強引なエスコートの際、現れたのは(いと)も怪しき獣人まがいの(やから)なのですが、この度のローズブァド城でのリサ嬢への不埒な振る舞いも、其奴(そやつ)らの仕業と、襲われた東宮衙衛(がえい)の監佐が確認しております。それに(たお)した獣人どもには、ビガー家のクレスト(紋章)を(かたど)った焼き印のごとき刺青が付いていたとか」


「獣人・・・とな?」

「人とも獣ともつかぬ野卑な改造兵士ども、と聞いております」

「うーむ・・・」


「皇陛下・・・」

ジュリアが不安そうにフロースガールの顔を見た。


「──ネルガレーテ・・・」

唸ったきり(しばら)く口を利かなかった皇が、不意に声を上げた矢先。


サロンの戸口の方が急に騒々しくなった。


間髪を入れず隣り部屋に続く扉から、若い侍従が飛び込んで来た。


「皇陛下、ただいまウェーデン卿が参られたのですが、衙衛(がえい)隊の制止も聞かず私兵どもを引き連れたままこちらへ・・・!」


「ジュリア、ネルガレーテ・・・!」

フロースガール皇は立ち上がると、ジュリアに目配せをした。


それにジュリアが頷くと、ネルガレーテの手を取って、侍従が来た反対側の続き部屋への戸口に走る。ドアを少し開き、戸当たりのある縦枠上部に手を伸ばす。仕込まれたスイッチを上げると、扉脇の暖炉を模した装飾が半メートルほど横にずれ、奥にわずかな隙間を見せた。


「──そちらへ早く」

ジュリアがネルガレーテを追い立てる。ネルガレーテに続いてジュリアが身を滑り込ませると、暖炉が何事もなかったように元の位置に戻った。


ジュリアとネルガレーテが身を隠すのを見届けて、フロースガール皇が振り向くと同時に、サロンの扉が重々しく開いた。


「──無礼であろう、ウェーデン卿」


紺藍色(プルシアンブルー)の袖無しベルベット・ジャケットを着た背の高い男が、黒いショルダー・ガードが付いたカーキ色の制服に軍帽を被った部下を3名従えて、ずかずかと部屋の中に入り込んで来た。直接触れないように立ち塞がろうとする禁中宿侍が、その後から絡むように纏わり付いていた。


「これは皇陛下、晩餐も冷めぬ宵の一時(ひととき)をお邪魔いたしまして、誠に相済みませぬ」

オロフ・ウェーデンが皇の眼前に、気後れすることなく慇懃に対峙する。


フロースガール皇はオロフに一瞥をくれるとくるりと背を向け、()も何事も起こらなかったかのように、椅子に深々と腰を落とした。慌てふためく禁中宿侍が、取り繕うように襟を正し、皇の脇に侍した。


「ご来客でしたかな、陛下」

オロフは表情も変えず、フロア・テーブルに目を落とした。


「そなたに答える(いわ)れはなかろう」


「どうやら、賜餐(しさん)に値しない(やから)が、お出でになったようで」


オロフが侍従を睨み付け、出ていけとばかりに首を振る。侍従が退出するのを横目に、ぐるりとサロン内を見渡して、半開きになった続き部屋への戸口を凝視した。


「──ネズミはまんまと逃げおおせたようだ」

オロフは右脇の機警兵に命じた。


「出動している機甲警務隊に通告せい。グレースウィラー宮殿の警備を固め、入宮者は確実にチェックを入れるのだ。出て行く者は、宮内での身分証を確認しろ。それから動員できる陣容で宮殿内を探索させよ。逃げ出した破落戸(ごろつき)ドラグゥンを見つけ出せ」オロフは続けて、左の部下にも口早に指図した。「それと貴様は、サンジェルス宙港に展開している部隊に連絡を入れ、今日入国したドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の宇宙艦に1個小隊を派遣して、搭乗を封鎖するよう伝えるのだ」


部下たちが一礼してサロンを駆け出ていくのと入れ替わりに、2人の機警兵に追い立てられるようにして、上品なツィードのジャケットを着た初老の男が、大きな鞄を両手で抱えてサロンに入って来た。


「御足労さっそくですが、皇陛下はどうも具合が宜しくないようです」オロフは懐から親指ほどの小さな小瓶を取り出した。「これで診察していただけますかな、侍医長」


手渡された小瓶のラベルを見て、侍医長が眉を(ひそ)める。ラベルには、バルビツール酸タガニーゼ0.2%と記されていた。


「これは・・・!」


「陛下に、どうしてもお聞きしたい事がございましてな」オロフが歪んだ笑みを浮かべ、侍医長の顔を覗き込んだ。「その後は暫くの間、ご病気で(とこ)()せって頂く予定となっております」


「ウェーデン卿、何をしようとしているのか、あなたは解っておられるのか・・・!」


侍医長の咎めるような強い口調に、禁中宿侍が本能的に動いた。オロフに向かい、帯びているタルワール(短刀)の柄に手を掛けた瞬間。


オロフの長躯が風を巻いて歩み寄り、左腕が伸びたかと思うと、剣を抜こうとした宿侍の右手首を握り掴んだ。苦痛に顔を歪める宿侍の右手がぶるぶると震え、堪らず柄から手を離した刹那、オロフの右手が首根っこを掴み上げると、宿侍の体が宙吊りになった。


「ウェーデン卿・・・!」

さすがにフロースガール皇が、血相を変えて腰を上げる。


オロフが皇をちらりと見て、宿侍を突き飛ばした。


「その無礼な(やから)を摘み出せ。余計な痴れ者が入らぬよう、外を固めていろ」


顎をしゃくるオロフに、床の上で半ば気を失っている宿侍を、機警兵が2人して部屋の外へ引き摺り出した。


  * * *


皇に(おそ)れず対峙しているひょろ高い男が、オロフ・ウェーデンだと直ぐに解った。


ネルガレーテが息を潜め、隠し部屋から覗いていた。


隠し部屋と言っても奥行きは80センチほどで、ほとんど隙間としか言えない空間だ。サロン側から見て暖炉のレンガ目地に、覗き用のスリットが所々に切ってあり、意外と明かりが差し込んで来る。テーブルセットまでは距離があるので、会話までは聞こえない。


ネルガレーテは右ブーツに手を突っ込むと、レガース(脛当)裏側から小さなナイフを取り出した。非常用のブーツ・ナイフだが、身に付けている銃刀らしき物は今はこれくらいだ。


ただグリフィンウッドマックには、アルケラオスの皇をこの場で救ける義理はない。契約上は確かにクライアント(発注元)だが、アンダーテイキング(仕事)は宇宙船を一隻フェリー(回航)するだけで、厄介事に首を突っ込むオプションはない。


元来、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)と称する連中は、義憤に駆られて正義の味方面(づら)する俗輩とは程遠い。ギャランティー(契約報酬)で仕事を受けるとは言え、その意味ではドライで薄情かも知れない。


だがネルガレーテの身をわざわざ(かくま)ったからには、国皇に何らかの内意があったことは否めない。()もなければ、鼻摘みドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)を逃がす理由が、皇の方には見当たらない。


“──それもその御意が、事シン皇子に関してなのは、推して知るべし、だわ”


そう思い至るとネルガレーテにしてみれば、ここまで来て黙って座視している訳にも行かなかった。横ではジュリアが不安げな眼差しで、サロン内の成り行きをじっと見詰めている。


オロフがこちらに背を向け、皇の前に立ち塞がった。ツィード・ジャケットの初老の男が、その脇に膝突きで侍した。肝心のフロースガール皇の姿は、オロフの陰になって全く見えない。フロア・テーブルに載ったワイン・クーラーが邪魔で、何をやっているのかも定かではない。


ただフロースガール皇の悲鳴や抵抗する気配は感じられず、オロフもじっとしたままほとんど動かない。オロフ直属の部下らしい1人は、扉口方を向いて警戒している。脇の初老の男だけが、何やら皇に手を出したようだが、それとて暴力的な仕草ではなかった。


どのくらい時間が過ぎたのか、初老の男は国皇の方を凝視したまま動かなくなり、オロフが時折り腰に手を当てたり、腕を組んだりしている。どうやらオロフは国皇に何かを話し掛けているようだが、会話の声は全く耳に届いて来ない。


薄さ3ミリのブーツ・ナイフを右手に、覗き見しているだけのもどかしい時間が過ぎて行く。

そして唐突に、オロフが初老の男に声を掛けると、芝居がかった所作で踵を返し、室内にいた部下を引き連れ、大股でサロンを出ていった。


残されたフロースガール皇の姿が、ネルガレーテの目に入る。


椅子に深く身を預けている老皇は、目も虚ろにぐったりとしていて、少しばかり体が揺れている。酒に酔ったような状態で、さかんに口で息をしていた。初老の男は国皇の手首を取って脈を見て、瞳孔の具合を覗き込んだ。


その老皇の姿にジュリアが息を呑み、思わず飛び出しそうになるのを、ネルガレーテが慌てて止めた。ネルガレーテはジュリアに、落ち着いて、と仕草して隠し部屋の出入り口にあたる暖炉装飾を、すり抜けられる幅だけ開いた。ジュリアに、黙ってここに居るように、と身振りすると、ネルガレーテは壁裏からそっと抜け出した。


最初の数歩を抜き足差し足で、後は大股で一気に駆け込む。初老の男が振り向いた時には、その鼻先にナイフを突き出していた。


「動かないで」


いきなり現れた、どう見ても宮殿内従事者には見えないネルガレーテに、その男は目を丸くした。


「これはどう言うことかしら?」ネルガレーテがフロースガール皇を一瞥する。「国皇に何をしたの?」


「ネルガレーテ殿・・・!」抜け出して来たジュリアが、後ろから声を張り上げた。「その方は侍医長、皇室付きの主治医です」


「おお・・・テスタロッサ殿・・・!」

初老の男は、ほっとした顔付きで振り向いた。


「ニップル侍医長ともあろう方が、陛下の信頼を裏切る、このような真似を、よく出来たものです!」息急き切って走り寄ったジュリアは、侍医長をキッと睨むと国皇の足下に(ひざまず)き、老皇のその手を取った。「陛下・・・何とお痛ましいお姿・・・!」


「申し訳ない、テスタロッサ殿」ニップル侍医長はうな垂れ、力ない声を発した。「言い訳はいたしませぬ。仮にも陛下の御身の健康を預かる者として、恥ずべきことです」


「そんなことはどうでも良いわ」ネルガレーテはニップルの胸倉を手荒に掴み上げた。「陛下はどうなのよ!」


「バルビツール酸タガニーゼを、皮下注射で投与したのです」

「タガニーゼ? ひょっとして自白剤?」


「一般的にはそう解釈されているようだが、そんな便利な薬剤は存在しない。実際は向精神薬の一種で、脳活動を一時的に麻痺させることを主眼にした効能が、尋問に対して回答することに抵抗感を無くすことで、被験者が隠匿している情報を・・・」


ぐたぐた言い立てる侍医長に、癇癪を起こしたネルガレーテが、歯を剥き出しに睨み付けながら、首根っこをさらに締め上げる。


「──それで、陛下の容体は!」

「今のところ・・・切迫した状態には・・・陥って・・・おられません・・・3時間もすれば・・・大過なく恢復なさる・・・と思います・・・」


途切れ途切れに声を絞り出したニップルを、ネルガレーテは冷たく突き放した。


「ニップル侍医長、陛下からの大恩をお忘れとは、あまりにも情けない・・・!」

床にへたばり、小さく肩で息をするニップルに、ジュリアが難詰の声を上げる。


「単に脅かされただけなら、あくまで拒否したでしょう」白髪交じりの髪を乱したニップルが、苦渋の表情でジュリアを見る。「しかしそのバルビツール酸タガニーゼ、私が投与しなければ外の者にやらせると、ウェーデン卿に言われたので、むしろ陛下のご健康を預かる者として、他の者が陛下に手を触れるよりは、と思ったのです」


「勝手なことを」

ネルガレーテが吐き捨てるように言った。


「投与の量も、お体を案じてこっそり調整した。さもなくばウェーデン卿に、無茶な量を投与されかねなかったのだ」ニップルは両手を床に付き、国皇に深く(こうべ)を垂れた。「陛下・・・誠に申し訳ありませんでした・・・!」


「それで、オロフは何を訊いたの? 陛下の口から」


ネルガレーテの問いに侍医長はしばし言い淀み、(やお)ら重そうに口を開いた。


「シン殿下の・・・ことを・・・」


「それで? 陛下はお答えになったの?」

「ええ、シン皇子は・・・健在だ・・・そなたの命運は尽きた、と」

「それだけ?」

「ウェーデン卿がもう1度問われました──シン皇子はどこにいる、と」

「陛下はお答えになったの?」


「そうです・・・」

と侍医長が言いかけたとき、フロースガール皇が声を上げた。

「ネルガレーテ・・・」


「国皇陛下・・・!」

ネルガレーテが慌てて近寄り膝を折る。


「ネルガレーテ・・・」老皇は苦しそうに喘ぎ、嗄れた声を絞り出す。「改めて其方(そなた)たち・・・ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)に・・・依頼する・・・」


横目で、しかしはっきりとした目力で、国皇はネルガレーテを凝視した。


「シンとメルツェーデスを・・・守ってやって欲しい・・・オロフの・・・ビガーの非望から・・・救い出してくれぬか・・・ネルガレーテ・・・!」


「フロースガール皇・・・陛下・・・」


「オロフの思い通りに・・・事を・・・運ばせるな・・・」老皇が差し出す手が震えていた。「今上の皇統は・・・わがクアトロポルテに・・・シンとメルツェーデスの上に・・・」


「陛下、ご依頼しかと承りました」ネルガレーテが老皇の手を、両手でそっとだが力強く包み込む。「皇陛下の御前(おんまえ)に、必ず健勝なお姿でお2人をお連れいたします」


フロースガール皇はただ頷くと、疲れたようにゆっくりと目を(つぶ)った。


「それで、あんた──」

ネルガレーテは大きく息を吐き出すと、ニップルを睨み付けた。

「オロフは、国皇をどうするつもりだったの?」


「ウェーデン卿は、少し落ち着いたら外の者を呼んで、寝室へお運びするようにと」侍医長はうな垂れたまま、顔を伏せて言った。「後のことは私の責任にて、陛下には養生いただくように、と・・・」


「まだ陛下を閉じ込めておくつもりなの?」


「私の責任で、と言った筈だ・・・!」怒鳴り返す侍医長の声が震えていた。「命に代えて、陛下には健康を取り戻して頂く」


「ジュリア・・・」目を閉じたままの老皇の、消え入りそうな声だった。「余のことは・・・このニップルに・・・任せておけば・・・良い」


「しかし陛下」ジュリアが顔を曇らせる。


「長年、余の健康を・・・配してくれたニップルだ・・・いまさら余の命を・・・どうこうされたとしても・・・悔いはない・・・」老皇が薄目を開けて、彼方を仰ぐ。「それよりジュリア・・・」


ジュリアが老皇の傍に(にじ)り寄る。


「何としても2人の孫を・・・」横目でジュリアを見る老皇の目から、一粒落涙した。「ネルガレーテを連れ、この館から抜け出すのだ」


「お言葉、確かに給わりました」ジュリアは深々と頭を下げると、侍医長を顧みた。「──陛下に万が一の事があったら、その首その場で()ねて進ぜます」


怒気のこもった声音と鋭い眼差しに、さすがのネルガレーテも一瞬ぎょっとした。それでも侍医長は納得したように頷き、(まなじり)を決して口を開いた。


「テスタロッサ殿、サロンの外には監視に付いていますし、宮殿内にも既にオロフの機警隊がうろうろしています。ここから抜け出すのはなかなかの至難です」


「知っています、ニップル侍医長」ジュリアが硬い表情で頷き返した。「それにサンジェルス市内に、何やら長ったらしい名前の戒厳令が布告されている事も、です」


「──戒厳令?」

ジュリアの言葉に、思わずネルガレーテが眉根を寄せた。


「陛下からお伺いしました。国会も封鎖され、太政府もオロフの機警隊が警備を固めています。暴力左派への軍事的掃討作戦への備えだと、オロフは言い訳をしていたようですが、元より陛下は信じてはおられません」


「だとしたら、市中を移動するのが厄介な状況だわ」

ネルガレーテは、キュラソ人特有の下顎に生えた産毛を撫で回した。


「ネルガレーテ殿、これからどうなさるおつもりですか?」


「もちろん陛下からのご依頼を履行するだけです」


「では力添えを頂けるのですか!」

鰾膠(にべ)もなく言い切るネルガレーテに、ジュリアの顔がぱっと明るくなる。


「グリフィンウッドマックが、たった今、正式に請け負った仕事です」ネルガレーテは(てら)いなく、当たり前のように言った。「──リウォード(報酬)の相談をするのを忘れたのは、大きなミスですが」


「ご安心を・・・!」勇み立つジュリアが、2度3度と嬉しそうに頷く。「このテスタロッサ、如何様な結果になろうとも、ネルガレーテ殿のご援助を陛下に深くご報告し、必ずやご満足いただける報酬を取り計らいます」


「なら、ロマネ・コンティ・レーベル、グランクリュ、テラ歴45年でも頂こうかしら」

「45年物、ですか・・・?」


「冗談ですわ、ジュリアさん」素直に困惑顔を見せたジュリアに、ネルガレーテは茶目っ気たっぷりに微笑んだ。「いくら私でも、酒をクリーム(報酬)に請け負ったら、他の連中から袋叩きに遭いますもの」


ジュリアもくすりと笑みを漏らし、少し言い淀んでから口を開いた。


「──それと私事で心苦しいのですが・・・」


「判ってます、ジュリアさん」ネルガレーテが真剣な眼差しで、小さく頷く。「娘さんのリサ嬢、うちのアディと一緒に、無事に救け出して見せます」


「恩に着ます、ネルガレーテ殿」


「その“殿”はやめて下さいな、ジュリアさん。ネルガレーテで結構」

深々と頭を下げるジュリアに、ネルガレーテは大仰に手を振った。


「それでは、私への“さん”もお止しになって下さい」

「良いでしょう、ジュリア」

ネルガレーテとジュリアはお互い目を合わせると、破顔一笑した。


「まずは、ここから抜け出す算段を考えましょう」


「それならば大丈夫です」ジュリアが意気揚々と言った。「先程の隠し部屋から、抜け道が繋がっています」


「素晴らしい危機管理だわ、この宮殿」ネルガレーテが感服頻(しき)りに、ぱちぱちと手を(たた)いた。「それで抜け道はどこへ繋がっています?」


「少し歩かねばなりませんが、確か南西の附宮にある、衙衛(がえい)隊本営に通じている筈です」

「どのくらい掛かる?」

「3、40分ほどだと思います」

「良いわ、そこから宙港へ行って、アモンでローズブァド城へ」


ネルガレーテは先に、留守番しているビーチェに連絡を入れて、アモンごとグレースウィラー城へ飛んで来させて、ピックアップして貰おうか、とも考えた。だがそうすると、200メートル級の宇宙艦アモンを、首都のど真ん中に降下させる事になる上に、城内での着陸させるポイントを指定するのが厄介だ。さらにスクランブル(緊急迎撃発進)を掛けられて、戦闘機と言えど攻撃されたら、ベアトリーチェだけでは臨機に対応しきれない。


事が大袈裟になりすぎるのは、今の段階では避けておきたい──考えを巡らせるほど、オロフ・ウェーデンと言う太政府首臣は侮れない。下手に動くと足下を(すく)われて、手酷い竹篦(しっぺ)返しを喰らう。ただでさえドラグゥン・エトランジェ(傭われ宇宙艦乗り)と言うだけで、世間からは胡散臭がられるのだ。万が一にも奸計に嵌められて、印象操作でアルケラオス全土を敵に回すような汚名を着せられでもしたら、フロースガール皇からの依頼の完遂は絶望的になる。


同じ理由で、ローズブァド城のユーマたちに連絡する事を、今の時点では避けた。どの道、機材がリトラしかないユーマたちに、効果的な行動は起こせない。


“まずは機艦アモン、それからユーマたち”

何にせよ、アモンにある全ての装備が手元にないと、身動きすら(まま)ならない。


「──それでユーマたちと合流するわ」


ネルガレーテの言葉にジュリアは大きく頷くと、フロースガールの容体を看ている老侍医長を振り返った。


「──ニップル侍医長」実に威厳のあるジュリアの声だった。「念押しで尋ねます。陛下のお体は、本当に大丈夫なのですね?」


「このまま安静にしていただければ、後遺症も残りますまい」


「ならば侍医長」ジュリアが大きく息を吸い込んだ。「その命に賭けて、陛下を頼みます」


「元より、陛下を放っておく所存などありません」


「では行きましょう、ネルガレーテ」ジュリアが後顧の憂いなく声を上げる。


「ジュリア、あなたはフロースガール皇の側に残っていなくて良いの?」


「陛下が私に、あなたと一緒に隠れるように申し付けたのは、そういう含みがあっての事だと思います」


ネルガレーテは得心したように頷くと、ジュリアに促され再び暖炉装飾の裏に身を滑り込ませた。ジュリアが最後にもう一度、皇の様子に目を走らせる。ニップルが聴診器を皇に宛行(あてが)っているのを確認して、隠し部屋の扉をそっと閉じた。





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 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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