Act.2 痛哭咽(むせ)ぶ苑(その)・3
「オロフ、其方メルツェーデスを、まさか勾引かしたのではあるまいな!」
「滅相もない」
予定調和のごとく、オロフが力強く否定した。
「どうやら衙衛隊の一部の士官が、お忍び遊びを唆したようで、今そちらの内偵も命じました」
「・・・・・・」
フロースガール皇は、声にならない呻きを嚥み込み、そのまま黙りこくってしまった。皇が何も言わないので、オロフはそのまま言葉を継いだ。
「婚約親告の儀を5日後に控え、私ども機警隊が皇女殿下の身の安全に万全を期すためにも、早めにローズブァド城を出ていただくのが良策と考えました」
「──東宮衙衛を疎んじたな、その方」
「それは少し穿ち過ぎです、陛下」オロフが小さく首を振る。「──それと婚約親告の儀はモンテフィアスコーネ城下のルイス・モントーヤ大聖堂にて執り行うよう指示いたしました。何分サンジェルスは、ちと騒がしくなりすぎておりますので。委細は後ほど、陛下の元にご提案にまいりますれば、なにとぞご裁可のほどを」
「どこまでも勝手に物事を進めるな、そなたは」
肘掛けにもたれ掛かると、フロースガール皇は斜に構えて言った。
「あ、そうでございます、陛下」
然も、忘れるほどどうでも良い事のように、オロフが言を改めた。
「衙衛隊ばかり私にもどうすることもできませんが、国や皇室のためにならぬとなったら、容赦なく大鉈を振るいます。婚約親告の儀が近うございます故、どうぞ陛下も自重いただきますように、重ねてお願い申し上げます」
さらりと言ってのけた太政府首臣に、今上国皇は真一文字に結んだ口の奥で、奥歯を噛み締めていた。何しろ国皇に面と向かって、余計な事をするな、然もないと皇室警固を担う衙衛隊すら潰して、丸裸にしてしまうぞ、と言ったのだ。
激しい怒りを込めるフロースガール皇と、嘲笑にすら見える笑みを浮かべるオロフが、無言で向き合い睨み合った。ほんの瞬く間の視線の交錯だったが、オロフがふっと顔の表情を緩め、退出しようとした矢先。
扉を叩くノックの音がして、オロフの部下が仰々しい一礼と共に入って来た。
「申し訳ありません、陛下」
オロフが慇懃に国皇に断りを入れ、首を倒して飛び込んで来た部下を呼び寄せる。
機警隊と思しき士官は、今上国皇へ直立不動に恭しく一礼し、オロフにそっと耳打ちした。オロフは、ふむ、と小さく頷くと、二言三言指示を出した。それを受けた部下が敬礼し、国皇に対し再び一礼すると、回れ右で踵を返し大股で出て行った。
「陛下、ただいま陸海空3軍の長が太政府に到着しました」
不適な笑みを浮かべて、オロフがフロースガール皇に向き直る。
「これより太政府に戻り、立案された作戦内容を吟味の上、議会の承認を得た後、すみやかに匪賊壊滅の命令を国軍に下したいと存じます。どうか、ご裁可のほどを」
「議会は既にそなたが押さえておろうが」
今更どうしようもあるまい、と言いたげに、フロースガール皇は低い声で投げ遣りに言った。
「勅命いただき有り難うございます。作戦行動が開始されれば、再び御前にご報告に参ります」
大仰な一礼をして背を向けるオロフに、老皇が鋭い声を上げた。
「オロフ・・・!」
「──何でござりましょう、陛下」
オロフがゆっくりと振り返ると、フロースガール皇は頬杖を突いて睨み返していた。
「我が孫シン皇子が存命なら、そなたは何とする」
「メルツェーデス殿下も、そのような絵空事を口にされておられましたな」オロフがくくっと含み笑いした。「それとも本当に、シン皇子がご健勝であると信じておいでですか?」
「・・・・・・」
「陛下、私はいつでも陛下の忠実な臣下にございます。皇子が本当に存命されておられるのであれば、この上なき幸い。その若君にお仕えできるのであれば、禍福の至り。このオロフも皇子の無事のご帰国を待望いたしております」
「その言葉、シン皇子が耳にすれば、さぞ喜ぶであろうな」
一礼して出て行くオロフの背中を、老皇は苦々しい表情で見詰めていた。
* * *
「獣人、か・・・」
「一体何者だ・・・」
メルツェーデス皇女と共に仕立屋のトゥーランドットから抜け出し、廃虚に着いてから襲われた顛末を、ピアッツァから聞き終わったアディとジィクが唸るように声を上げ、ユーマは無言で静かにゆっくりと息を吐いた。 ピアッツァの応急手当を済ませた看護士は、疾うに下がっていた。
「それと、これが・・・」
ピアッツァは懐から、1本のナイフをリサに差し出した。
襲ってきたワシ獣人が、ピアッツァを牽制するのに投げたコンバット・ナイフだった。
僅かに眉根を寄せてナイフを受け取ったリサが、しげしげと眺める。刃渡り10センチ程の小振りのナイフの柄には、城門城塔に脇侍の獅子のクレスト(紋章)が入っていた。
「テスタロッサさま。そのクレスト(紋章)、ウェーデン家のものです」
「城門城塔に脇侍の獅子、これは確かにビガー眷族のクレスト(紋章)。ウェーデン卿は確かにビガーの血を引くお方ですが、卿のクレスト(紋章)は、両脇の獅子が剣を握っている筈です。これはビガー家を意味していても、オロフ・ウェーデン殿のものではありませんね」
「それでは・・・」
「──そのクレスト(紋章)を使っているビガーの血筋は、今ではモンテフィアスコーネの方さましかいない筈です」
リサの脇から覗き込んでいたロトスオーリが、ぼそりと言った。
「となると、あの怪物もどきの獣人たちも、ヘアルヒュイドさまが・・・?」ピアッツァは驚きに半ば憤怒の感情を込めて、目を見開いた。「何故ですか・・・!」
「姫さまへの、いいえ、あたしたちへのメッセージです、これはきっと・・・!」リサの凛とした容貌に、苦渋の色がありありと浮かぶ。「態々クレスト(紋章)入りの凶器を残すという意味は」
「正体が知れても構わない・・・と?」
「むしろ、知らせる積もりなのでしょう、警告として」
曇る顔付きを伏せるリサの顔に、不安の影が差す。
「何の警告です? メルツェーデス殿下が何をしたというのです、テスタロッサさま」
「──この時期に、あらぬ余計な動きをするな、という事でしょう、多分」
「グリフィンウッドマックの方々に会いに行くのを妨害した・・・と?」
ピアッツァの言葉にリサは小さく頷くと、無言のままドラグゥンの3人を見渡す。グリフィンウッドマックの連中は、一様に硬い表情で応じた。
「それにしたとて、レディ・ヘアルヒュイドかオロフ・ウェーデン卿か、どちらかは知りませんが、皇女殿下に対してあまりにも無礼な振る舞い・・・!」
「どちらにしても、大して違いはありません。レディ・ヘアルヒュイドが動いているなら、それはオロフ殿の意志と考えても差し支えないでしょう。これ以上の厄介事を起こすな。姫はこちらで預かる──そう言う警鐘でしょう」
「預かる? 警鐘ですか? 一体どこへ連れていかれたのです?」
「本当にレディ・ヘアルヒュイドなら、姫さまはモンテフィアスコーネ城に連れていかれた、と考えて間違いないでしょう」
「モンテフィアスコーネ城・・・」
リサの言葉にアディとジィクが顔を見合わせ、ユーマと目が合ったロトスオーリが小さく頷く。
「この度の不始末、東宮衙衛隊を預かるこの身、一生恥じ入ります」
悔しそうに顔を伏せるピアッツァは、その両手を握り締めて両肩を震わせた。
「ともかく得体の知れない暴力禍害国賊より、はるかにマシです」リサは嘆息しながら瞑目した。「ヘアルヒュイドさまなら、よもや姫に危害やお命を危なくするような真似はなさるまい」
「しかし皇女殿下は? 殿下はこのままですか・・・!」
「イーズス監佐」瞑したまま、リサは首を左右に振った。「命を賭して姫さまを守り抜こうとした勇気と奮闘、改めて心から感謝します。それに殉じた部下には、衙衛隊として手厚い供養をお願いします」
「我々は、我々は何も、お助けできないのですか・・・!」
憤怒に堪えないピアッツァが、思わず身を乗り出した。
「悔しい思いは分かりますが、我々では直接にはどうしようもなくなりました」
「そんな・・・!」
ピアッツァは、認められない、とばかりに首を激しく振った。
「姫さまの言葉を思い出してください、監佐。衙衛隊はよくやってくれました」
「ならばこのピアッツァ、たとえ命に代えても皇女殿下をお迎えに行って参ります」
諭すように声を掛けるリサに、ピアッツァは腹の底から決意の篭った声を上げた。
「自重してください、東宮衙衛隊監佐。正面切って衙衛隊を動かして、万が一にもヘアルヒュイドさまやオロフ殿と対峙する事態にでも陥ったら、それこそ国体に対する逆徒の判を押されて、衙衛隊自体を解体させる口実に利用されるだけです」
リサの厳しい言葉に、はっとさせられたピアッツァが押し黙った。
「ただでさえ常日頃より、ウェーデン卿からは衙衛隊が煙たく思われている事は、イーズス監佐、あなたも肌身に感じている筈。付け入る隙を作っては、それこそウェーデン卿たちの思う壷です」
傍で遣り取りを聞いていたドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の3人が、リサの洞察に、ほう、と感嘆の声を漏らした。
皇女と同い年の若さにして、皇女が最も信頼を置く侍従女御官──燕婉たるだけではない、リサの頭の良さと見識に目を見張る。
「──あたしの軽率な一存です、この不始末の元は」
だが、そうを口にするリサの自責の言葉通り、余計に厄介になった事は否めない。リサのレベルでは解決できない、口出しできない事態になってしまった。
「グリフィンウッドマックの方々が、サンジェルスではなくローズブァド城の方に来られると分かっていたら・・・」傍で見ていて痛いほど、リサは悄気返っていた。「あたしの浅はかな計略が、逆に仇となってしまいました・・・」
リサに自らを責められては、さすがのピアッツァの言葉を失くした。
重苦しい空気が漂い始めた矢庭。
「──にしても、だ」
アディが妙に鯱張った声を上げた。
「その襲ってきた怪物まがいの獣人兵士、よくもまあそんな奴等を寄越したな」
「命じたのは、当然ながら、レディ・ヘアルヒュイド・・・でしょうね」
戦った折りの何とも言えない畏怖感が蘇ってきたのか、ピアッツァが少しばかり声を震わせる。
「途轍も無く趣味が悪いな、そのヘアルヒュイドとか言うレディ。本当はショッカーか何かの首領じゃないのか?」
ジィクが口をヘの字にして言った。
「──けど、そのお姫さまは、あたしたちに会おうとしてたのよね? 結果的に行き違いになっちゃったけど」ユーマが腕組みしながら一同を見やる。「それがなんで攫われなきゃいけないのよ? 単に会いに行こうとしただでしょ」
「生憎それはあたしにも分かりません」
困惑の表情を浮かべ、リサが首を振った。
「皆さまがご存知かどうか、姫さまは近々、レディの実弟オロフ・ウェーデン卿とのご婚儀が決まってしまいまして、グリフィンウッドマックと言うドラグゥン・エトランジェ(傭われ宇宙艦乗り)の方々がアルケラオスへ来られると聞き及び、この機会を逃すと、もう2度と皆さまとお会いすることも叶わなくなる、との強い思いを抱かれまして・・・」
「じゃあ、そのメルツェーデスって姫さまは、俺たちの事を知っていたのか?」
「お名前だけは」
質したアディが、はーん、と唸ったきり黙ったので、リサは言葉を継いだ。
「──それで姫さまは皆さまとお会いできる日まで仕方なく、上辺だけは婚儀に承服した体を装ったものの、皆さま方の入国の日が、婚約親告の儀に親臨される際の、お召し物の仕立て確認の日に重なりまして・・・」リサの声音が、少しずつ落ちていく。「それはもう姫さまにとって、今日まで鳥肌が立つ毎日をぎりぎり我慢され・・・」
そこまで話したリサの、辛そうに顔を曇らせて暫し黙する姿に、誰も声を掛けられなかった。リサは小さく鼻を啜ると、徐ら話の続きを始めた。
「そして今日、試着に乗じてあたしが姫さまの装束を纏い、ブラックショルダーの目を引き付けている隙に、外から招き入れたイーズス監佐たち東宮衙衛の警護の元、グレースウィラー城へ皆さまに会いに行かれたのです」
「そのブラックショルダーって?」
「太政府首臣オロフ・ウェーデン卿の設けた機警隊のことです。制服のショルダー・ガードが黒いことから、俗にそう呼ばれています」
「んで、その機警隊を欺くって? メルツェーデス姫が、か?」
「姫はそのオロフって輩に、自分の行動を知られたくないってこと・・・か?」
アディとジィクが立て続けにリサに問うた。
「はい・・・恥ずかしながらあたしの浅知恵で図ったこと。さらに不手際を起こしたのに、皆さまに救けていただき、お礼の言葉もありません」
「はあ、それで君が花嫁衣裳を」
頷くアディに、リサが僅かに顔を赤らめて、上目遣いに見詰め返した。
「そこまでして、機警隊とかを煙に巻かなきゃならない事情があるの?」
ユーマが下唇を突き出して言った。
「機警隊、正確には機甲警務隊と称しますが、正式な司法執行組織ではありません。オロフが宇宙軍創建の折り、重要行政執行府の警護を理由に太政府の外局に組織した行政管轄の庁部ですが、実態はオロフの私設武力部隊と化しています」
リサの言葉から物騒な臭いを感じ取ったのか、アディとジィクが怪訝な顔を見合わせた。
「メルツェーデス皇女殿下とオロフ・ウェーデン殿との婚儀が正式に決まって以降、ウェーデン卿の花嫁になる方であれば、機警隊が側衛するのが筋、と申しまして、メルツェーデス殿下の護衛業務を機警隊へ管轄移行することを要求してきたのです」
「ははあ、お姫さまはそのブラックショルダーとやらの護衛を嫌ったんだな」
ジィクがにやっと笑いながら言った。
「当然拒否したんだろ? 東宮衙衛隊監佐のピアッツァとしても」
アディは少しばかり馴れ馴れしい口調で、ピアッツァを見た。
「勿論です・・・!」胸を叩きそうな勢いで、ピアッツァが雄弁に言った。「我々は創立130年を超える栄えある歴史を持つ、アルケラオス皇室直属の、しかも指揮官に皇陛下を頂く武勇も誉れ高い警固警衛組織です。もちろん正規の組織であり、その予算も皇室が計上しており、指揮系統ですら国軍や警察司法とは一線を画しております。ブラックショルダーなどと申す成り上がり部隊など、我々と比肩にすら値しません」
ピアッツァの言葉の端々に、強烈なプライドと自負、それに対抗心が滲んでいた。
「んじゃ、そのオロフって野郎が、自分の息のかかった連中を使って、自分の花嫁に対して監視の目を付けていたってことか。嫉妬深い性質だな」
「嫉妬深い男は嫌われるものね」
冗談とも本気とも付かないアディの言い草に、ユーマが肩を聳やかして茶化す。
「俺は嫉妬深くはないぞ」
「そうだよなァ。アディは単に鈍いだけ」
胸を張るアディに、今度はジィクが雑ぜ返した。
「女の尻ばっかり追い掛けているジィクには、言われたくはないぞ」
「俺が追っ掛けてるんじゃない。向こうが追っ掛けて来るんだ」
「そりゃ、お前が毎度適当なこと言って、誑かすからだろ」
「言葉を選べ。単に女にモテているだけだ」
「あー煩い!」最初に戯れたくせに、ユーマが態とらしく耳に指を突っ込んでリサを見やる。「こんな馬鹿はほっといて」
ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の3人を眺め回すリサに、少しばかり笑顔が戻った。
「肝心な話。メルツェーデス姫は、何故そこまであたしたちに会いに行こうとした訳? 何故あたしたちに会うのに、機警隊の目を誤魔化す必要がある訳? そもそもオロフ・ウェーデンって男、何で自分の花嫁を監視したりしなきゃならないのよ」
「そりゃ浮気防止・・・」
と言い掛けたジィクを、ユーマがキッと睨む。
「はい・・・それは・・・」リサが憚るように、言い淀んだ。「──16年前の、アルケラオス全土が悲しみに覆われた、大きな凶事に因ります」
「それって?」
「グリフィンウッドマックの皆さまなら、ご存知の筈」
ユーマの問いに、何を今更と言いたげに、リサが少しばかり尖り声を上げた。
「エッジセーク皇とシン皇子が薨された、禍々しい惨事を」
「それって、メルツェーデス皇女が生まれる前の話?」
それでもユーマは、重ねて問うた。
「本当にご存知でない?」少し興奮気味のリサの、声のトーンが高くなる。「姫さまは、その事で皆さまにお会いに行かれたのですよ、無茶をご承知で・・・!」
「待って、待って! リサ!」突然の噛み付かれように、ユーマも少しばかり焦った。「白を切る気はないのよ。それなら最初から、ここには来ないわ。だから落ち着いて」
「けど、けど、姫さまは、兄君シン皇子のことを是が非でも皆さま方からお伺いしたいと、どこかでご存命で、いまもご健勝であらせられると固く信じておいでなのに・・・!」
傍で見ていて痛くなるほど、リサが必死の形相で捲し立てた。
「──良かったら、そのあたりの経緯、話してくれないか?」アディが真顔で、ゆっくり丁寧に言葉を吐き出す。「さっきユーマが言った通りだ。俺たちでも役に立てる事があるのかも知れない。力を貸すよ、リサ」
「ああ・・・申し訳ありません、取り乱して・・・」
アディの声を聞いて、少し落ち着いたリサが大きく息を吸い込んだ。
「──兄君シン皇子への姫さまの想いは、幼少の砌より、いえお生まれの時から、と言っていいかも知れません。その因は、16年前、姫がお生まれになるひと月前に、シン皇子の身の上に起きた、禍々しい惨事なのです」
リサは一息吐くとドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)を見渡し、再び口を開いた。
「それは、アルケラオス宇宙軍の創建記念式典の最中の出来事だと、聞き及んでおります。なんでも我が国の宇宙軍を象徴するような、立派な軍艦が就役するに当たり、当時のアルケラオス今上国皇エッジセーク陛下が、当時2歳になられたばかりのシン皇子をお供に、観艦されるため御料宙船ステラートで宇宙へお上りになられました。そこに暴虐な賊徒が皇陛下を襲い・・・」
そこまで一気に喋ったリサが、感極まって言葉に詰まった。
「へ・・・陛下は、敢然と対峙されたと聞いております」リサは少しばかりの涙声を振り絞り、話を続けた。「ですが追い詰められた匪賊どもは、あろうことか自らの死とともに皇陛下を亡き者に・・・身に付けていた爆弾で自爆したのです」
そこまで聞いていたロトスオーリが辛そうに顔を伏せ、ピアッツァは顔を歪ませた。
「賊徒の残党どもは御料宙船を乗っ取り、太陽系クワインに逃亡しましたが、宇宙軍司令の任にあったウェーデン卿が、宇宙軍戦艦の初陣として追撃をお命じになり、往生際も悪く刃向かってくる賊徒どもを、仕方なしに御料宙船ごと撃破したと」
「ふーむ・・・そんな事があったのか・・・」
アディの一言に同調するように、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)一同が唸った。
「確かに陛下の最期は、保安システムの記録画像で疑う余地はないらしいのですが、シン皇子の方は画像には映っておらず、皇陛下とともに天に召されたとだけ・・・」
打ち沈むピアッツァが、悄然とした声で言った。
「事故後の遺体なんかから、細胞構成基礎因子検査で確認はしてないのか?」
「はい」
ジィクのもっともな問い掛けに、リサに代わってピアッツァが答えた。
「事故現場は、陛下が観艦されるに際し、皇陛下に窮屈で見苦しい気密服を着用していただく訳にはいかないと、御料宙船から戦艦にご移乗いただくためだけに作った、簡易なドッキング・ポートでしたので、賊徒の自爆で見るも無残に宇宙空間へ飛散し、ポート自体がほとんど回収不能な状態だったらしく・・・」
さすがにピアッツァも、最後は声を濁し言葉に詰まる。
一呼吸の間を置き、ピアッツァの話に添えるように、ロトスオーリが言を継ぐ。
「それに仮えそれらしき・・・その、お体の一部をお連れ戻し出来たとしても、皇子のお体に改めて手を付けるのは、憚られますもので・・・」
「──そのせいでしょうか、以来いまだに、シン皇子がご存命との風聞が絶えません」
ロトスオーリの話を引き取る格好で、リサが改めて口を開いた。
「メルツェーデス姫は、その噂を信じて、あたしたちに会いに?」
「いえ、さすがに噂だけでは、そうまではなさらなかったと思います」ユーマの問いにリサは首を振った。「多分に、あたしの母に感化されなさったのではないかと。何しろあたしの母自身が、シン皇子の薨御を、未だ信じていないものですから」
リサは伏し目がちにグリフィンウッドマックの3人を見渡した。
★Act.2 痛哭咽ぶ苑・3/次Act.2 痛哭咽ぶ苑・4
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




