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紅のドラグゥン・禁姫の想いは星の翼に  作者: サザン 初人(ういど)
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Prologue メルツェーデス・2

“──斬られた・・・?”


あまりに一瞬過ぎて、斬られた感覚さえ薄い。しかも間一髪、振り向いていなければ、頚動脈をスッパリとヤラれていた。


曲げた膝をクッションに、体勢を崩すことなく着地したワシ獣人が、横目でピアッツァを睨み付けると、にやりと笑ったように見えた。ピアッツァが我に帰った刹那、踵を返したワシ獣人が、警護に当たっていた衙衛(がえい)官に体当たりするかのように跳躍した。


ぎゃあ、と言う悲鳴が一瞬で途切れ、ヒュウと口笛が鳴るような音がして、血飛沫が飛び散った。ゼンマイ仕掛けの玩具の人形が、何かに(つまず)いてこけるように、警護の衙衛(がえい)官がそのままの姿勢で倒れ込む。問答無用の凶行だった。


「マーカム・・・!」


咄嗟に駆け寄ったピアッツァが、崩れる衙衛(がえい)官の身体を地に着く寸前で抱き留める。マーカムは喉笛から鮮血がごぼごぼと泡を吹き、レーザー長銃を持つ手がぶるぶると震えている。


「監佐! 上です!」


グレンデルの叫び声に、ピアッツァが振り仰ぐ。その腕の中から、血塗れのレーザー銃を残して、マーカムの息絶えた身体が抜け落ちた。そして目前に迫る人影に、ピアッツァが再び驚愕する。


今度はトラ獣人だった。


黄色の体毛に焦げ茶のタイガー・ストライプ(虎柄の文様毛並み)、骨さえ砕き割りそうな咬牙と強靱そうな太い腕。カーゴパンツとブーツの(なり)はワシ獣人と同じだが、体躯はワシ獣人より二回り大きい。コンバット・ナイフを持った両手を胸前で交差させながら、屈伸した姿勢で宙から降って来るトラ男の、冷たいガラス玉のような眼と視線が交じる。


「この野郎・・・!」

雄叫びと同時にグレンデルのレーザーが火を吹く。


連射されるエネルギー弾が、2発3発とトラ獣人の巨躯を(かす)める。初弾は頭部を(かす)めたが、次射が脇腹に、さらに3射目が太腿にヒットする。被弾の衝撃で僅かに体制を崩されたトラ獣人が、それでもピアッツァの首元を狙って太い左腕が横に薙ぐように一閃する。


ピアッツァが咄嗟に転がるように前に跳ね飛ぶ。すれ違いざま、手にしていたマーカムの銃のバヨネット(銃剣)が、トラ獣人が払った左腕の外側を深く(えぐ)り斬る。


瞬間左手のナイフを手放してしまったトラ獣人が、着地すると同時に振り返りざま右手のナイフをグレンデルに投げつけた。トラ獣人のナイフを喰らったグレンデルが、腹を抱えて倒れ込む。


ピアッツァが片手を突いて顔を上げると、トラ男に襲われたパイロットが、タラップ(乗降斜梯)の下で血の海の中に(たお)れていた。後ろからざっくりと(えぐ)り斬られた首筋は恐らく頚椎まで叩き切られ、皮一枚で繋がっているような有り様だった。驚異的な跳躍力と素早い動きに、2人目3人目の犠牲者が出る。そして周囲で哨戒に就いていた衙衛(がえい)官2人が次々と、悲鳴を上げ首筋を斬られて、ワシ男の餌食になった。

トラ男もワシ男も、フライパスしたガラーモから降下したに違いない。どこの誰かは判らないが、少なくとも味方ではない。


「貴様・・・!」


血に塗れたマーカムの銃を構えようとするピアッツァに、その隙を与えまいとトラ獣人が跳躍する。ピアッツァがレーザー銃のトリガー(引金)に指を掛けたときには既に、トラ獣人は目と鼻の先だった。太い腕が構えるレーザーの銃身を抱え込み、崩れた姿勢のピアッツァの胸元目掛けて、トラ獣人の強烈な蹴りが炸裂していた。


驚異的なのは、その容貌だけではなかった。


ワシ男の上背は2メートルを優に超え、トラ男に至ってはさらに偉丈夫(いじょうふ)で、しかもその身体能力は人間のそれを遥かに凌駕している。10メートルの高さに加え、あの速度で飛翔する機体から何の補助装置も使わず、身体一つで平気に降下して来た。しかもレーザーを被弾したにも(かか)わらず、衝撃で体勢を崩されただけでものともせず、攻撃の手を全く緩めない。レーザーはエネルギー弾なので出血は少ないが、パルス効果で筋肉が痺れて激しい痛みを覚えるはずだ。


蹴り飛ばされたピアッツァが、3メートルは吹っ飛んで、桜の古木の太い幹に背中から叩き付けられる。瘤を作って盛り上がる桜の根元に、ピアッツァが呻きを上げて突っ伏し倒れる。そのぼやける視界の中、トラ獣人は奪い取った銃を投げ捨てて地を蹴り宙に跳んでいた。


辛うじて意識を保っているピアッツァが、四つに這いのままチュニックの下に隠し着けていたバックサイド(腰背差)・ホルスターのレイガン(光線拳銃)に手を伸ばす。だがピアッツァが銃を抜いたときには既に、残っていた最後の衙衛官が発砲する火線を(かわ)し、あっと言う間に彼の眼前に迫っていた。


「ブリマー!」


ピアッツァが叫んだ目前で、擦れ違いざまトラ獣人の長く太い腕が薙ぎられて、ブリマーの右首元から血飛沫が噴き上がる。今度はナイフではなく、その鋭く硬い爪が皮膚を引き裂くように掻き切った。

文字通り瞬く間だった。


しかも銃器も持たない身体能力だけで、居合わせた6人の部下全員を失った。


驚愕が畏怖と怒りに変わる。


フラつく身体を背後の桜の古木の太い幹に預け、ピアッツァが照準も(まま)まならないまま、レイガン(光線拳銃)のトリガー(引金)を引く。初射が右肩を(かす)めた刹那、トラ男が反射的に振り返り、猛然と牙を剥いてピアッツァに襲い掛かる。連射したうちの2、3発が命中した筈だが、トラ男の突進は(ひる)みもしなかった。為す術もなくピアッツァが、トラ男の太い右手で首根っこを掴まれて、そのまま吊るし上げられる。

獣人の短毛に覆われた太い指が、容易くピアッツァの首を巻き付くように締め上げる。2メートルを超えるトラ獣人に吊るされて、両足が地面を離れる。じわりと爪が食い込んで、息が詰まり始めたピアッツァが、()せる嗚咽を漏らす。気が遠くなりかけて、最期を覚悟した。


「お止しなさい・・・!」

凛とした叫び声が、殺戮の状景に(こだま)する。


「それ以上の蛮行は必要ないでしょう・・・!」

タラップ(乗降斜梯)の上に、気丈に立つ若い皇女の姿があった。


「・・・殿下・・・」

薄れ行く意識に薄れ行く視界で、ピアッツァがその声に反応する。


ピアッツァを吊るし上げたまま、トラ男が首だけを巡らせて振り返った。


「勝負はつきました。ピアッツァから手を放しなさい」メルツェーデスの珊瑚色の瞳がきりっと睨む。「目的は私でしょう。これ以上の抵抗のしようがありません。素直に従います」


トラ獣人は表情も変えず、ただじっと見返していた。


「ただし、この私を丁重に連れ去りたいなら、言うことを聞きなさい。どうせこの私を傷つけず、手荒な真似もせずに、連れて来いと命じられているのでしょう?」


この期に及んでも昂然(こうぜん)と胸を張るメルツェーデスは、充分すぎるほど気高かった。


「──なら、この場は、私の言葉の方に分があります。さあ、言うことを聞きなさい。ガラクト(銀河標準語)を、ルパス・ガラクト(狼座域標準語)は理解できるのでしょう?」


俘虜同然の身にありながら、哀訴も懇願も命乞いもしない若い禁姫は、見目の麗しさが逆に尊厳高さを感じさせ、相手を自然と平伏させる何かを確かに持っていた。生まれながらのブルーブラッド(貴き血筋)・プリンセス、それがまさしくメルツェーデスだった。


凛々しくも美しい皇女を、微動だに見詰めていたトラ獣人が、グルルともゴゴゴともつかぬ篭り声を発して、唐突に右手を開いた。ピアッツァの身体がどさりと音を立てて地に崩れ落ちる。トラ男は振り返りもせず踵を返した。


「殿・・・下・・・駄目で・・・す・・・」

激しい息遣いのピアッツァが上半身を起こし、ぜいぜいと喘ぎながら声を振り絞る。


「殿下に・・・指一本でも触れさせるか・・・ッ!」

背を向けているトラ男の大きな後ろ姿に、レイガン(光線拳銃)の銃口を向ける。


「──ピアッツァ・・・!」

メルツェーデスが声を上げるのと、ピアッツァがトリガー(引金)を絞るのが同時だった。


虎模様の体毛が覆う背中に、エネルギー弾が命中した。だがトラ男の動きは素早かった。命中した途端、くるりと身を返した獣人が、被弾をものともせず体毛の焦げる臭いを纏わせて、大股で跳ねるようにピアッツァに迫った。ピアッツァは2射目のトリガー(引金)を絞る間もなく、その右腕を捉まれ捩り上げられ、あっさりとレイガン(光線拳銃)を奪い取られて、後ろに突き飛ばされた。


「駄目、撃っては駄目よ・・・!」

そう大声を張り上げるメルツェーデスが、思わず1段、2段とタラップ(乗降斜梯)を降りた矢庭、トラ獣人が躊躇なく太い指でトリガー(引金)を絞った。うっと呻きを上げて、ピアッツァが黒く焦げた右腿を押さえて(うずくま)る。


「ピアッツァ・・・!」

声を上げるメルツェーデスに、どこからともなく風を巻いて、コンバットナイフを持ったワシ獣人が駆け込んで来た。ピアッツァへの留めに喉笛を掻こうと、ナイフを握る右腕を後ろに引く。思わずメルツェーデスも顔を背けた矢先。


くるりと半身を翻したトラ獣人の、伸ばした長い左手が擦れ違いざまのワシ獣人の右肩を、後ろからがっちりと引き掴む。ワシ獣人の刃が、ピアッツァの30センチ手前で止まった。ワシ獣人がガラス玉のような目玉でトラ獣人を睨み返したが、トラ獣人は一瞥しただけで手を放すと踵を返し、ピアッツァから奪い取ったレイガン(光線拳銃)を放り投げると歩き出した。ワシ獣人の方も止められて特に逆らうわけでもなく、冷徹な害意を無表情に納めると何事もなかったように、トラ獣人の後に従った。


「──皇女殿下・・・! 駄目です・・・!」


歯を食い縛り、被弾の痺れを(こら)え、それでもピアッツァは銃を拾おうと這い寄る。どこまでも諦めないピアッツァに、口を真一文字に結んだメルツェーデスが小さく首を振った。


「ピアッツァ、貴方(あなた)も分かるでしょう。貴方(あなた)が今ここで落命しても、私のこの状況は変わりません。ならば貴方(あなた)がここで死ぬことこそ、犬死に同然」


「結構です、姫さま・・・!」ピアッツァがメルツェーデスを真っ直ぐ見返す。「犬死にだろうと、殿下がみすみす連れ去られるのを、己が命惜しさに黙って見過ごすなど、東宮衙衛(がえい)の風上に置けぬ面汚し。ここで見事に散って見せます・・・!」


「馬鹿なことを。貴方(あなた)は、衙衛に命を賭すと誓ったのでしょう? 貴方(あなた)が先に命を落とさば、私の命が助かるならそれも良いかも知れません。けれども兄上のご帰還がまだない今、どんな状況であろうと私が命脈を繋いでいるかぎり、ピアッツァ、東宮衙衛(がえい)貴方(あなた)が守ってくれなくてどうするのです?」


「姫さま・・・!」

血気に(はや)るピアッツァが、(たしな)められて顔をくしゃくしゃに歪ませた。


「今生の別れでもあるまいに。べそっ掻きね、ピアッツァは」メルツェーデスが、苦笑すら浮かべて言った。「口惜しいですが、少しばかり無理強いを強いられるだけです。まずその怪我を手当てし、ここで散った勇敢な武官(もののふ)たちへの手厚い弔いを頼みます」


「メルツェーデス殿下・・・!」


「事の一部始終は、リサに直接ピアッツァの口から伝えなさい。後の対処はリサに任せます」


メルツェーデスがそこまで口にして、その視界を遮るようにタラップ(乗降斜梯)の袂に、トラ獣人とワシ獣人が凝然と立ちはだかった。


後ろのリフター(垂直離着陸機)に乗れ──この無言の威圧に、メルツェーデスは溜め息一つ小さな肩を(すぼ)め、その場で踵を返すとタラップ(乗降斜梯)を機内へと逆戻りする。そのすぐ背後に、巨躯の獣人たちが寡黙に付き従った。


メルツェーデスの姿が機内に消えた瞬間、ピアッツァが反射的に駆け出そうとした。と同時にワジ獣人が振り向きざま、動くなとばかりに手にしていたコンバット・ナイフを投げた。ピアッツァの右耳を(かす)めたナイフに、さすがのピアッツァも一瞬怯(ひる)む。背後の桜の古木の幹にコンッと斧を打ち込んだような音がして、ナイフが突き刺さる。ピアッツァがリフター(垂直離着陸機)の方を振り返った矢先、ワシ獣人の後ろ姿が機内に消えた。それで主君の姫君に一歩でも近づこうと、右足を引き摺り追い(すが)るピアッツァの眼前で、リフター(垂直離着陸機)のタラップ(乗降斜梯)が閉じ上がり始めた。


「監佐・・・! イーズス監佐!」


どこからともなく声が聞こえ、ピアッツァが辺りを見回す。地べたに突っ伏していたグレンデルが、這うようにして体を起こしていた。


「おおグレンデル、無事だったか・・・!」ピアッツァがグレンデルの元へ、足を引き摺り寄った。「怪我をしているのではないのか?」


グレンデルはトラ男が投じたコンバット・ナイフを腹に喰らったはずで、とても軽傷で済むとは思えない。


「当たった衝撃で肋骨が折れたみたいです」

苦痛に顔を歪めるグレンデルが、左脇腹を抱え込みながら膝立ちで半身を起こした。


「メイル・アーマー(網帷子)を着用していたか」


「それより監佐の方が・・・」

擦るように斬られた顔面に出血を滴らせ、ニッカーズも黒く焦げた上官を、グレンデルが心配そうに眉を(ひそ)める。


「自分のレイガン(光線拳銃)で撃たれるとは、よい恥さらしだ」


「それで殿下は?」


「あの中だ」


焼け付く痛みを(こら)え悔しさに歯噛みしながら、ピアッツァが顔を向けた矢庭、自分たちが同乗して主君の姫をエスコートする筈だったブラック・ドルフィンの、ティルト・プロップ(可変向推進回転翅)が風切り音を立てて始動し始めた。強烈なダウンウオッシュが巻き起こり、烈風にピアッツァとグレンデルが顔を背ける。桜の古木の枝がびゅんびゅんと揺れ、風圧に耐えきれなかった葉が千切れて舞い散り踊る。


「メルツェーデス殿下・・・!」


飛ばされそうになるのを、中腰で必死に(こら)えるピアッツァとグレンデルを、プロップ(回転翅)の稼働音が一層大きく轟いて、ブラック・ドルフィンのランディング・ギア(着陸脚)が地面から離れる。黒い機体は10メートルほど離昇して、ゆっくり回頭したかと思ったら、機首の5連装レーザー・ガンポッドがいきなり火を噴いた。


ワンボックス・トラックの外鈑など紙切れ同然で、レーザー銃とは比べようもない高エネルギー弾が雨霰(あめあられ)と叩き込まれて、3秒と経たずに穴だらけの単なる屑鉄になった。


衙衛(がえい)官2人が茫然と見送る中、ブラック・ドルフィンはすうっと高度を上げたかと思うと、フレームナセル(縁枠筐体)型のティルト・プロップ(可変向推進回転翅)を水平に変えながらジョド川沿いを下流方向へ、ジョーデヴリン村の澄み渡る蒼空の中へ小さくなって行く。スカイブルーとダークグレイの迷彩塗装のガラーモ機が何処からともなく再び現れて、メルツェーデスを乗せたブラック・ドルフィンの後を追うように飛び抜けて行った。





★Prologue メルツェーデス・2/次Act.1 花嫁救出・1

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト


ご通読いただきありがとうございます。

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ブックマーク、ご評価をお願いします。

皆さまのご声援で、作者の執筆モチベーションも上がります。


次章 Act.1 花嫁救出 


主人公たち登場します。引き続きご愛読をお願い致します。

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