青少年 ネコ みっちゃん 。
どーもいらっしゃい!
「ネコ、ちゃん…」
ネコちゃんだ。
目の前に大きいネコちゃんがいる。
「―っすわおおきい…」
それも特大の、すげーでっけーネコちゃんだ。
真夜中の住宅街に、それはもう凄く大きなネコちゃんがいる。
「幻、とかじゃないよね? 俺熱あんのかな?」
気をしっかり持って、もう一度確認しよう。
……うん、やはりネコちゃんがいる。
建ち並ぶ家のその殆どが3階建ての建造物で、向かい合う家と家のその間、舗装された歩行路に、その家々の1.5倍はあろうかという程のでっけーネコちゃんがいる。
虎とかライオンよりでかいけどネコちゃんだ。
頭に角らしきもんが二本程あるけどネコちゃんだ。
恐らく世界で確認されている猫科、幾千幾万の種類、その全て、いずれも目の前の存在が当てはまらないだろうことは承知の上だが断ずる、ネコちゃんだ。
何度でも言おう。
目の前にいるのはネコちゃんだ。
何故こうまで頑なに言い切れるのか? その理由はとてもシンプルでハッキリしている。
俺は生粋のネコちゃん好きで、ネコちゃんを見るとそれだけでその日一日超幸せだし、見かけた瞬間ワクワクが止まらなくなって指なんか無意識にワキワキ動いちゃう。
それ以外の動物を見ても特に何か感じたことがないし、触りたい〜だなんかも思ったことがない。
犬なんかを見てもだ。
完全猫唯一派の俺がネコちゃんだと断じている。
―だってワクワクしてるんだもの俺。
どう見てもネコちゃんじゃない! とかこんな動物存在しない! とかそういう事は問題じゃない。
尻尾とか燃えてるけど、その周りの景色が歪むくらいの熱を放ちながら激しく燃えてっけど、それでも絶対にモーマンタイ。
俺がネコちゃんと言ったらネコちゃんなんだ。
―だって萌えてるんだもの俺。
「…この日の為かっ!」
思わず声に出してしまっていた。
でも仕方ない、それほどの確信があった。
間違いないこの日この時この瞬間の為に! このっ瞬間のっ為にっ!!
「充子は俺をこの世に送り出した…」
ちなみにだが充子は俺の母である。
今となっては敬愛する母上様と言っても過言でしかない。
愛称はみっちゃんだ。
ありがとうみっちゃん。
「この瞬間の為に産まれたのは間違いない…しかし…」
俺もバカではない。
目の前の至高の存在は至高であるがゆえ、一度触れようとすれば、我が身を破滅させかねないであろう存在とも言える。
たった一枚の絵画があるとする、世界に一枚しかない至高の価値を持つ絵画だ。
一枚、たった一枚だ。
手に入れる者はたった一人。
ならばそれをめぐり我先に手にしようとする人々が互いに殺し合うことなどざらにあるだろう。
至高の存在とは、それに付随した価値も持ち合わせている。
価値あるものを手にいれようとすればそれ相応の対価、相応のリスクを覚悟しなければならない。
轟々と燃え盛る尻尾に目を向ける。
まばゆく燃えるその炎はこちらを誘うように怪しい光を放っている。
そして傍らには相応する大きな、極めて大きな影も寄り添っていた。
こめかみをつーっと汗が流れる。
「…ふっ」
愚かしさに笑いが溢れる。
なにを俺は怖じ気づいているんだ。
相応の対価? 相応のリスク? そんなものに文句を言い始めたらきりがない。
言うことじたい間違っている、そんなものはただのダダにすぎない。
ウ○トラマンにやっつけられて終わりだ。
相応の対価も、リスクも、覚悟して挑んだその先。
行動のその先にある成功により、それを手にしたとき、払ったリスクに見合った分だけ多様な豊かさを得ることができるのだ。
なにを躊躇うことがあるか、今しがた天啓を得たではないか。
自分はこの瞬間の為に生まれ人生を歩んで来たのだ。
「この瞬間の…為に…」
そう、この瞬間の為に。
歓喜と怖れをないまぜにした感情が両の膝を震えさせる。
「ええいっ! ままよっ!―」
―震えた膝を叩き、いざ一歩を踏み出したその瞬間、ネコちゃんの双眸がこちらを鋭く射抜いた。
瞬間、震えていた足はその微細動をピタリと止め、行き場を失った運動エネルギーはなんとかしてそのエネルギーを発散させようと、身体中の汗腺を一気に開いた。
ほんの一瞬で身体中が水を被ったようにひんやり濡れ濡れ冷や汗まみれだ。
うなじの辺りなんか特に大量の汗が噴出しちゃってる。
これ多分黄色い汗だわ、それも粘っこいやつ。
ネコちゃんの瞳孔は開ききりこちらの動きを決して見逃さ無いようにか、瞬き一つしない。
ふふっ相思相愛のようだ。
思わず頬が緩んだ。
目尻も下がり多分生涯で一度もしたことのないようなだらしない顔をしているだろう。
それはそうと、とりあえず慎重に、ゆっくり手を動かしうなじの汗を手のひらで拭い、嗅いでみた。
「くぅっさ! 黄色くて粘っこくてくっさ!」
気になって落ち着かず、拭って嗅いでみたらすごく臭かった。
三日間履き続けた靴下を脱いだ足の指と指の間でも嗅いだのかと勘違いする程の臭さだった。
普段の生活やら食事やらが関係してるのかもしれない。
ふとネコちゃんを見ると少し毛が逆立っている。
耳なんかイカ耳で超萌える。
が、そこはすぐに意識を切り換える。
イカ耳は警戒だとか狩りだとか、戦闘態勢の一種だ。
俺が原因とは考えにくい。
ネコちゃんの大きさに比べたら俺なんかとっても小さな存在だ。
人にとってのアリンコサイズ、とまではいかないだろうが、せいぜいモルモットとかチンチラとか、そんくらいの対比だ。
そんな俺が、ネコちゃんからして驚異を感じる存在に見えてるとは思えない。
それになによりこんなにもオープンマイハートな俺に対してここまでの体勢を取るとは思えない。
…いや? ちょっと待てよ…
「……臭いからかな?」
…まさかモルモットでもチンチラでもなくスカンクなのか? ちょっとおっきくなっちゃうけど。
下手に近づけば死ぬくらいの臭い匂いを撒き散らす、そんなスカンクみたいな立ち位置なのか? 俺は?
「―くそっ!」
確かにうなじ臭かったもんな…引くくらい…
ネコちゃんだから嗅覚すごいだろうし……俺が思う以上に凄まじく臭さかったまである……三日間は控えめすぎたかな? ……き、嫌われたかな?
それは嫌だな……
い、いや! ダメだダメだ! ネガティブな方で考えるな俺! もっと多角的な視点で考えるんだ!
「う〜ん……」
多角的にといっても目の前のネコちゃんはファンタジーそのものだ。
常識に当てはめて考察することがそもそも難しいからして多角的もクソもない。
しばらく頭を捻っているとふと思った。
ファンタジー……そう、このファンタジーな存在は何故このような場所にいるのか、普通に生きていれば夢物語でしかないような存在のネコちゃん。
決して交わることもなくファンタジーがファンタジーのまま、夢物語のまま終わるこの世界の住人の俺の眼前に何故現実となって現れたのか?
答えはすぐに出た。
決まっている。
劇的な何かが降り掛かったのだ、このネコちゃんに。
異常、普通とは違うこと。
俺にとっての今この瞬間の様な。
突然だが俺の趣味は漫画や小説。
自慢じゃないが、同年代じゃ俺程好きな奴はいないと誇っている。
マイナー作品からメジャー作品、女性が好む胸キュンや、聖人男性の好むニャホニャホ系まで何でもござれだ。
大抵の作品は読破している。
つまりは何が言いたいかというと、空想とはいえ、ありとあらゆる起承転結の物語を知っている。
その知識の引き出しを漁り、今のこの状況に合わせてパターン化した場合、可能性として考えられるものの1つはーー
「…切羽詰まって何かから逃げてきた?」
他の可能性も大いにあるが、いかんせんネコちゃんとは庇護下に置かねばならぬほどか弱く、そして愛しく、そして愛しい、いと愛しい存在だ。
まずはその点を踏まえた可能性をマークしなければいけない。
「おれの危険予知力をナメるなよ」
赤は止まれ! 黄色は気をつけて進め!(多分ね)そして青は右左右見て進め! だ。
たとえこの可能性が思い過ごしだったとしてもマークすることに意味があるのだ。
右左右をチェックすることに意味があるのだ。
指差し確認も推奨しておこう。
何も無いとたかを括っていたら、何かあった時悔やんでも悔やみきれないからな。
やらない後悔よりやる後悔。
先程からこちらにその可愛い顔を向け、一向に視線を反らさなかったネコちゃん。
おそらく警戒すべき存在、それがいるとしたら、ネコちゃんのその視線の先、俺の後方だろう。
つまりこの状況における右左右は―
「―そこだっ!」
覚悟を決め勢いづけて後ろに振りむいた、その瞬間―
「―っあ」
一つ補足しておこう。
………右、左、右って結局のところ最後に左から危険が来てたらどうしようもないんじゃないかな? …なんだかな…モヤモヤするわ。
…とはいえ
やらない後悔よりやる後悔、その後悔には、時としてやるんじゃなかった! っていう後悔も含まれるんだということを知っておくべきだった。
…つまりはこの選択に陥った時点でメンタル的に詰みだ。
どっちにしろ後悔する。
もう事故とかそういう類いのものだ。
諦めて開き直るよりほかない。
やらない後悔よりやる後悔? なるほどよくいったものだ。
そりゃあそう言うでしょうね、開き直ってるんだから。
傷口に唾をつけるようなものだ。
こうなれば―
「―…ちょっといつまでウダウダやってんのだ!」
替え玉いかーっすかぁ?