9.オサナナジミの夢
Zagre side
「…まずいまずいとは前々から思っていたが、一歩一歩詰みに近づいていることがよく分かった…」
手のひらの液晶に移されているネットニュースの記事を読み、清々しい朝のはずなのに溜息を吐いてしまう。
「…んっ…ザグレくん、どうしたのそんな深刻な顔をして?」
「カナセが人間を襲った…東京で」
「…!も、もう東京ってことがわかってるの!?」
半目開きだったメリフの目も、俺の言葉によって目が冴えた。
「被害者は14歳の中学生と7歳の小学生の姉妹。どちらも軽傷のみで済んだが、再び襲うという言葉を残してヴァンパイア4人はその場から逃走した…って待て」
メリフに伝えるために記事を音読した瞬間、あることに気がついてしまった。
「どうしたの?」
「…旭って、7歳だったよな…?」
〜〜〜
『今は7歳で、今年で8歳になる予定ですね』
『………え、若すぎない?どう考えても9歳か10歳ぐらいにしか見えないんだけど』
〜〜〜
「…姉がいて、彼奴等に襲われる理由が通じる7歳の小学生って、分かる限りじゃ旭しかいない…」
「旭ちゃんって、昨日の…?」
「ああ、詳しいことは後で話してあげるけど…」
「でも、ザグレくんがその子と知り合ったのも昨日でしょ?なら襲うのって余りにも早すぎない?」
「…まだ憶測の中の範囲でしかないんだけど…
被害者が旭だった場合、もう既に俺たちの居場所がバレているって考えてみると納得がいくんだよ」
「…!じゃあ!」
「でも、その可能性は限りなく薄いと思う。
だってあのカナセだ、メリフと一緒にいるって話を聞くだけでも発狂して今すぐ襲ってくるに違いない」
「そっかぁ…じゃあ偶然襲われた女子と特徴が似ていたのかな?」
「…まぁ、結論は闇の中としか言えないけどね」
後味が悪いけど、そう思うことで杞憂に終わらせることにした。
…杞憂で済めばいいんだけど。
軽く朝食を摂り終えて、スマホの電源を付けると新着のメールが来ていた。
「…あ、メリフ」
「??」
送り主は最上さん。
タイトルは…
「再来週に、初めてのアイドル活動として表に出るらしいよ」
「……!!!!」
俺の言葉に、メリフは人形のように目を丸めた。
ここまで長かったけど、やっと俺の夢は現実へとなるんだ。
生まれてはじめて、胸の底がじわりと来るという感覚に襲われた。
〜〜〜
「おはようございます」
「おはようふたばくん!そしておめでとう!」
「おはよう、そしておめでとう」
仕事場所へと足を運ぶと、早速最上さんと藤咲さんから祝福の言葉を貰った。
「ありがとうございます。まだ新人ですけど全力で取り組んでいきたいと思います!」
「大丈夫、私たちも全力でサポートしてあげるし…何より、双葉くんなら絶対に成功すると思うけどね」
「私もそう思います!逆に私が足を引っ張っちゃうかもしれないからその時はごめんね!」
…真面目な意気込みを言ったつもりだけど、やっぱりここには似合わないかもしれないや。
2人から安心する言葉を貰ったお陰で成功させるというやる気が出てきた。
「双葉くんにも里帆さんにも、人をちゃんと観るっていうプロデューサーとしての基本的な能力が極めて高い。
これは努力ではどうにでもならない才能の1つに入っていて、私たちですら真似できないんだ。
だから、本当に私たちが足を引っ張ってもおかしくないよ。
…新人のレベルはとっくに卒業しているから緊張しなくて構わないから」
「そうそう!双葉くんってアイドル1人1人の得意不得意の区別ができているでしょ?その上にコンディションがどーたらこーたら詳しく書いていて個人個人のレーダーチャートを作ってるの知ってるよ!
あれってそういうのに特化してないと絶対に書けないってさ!
マネージャーとして完璧超人の存在だよ!
あとここにはいないけど里帆ちゃんもさらっと言っているアドバイスが私より的確で怖いからどうしてるのか教えてほしいよ!それと美容も衣装も発声もマッサージも完璧ってマネージャーとしての能力値さらっとカンストしてるのやばいからね!?
やっぱりこの世界って才能が物言うんだってわからされたよ…」
「あ、ありがとうございます…とっても嬉しいです」
ベタ褒めされるのって何年ぶりだろう。
「うん、やっぱり初めての大舞台だからアイドルもプロデューサーも緊張して当然だし、持っていたほうがいいと思う。
でも緊張をしすぎて本来の力が発揮できなくなるのはもったいないからさ、お互いにやる気を与えさせて緊張をほぐすことも大事だよ」
「…はい、色々とアドバイスしてくれてありがとうございます」
…もしかしたら俺が不安な顔をしていたから気にしてくれていたのかもしれない。
「じゃあ、俺はもう芽里の世話をしていきますね」
「うん、頑張って…それと、芽里ちゃんにも、あんまり詰めすぎないようにって言ってね」
「はい」
部屋から出て、メリフのいる部屋へと進む前にトイレへと足を運ぶ。
「…はぁ…」
来客が来ない限りは、この男子トイレに入る人は俺以外いない。
そのことを利用して、前から溜まったストレスを吐き出す場はここにしようと決めていた。
「それで、ようやくそんな日が来たってことだ」
しかし今回は、ストレスを吐き出すために来たわけではない。
単に好きなのか嫌いなのかや、今まで選択してきた行動への後悔や全ての秘密を共有することのできない辛さや、このまま独善的で未来を考えない生活を送るとどうなってしまうのかという不安交じりのの疑問が同時に始まってもつれ合って、解こうとする時間を作ろうにも作れなかっただけだから、今はそれを整理するだけしかない。
自分のことは、まだ二の次だ。
「…どこから考え始めるにせよ、カナセを無視するわけにはいけない」
落ち着いて脳を動かすと、そんな共通点を見つけた。
「…俺は、カナセが好きだった。
事実だ。この事実にだけは疑問符をつけてはいけない。
…今、俺はカナセのことが好きなのか?
それさえ分かればこの一人会議は終了できるのに…」
好きならば今すぐにでもメールで正直に告白すればいい。
そしてこの生活を棄て、カナセのもとへ行けばいい。
あんなに一途な幼馴染なんだから…今までの罪滅ぼしをすれば、許してくれるはずだ。
嫌いならば今のまま、逃げ続ければいい。
いつかこの生活を棄て、また遠く離れなくてはいけないが。
あんなに狂った幼馴染なんだから…捕まれば、もうどうしようにも抵抗できない。
「…好きだとか、そんなの分かるわけ、無いだろ」
『まだ、曖昧な回答でお茶を濁す気?』
独り言を呟いた途端に脳内で放った言葉ではない、別の言葉が響いてきた。
思わず辺りを見回してみるが、この男子トイレには俺以外には誰もいない。
『ちゃんと自分自身に問いかけて、出た答えがそれなのか?』
また声…幻聴が聞こえてきた。
気味が悪い、もうそこまで疲弊しきっているのか?
『もう一回自分をよく見て、考えろ』
そんな言葉を聞いてしまっては、もう鏡から目が離せなくなってしまう。
『好きなのか嫌いなのか、単純な2択だ』
次の幻聴が聞こえた瞬間、俺は事の不可解さに絶句した。
『好きならば今すぐにでもメールで正直に告白しろ。
そしてこの生活を棄て、カナセのもとへ行け。
あんなに一途な幼馴染なんだから、今までの罪滅ぼしをすれば、許してくれるはずだ』
『嫌いならば今のまま、逃げ続けろ。
あんなに狂った幼馴染なんだから、捕まれば、もうどうしようにも抵抗できない。』
「おい待てよ……なんで俺が、喋っているんだよ…?」
幻聴の正体は、鏡に映る自分自身の口だった。
口の筋肉を使っている自覚なんてなかった。
幻聴の内容も、聞いてから初めて思い浮かんた。
いや、違う。
これは俺じゃなくて、カナセに支配された俺だ。
カナセに依存されて、独占されて、愛されて、自堕落に落ちていった理性的でない本物の俺だ。
壊れてる、何もかもが壊れてる。
愛だけで、こんなに壊れてしまうの?
「なぁ、ザグレ」
『……』
「カナセって、一体誰のことなんだ?」
幻聴は、治まった。
用も済んでいないけど、もうどうでもいい。
芽里の元へと向かおう。
〜〜〜
「あ、ザグレくん!だいぶ遅かったけど大丈夫?」
案の定、あの幻聴が原因で時間を費やしていたらしい。
「ごめんね、ちょっと用を足していて…
それで、メリフは練習していたのか。偉いね」
「うん!だって本番まで1ヶ月もないし最高のパフォーマンスをやってみたいからだもん!」
そう言って無邪気に笑うメリフが、羨ましい。
「…ザグレくん?」
ぼーっとしていた俺が心配だったのか、メリフが俺の顔を見つめながら声を掛けてくれた。
「あっ、ごめん。ちょっと寝不足気味で…」
「そうなの?
…あ、もしかして昨日ずっとキスしながら寝てたからかな…?」
頬を赤らめてそう思案するメリフ。
「…ん、そうかもね」
本当の寝不足になった原因は別にあるが、疲れているしわざわざ訂正する意味もないからいいや。
メリフが練習を再開すると同時に、扉の開く音がした。
「おはよう双葉さんメリフちゃん!ついにやったね!」
「あ、おはよう里帆ちゃん!」
里帆さんだ。喜んでいるのは多分表舞台出演のことだろう。
「おはよう、里帆さん。漸くって気分だね」
「…あれ、双葉さんなんか疲れていない?」
あ…バレたか。
「あぁ、まぁ…ね。寝不足かな…」
そう正直に伝えてみたところ、なぜか里帆さんの顔が綻んだ。
「それなら、メリフちゃんの指導は私が代わりにしてあげるからここで寝てたらいいよ!
イベントもあるのに更に手間をかけてしまうって思わなくてもいいからさ!」
「あ、ありがとう。仮眠を取るだけでも楽になると思うし…言葉に甘えるよ」
里帆さんやメリフと一緒にいれば幾らか気が楽になる。
…やっぱり、一緒にいることのできるこの空間が好きだ。
少なくとも、あいつと一緒にいる空間よりも。
〜〜〜
身体を伸ばしたとはいえ、眠ろうとはしなかった。
また例の夢を見ることになるのは分かっているし、答えが結局出せず仕舞いでカナセと再会するのも気が引ける。
そんな風に思考を巡らせながら、体重を預けていると、体に纏わりついて束縛していたものがどんどん崩れ行くような気がした。
「…ん。もう大丈夫。里帆さんありがとう」
上体を起こし、代わりに面倒を見てくれた里帆さんに感謝を伝える。
「良かった、双葉さんが元気になってくれて」
俺が起きたことに気がついた里帆さんはそう言ってくれた。
「里帆さんもさ、頑張りすぎて2週間後の本番で倒れちゃったら本末転倒だから休むときはちゃんと休んでね」
「もちろん、言われなくても!というかそれができてなかった双葉さんに言われるのは…」
「あはは…まぁそうだね。次からはちゃんと健康に気をつけるから」
やっぱり人のことを気にしすぎていて、自分のことは二の次になっている。
俺よりも里帆さんやメリフの方が、何倍も俺のことを見てくれているじゃないか。
…そういえば、カナセは俺のことをちゃんと見てくれてたっけ。
あいつって俺の気持ちを優先してくれたことってあったっけ。
好きっていう彼女の一方的な気持ちを押し付けてられていただけだったよな。
カナセは、俺のことが本当に好きなのか?
本当の『好き』は、一方的に押し付けるものじゃないはずだよ…ね?
「ザグレくん?」
「…んあっ!?」
またシリアスモードへと入っていたらしく、次はメリフに心配された。
「よ、良かった!さっきのしょんぼりした顔から戻ってきた!」
「しょ、しょんぼり?」
「うん。最近ザグレくんたま〜にだけどしょんぼりっていうか…寂しい?顔をしてることがあってさ、そのお顔見てたら私もなんかセンチメンタルな気持ちになっちゃうから…」
…俺、そんなに顔に出ていたのか。
「ご、ごめんね。さっきしょんぼりしてたのは舞台出演の不安でちょっとネガティブになっていたというか…
まあ杞憂だよ。心配させてごめん!」
…また、正直に話せないや。
相談というのはとても良い手段のはずなのに、やっぱり…気に入っている相手だからこそ、心配をこれ以上かけたくないって思いがどうしても先走ってしまう。
「…双葉さん。
その、さ。芽里ちゃんにも絶対秘密にするから…
次の休み時間に、2人だけの場所で話をしようよ」
「…え?」
「強引でごめん。でも強制だからね」
…里帆さんに、そう耳打ちされた。
これ、何を言えばいいんだ…?
未だに俺たちがヴァンパイアっていう事実を誰にも話さない上にカモフラージュもしてくれている里帆さんだ。口外だけは絶対にしない。
だけど、俺のこんな優柔不断な面を見て、どう思うかなんて…分からない。
分からないから言いたくない。
こんなの、醜態を誰にも晒したくないとかいう自分勝手な独白とは分かっているのに。
「ザ〜グ〜レ〜くんっ!」
「うあっ!?」
メリフに不意打ちの飛びつきを喰らったせいで体勢を崩し、俺の上にメリフが跨がる形になってしまった。
「やっぱり、ザグレくんがしょんぼりしてる姿を見てると私も辛くなっちゃうんだから、もうそんな顔するの禁止!やったら吸血するから!」
う…心配しないでって言った矢先、結局言った相手に心配されているじゃないか。
「ご、ごめ「それも禁止」えっ」
「今日のザグレくんごめんごめんばっか言い過ぎ!本当にごめん使うときはザグレくんが悪いときにだけ言うようにして!」
「…」
それは気づかなかった…でも確かに、軽率にごめんって言葉ばかりを喋っていたら軽い言葉のように思えてしまうから…そのために指摘してくれたのか。
「…あ、カナセ。ありがとう。なんかちょっと気分が上がったよ」
「ほんと?それなら良かった!」
俺の上で跨がるメリフがその場ではしゃぐ…う、やめてくれ…
なんとかしてメリフが俺の上から出ていってくれるよう誘導した。
腹が、腹が痛い…
「ま、まぁ、それ程愛されてるってことだよ…」
お腹をさする俺を見て、里帆さんは冗談気味にフォローしてくれた。
「ま、まあそうだね…
…そういえば、メリフは俺のどういう部分が好きなんだろう」
俺は里帆さんの話に相槌を打ちながら、そう独り言を呟いた。
深刻な意味などは含まれていない、ただ純粋に脳内で浮かび上がった疑問だった。
「…ザグレくんの好きなところ?う〜ん…
かっこいいのはもちろん、優しくて甘やかすのが上手で抱きつくとザグレくんのいい匂いが体を包み込んでくれるところとか、私が何かやらかしてしまった時にすぐに助けてくれるところとか…枚挙に暇がないよ〜」
「何かやらかしたって自覚あったんだ…あと枚挙に暇がないって言葉よく知ってたね。それで…」
真面目に教えてくれたね。
メリフの回答に相槌を打っていたが、その言葉の続きを言おうとした瞬間に失礼だなと思い、話すのを躊躇った。
「あと、俺の駄目な部分も教えてもらいたいかな…出来る限り改善するからさ」
咄嗟に話の続きの内容を変えた。
のだが…
「「そりゃあもちろん、すぐ浮気するところだよ!」」
「あ…ご、ごめん…」
2人から不満を爆発するようにそう言われた。
これに関してはもう何も言うまい…
「あとは…さっきみたいに後ろめたいことがあったらすぐに目をそらしたりお茶を濁したりするところが駄目だな〜って思うよ。
ザグレくんはもっともっと私たちを頼っていいんだよ!
ザグレくんに甘えられている分、ザグレくんのことを甘やかしたいって気持ちがあるんだから!」
…メリフから、そんな発言が飛んできた。
俺にとっては、その発言は不意打ちだった。
「…そ、そっか…甘えても、いいんだね」
「…もちろんだよ。だって好きな人が悩みを抱えていたら、助けたくなるのって当然でしょ?」
里帆さんも、メリフの意見に賛成していた。
…確かに、里帆さんやメリフに辛いことがあれば寄り添いたくなるのは俺も一緒だ。
「わか、った。ごめんね。余計な心配をかけて。何があったのか正直に話すから」
もう言い逃れは出来なくなった。
というか、心配をかけたくないと思って隠し続ける方が皆に心配を掛けてしまうことに気付いたから…話したくてしょうがなかった。
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Riho side
やっぱり、双葉さんは隠し事をしていた。
最初は憤りすら感じたけど…双葉さんの話が進むうちにその憤りは納得へと変わっていった。
双葉さんには、カナセさんという幼馴染に長年束縛されていた。
彼はその束縛に嫌気が差してきて、ヴァンパイアの世界から逃げ出すという行動をとった。(厳密には他の理由もあったが)
ここまではの内容は前に聞いたことがあった。
ここからが話の真相だった。
少し前から、毎晩決まった悪夢を見るようになったらしい。
それは、カナセさんが双葉さんのもとに来てしまって、また監禁される、といった内容だ。
…双葉さんにとっては1番畏怖していた出来事なのだから、これは悪夢ということで間違いない。
双葉さんは、この悪夢に心当たりがあるという。
「ミサンガ…ね」
双葉さんの腕にたくさん巻き付いている、呪いのこもったミサンガを目にした。
カナセさんからのミサンガが、解けてしまったらしい。
確かに、初対面の頃と比べると少なくなったような印象を受ける。
『貴方と相思相愛にならない限り、永遠にそのミサンガにある呪いという束縛から逃げ出せない』
前にしてくれた、ミサンガの話を思い出した。
呪いという束縛…それが今回の件である『悪夢』なのだったら…かなり強力である。
忘れたくても目を閉じると再会してしまう。
嫌っていても深夜になると愛されてしまう。
双葉さんは、そんな風に思い詰めた結果、
自分が何だったのかを忘れてしまったらしい。
双葉さんはカナセさんのことを本当に嫌っていたのかすら判断できなくなっていた。
「…昔は好きだった…それは事実なんだ。
本当に邪気などなく、心から好きって言える仲だった」
「でも、あの時、俺はまだ彼女の独占欲の深さを知らなかったからそんな風に思えたんだ」
「…ある日、カナセは暗い顔をしながら俺のもとに来た。
心配だったからすぐに何があったのか訊いたよ。」
「するとさ、『浮気なんかしないで』って言われたよ。
…信じられないかもしれないけど、当時は恋愛的な意味での好きはカナセにしか向いてなかったから、いきなり支離滅裂なことを言われて訳が分からなかった。」
「詳しく聞くと、友達と話していたのを見て浮気と思ったらしい。
…浮気の境界線が余りにも低すぎるせいで、言われてから納得するまで半年以上は掛かった。
そこからだった。カナセに対して疑問が浮かんできたのは。」
「その日から、カナセはどんどん俺を独占したがるようになっていった。
監禁されて、愛されて、監禁されて、愛されて…何回も同じことが繰り返される内に、俺から『好き』を感じる心が無くなってしまった。」
だから、カナセさんから逃げ続けたいというのはこれが原因だ、と双葉さんは説明した。
「…ひどい」
昔の話を聞いた後、思わずその3文字を発声してしまった。
「話を戻すけど…それで、あの悪夢のせいで…」
なぜか、双葉さんは急にたどたどしくなった。
もしかして…
「大丈夫?言いたくないんだったらすぐに言わなくてもいいから」
「いや…大丈夫。もうここで話しておきたいから」
言い淀んだのは後ろめたいことがあるのが原因ではと思ったが、双葉さんはそれでも話したかったらしい。
「その…さ。さっき、本当にカナセのことが嫌いなのかって自分を問い詰めていたんだ。
訳が分からないと思うけど、この生活で心が整理できたお陰でそんなことを考える余裕ができたのかもしれない。
…それで、よく考えたら…ほら、カナセって病的な部分もあるけど、俺のことを一途に愛しているのは事実でしょ。
だから、そのせいで…」
「ザグレくんは優しすぎなんだよ」
双葉さんの話を遮って、芽里ちゃんが言葉を発した。
「…」
「だってさ、カナセちゃんに監禁されたのになんでそんな風に擁護することができるの?
それは、ザグレくんが優しすぎて人を悪者扱いしたくないからなんだよ!」
芽里ちゃんは続けて話す。
「自分が駄目だと非難して、カナセちゃんの良かった部分を思い出して、自分の中で好感を持とうとしているだけだから!
ザグレくんは悪くない!悪いのは100%カナセちゃんなんだよ!」
「…!」
私も、思っていたことを口にすることにした。
「…うん、私もそう思う。
だって、行動を起こしてきたのは向こう側からじゃん。
なのに自分に非があるって思い込むのは辛いだけじゃない。」
「…そ、そっ、か。そうだよね。
何もかも、カナセのせいで起きた出来事なのだから…」
双葉さんがそう呟くと、顔を上げて私達に笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、2人とも。悩みが解決したよ。
やっぱり最初から相談しておけば良かったんだね」
良かった、心からの笑顔だ。
「わたし達に頼るのが正しいと分かればいいよ!」
誇らしげに芽里ちゃんはそう言い張った。
確かに、もうちょっと私達を頼ってほしいな…
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Zagre side
心のわだかまり…といっていいのか分からないが、取り敢えずもやもやが解消したからメリフの練習を再開することにした。
「…でも、良かった。ザグレくんが正直に話してくれて。
そのまま誤魔化し続けていたら、気になっちゃって練習に身がつかなくなるところだったよ…」
「うん、私もそうだったかもしれない。
だって、もう私達はどんな些細なことでも共有しあえる仲間だと勝手に思っていたから…ちょっと腹が立ったよ」
…し、心配を掛けすぎていたのか…
申し訳なく思ったが、少し前のメリフの言葉を思い出し「ごめんなさい」と言うのをぐっと堪えた。
そして、こう言った。
「…ありがとう、俺のことを心配してくれて。すごく嬉しいよ」
「…今日から、この3人の中で秘密は無しだからね!」
里帆さんが発案したその新ルールに、反対した者はいなかった。




