勇者様それ抜いちゃダメなやつです!!
チェルシーは勇者パーティーのしがない荷物持ち兼飯炊きだ。
大した魔法も使えず、体力も人並みで、身分は平民。自慢できることと言えば荷物の持ち運びに便利な空間スキルと料理の腕くらいしかない。
一緒に旅をすることになった勇者達は、そんな平凡なチェルシーとは正反対の全員が英雄と呼ばれるのに相応しい傑物揃いだった。
ただ、
ただ、一つ問題があるのならば、
「よし、この杭を外すぞ!」
「わぁあああ駄目ですだめですぅううぅ!!」
そう言って勢い良く鉛色の杭に手を伸ばした青年の腕にしがみついてそれを阻止する。
「うぉ!?チェルシーどうしたんだ?」
「どうしたじゃなくて!!どう考えてもそれ抜いたら溶岩が頭上から降ってくるでしょう!!あれ見えないんですか!?」
「ほらあそこ!!」と怒鳴り散らしながらトラップを指指すと、指の先を視線で辿った相手から「あーほんとだ」と呑気な声が返ってくる。
「ははっ、気付かなかった!助かったチェルシー」
「勇者様私いつも言ってますよね?ちゃんとトラップを確認してから引き抜いて下さいって」
「うーん、見た上でこれだと思ったんだけどな」
「このトラップを解除するにはまずあの横の杭を引き抜いて溶岩を水で固めなければいけません」
「おぉ!なるほど!さすがチェルシーだ!溶岩の上をどうやって渡るのか疑問だったんだ」
「くっ…このおバカ勇者…でもちゃんと最初に全体を見たのは偉かったですよ!」
漸く杭から腕を離してくれたのを見届けて、チェルシーも掴んでいた腕を解いた。
「まぁ、落ち着けよ。キアンだって悪気があった訳じゃねぇだろ?間に合ったんだからいいじゃねぇか」
「良くないですっ!!術式の計算間違えて自分よりも高レベルの相手に突っ込んで怪我したノーマンは黙ってて下さい!!」
大斧を肩に担いだ鎧姿の壮年の男はバツが悪そうに頬の傷を掻いた。
「今日はちっと調子が悪かったんだ」
「逆に調子のいい時が今まで一回だってありました!?でもはじめの2桁の足し算はよく出来てましたね!」
出血は止まっているが油断は禁物。消毒液を吹きかけてぷんすこ怒りながら絆創膏をその頬に貼り付ける。
「ノーマン右脇腹も殴られてましたよね?表面上に傷はないですけど…ラウル様念のため回復魔法をお願いします」
「さっきからやってるんじゃが…うーんここをこう揃えるんじゃったかのう…?それともこっちかのう?」
「石の配置はこうしてからこうです!!」
「おー、そうじゃったそうじゃった。いやー最近物忘れが酷くてなぁ。チェルシーのような孫がいてくれれば安心じゃ」
「同じ色を揃えるだけなんだから物忘れ云々の問題でもない気がしますけど!あと私はラウル様の孫じゃないですよ!でも本当の孫のように可愛がってくださって嬉しいですおじいちゃん!!」
一息でそう言い切って肩をぜーぜーとさせながら回復魔法の発動を見届けた自分達の背後から「ふぇぇ!!」と情けない悲鳴が響いた。
「ロッティ!?どうしました!?」
「敵襲か!?」
ばっとキアンとノーマンがチェルシーとラウルを庇うように前に出て武器を構える。
その二人の背後から悲鳴の主である仲間の安否を確認しようとして身構えながら様子を窺うと枯れた巨大な植物の前で座り込んで泣いているロッティの姿が見えた。
「ロッティ…またですか!!」
「なんでぇ…なんでなの…今度こそうまくやったのに…!!」
いつもの光景に警戒を解いたキアンとノーマンの横をすり抜けて座り込むロッティに歩み寄る。
ロッティは魔法使いの少女で、特殊な魔方陣に自分の魔力を隅々まで行き渡らせることで魔法を発動しているのだが、こうして魔力を流す方向を間違えて魔法が正しく発動しないのは日常茶飯事だ。
「目先の回路だけ繋げてもゴールへは行けませんよ」
「だってぇ…」
「植物を出して食料を調達してくれようとしたんですよね?ありがとうございます」
「……うん」
ぐすぐすと泣いているロッティの顔に鼻紙を近づけて「はい、ちーんってして下さい」と鼻水と涙を拭う。
「ほら、ロッティ、もう一回やってみましょう?ここを繋げて、こっちに流せばどうですか?」
「わぁ…あ、本当だ…できてる!できてるよチェルシー!」
「おぉ!すごいなチェルシーは!」
「全くだ、俺ぁちっとも分からなかったぜ!」
「流石わしの孫じゃ!」
「………」
もう、おわかりだろうか。
つまりこの勇者一行、全員がこんな感じの…つまり残念なのだ。
聖剣に選ばれた今代の勇者キアン。重戦士ノーマン。導師ラウル。回復師ロッティ。
字面だけ見れば、前述したとおりそれぞれが剣聖とか狂戦士とか幽玄の王とか光の聖女とか、そうそうたる称号を持っているすごいメンバーなのだ。頭を除いて。頭を除いて。大事なので2回言いました。
初日こそわざとやっているのかと不敬を忘れて声が枯れるほど怒鳴ってしまったが、彼等に悪気はないのだと気付くまでに時間はかからなかった。
キアン様は強くて正義感と勇気に溢れた方だ。お顔も凛々しく黙っていれば普通に格好良い。ただそれを上回る残念を発揮するだけで。
ノーマンは世話好きでいつも場を明るくしてくれる頼りがいのあるタフガイ。ただ計画性がなく無謀につっこんで行くだけで。
ラウル様は色んな事を知っていて穏やかで優しいみんなのおじいちゃん。ただ物忘れが激しいだけで。
ロッティもいつも一生懸命誰かを思いやれるとっても良い子なのだ。ちょっと致命的なドジッ子なだけで。
悪い人たちでないのは一緒に旅をしていればすぐにわかったことだった。
だからチェルシーは毎日声が枯れようが、どれだけ世話が焼けようが、巻き添いで酷い目に合おうが、彼等のことが大好きになっていたから、今もこの凸凹すぎるパーティーに今日も同行しているのである。
そんなすごいメンバーの中に何故平凡を絵に書いたようなチェルシーが入っているのかと言えばそれは王様の命令があったから。
そう、チェルシーには単なる雑用係とは別にもう一つだけ特別な理由があった。
「よし、じゃあ出発するか!」
ロッティが実らせた果物を食べ終わったキアンが立ち上がって裾をはたく。
「はい!」
「おう行くか!」
「そうじゃのう…」
「あ、ラウル様手を…」
「おぉ、すまんのチェルシー」
立ち上がるラウルに手を貸して「どっこいしょ」と声をかけて立たせたのと同時に「ん?何だこれ?」とキアンの声が聞えた。
一瞬で嫌な予感を察したチェルシーは、ばっとキアンの方を振り返る。
「ゆ…」
チェルシーが止めようとした時にはもう遅い。
見覚えのある金色の杭を引き抜いた状態のキアンの上からスローモーションのように溶岩が降ってくる。
「勇者様ぁあーーー!!!!」
呆然と頭上に降りかかる溶岩を見上げているその横顔に手を伸ばして、チェルシーはありったけの力を振り絞って自分の頭の中の砂時計をひっくり返した。
「よし、じゃあ出発するか!」
ぱちんと目の前で何かが弾けたような感覚に、チェルシーは安堵の溜め息を吐く。
顔を上げて見渡せば、既に食べ終わったキアンが立ち上がって裾をはたいていた。
「はい!」
「おう行くか!」
「そうじゃのう…」
キアンの呼びかけに応じてそれぞれ準備をはじめるメンバーを見ながら、チェルシーは素早くキアンに近付いて「勇者様、ラウル様に手を貸していただけますか?」とお願いした。
「あぁ、もちろん!」
「おぉ、すまんの勇者殿」
「よっと」
キアンがラウルに手を貸しているうちに、チェルシーは先程キアンが誤って引き抜いた杭を正しい方法で解除して無効化する。
「ふぇ、チェルシーどうしたの?」
「何でもありませんよロッティ、さぁ行きましょう!」
「チェルシー、次の町まではどのくらいだ?」
「まだ3日ほどかかりそうです」
「そか…ラウル殿は大丈夫か?」
「いざとなったら俺がおぶってやるよ爺さん!」
「私も。痛いときは回復するから言ってね、ラウル様」
「あぁ、あぁ、優しい子達じゃ」
ほのぼのとした会話をしながら、一度目に溶岩の落下してきた地点を通り過ぎた四人を後ろから確認してチェルシーは胸を撫でおろす。
(今回も無事に変えられた…)
無意識に握り締めていた掌を開いて、何度か結んだり開いたりして深呼吸をする。
そう。チェルシーは一日一回だけ。時間を3分巻き戻せるという特別なスキルを持っていた。
もっというならば、チェルシーは転生者であった。前世の事とか、何で死んだのかとか細かいことは覚えていないが、この不思議な力だけは転生した時に授かったものであると何故か理解していた。
気がついた時にはもう身寄りのない教会暮らしをしていたチェルシーだったが、特にその暮らしに不満を持っていたわけでもなくて、ただ空間魔法で教会の仕事や買い物を手伝ったりしてそうやってこの小さな村で生きていくのだと信じて疑わなかった。しかし面倒を見てくれていた牧師はその能力を本人以上に買ってくれていたようで、田舎の村の中だけで終らせるには惜しいと王都の教会へと連れて行ってくれたのだ。親代わりの牧師や良くしてくれた村の人たちと離れるのは寂しかったが、「ここで暮らせば衣食住は保障されるし、未来が選べるんだ」と牧師に説得され、チェルシーは王都で暮らすことになった。
何度も頭の中で砂時計をひっくり返すイメージで、スキルを上手く使うための練習はとても大変だったけど、王都の教会の人達も親代わりと言えるほどに良い人達だった。
そうして年齢を重ねて、十七の年。
その特別なスキルがあったからこそ、王様から「勇者一行に同行すること」を命じられたのだ。
時間を巻き戻せるとは言っても、たった3分である。そして代償も全くの0ではない。
空間魔法はともかく、3分の魔法が一体なんの役に立つんだと思っていたが、その疑問は彼らに会って初日で解消した。自ら罠を踏み抜くわ、自ら危険に突っ込んでいくわで、とても危なっかしくて見ていられない。忘れもしない、彼等との顔合わせの初日。会って数分でチェルシーはこの巻き戻しを使う羽目になったのだから。
勇者達に会う前は、「おぉ異世界転生っぽくなってきたなぁ」とか「こんな話知らないけど、一体どんなストーリーの世界なんだろ?」なんて呑気に考えていたのだが、すぐにそれは間違いであったことに気付いた瞬間だった。
そしてここが大事なポイントになるが、どうやらチェルシーが転生したのはゲームや小説などの「特定の物語」ではなく、よくゲームや動画サイト利用中に流れるあの下手くそすぎる「ゲーム広告」の中だということだ。
これでは魔王を倒す前に自滅するのが目に見えている。だってチェルシーが前世で見てきた広告は全部が全部ど下手くそな見本だったから。
全員が全員強くて残念すぎるパーティーは見事すぎるほどに諸刃の剣だった。まだ魔王に呪われていると言われた方が納得できるほどに。
だからチェルシーが彼等の命綱として選ばれたのだ。
たった三分でも時を戻せるチェルシーが。
「チェルシー」
「っ…勇者様、どうしました?」
ぼんやりと思いを馳せていたチェルシーは、前を歩いていたキアンがいつのまにか自分の隣に来ているのに気付かずにはっとする。
「いや、何でもないけど…今日の夕飯は何かなって」
「さっきお昼を食べたばかりですよ…でも、確かに果物だけだったし…夜はシチューにでもしましょうか?」
「やった!じゃあ肉を狩らないとな!」
「一昨日獲ったグーグー鳥がまだ残ってますよ」
「それならこの間作ってくれたやつがまた食べたい。あの串に刺して焼いたやつも頼む!」
「うーん…あれを作るならお肉が足りなくなるのでシチューは今度にしましょうか」
「えっ…だ、大丈夫だチェルシー!肉なら俺が獲ってくる!」
「でも…」
「いやだ、チェルシーの作るシチューも食べたい」
「う…」
眉を下げた表情に、耳と尻尾を垂らした犬の幻覚を見てチェルシーは言葉につまる。チェルシーよりも年上の青年だというのに、本当にこういうところでそういうのを出してくるのはずるいと思う。チェルシーは素早く頭の中で食料の残りを計算する。ぎりぎりではあるが、現地で調達できる食料も探索中にちらほら見かけたので何とかなりそうだと結論を弾き出して「ふう」と一つ溜め息を吐く。
「仕方ありませんね」
「やった!」
拳を握って嬉しそうに言った勇者に苦笑して「そんなにシチュー好きでしたか?」とチェルシーが聞けば、「お前の作ったものは全部好きだ」と屈託なく笑われて再び言葉に詰った。
「胃袋を掴まれてるからなぁ。もういっそ俺のとこにもらわれてくるか?」
「何を言ってるんですかっ!」
冗談だと分かっていても、少なくない好意を持った相手にキラキラしい笑顔でそんなことを言われたらチェルシーだって照れてしまう。
「あー!!勇者様が抜け駆けしてるー!!」
「我が孫に手を出そうとするならば勇者殿とて容赦はしませんぞ!!」
「そうですぅ!!チェルシーは私の一番の親友なんですぅ!!旅が終ったら一緒に暮らすんだから!!」
「それはロッティが勝手に言ってるだけだろ?」
「あっはっはっは!!チェルシーよ、お前は罪作りな女だな!!」
「ノーマン、笑ってないで止めてください!あああラウル様杖はしまって!!ロッティも!!」
急に騒がしくなった自身の周囲にチェルシーは頭を抱える。困るのは本当だが、彼等が本心からただの雑用係でしかないチェルシーを仲間として好いてくれていると分かっているから怒れない。
もっと優秀な人材…というかストッパーはいなかったのかと思うが、時を戻すという力技でも使わなければ彼等の暴走は止められないかもしれないと思い直し、チェルシーは荷物を背負いなおして「もう置いていきますよ!!」と声を張り上げた。
魔王を倒すための旅は順調だった。
勇者達の力は本物だ。純粋な戦闘であれば普段の危険に自ら頭から突っ込んでいく残念さが嘘のように冴え渡っている。それについてもチェルシーは何度も「何でなの?」と毎回思っているが答えは見つかりそうもない。戦闘が終ればいつもの残念な彼等に戻ってしまうからだ。
けれど、だからこそチェルシーは戦闘に関しては彼らを信用していた。何よりチェルシーのスキルは自分が致命傷を負ったらもう巻き戻すことは出来ない。下手に心配して何もできない自分がうろうろしていたのでは邪魔になるだけだと分かっているからこそ、こうして戦闘中は身を潜めて皆の無事を祈るしかない。
倒木の陰から覗くと、キアンが聖剣で大きな熊型の魔物に斬りかかるところだった。ラウルが唱えた術によって足元から鎖が伸び魔物の足を拘束した。身動きの取れなくなった魔物に後ろから大斧で切りつけたノーマンに、魔物は身を捩って抵抗する。その間にロッティは回復を皆にかけていく。今日も完璧なチームワークだった。
「この調子ならもうすぐ倒せそうだな…」
「グルゥルアアアァア!!!!」
「!?」
チェルシーが安堵しかけたとき、すぐ後ろで咆哮が聞こえた。
まずい、と。そう思ったときにはもう遅くて、振り返ってすぐに目の前で振り下ろされる凶悪な爪の残像が目に映った。
「うぐあぁっ!!」
「!?」
もう駄目だと目を瞑ると強張った身体が何かに包まれるような感じがして、すぐに衝撃が襲い地面に転がった。縺れるように地面に転がった瞬間、自分を包んでいた何かが剥がれる感覚に、痛みでチカチカする目を開けて両腕で上半身を何とか持ち上げた。
「ゆ…うしゃ…さま…?」
クラクラする頭で、自分よりも手前に倒れている金色の頭を見つける。うつ伏せのまま動かないその姿に声が出なくなったチェルシーは、両腕で這い蹲って、キアンの傍まで移動する。
「ゆう、しゃ様…勇者様っ…!!」
必死に身体を起こしてその身を揺さぶれば、背中にはおぞましい傷がついており血溜まりを少しずつ広げていた。
「勇者さまっ…勇者様が…!!ねぇ!!ロッティ!!早く回復を…!!誰か…!!ノーマン!!ラウル様!!」
必死に名前を呼ぶけれど、二体の魔物に応戦するので手一杯なのは目に見えていた。それでも理解したくなかった。
「ねぇっ!!お願い…誰か…!!誰かたすけて!!勇者さまっ…」
「チェルシー…」
「勇者様っ!!」
叫ぶことしか出来なかったチェルシーの腕の中でキアンは弱々しく名前を呼んだ。
「どうして」
私なんか庇ったんだと怒鳴りたかった言葉は、その目に飲み込まされた。
「はは…無事で良かった…」
「良いわけないじゃないですか!!」
「あのな、さいご…に、きいてくれるか…」
「最後とか言わないでください!!お願い…もう喋らないで、すぐにロッティが回復してくれるから!!」
「あのな、嫁にきてほしいって言ったの本気だった」
「っ」
「死にでもしないと…冗談でしか伝えられなかった…ごめん…」
そんなこと知らなかった。知っていたら。知っていたら。
仲間に向ける感情だと必死に言い聞かせていたこの気持ちだって。
「でも、さいごに、言えてよかった…」
「ごめんなさい…」
「チェ…ルシ…」
「私は…」
死にでもしないと、なんて、酷い言葉なんだろう。頭の中で砂時計を形作る。最期の瞬間に伝えてくれた言葉を。
私は、今からなかったことにする。
叩きつけるように勢いよくひっくり返した砂時計は霧散して光の粒子になって消えた。
ぱちんと頭の中に響いた風船の割れた音と同時に走り出す。
「っ…!!」
走り出してすぐにチェルシーの隠れていた場所が轟音と共に抉られて吹き飛ぶ。
「みんな目を閉じて!!」
「グルゥルアアアァア!!!!」
「くらえっ!!」
咆哮をあげた魔物に振り返りざまに亜空間から取り出した閃光弾を投げつける。ぶつかる前に爪で弾かれた弾から瞬間強い閃光が走る。
「いっけぇえええーっ!!」
間隙を入れず魔物の頭上に亜空間を開き収納していた大岩を上から落とした。
「チェルシー!!」
「無事です!!勇者様はそのまま前の魔物を倒して下さい!!ラウル様っ勇者様に防御壁をお願いします!!右の二段目の三角の石を左と入れ替えれば完成ですよ!」
迷っている時間などない。助ける。助けなきゃ。絶対に、無力な私のせいで死なせたりしない。
魔物が怯んだ隙に勇者達の近くまで辿りついたチェルシーは、後方の魔物を確認する。頭上から落とされた大岩によって多少のダメージは入ったようだが絶命させるにはまだ足りない。前方の魔物はもう少しで倒せそうだ。
「ロッティ!!魔方陣は!?」
「えっとあと二箇所つなげればできるよぉ~!」
「左下の回路を90度右に回転して真ん中の直列を縦に直して下さい!!ノーマン、ロッティの魔法が発動したらとどめを!!」
「おう!!でぃやああああッ!!!!」
魔法による爆炎が上がった後、咆哮とともにノーマンが大斧を魔物の額に叩き降ろす。同時に背中からはキアンが心臓を剣で貫いた。
断末魔を上げた魔物はもんどりうつこともなく地面に斃れ土煙を舞上げた。
「はぁ…ハァ…」
「やったな」
魔物の絶命を確かめたノーマンが斧を持ち上げて地面に突き刺してどかりと座る。魔物の体から剣を引き抜いたキアンも表情を緩めて鞘に収めた。
「今回のはちっと骨が折れたな」
「魔境が近くなっているからじゃろう」
「二人とも怪我しなかったですかぁ?」
無事を確認しあう4人を見ながら、チェルシーは安堵から脱力してその場にへたりこんだ。
「は……はっ…は…」
息を吸っているはずなのに苦しい。過呼吸だと分かっているのに呼吸が浅くなるのが止められない。
良かった。良かった。今回もちゃんと救えた。みんな無事。大丈夫。大丈夫だから。
そう自分に言い聞かせて息を限界まで止める。
「チェルシー!?どうしたッ!!」
チェルシーの異変に気付いたキアンが駆け寄って背を擦ってくれる。
「どこか怪我を!?ロッティ!ラウル様!はやく回復を!!」
「チェルシー!!」
「だい…じょぶ…ちょっと、…は…恐かった、だけ…から…」
息を止めたことと途切れ途切れに喋ったことで、少しだけ呼吸が落ち着いてくる。
「すぐ倒せなくて悪かったな、恐かったろチェルシー」
「そうよねぇ、今日の魔物は大きかったしぃ…」
「おぉおぉ、可哀相に、もう大丈夫じゃからな」
慰めてくれる仲間達に何とか笑顔を作って「ごめんね、もう大丈夫だから」と震える膝を叩いて立ち上がる。
その夜パチパチと燃える薪を見ながらチェルシーは、止まっていた鍋をかき混ぜる手を手を動かした。今日のリクエストはキアンのリクエストであの熊型の魔物の串焼きと肉入りスープだ。
いつもなら憎い相手として食らって笑い話にしてしまうところだが、どうしてか今日は食欲がちっともわかない。その理由も分かっていた。
「おー、いいにおいするなぁ!」
「勇者様」
「あとどのくらいでできる?」
「もうちょっとですよ、皆さんは?」
「周囲に結界を張りに行ってる、今日はここで野宿だからな」
いつもと変わらぬ彼の姿にチェルシーは少しだけ笑う。
「味見していい?」
「勇者様…」
「なぁ頼む、一個だけ、な?」
「もう…仕方のない勇者様ですね」
目を輝かせて串焼きを指差すキアンに根負けしたチェルシーは、笑って火からおろした串焼きを一本渡す。
チェルシーは恐かった。目の前でキアンの命が失われたことが。
そしてあの今際の言葉を、なかった事にしたくないと一瞬でも考えてしまった自分が恐ろしくてたまらなかった。
「どうぞ、皆には内緒ですよ?」
「さんきゅ…あふっ…んん…んまい!!」
あの瞬間、チェルシーは時を戻すことを躊躇わなかった。それだけは自分を信じてあげられる。けれど次はどうだろうと嫌でも考えてしまう。キアンの気持ちを知ってしまった今、同じことが起こったら自分は躊躇わずに時を戻せるだろうか。
「やっぱりチェルシー俺のところに嫁にこいよ」
「料理が上手だからですか?」
「そう!」
キアンは笑う。
チェルシーは一度目を閉じて息を吸う。
「まったく…相変わらず好きですねその冗談…何を言ってるんですか!」
ううん。貴方を助けるためなら何度だって戻してみせる。
もう二度とあの言葉が聞けなかったとしても、後悔したりしない。
貴方が生きて、そうやって笑っていてくれたら。
「ん…?チェルシー?」
「何でもありません!さぁスープが煮えましたよ!皆さんを呼んできてください!」
躊躇ったりなんてしない。
大好きだからこそ、死と引き換えの言葉なんか望まない。
その後の旅は順調で、ハラハラする場面も相変わらず多かったが大きな怪我もなく魔境まで辿りついた勇者一行は、遂に最終目標である魔王の前に立っていた。
「はははっ!!いい様だな勇者よ…!!それっぽっちの力で我に挑もうとは!!!」
「くっ…!!」
魔王から放たれる即死魔法を飛び退って回避したキアンは、すぐに体勢を立て直して魔王に斬りかかる。
「甘いわ」
「ッ」
「相手は勇者だけじゃねーぞ!!!!」
「むッ…!?」
キアンの剣を避けた先にノーマンが斧を横なぎにフルスイングする。
「そうですよぉ!!油断できるほど私達は弱くないですぅ!」
「追い詰められた獲物ほどよく吼えるというやつじゃのう」
「黙れ!!」
「きゃあ!?」
「ッ!?」
「みんな…!!」
玉座の間の扉の影から戦いを見守っていたチェルシーは両手をぎゅっと組んで祈る。
戦いが始まってから既に3分以上は経ってしまっている。だから時を戻したとしても魔王との遭遇前には戻れない。だから不利な状況に陥った時は、時を戻してすぐに退避できるように煙幕やら陽動やらを発動させる必要があった。
「負けるかぁあっ!!!!」
「そうじゃ!防護壁発現!」
「エンチャントも発動ですぅ!!」
「行くぞ!!どぉりゃぁ!!!!」
「ぐぉおあァアッ!?に、人間風情がァあアァ!!!!」
「!?」
キアンの一撃が魔王に決まった瞬間、咆哮を上げた魔王は広範囲に魔方陣を展開させる。
「ッまずい!!殲滅魔法じゃ!!」
「ふぇええ逃げ場がないですぅぅ!?」
「ッどうすりゃいいんだよ…!?」
「魔方陣を破壊するんだ!!」
「だめですぅ間に合わないっ!」
「諦めるな!!」
「ハハハハ!!跡形もなく消し飛ばしてくれる!!」
「みんなッ…」
このまま魔法が発動すればきっと部屋の中にいるキアン達は無事では済まない。4人はそれぞれ魔方陣を破壊しようとしているが、このままじゃとても間に合わない。
チェルシーは時を戻そうと頭の中に砂時計を
「チェルシー!!!!」
浮かべた瞬間、玉座の間に響き渡るような大きな声でキアンが名を呼んだ。
「大丈夫だ!!俺を信じろ!!」
「勇者様ッ…?」
「時なんか戻さなくても、絶対に勝ってみせる!!」
「ど…して!?」
キアンの叫んだ言葉にチェルシーは目を見開く。
「これ以上お前の命を削らせない!!」
「どうして、それを…」
「ブラッディベアの討伐の時に様子がおかしかったからこの間王様と宰相を脅して聞き出した!!」
「勇者の癖に何やってるんですか!?」
穏やかでない言葉に思わずチェルシーがつっこむと「皆も一緒に行った」という言葉に更に愕然とさせられた。
「まさかチェルシーにそんな特技があったとはの…驚いたわい」
「そうだよ!!私怒ってるんだからね!!こればっかりはチェルシーでも喧嘩だよぉ!!」
「俺もロッティに同感だ!お前の犠牲なんて許せるかよ!!」
「みんな…」
「爺のために大事な寿命を使うなんて…帰ったら説教じゃぞ?」
「たったの3分です!!みんなの命に比べたら…!!」
「時間がどうとかじゃない!!お前の命の1秒だって俺達にとっては大事なんだよ!!」
「!!」
ラウルが手元の石を形と並びを揃えたことで光の柱があがる。
ロッティの魔力の回路が充填され二本目の光の柱ができる。
ノーマンが複雑な術式を纏わせた斧を振り上げたことで三本目の光の柱が伸びる。
「もう遅い!!!!滅べ勇者ども!!!!」
「滅ぶのはお前だ魔王!!」
「勇者様ッ!!みんなーっ!!」
手を伸ばしたチェルシーにニッと笑った勇者は、床に剣を突き立てて叫ぶ。
「うおおぉおーーー!!!!」
聖剣が輝き四本目の光の柱が現れて天井に大きな魔方陣が浮かび上がる。
「あ、あれは…!?」
「極大魔方陣だと!!?」
魔王の焦ったような言葉に、チェルシーはあれが史実にしか残っていない過去の勇者一行が発動させたとされる魔法なのだと知る。
キラキラと光が降り注ぎ、魔王の魔方陣は逆にその形態を維持できなくなっていく。
「くそ…何故だ!!寿命の短い人間ごときが何故!!?」
「限られた時を生きる人間だからだよ!!」
キアンが聖剣を振り上げて構える。
「チェルシー、大好きだ!」
「ッ!?」
「私も大好きだよぉ、チェルシー!」
「俺もお前が大好きだぜ!」
「可愛い孫よ、愛しておるぞ」
「アーッ!ラウル様ずるいぃ!!ロッティもチェルシーのこと愛してるもん!!」
「ばかやろう!!お前等それはキアンに譲れよ!!」
「くそ…こんなところで先を越されるとは…!!魔王め!!」
「え…我のせい…?」
「死亡フラグだから魔王を倒す前に言うなって言われてたんだよ!!これなら先に言っとけば良かった!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ仲間にチェルシーの目からぼろぼろと涙が零れる。そんなことしてる場合じゃないと思うのに涙が止まらない。
「おい魔王、知らないと思うから教えてやるけど。決戦前に告白を我慢した俺は死亡フラグを立ててないってことだ」
「つまり…?」
「お前は絶対に俺に勝てない!」
四つの光柱が全て聖剣に吸い込まれる。光り輝く刀身を翻してキアンは地面を蹴る。
「でやあああぁああ!!!!」
「グォォアアァアァ!!?」
一瞬で距離を詰めたキアンの剣が魔王の胸に刺さる。
視界を全て染め上げる白い光が溢れて弾ける。魔王の体はボロボロと光に溶けるように消えていく。
「っ……」
息を飲んでそれを見ていたチェルシーはへたりとその場に座り込む。キアンがゆっくりと歩いてきて、へたりこむチェルシーに手を差し出してくれる。
「もう言っても大丈夫だよな?…愛してるチェルシー。誰かのために一生懸命になることができて、誰かの幸せを願えるお前を愛してる。だから、俺と一緒に残りの人生を生きて欲しい」
「うっ…うぅう…」
「俺達に使った寿命の分も絶対幸せにする。だから俺のところに嫁に来てください」
「うぇぇえええん!!」
「返事は…」
「よろごんでぇえぇえ!!!!」
とうとう涙腺が決壊したチェルシーは涙と鼻水まみれで泣きながら返事した。
「ねぇ、それで勇者様と飯炊き女はどうなったの?」
「結婚して幸せに……まぁ、冒険が終わった後、褒章でお姫様との結婚を迫られた勇者が怒って国を滅ぼそうとして新しい魔王になりかけたり、聖女が王家と関係者全員に語尾がポヨになるデバフをかけたり、魔術師のおじいちゃんが鼻からピーナッツが止まらなくなる呪いを国王にかけたり、戦士が城の一番高い尖塔を切り倒したりとか…まぁ、紆余やら曲折やらを経て、ね」
「へー何だか終ってからの方が面白そうな話だねー」
「お、何の話しだ?」
無邪気に膝の上で目を輝かせていた幼子は、父親に抱き上げられて甲高い笑い声をあげる。
「魔王誕生の話だよ!」
「胎教に良くないんじゃないか?」
「あなたの話ですけどね」
我が子を抱き上げたキアンを見上げながら、チェルシーは大きくなった自分の腹を撫でる。
「それより、今日も無事ですね?うっかり前時代の罠の残りの杭を引っこ抜いたりしてないですね?」
「あぁ!うっかり抜いちゃったけどちゃんと避けた!」
「駄目じゃないですか!!?でもちゃんと避けたんですね無事に帰ってきて偉いです!!」
もうチェルシーが時を戻すことはないと思いたいけど。
「信じていますよ?」
「あぁ」
世話のかかる旦那を残してはいけないだろうなぁとも思うので、だからチェルシーは毎日声が枯れようが、どれだけ世話が焼けようが、巻き添えで酷い目に合おうが、彼の事が大好きだから信じて美味しいご飯を作って待つのだ。
勇者と飯炊き女は、最後まで一緒に生きたのだと胸を張って言えるように。
アニメイト耳聞きに投稿しようとして、字数制限を見ていなくて、3000文字オーバーに絶望して削るのも投稿するのも諦めた話ポヨ。