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紅のドラグゥン・禁姫の想いは星の翼に  作者: サザン 初人(ういど)
13/78

Act.3 追憶の皇子・1

食事を終えた口直しに、バローロファレット・レーベルのグラスを掴み上げた時だった。


ネルガレーテのアッパートルソ右カフ(袖口)の通信機が着信を告げた。


「ネルガレーテ、そっちの方はどう?」

気怠そうにイヤフォン(聴声器)を耳奥に突っ込むと、ユーマの声が飛び込んで来た。


「ちょっと足止めを食ってるの」

面白くもなさそうに、ネルガレーテがワイングラスを振って答えた。


「何かトラブル?」


「あ、そうじゃないの。国皇への報告に関しては無事終了」

ネルガレーテは取り繕うように言った。実際はこれから嵐が吹き荒れようとしている。


「なら何よ? この後の操船チュートリアル(集中教導)・プログラムの方なの?」

んー、と唸ってから一瞬間を置いて、ネルガレーテが言った。


「今は込み入ってて、この通話では話せないの。アディもジィクも一緒よね?」


ローズブァドから1000キロ、時差がプラス1時間、窓から眺めるサンジェルスは、徐々に日が傾き始めていた。


「勿論よ。それよりネルガレーテの方は大丈夫なの? 明後日(あさって)以降のチュートリアル(集中教導)とドリル(実地演習)」


「ん・・・悪いけど私抜きで進めて頂戴。問題ないでしょ?」


「ネルガレーテ・・・!」どことなく気が抜けたネルガレーテの返事に、案の定ユーマが怪しんだ。「あなたまさか、そっちの宮殿で飲めや歌えの大宴会を、独り占めしようって腹じゃないわよね?」


このユーマの突っ込みは、それとなく様子を窺うためのものだと、ネルガレーテは気が付いた。


「いくら蠎蛇(うわばみ)だからって、そんな姑息な真似はしないわよ」


「自分で言う? 蠎蛇(うわばみ)って」

だからネルガレーテも素直に返し、ユーマもそれに素直に応じた。


「悪いわね、ユーマ。後でちゃんと説明するから」


いつものように、軽口を叩く気力が出ない。いずれ再びフロースガール皇からお呼びが掛かり、あの問い詰めに正面から応じなければならないと考えると、どうしても気は重い。


「良いわよ、ネルガレーテがそう言うなら。気にしないで」

ユーマの声音が、唐突に優しくなった。


やはりユーマだ。言葉のニュアンスと声のトーンから、ネルガレーテが厄介事を抱え込んでいることを、ちゃんと察知している。


「──あたしたちの助けが要る?」


「うーん・・・今はまだ、そこまで深刻じゃないわ、ありがとう」


この分別ある阿吽(あうん)の呼吸が、ネルガレーテにはたまらなく嬉しかった。同じ(ふね)に乗って、一緒に命を張っていても、必要以上に詮索して来ない。取るべき距離を(わきま)えている。


「それとジィク、聞いているなら、くれぐれも羽目を外しちゃダメよ」


だからこそ此処で、いつもと変わらず、何とか突っ込みの一言をネルガレーテは返せるのだ。通信機の向こうでは、ユーマとジィクの目が合って、ジィクが口をヘの字に曲げて肩を(すぼ)めている雰囲気を、ありありと感じる。


「──それよりネルガレーテ」少し気を取り戻したユーマが、改まった調子で言った。「念のために聞くけど、そっちで会った? メルツェーデス皇女殿下と」


意外な質問に、ネルガレーテは虚を突かれた。


「──メルツェーデス殿下って・・・?」

一瞬間が空いて、ネルガレーテが聞き返した。


「その口調じゃ、やっぱり会っていないようね」嘆息にも似たユーマの声だった。「実はね、こっちでもちょっと込み入った事態が発生しちゃってね・・・」


その思わせ振りなユーマの言葉に、ネルガレーテは思わずイヤフォン(聴声器)から届くユーマの話に耳を傾けた。


ユーマは、川で花嫁衣裳を纏った娘を助け出した件から、説明し始めた。


「──それで、その()の名前はリサ・テスタロッサ、この国の皇女メルツェーデスの侍従女御官、しかも皇女と同い年のご学友」


「リサ・・・?」

少し勿体付けたユーマの言い草に、ネルガレーテが(いぶか)しがった。


「聞き覚え、ない?」

ユーマが探り当てるような口調で言った刹那。


「あ・・・!」ネルガレーテの脳裏に記憶が蘇る。「ひょっとして・・・!」


「そう。あたしたちが関わった、ツィゴイネルワイゼンの事故」


「あの時の女の子?」

ネルガレーテが、埋もれていた2年前の苦い記憶を掘り起こす。


“確か、私とイェレで救けた、良い年ごろの若い()だった。救けた時には他に1人、小さな女の子を連れていたっけ・・・”


「なんだけどね・・・」ユーマが束の間言い淀んで、それから語気を強めて言った。「リサ、イェレの娘だって、知ってた・・・?」


「えッ? 何それ! リサって()がイェレの娘ってこと? 本当の話?」

ネルガレーテは一瞬、頭が真っ白になりかけた。


「間違いないわ。父親はイェレ・ドゥシーボ・ヴァンキッシュ、あたしたちグリフィンウッドマックの先代デューク(頭領)」

ユーマの声は腹が立つほど、ひどく落ち着いていた。


「何かの間違いじゃないの? リサって()が勘違いしてるとか」

ネルガレーテが珍しく取り乱していた。


「その時に、あたしとアディ、ジィクが救けた、リサと同い年位のもう1人の女の子、覚えてる?」


「──綺麗な金糸雀色(カナリヤイエロー)の髪をした、華奢で可愛い()だっけ?」

少しばかり早口に言ったネルガレーテは、明らかに泡を食って浮き足立っている。


「そう。その彼女こそ、この国の皇女メルツェーデスだったの」


「ちょっと、ちょっと、ちょっと待ってよ」狼狽がそのまま態度に表れた。「何よそれ! 何で今更になって、昔のことがほじくり出てくるのよ!」


「それに覚えていたわ、彼女、リサは」妙に落ち着き払ったユーマが、追い討ちを掛けるように言葉を継ぐ。「イェレが最期に言い残した、リサを頼む、って一言」


「そんな・・・」驚くネルガレーテは、声を裏返らせた。「じゃあ、あの時、最期にイェレが救けたのって・・・!」


「そうなの。自分の娘だったの」


「なんて事・・・」

文字通り、ネルガレーテは言葉を失ってしまった。


「彼女、イェレに名前を聞かれて答えていたのよ、リサ・テスタロッサだって」ユーマは哀れむような口調だった。「──イェレ、判ったんじゃないかしら、自分が救けた目の前の娘が、自分の娘リサだって事」


「・・・・・・」


「ネルガレーテでも、知らなかったのね・・・」


「そんな話はまったく・・・」すっかり動転しているネルガレーテが、絞り出すように声を上げた。「先々代のエランなら知っていたかもしれないけど・・・まさか、イェレの娘が・・・」


束の間、2人のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)は黙りこくってしまった。


「──それで、そのリサは、イェレの最期のことを・・・?」

ネルガレーテが訊き辛そうに言った。


「もう傍で見ていて堪えられないほど取り乱しちゃって・・・」


やはりこのアグレッション(仕事)は、何を犠牲にしてでも受けるべきではなかった──ネルガレーテの心中に取り返しのつかない悔悟の念が渦巻いた。


“これも見越しての、ノルン人からの名指しだったとしたら・・・”


「空港で名前を聞いたとき、なんか予感がしたのよね・・・」


ユーマの痛惜の言葉が、ネルガレーテの脳裏を上滑りして行く。


「リサと言う名前でもう少し気を回していれば、あんな唐突で残酷で悲しい思いをさせずに済んだかもしれないのに、なんて間抜けなのかしら、あたしたち・・・」


「仕方がないわ、あの時リサはハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)を着ていたからね。直接救難に当たった私だって、顔ははっきり見ていないもの」


ネルガレーテは、今はそう言うしかなかった。他に言葉が浮かばない。


「皇女付きの侍従女御官してるくらいだから、相当な才媛の筈だけど、それでも彼女の、リサの心中を察するにあまりあるわ」


「それでリサは?」


「今はアディが傍に付いているけどね」

「アディが?」

含み笑いするユーマに、ネルガレーテは不安げに問い直した。


「ああ、大丈夫でしょ」

そう言ってから少し間が空いたのは、多分ユーマが横目でジィクを見たからだ。


「誰かさんと違って、すぐスキンシップで慰めようなんて考えないでしょうし」

ジィクの事だ、きっと(とぼ)けて何かを言い返しているに違いない。


「──まあ、あのツィゴイネルワイゼンで最初に聞いた救助の声がアディだし、今日も川で溺れかけたところを救けたのもアディだったから、リサもアディには結構気を許してる風だし、案外アディの朴念仁っぷりが良いかもよ」


「そうね、そうかもね。私も会わないといけないわね、リサに・・・」咄嗟に口を()いた、呟くようなネルガレーテの言葉だった。「──これも星の巡り合わせかもしれない・・・」


“あのイェレの一人娘、リサ・・・。そのリサとアディは以前に出会っていて、また今日と言う日に、出会った・・・”


憂患の予感にネルガレーテの頭の中は、追憶の過去がぐるぐると渦を巻き始めていた。


「巡り合わせ、ね・・・」

ユーマはユーマで、ネルガレーテのその口調に、何か別の含みがあるように感じていた。


「単なる独り言、気にしないで」

これ以上聞き咎められたくなかったネルガレーテが、慌てて誤魔化した。


「だったら良いけど」そんなネルガレーテの思惑を感じ取ったユーマだったが、まあ良いわ、という不承な口調で言い改まった。「──さっきメルツェーデス皇女の事、尋ねたでしょ?」


「ああ、こっちで会ったかって、訊いていたわよね? それが?」


「ツィゴイネルワイゼンの救助の時、あたしとアディ、ジィクが救けたリサとは別の女の子、覚えてる?」


「綺麗な金糸雀色(カナリヤイエロー)の髪をした、華奢でどこか良家のお嬢さんっぽい()だっけ?」そこまで言って、はたと気が付いたネルガレーテが大声を上げた。「──あ、まさか・・・!」


「そう。その彼女、実はこの国の皇女メルツェーデスだったの」


「──彼女が・・・!」ネルガレーテは驚きを通り越して、呆れてさえいた。「あのツィゴイネルワイゼンには、リサと皇女が2人して乗っていたって事?」


「まあ、そうね」ユーマが一段と落ち着き払って言った。「んで、リサがね、何で川で溺れる羽目に会ったかっていうとね──」


とユーマは前置きして、皇女メルツェーデスに纏わり付く護衛を煙に巻くために身代わり役をやった事、ところがその皇女を護衛していた衙衛官が怪我をして戻って来た、その彼が話すにはサンジェルスに行こうとしていた皇女が、プロップ・リフター(垂直離着陸機)に乗る寸前に、奇っ怪な獣人2人に強引に阻止され拉致同然に連れ去られ、今はレディ・ヘアルヒュイドという人物の元にいるらしい、と言うところまでを話した。


「んじゃあ、その皇女って攫われたの? 結局は?」ネルガレーテは思わず頭を抱えた。「それに獣人って・・・アルケラオスって怪物ランドでもあるの?」


“なんて因縁めいた成り行きなのよ・・・!”


メルツェーデス皇女、と言うなら、それはフロースガール皇から問われた、(くだん)のシン皇子の妹、と言う事になる。ただ、先般目通りした際には、そんな気配はなかった。


こっちはこっちで、目に見えない何かの力が、ネルガレーテを強烈に巻き込んでいるようだった。しかもその渦は、もがいてももがいても抜け出せそうにはない。


「けどね、ネルガレーテ」さらに改まった風のユーマは、声の調子を一層下げた。「そのメルツェーデス皇女、あたしたちグリフィンウッドマックに会いに行こうとしていたのよ」


「え・・・ッ?」

ネルガレーテはそう言った切り絶句した。


「皇女が何故、あたしたちに会いたがったのか、解る?」


「・・・・・・」

何となく解った──ネルガレーテは、危うくそう言い掛けた。


「メルツェーデスには、兄がいるの、実は」ユーマが一呼吸置く。「シン、と言う名の皇子」


“やはり・・・!”


ユーマの言葉に、ネルガレーテの体に雷が(はし)り抜けた。こっちは決定的に、シン皇子絡みだ──ネルガレーテは、自分が完全に追い詰められている事を悟った。


“一体、何に追い詰められているって言うの、私は──”


それを宿命(フェイト)と言うのだろうか? 因縁(カルマ)? それとも神意(プロビデンス)? それは誰にとって? 私? シン皇子?


「ただ、この兄皇子、16年前に父皇と共に不慮の死を遂げたとされてるんだけど、どうも真相が曖昧なのよ」ユーマは明らかに探り口調だった。「メルツェーデス皇女はどうしても、その真相を知りたがっていたの」


「・・・・・・」


「16年前の出来事の時、シン皇子とその父、当時の今上国皇だったエッジセーク皇と、最後まで一緒だったのが、グリフィンウッドマックって本当?」ユーマがいきなり、ずばりと核心を突く。「メルツェーデスは、そうだと確信をもっているみたいだけど?」


「──ユーマ・・・!」

思わずネルガレーテが取り乱した。


「いえ、メルツェーデスがあたしたちに聞きたかったのは、真相じゃなくて、その顛末(てんまつ)ね」それでもユーマは淡々と言葉を継ぐ。「──シン皇子は今もどこかで、存命しているんじゃないか、って」


「・・・・・・」


「アディ曰く、16年前の事ならイェレと、あなたの祖父エラン・グリフィンウッドマックの時代だって言うんだけど、ネルガレーテ、あなた、何か知ってる?」


「ユーマ・・・」

さらりと言ってのけたユーマに、ネルガレーテの全身から力が脱けた。


「──やっぱり」ユーマはどことなく同情的だった。「その口調、何か知ってるわね? ネルガレーテ」


何も返してこないネルガレーテに、ユーマが嘆息すると再び語り掛けた。


「イェレがリサの父親であるなら、16年前の当時ならイェレはドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)ではなく、ここアルケラオスの東宮衙衛(がえい)官だった筈よね?」一方的に確認するような、ユーマの口振りだった。「ならイェレは、シン皇子と最後まで一緒だったはずよ。あの責任感の強いイェレが、シン皇子を1人死なせるとは、とても思えない。いえ、イェレが生きていたのだからこそ、実はシン皇子も存命しているんじゃないの?」


ヒリつくような束の間の沈黙があって、ネルガレーテが重そうに口を開いた。


「ユーマ・・・」ネルガレーテはの声は、疲れ切ったように濁っていた。「──ジィクのほかに、周りに誰かいる?」


「いいえ、あたしたちだけ」


「そう」短く一言答えると、ネルガレーテが意を決したように言った。「あなたが、あなたたちが探り当てた事柄は、間違ってはいないわ」


「・・・・・・」

ユーマが、同じくジィクが、黙ってじっと傍耳立てている気配をひしひしと感じた。


「けど今は話せないの、とても通信なんかでは」


いずれ、真相を明らかにしなければならないのは、必定だった。だが話すにしても、順序がある。今ここで、先にユーマたちに話してしまう訳にはいかない。


「──実はこっちでも波風が立ち始めてるんだけど、それも16年前のそのことに端を発しているのよ・・・」

そう告げるネルガレーテの声は、心底気怠そうだった。


「そのせいで足止めを食っているのね?」


「まあ、そういうところ、ね」ネルガレーテが大きく息を()いた。「けど、あたしたちに危害が及ぶような事態には、ならないと思うわ」


「本当にそう思う?」

ユーマがさらりと聞いて来た。


「そう期待している、って言うのが本音」


ぽいっと放り出すような口調で言った矢先、ネルガレーテの背後でノックの音が響いた。


「──悪いわね。思った通り、再びお声が掛かったみたい。メルツェーデス皇女の事は、それとなく聞いてみるわ」


それだけ言うと、ネルガレーテはユーマとの通信を切った。


年季の入った2人の、小太刀を差した禁中宿侍が、慇懃無礼に顔を出す。


「陛下がネルガレーテさまに、お越しくださるように、とのことです」


「ドレスも何も持ってきていないんだけど? こんな格好で良いのかしら?」


禁中宿侍は答えない。ネルガレーテは小さく首を(すく)めると、宿侍に促され部屋を出た。


2人の宿侍に挟まれるように案内された。


禁中宿侍は、陛下御在所である城内禁闕(きんけつ)に常駐する、皇室一族の身辺警護を兼ねた近侍だが、多くは年季の入った授刀(たちはき)の側仕えで、武官ではない。金のサイド・ストライプ(側章)が入った立て襟のパイピング(飾り縫縁)・ジャケットとパンツに白のクラブ・ボウタイを締め、飾毛も派手なビコーン(二角帽)に、モール(刀緒)の付いたタルワール(短刀)を佩用(はいよう)する、儀礼的で権威的な官職の典型だ。

禁闕(きんけつ)では、銃器剣器の類いの携行佩用(はいよう)はタブー(禁忌)で、軍隊などの武力組織の官職は一般的には宮殿内に立ち入ることが許されていない。


そんな禁中の筈だが、ネルガレーテは道すがらに何度か、肩に黒いプロテクタの付いた制服の武官を見掛けた。身形(みなり)は小奇麗だが実戦的なレーザー長銃を携行しており、格式張った禁中宿侍とは明らかに異質だ。そのせいか禁中は、そこはかとなく落ち着きを失っている気味だ。


“ついさっきの雰囲気とは、がらりと変わっている”


軟禁されている間に、何かあったのか──ネルガレーテは気重ながらも用心し始めた。


小振りだが全面に緻密な彫刻を施したオークの扉を、宿侍が2度ノックして開く。


ネルガレーテの目の前に、華やかだが品のある空間が開けた。


白を基調にした清廉な設えで、優美なシャンデリアが下がっている。カブリオール(猫足)の調度品は、草木をモチーフにした美しく繊細な曲線の彫刻が施され、広間を柔らかい雰囲気にしていた。壁面には貴族たちの優雅な昼食パーティを描いた大きなパステル画や、白い肌も美しい芳紀あふれる姫君の絵画、森の木漏れ日を浴びて輝くブランコに乗った少女の幻想的な絵が掛かり、気品を醸し出していた。


奥の大きな窓に面した、ロココ調の応接セットの優雅な曲線を描く肘掛け椅子に、フロースガール皇はその身を深く預けている。瀟洒(しょうしゃ)なフロア・テーブルの角を挟み、いかにも上品そうなテランの女性が1人、(たお)やかに座っていた。


「参ったか、ネルガレーテ」


背を向けていた皇が、首を巡らせる。ちらりと見えた横顔は、なにやら沈欝な陰を帯びていた。


「お呼び立てのほど給わりました」


歩みを進めるネルガレーテに、脇の女性がゆっくりと面を上げて柔和に微笑む。皇の重苦しい雰囲気とは対照的だ。


夕餉(ゆうげ)はいかがであった? そなたの口に合っておれば幸甚だが」


「はい、皇陛下。胃袋がひっくり返りそうでした」


皇の脇で侍するネルガレーテに、フロースガールは苦笑いを見せた。

「どうした、早う座れ。婦人を立たせておくのは心苦しいのでな」


テーブルの上には、大皿に並べられたカナッペとワインクーラーに入ったボトル、皇と女性の前には淡い鬱金(うこん)色も美しいワインが注がれたグラスが載っていた。


どこからともなく側仕えが姿を見せ、ネルガレーテの前にグラスを置くと、透き通る宝石のようなワインを注ぐ。老皇に一礼するネルガレーテの右手が、すっとグラスのステムを掴む。軽く香りを嗅いでから、ネルガレーテはついっとグラスを傾けた。


「──シャルツホーフベルガー・レーベルのアウスレーゼとは、禍福の至り」

ネルガレーテは小さく長い息を吐き出すと、口角を上げて顔を綻ばせた。


「ほう、ワイン(葡萄酒)が判るとは、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)も捨て置けぬな」

老皇が小さく硬い笑みを見せた。


「女の嗜みですわ、良いワイン(葡萄酒)を嗅ぎ分けるのは」

軽妙な言葉の遣り取りの筈なのに、どこか重苦しい雰囲気に包まれている。


「余は、今ほどエッジセークとシンに生きていて欲しいと願ったことはなかった」


何の前置きも、儀礼的な飾り言葉もなく、フロースガール皇が唐突に口火を切った。


「エッジセークは本当にこうじたと、もう疑うべきではないと申すのだな、ネルガレーテ」

深い憂慮と尽きない悲しみを乗せ、老皇が我が子の閉ざされた行く末を、改めて問うた。


「御意」


望みを(いだ)き問い直したい父親の、諦めきれない心中を慮ると、ネルガレーテは下手な慰めの余計な言葉を付け足せなかった。





★Act.3 追憶の皇子・1/次Act.3 追憶の皇子・2

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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