第3話 「万夫不当の大英雄様」
マリアベルの恭しい態度の理由は、割とあっさりと判明した。
『龍聖樹とヒトの成り立ち』
なにか歴史のわかる本があれば読みたいと彼女に頼んだところ渡されたこの本。
やれ世界に混沌がどうの、龍が樹になっただの、内容は眉唾だらけの一冊。
その中に答えはあった。
つーか明らか謎言語なのにフツーに読めるのな。
今更ながら。
「『ーー人族の滅びを救ったのは、龍聖樹の加護を受けた1人の騎士、その名はガーランド・ファリオンーー』」
龍のくだりこそ児童書と間違いそうな内容だったが、様々な種族が産まれたあたりから、タイトル通り、特に人族の事についてはかなりリアルに綴られていた。
ーー始まりの騎士、ナイトオブナイトーー
他種族より劣る人族。
いつ滅んでもおかしくない戦争の数々。
そこには必ずファリオンの名があった。
かの騎士が率いる兵は皆、龍聖樹の加護を授かった。
駆ける足は音を置き去り、振るう剣は海を割り裂く。
数多の種族は、その力の前には無力も同然だった。
いつしか人族の騎士という存在は他種族の抑止力となって、今日の平和がある。
「『ーーこれが人族の歴史であるーー』ーーか」
要約するとこんな感じだった。
古めかしい装丁の本を閉じると、自然とため息が漏れた。
突拍子もない、フィクションめいた内容だった。
そりゃ脚色の一つや二つはあるだろう。
というか龍聖樹とかなんぞ?
その辺のくだりとか絶対御伽噺だろ。
とはいえ、だ。
俺の名前(この体) はクーロント・ファリオン
本の内容が事実なら、人族の黎明期から種族問わずその名を轟かせる、万夫不当の大英雄様の血族ということになる。
誰もが知る超超超有名人の血族の貴族様。
そりゃ恭しくもなるというものだ。
現実感は全く湧かないが現状を受け入れよう。
俺は今、クーロントというガキなのだと。
転生にせよ前世の記憶だったにせよ、身体と記憶がほとんど結びついていないのだ。
元の世界に帰る方法だの、この世界で生きていくだの、いずれにしても雲を掴むような話だ。
「どーしたもんかねぇ……」
誰もいない部屋で、大きな溜め息が漏れた。
取っ掛りがなさすぎだ。
何一つポジティブな発想が産まれない。
いつの間にか、辺りはすっかり更けていた。
慣れてきたつもりだが、手元にスマホが無いのはやはり落ち着かない。
ソシャゲのログボ、今期のアニメ、SNS……。
色々なものが頭の中を掻き毟ってきたが、一切合切精一杯無視してシーツに頭を突っ込んだ。
何も考えない。
スマホなんて持ってない。
アニメなんか知るか。
……そういえば。
それなりの日数、ここにいるけれども。
誰一人として見舞いとかが来ないのは何故だろう?
別に寂しいとかそんなじゃない。
どちらかと言うと、寧ろ来ないでいてくれた方が楽まである。
だが貴族なのだろう?
身寄りがない訳はないだろう?
微睡みに沈みつつある意識の中、ふと、そんなことが気になった。
だが、眠気の方が強くなっていたので、深くは考えなかった。
そもそも考えたところで、今の俺には栓のないことだ……。
ーーアー……、ーー
ーー……ハラ……ヘッタ……ーー
……何か呟いたような気がしたが……。
俺の意識は……深く沈んでいった。