高木真、あなたに惚れました。
「六花ちゃん……」
石神先生から、分譲マンションを探して欲しいと言われた。
先生のためなら、と必死で探した甲斐もあり、いい物件を紹介できたと思う。
先生は病院のナースのためだとは教えてくれたが、ついには紹介されなかった。
ちょっと忘れちゃってたのかな。
石神先生に物件の報告に伺うと、偶然にもそのナースに挨拶された。
「マンションを探して下さってる高木さんですよね。一色六花です、お世話になります」
背中を電流が流れる感覚があった。
高い身長にスラッとした抜群のスタイル。
何よりも、美し過ぎるお顔。
短髪で前髪だけが長く額の半分を覆っている。
「キレイだぁ……」
「はい?」
俺、高木真は、新橋に程近い銀座のクラブにいる。
そこで昼間に会った六花ちゃんのことを思い出していた。
この店は最初、石神先生に連れられ、来た。
ドレス姿のママさんに紹介されたとき、背中を電流が流れる感覚があった。
「キレイだぁ……」
俺は思わず呟き、二人に笑われた。
名刺を差し出すママさんは、
「私のこの名前ね、石神先生が付けて下さったんですよ」
そう話した。
「三島姫子です。今後とも、どうぞ宜しくお願いします」
ママさんは元女優で、石神が名付けてくれた芸名を、そのまま今も使っているらしい。
俺は慌てて自分の名刺を出して渡した。
「た、高木真です。自営で不動産業をやっています!」
「こいつは金だけは持ってるからな。せいぜい搾り出してやれよ」
石神先生は、そんなご冗談を言っていた。
ママさんとは親しいようだが、石神先生なら当たり前だ。
モテモテで困るほどなのは、付き合いの中で分かってる。
「ママさんは石神先生とは親しいんですか?」
「そうねぇ。でも誘っても指一本触れてくれないわ」
「俺なんかはどうですか!」
「うふふ、考えておくわね。じゃあ、お飲み物はドンペリでいいかな?」
「はい!」
今も毎週通っている。
俺は大手不動産会社に勤めた後、自分で不動産屋を立ち上げた。
主に都内の事務所の売買と仲介を扱い、時には大きなビル一棟も扱ったこともある。
不動産屋としては、上々の人間だ。
20代の終わりに、酒好きが祟って胃を悪くし、入院先で石神先生と出会った。
精悍な顔、高身長、引き締まった肉体、それに高い教養と、何よりも侠気のある優しさ。
俺は漢に一目惚れした。
初めての経験だ。
俺は自分をまともな人間と思っていない。
欲深い、卑劣なこともした、いつ死んでも誰も悲しまないような男だと考えていた。
でも、そんな俺に、手術を担当してくれた石神先生が言った。
「酒喰らって死ぬ、というのは全然悪くはないと思うよ」
そう言ってくれた。
そして一つの言葉を教えてくれた。
「正しく立てる者も自由に立ち、堕ちた者も自由に堕ちたのだ《 Freely they stood who stood, and fell who fell. 》」
ジョン・ミルトンの『失楽園』という小説の中の言葉だそうだ。
そして
「でもな、高木さん。男として生まれたからには、一つだけでも「自分はこれをやった」と思えることを持つべきだと思うよ。死ぬ間際に、誰に認められなくても、自分だけは知ってる。そんなことがあれば、人生悪くもなかったと思うぞ」
俺は涙を流した。
子どもの頃以来だった。
全然ダメだと思っていた自分の人生で、どうすればいいのかということを教えてもらった。
ダメな人生は、そうでなくすることができる。
「俺はあなたについて行きます!」
「いや、迷惑です」
俺は、石神のために何でもやろうと誓った。
「まあ、困ったことがあったら言ってくれよ」
退院のときに、石神先生は言ってくれた。
半年後に困った。
おちんちんが痛い。
石神先生に連絡し、すぐに検査してもらった。
「クラミジア性尿道炎です」
性病科の先生に言われた。
俺は風俗が大好きだった。
石神先生からは、ちゃんと防御しながら遊べと怒られた。
「先生、今度一緒に行きませんか?」
「行かねぇよ!」
でも、面白い奴だと言われ、数度一緒に飲みに行ったことはある。
俺は女の子が付く店が大好きだから、最高級の店に誘った。
しかし、石神先生はそういう店を嫌った。
「なんで知らねぇ奴と話をしなきゃならねぇ? 俺はお前と話したいんだ」
感動した。
また半年後に困った。
おちんちんがかゆい。
石神先生に連絡し、検査してもらった。
「性器ヘルペスです」
「お前いい加減にしろ!」
その後、俺に彼女ができた。
自分なんかにもったいないと思ったが、彼女に夢中になった。
そして、何とか説き伏せ、一緒に旅行に行くことになった。
「自分がこんなに幸せなのは、すべて石神先生のお蔭だ」
そう思った俺は、旅行の当日、石神先生にお礼に伺った。
「なんだよ、それでわざわざ来たのか。お前も義理堅い男だなぁ」
第一外科部の部屋で、石神先生はそう言ってくれた。
「自分なんかがここまでやって来れたのは、石神先生の……」
「ところでお前さ、一泊の荷物にしちゃ、やけに鞄がでかくねぇか?」
「いや、そ、そんなことは」
「なんだよ、ちょっと見せてみろよ。荷物はなるべく少ない方が」
そう言いながら、石神先生は俺の鞄のジッパーを開けた。
いきなり羽交い絞めにされた。
「おい一江、鞄の中身を全部出せ!」
「はい!」
机に並べられた。
バイブレーター 大小5本。小は後ろ用です。
ピンクローター 三個。両胸、性核用。テープで貼ります。
ロープ 10メートル。多用途です。
手錠 ソフトゴムが巻いてあって、痕が残りません。
ボールギャグ 喋り方がかわいくなります。
鼻フック 恥ずかしがる顔がみたいです。
浣腸シリンジ 2.5リットル。ガラス製なんでプチプチに包んでます。
いちじく 5個。果物ではありません。
植物性グリセリン 一リットル瓶1本。その後の牛乳や水は現地で。
「げぇー」
一江さんが吐き捨てるように言った。
部内の人たちが、机の数々の品を、信じられない、という目で見ていた。
石神生成だけが、大笑いしていた。
荷物を詰め直した俺に、石神先生は
「まあ、がんばれよ」
と言い、肩を叩いて応援してくれた。
嬉しかった。
その夜、俺の彼女は大急ぎで自分の鞄を持って、浴衣のまま帰ってしまった。




