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紅のドラグゥン・禁姫の想いは星の翼に  作者: サザン 初人(ういど)
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Act.2 痛哭咽(むせ)ぶ苑(その)・2

「いいえ」そのリサの焦り様に、ユーマが探るような目付きで言った。「グレースウィラー城の方へは、あたしたちのレギオ・デューク(編団頭領)、ネルガレーテ・シュペールサンクというキュラソ人が、今上陛下への報告に登城したわ」


「ああ、そうですか・・・!」

明白(あからさま)に肩から力が抜けて、リサがほっとした表情を浮かべた。


「皆さま方には是非にもお会いせねばと、メルツェーデス殿下も切望されておられたのです」


「メルツェーデス姫?」ユーマが、おや、と言う顔をした。「──あのツィゴイネルワイゼンに乗っていたお姫さまね」


玄関ホールに飾られてあった、珊瑚(さんご)色の瞳に金糸雀色(カナリヤイエロー)の髪をした、人一倍目を惹く花のような皇女の肖像を、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)3人はこぞって思い出した。


「どうしてそれを・・・?」

ロトスオーリから事情を聞いていないらしく、リサが怪訝な顔をした。


「実はね──」

そうユーマが口火を切って、説明し掛かった矢先だった。


何の前触れもなく、血相を変えた若い侍従が、息急き切って駆け込んで来た。


「何ですか、お客さまの前で失礼でしょう」


少しばかり目くじらを立てるリサに、それが、それが、と息も絶え絶えに声にするのが精一杯で、思わずリサもドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)に非礼を詫びてから侍従に改めて向き直ると、少し落ち着きなさい、と(たしな)めた。


「た、大変です・・・!」

肩を激しく上下させた侍従は両手を膝に突き、口を開くと堰を切ったように一気に捲し立てた。


「ピアッツァ・・・イーズス東宮衙衛(がえい)隊監佐が・・・戻られたのです・・・が・・・それはもう・・・ひどい深手を・・・負って・・・おられて・・・テスタロッサさまに大至急お目通りを・・・姫さまのことで・・・と申されて・・・おります ・・・!」


「監佐が怪我を・・・!」リサの顔付きが途端厳しくなった。「すぐ此処へ!」


若い侍従が、転がるように慌てて出て行く。ロトスオーリも口を真一文字に結んで、硬い顔をしていた。少しばかり華やいだ雰囲気が、(にわか)に騒然となった。


「──あたしたち、外しましょうか?」

突如の不穏な状況に、ユーマが遠慮がちに言った。


「いいえ、ここに居て下さい。何やら悪い予感がします」

精気の戻り始めていたリサだったが、再び蒼ざめてしまった顔で、グリフィンウッドマックの3人を見渡した。


「ピアッツァ監佐は、今申しましたメルツェーデス姫が、皆さま方に会いにサンジェルスへ行かれるに当たって、護衛を務めていた者です。それは──」


リサが言葉を継ごうとした矢庭、アディたちが入ってきたエントランス側の扉が開き、騒がしい雰囲気が流れ込む。監佐、ちょっと待って、と怒鳴る声に靴音が響き、もう一度ドレッシングを取り替えますから、と声がした方向に、一同が顔を向けた。


途端モーター・チェア(車椅子)が、広いエントランスから猛スピードで、真っ直ぐリサを目掛けて突進して来る。乗っているのは飴色のチュニックに焦げ茶のニッカーズを穿いた若いテラン(地球人)だが、大広間にいるドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)連中もロトスオーリも目に入っていない。文字通り一目散に走り込んで来るモーター・チェア(車椅子)に、ユーマなぞは足を踏まれかけた。


「ピアッツァ監佐・・・!」

向き直ったリサが、思わず声を張り上げた。


結構な速度が出ていたので、モーター・チェア(車椅子)が停止する際は急制動に近くなって、乗っているピアッツァ自身が転げ落ちそうになり、リサが咄嗟に受け止めようとする仕草を見せた。


「申し訳ありません! テスタロッサさま!」

開口一番、歯噛みしながら深々と頭を下げたピアッツァは、右頬に大きなファースト・プラスタ(絆創膏)が貼ってあり、顔面は乾いた血糊で酷い有り様、ニッカーズの右足側はすっぱりと切り取られて、太腿にはバンデージが巻かれていた。


「メルツェーデス殿下を、殿下をお守りしきれませんでした・・・!」


「何があったのです? 監佐!」


「それが──」


「構いません! 今ここで、説明して下さい・・・!」

他人の気配に躊躇したピアッツァに、リサがぴしゃりと言って促した。


事の次第を、ピアッツァが早口に捲し立て始めた矢先、赤十字が描かれた大きなショルダー・バッグを肩から掛けた若い看護士が1名、ひいひい言いながら追っ掛けて来ていた。


「監佐、無茶をしないでください・・・!」


ピアッツァのモーター・チェア(車椅子)の背後で、取り囲むように立っていたドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)を押し退け、ピアッツァの右脇に回り込む。


「──大体、貴様も大仰なのだ! たかがレイガンで撃ち抜かれたくらいで!」


「応急処置すら済んでいないのですよ! それに至近距離からのエネルギー弾でしょ? 表面上は出血していませんが、衝撃で骨が亀裂を起こしてるんです! たかが、じゃありませんよ!」


人の良さそうな看護士は、鎮痛剤と思しきインジェクション(無針注射)をピアッツァに打ち、バンデージを剥がすとエネルギー被弾用の抗化膿ドレッシング剤を塗り込みながら、辛辣な言葉を添える。


「良いですか、監佐。骨膜が破損して酷い内出血を起こしているんです! すぐにだって外科手術が必要なんです!」


捲し立てる看護士の言葉に、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の3人は、おやおやと言わんばかりに顔を見合わせた。


「まあ、大丈夫じゃね? 足だけだろ? 死にゃしないって」


ぼそっと言ったアディの軽口に、思わずピアッツァが振り返り、看護士が唖然とした顔を上げ、リサが目を丸くして、ロトスオーリが下唇を突き出した。


「──アディ・・・!」

「脳味噌ぶち抜かれても、相手を倒すまでは(たお)れないもんな、お前」

ユーマが渋い顔をして(たしな)め、ジィクは茶化して()ぜ返す。


「お前こそ股座ぶち抜かれるなら、脳味噌の方がマシだって言うだろ」

「当たり前だろ! 脳味噌なくてもフォクシー(イケてる女)は抱けるが、肝心の股が役に立たなきゃ醜女も抱けないんだぞ」

不満げに言い返すアディに、ジィクが、おうよ、と言わんばかりに力説した。


「あんたも何チカラ込めて言ってるのよ! ご婦人の前だって(わきま)えなさい!」

ユーマはリサをチラリ見しながら、今度はジィクを(たしな)める。


「何でだよ、大体アディが下ネタに振って来るんだろうが」


「俺だけじゃないぞ! ユーマだってネルガレーテだって、お前のことを(みんな)、そんな風に思っているんだよ」


「おお、聞き捨てならんぞ。それじゃあまるで、俺が下半身だけの、歩くポケット・モンスター(一物)みたいじゃじゃないか」


「みたい、じゃなくて、そのものでしょ。今更」


ユーマの言葉に、ほれ、見ろ、とアディが追い討ちを掛けると、ジィクは負けじと言い返す。ぎゃあぎゃあ(ののし)りあう2人に、ユーマは肩を(すぼ)めてリサを振り返った。


「ご免なさいね、こんなお馬鹿を2人も連れて来ちゃって」


リサが小さく首を(すく)め苦笑いを浮かべたが、ピアッツァは首が捩じ切れるほど顧みながら3人のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)を交互に見比べ、恐る恐る声を上げた。


「アディ・・・? ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の?」


「お・・・?」

名前を呼ばれたアディが、ピアッツァを見やる。


「それにジィクにユーマ・・・!」

喜色を満面に浮かべたピアッツァが、その場でモーター・チェア(車椅子)ごと向き直った。


「あなた方は、いつぞやのツィゴイネルワイゼン号で絶体絶命の折りに、大変ご尽力を賜った救世主のようなドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)!」


同時にユーマとジィク、それにアディが、一様に目を丸くする。


「あ! あんた・・・!」

「ツィゴイネルワイゼンで、あのお姫さまと一緒だった・・・!」

「──あの時の側付き護衛官か?」


「覚えて頂いていましたか!」ピアッツァが可笑しいほど、何度も何度も頷く。「ピアッツァ・イーズスです! アルケラオス皇室付東宮衙衛(がえい)官です!」


「ピアッツァ監佐、この方たちを知っているのですか?」

勢い込んで声を上げるピアッツァに、リサが怪訝な面持ちをした。


「知っているも何も、見覚えありませんか? テスタロッサさま!」

慌てて振り返ったピアッツァは、唾が飛びそうなほど全身から声を張り上げた。


「メルツェーデス殿下を始めテスタロッサさまや我々を、ツィゴイネルワイゼンでの危難から救っていただいたドラグゥン・エトランジェ(傭われ宇宙艦乗り)のレギオ(編団)ですよ・・・!」


リサは、ピアッツァの言葉に唖然として言葉を失い、ただただ驚愕の面持ちで3人のドラグゥンを見渡した。アディが腕を組んで軽く肩を(そび)やかせて応えると、リサの表情が見る見る綻び始め、今度は興奮頻りに口を開いた。


「ピアッツァ監佐! アディたち、この方々こそ、メルツェーデス殿下が、どうしてもお会いしたいと嘱望されていたグリフィンウッドマックの方々ですよ・・・!」


「何と! あの時のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の方々が・・・!」そして再び、ピアッツァが驚く。「そもそも2年前の大恩人が、グリフィンウッドマックの方々であったとは、私も迂闊でした・・・!」


「これは多分、メルツェーデス姫もご存じない事だと思います・・・!」


一方的に盛り上がるリサとピアッツァの2人に、ユーマはかりかりと頬を掻き、それから黙ってただにこにこと微笑みながら頻りに頷いているロトスオーリを見やった。


「そちらの状況がはっきり見えないけれど、ツィゴイネルワイゼンの事故に駆けつけて、救助と事後処理をしたのは確かに私たちグリフィンウッドマック。それにその時救助したお姫さまが、こちらのメルツェーデス皇女だと言うのも、ほぼ間違いないと思うわ」


「ああ、なんという奇遇・・・!」

リサは大袈裟に胸の前で手を組み、飛び上がらんばかりに喜んだ。


「禍福は(あざな)える縄のごとし、とはよく言ったもの。艱難(かんなん)に際し、再び皆さまとお会いできるとは、百人力を得たようなものです・・・!」


これだけ驚かれ、褒め(はや)されると、さすがにドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)も苦笑い(しき)りだ。


「──良ければ、事情を話してくれない? 何だか、あたしたちグリフィンウッドマックにも関係ありそうな雰囲気だし」ユーマが腰に手を当て、嘆息しながら言った。「ひょっとしたら、あたしたちでも役に立てることがあるかも知れない」


「2年前に出会ったのも、何かの巡り合わせかもな」

ジィクが横のアディを振り向く。


「赤い糸ってやつ? 犬猿の仲だっけ? 時の運か? どれも違う気がするが」

それにアディが、小首を捻って応える。


「アディ、お前ってボキャブラリーはあるけど、恥ずかしいほど意味を知らない奴だな」


「禍福は縄だろ。なら赤い糸じゃないのか?」


「縄と糸くらい識別しなさいよ」馬鹿ね、と言わんばかりに、ユーマが2メートルを超える上背から2人を見下した。「縄はジィクが変態プレイに使うやつ」


「けどハニカムタイト・アビュース(亀甲縛り)は難しいぞ」

ジィクがボソリと言った。


飛び切りの笑顔に笑窪を浮かべ、リサがくすっと笑った。



  * * *



その男性(おとこ)が実際の背丈より高く見えるのは、その痩身だからだろう。


藤鼠(ふじねず)色の髪に線の細い顎、少し垂れた目ながらもその眼光も鋭い。


折り返しの大きな襟に、右肩に付いた革製ガードの装飾も見事な、紺藍色(プルシアンブルー)の袖無しベルベット・ジャケット。ゆったりしたビショップ袖のシャツの首元にはクラヴァット。スラッシュの入ったトランクホーズと呼ばれる膝丈ズボンに黒いブーツ。リーフグリーン地にゴールドの刺繍も豪華な、長めのショールを左肩からサッシュ風に纏い、堂々とした革帯を締める腰にはフォノンメーザー・サーベル(電磁剣)を下げている。


フロースガール皇は、少し前までネルガレーテが居た場所に立つ、42歳の太政府首臣を渋い顔付きで眺めた。


「オロフ、其方(そなた)、市中に戒厳令を布いたと聞くが、それは本当か?」


「戒厳令とは滅相もない。戒厳令を布くには、陛下の諚意を頂かなくてはならないのは承知しております故、私の権限の範疇ではありません」


「国議院も封鎖したと聞き及んでおるぞ」国皇は明白(あからさま)に不愉快な表情を作った。「しかも己が作った私設軍隊を展開させたと聞く。あまりに専行すぎであろう」


「封鎖ではありませぬ、陛下。大事な立法府への出入り管理を少々厳しくしただけです。それに機甲警務隊にございます」


臆することなく薄笑みすら浮かべ、堂々と言い張るオロフに、老皇は隠すことなく顔を(しか)めて見せた。

オロフが拝謁に来る前、ネルガレーテが退出したすぐ後に、フロースガール皇は侍従長から、不確かな情報ながら、との添え言葉が付きで、この戒厳令にも似た封鎖令が発布されたことの報告を受けていた。さらにはオロフの私設軍と言うべき部隊を国営放送局に派遣、これも事実上管理下に置いた上に、国軍の統合司令部にも、この機甲警務隊の幕僚が派遣されたらしいと、耳打ちされていた。


「しかし陛下におかれましては、威力被脅危機事態令を発令したこと、既にお耳にされたご様子。それについては、本日予定の御料宙船の皇室への引き渡しを妨害しようと、不逞の輩が航空戦力まで動員させたとあっては、警察による並の治安維持行動だけでは対処不能と判断し、行政令として危機事態令を発令しました所存」


戒厳令ではない、行政令としての発令に、国皇と言えども無闇と口は挟めない。国皇権限で一時的に停止は出来ても、最終的には立法府である国議院の議決が必要になる。すべては行政の長たる太政府首臣の権限内であり、越権行為ではない。フロースガール皇にしてみれば、これ以上オロフを咎める術がない。


「──やはり彼奴(きゃつ)らか」

フロースガール皇は短い嘆息一つ、改めて玉座に深く腰を沈めた。


「ラ・ボエムについては、無事ローズブァド城に着いたと聞いておる」


「はい。エスコート(随伴護衛)に向かわせた空軍機が、全て駆逐いたしましたのでご安心を」


「──それにしても、威力被脅危機事態令とは・・・」ほとんど独り言に近い、フロースガール皇の繰り言だった。「またとない口実に、そつのない策を弄する」


「いえいえ、陛下」老皇の露骨な嫌味だったが、オロフは如才ない巧言令色で反駁した。「これはあくまで太政首臣として、メルツェーデス皇女殿下のやんごとなき祝儀を控えている今、不穏な兆候は小さきうちに摘んでおかねば、という責任感からです」


「太政府行政舎、国営放送局、それに国軍にも、その機甲警務隊の幕僚を送り込んだのは、なんと申し開きする?」


「1つにはそれをご報告に参りました」


うっかり、と言わんばかりに、オロフは手を(たた)いて愛想笑いを添える。


「かねてより探索中でありました、自由の未来なる過激左派どもの拠点が、図らずしもこの度の御料宙船に対する直接的な威力行動で、その位置を特定するに至りました。30時間以内に国軍による武力制圧を伴った治安維持行動を開始いたします。その際、国軍には制圧行動に集中させるためと、国軍不在の首都サンジェルスに不測の事態を招かぬよう、麾下の機甲警務隊を動員した所存」


「過激派を潰すのに軍隊を動員するのか?」


「はい、陛下。思い起こせば、16年前のエッジセーク皇陛下以来の禍根。2度と皇室に牙を向けぬよう、後顧の憂いを断つ意味でもこの機に壊滅させる算段です」


オロフの冷たい目線が、フロースガール皇に突き刺さる。


「それに機甲警務隊は軍隊ではありませんぞ、陛下。あくまで司法執行組織であり、国の公安を担う重要な使命を帯びています」


「それこそ詭弁と申すのではないか? サンジェルス市民や多くの国民はどう思うであろうな」


「かりにも皇室を廃逐しようと目論むような、国の肝要が見えない大間抜けな似非インテリ連中です。賛同する者の数など知れておりますし、迷惑に思っている者はいても、擁護する国士や識者は誰一人おりません」


オロフの朗々たる弁舌に、老皇は無言で瞑目した。


目の前の太政府首臣の講説は一理どころか共感至極、正論だ。事実フロースガールですら、左翼過激派を苦々しく思っている。皇と意を同じにする部分において、反対の仕様がない。


「自分たちは支持されていると思い込んでいる、迷惑千万なだけの国賊を一掃した暁の慶事に、国中の祝賀もより一層晴れやかなものとなりましょう」


「オロフ、其方(そなた)まさか、戒厳令を敷く口実のために、国軍不在の状況を作り出したのではあるまいな」


国皇が僅かな猜疑の目付きで太政府首臣を見た。今上国皇フロースガールにとって唯一の後患は、オロフが強引な剋上を狙っていることだ。


「それこそ陛下の杞憂と推察します。このオロフ、アルケラオスの安寧を願われる陛下への力添えのみを、ただただ肝に銘じて仕えております故」


その老皇が(いだ)いた懸念を鋭敏に察知したのか、尊大すぎる拝呈の言葉を臆面もなくオロフは言ってのけた。


「すべては其方そなたの目論み通りか。想像以上の傑物だな、オロフ」

戦慄(おのの)きと諦めが綯い交ぜになった表情で、老皇は小さく息を吐き出した。


「いいえ陛下」オロフが冷徹な眼差しで薄く微笑む。「すべては陛下の御心のままです」


「・・・・・・」


「元を辿れば、オッカムが最隣国であることです」

オロフは声のトーンを一段と高め、両手を広げた。


「獅子座宙域ネスン・ドールマ宙帯で唯一の社会主義独裁国家にして、共和主義提唱、国家社会主義思想、国民共産主義、あらゆる左派連中の巣窟と化している国が、わがアルケラオスの最隣国に位置する現状こそが災いなのです。自由の未来派なる逆賊左派が、オッカムから非公式に支援を得ているのは陛下もお認めになるところ。彼奴(きゃつ)らがノルン人の恒星間航行技術を手にしていない分、匪賊どもの散発的なテロ(武力禍害)で済んでいますが、だからこそネスン・ドールマ宙帯の覇権を握らなければならないことは、陛下のお考え通りです」


「──そのために、ノルニルからの技術協力を取り付け、宇宙軍を組織した」

フロースガール皇は、自らの(うち)に沈み込むように黙考し、そして薄く目を開く。


「だがその宇宙軍は事実上、其方(そなた)が指揮しておる」


「ですが、陛下の復位への尽力に欠かせぬもの。何者にも屈しない強いアルケラオスを、経済力でも武力でも、国民は望んでいるのです」


其方(そなた)、戦争でも仕掛けるつもりか?」


「わがアルケラオスの安全保障にとって、オッカムが大きな脅威になりつつあるのは、陛下もお認めのところかと」オロフが同意を求めるように、上目遣いに見やった。「エッジセーク皇を失ってから、オッカムはますますネスン・ドールマ宙帯で存在感を増しています。アルケラオスが飲み込まれる訳にはいきますまい」


「それは確かにそなたの申す通りではある」フロースガール皇は疲れたように、玉座の背もたれに身を預けた。「まあ元々は親銀河合衆機構を唱えたエッジセーク皇とは反りが合っていかったそなただ、余の重祚(ちょうそ)は望むところだろうに」


「いいえ、陛下、私事(わたくしごと)で判断しているつもりはありませぬぞ。現に銀河合衆機構こそ、オッカムを増長させている元凶。ある意味、我らのエッジセーク皇を手に掛けたのは銀河合衆機構と言っても良いはず。あのような腐った政治思想の国家の存在を認め、対等に扱おうとする気違い沙汰。誇り高き歴代アルケラオス皇朝が、あのような社会主義とか言う狂気の体制に、毛筋ほども脅かされてはならないのは、今上国皇も同じ思いを抱かれていると察します」


「オッカムに連邦制を提案していると耳にしたが」


「事実上のオッカム併呑です、陛下」


オロフは躊躇なく言い切った。


「エッジセーク皇の事件で、正義は我らにあります。奴等が裏で糸を引き、過激左派共に資金を援助し、銃を渡したのを、国民で疑わない者はおりませぬ。だからこそ国民も、正義の鉄槌でもある宇宙軍創設を喜んでいるのです。真理と忠義の名において、正義の裁きを下すことを、国民も望んでいるのです」


「それでうまくいくのか?」


「そのための、自由の未来とか言う左派どもの掃討行動です。オッカムと関係する証拠を押収できれば、正義の御旗を立てたも同然。ベオウォルフ条約機構の大国数カ国も、我が国を全面的に支持してくれる事でしょう。そうなれば例えネスン・ドールマ宙帯で軍事行動を起こしても、銀河合衆機構は支援行動はおろか文句の一言も申せますまい。連邦制の提案を受け入れさせ、こちらの体制下に組み敷ければ、脅威を排除するだけでなく、このアルケラオスが、今上陛下が、ネスン・ドールマ宙帯の覇者になるのです」


「そして其方(そなた)が、オッカムの総督か? それともソブリン(国王)か?」


「メルツェーデス女皇の連邦国ですな、陛下」


その皮肉った問いを予想してたかのように、オロフは即答した。


「強いアルケラオスは、強い国皇の元でのみ繁栄することを、アルケラオスの国民は皆承知しています。皇陛下にあられましては、どうぞ御心安らかに。すべてはこのオロフ・バルブロ・ウェーデンにお任せ下さい」


「それが其方(そなた)の本音か」


「──そうそう、肝心要(かなめ)のことを申し上げるのが遅れました」


上辺の言葉遣いの裏に潜むオロフの本心を見透かした上で、老皇が小声で応えたが、それを良いことにオロフは聞こえない振りをした。


「お聞き及びかもしれませぬが、皇女殿下は少々無軌道なお振舞いが過ぎるようで、今日もお召し予定の衣裳合わせの最中に、供のものの目をくらませて韜晦(とうかい)あそばされましたようで、衙衛(がえい)隊やら機警隊が失態を演じた様子。しかしすぐ、姉ヘアルヒュイド姫麾下の寵兵(ちょうへい)どもが、無事保護したとのこと。皇女殿下はいま姉のモンテフィアスコーネ城でお休みとの報告を受けました」


「──それは何としたこと・・・!」

さすがの国皇も、腰を浮かせた。





★Act.2 痛哭咽(むせ)(その)・2/次Act.2 痛哭咽(むせ)(その)・3

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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