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星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


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映画鑑賞『十戒』

 家に戻り、子どもたちはいつも通りに勉強を始める。

 みんなリヴィングの大テーブルで、各々に与えられた問題集をしこたまやる。


 最近では、俺が指定したノルマ以上にやっているようだ。

 勉強の面白さ、そして能力向上の基本を掴んだようだ。


 人間は、与えられたものだけ、指定された範囲だけをやっていては腐ってしまう。

 それ以上、即ち「自己犠牲」というものが、真に人間の能力を伸ばし、人生の本当の喜びとなる。

 それが「自由」というものなのだ。

 自分勝手が自由なのではない。



 俺がちょっと疲れたので、夕食は出前とした。

 亜紀ちゃんが中心になり、子どもたちの希望をまとめていく。

 

 「カレーにしたいのですが、いいですか?」

 亜紀ちゃんが俺に聞いてきた。

 基本的に出前は子どもたちに任せているので、俺もそれに合わせることが倣いになっていた。


 「ああ、いいよ。じゃあ俺は……」

 俺の注文を控えて、亜紀ちゃんが注文した。




 夕食後、みんな風呂も済ませて地下へ集合。


 今日は『十戒』だが、まだ字幕が得意でない双子のために、吹き替え音声にする。


 照明を落とすと、いつも子どもたちは興奮する。

 そのうちに、映画館にも連れて行こう。







 「どうだった?」


 「何か壮大すぎて」

 「これは本当にあった話なんですか?」


 「そうだ。キリスト教の人間は、全員この話を信じ、その偉大性を伝えてきたわけだよ」

 亜紀ちゃんと皇紀はうなずく。

 

 「海が割れたよ!」

 ハーが言う。

 「ああ、あれも本当だよ。だから神の力は偉大だったわけだよな」



 「エジプトというのは、当時は世界最高の文明だったんだ。だから、エジプトにいれば、生きるのに苦労はない」

 「でも、イスラエルの人たちは奴隷だったんですよね」

 亜紀ちゃんが聞いてきた。


 「そうだな。だから映画では奴隷から解放するためにモーセが、ということになっている。実は違うんだな」

 「どういうことですか?」


 「映画が作られたのは現代文明だからだよ。あのモーセの出エジプトというのは、実は信仰を喪ってしまうから出た、ということなんだよ」

 「えぇー!」

 

 「あの「奴隷」というのは、実は今の人間たちもそうなんだよ。今の日本は豊かになって、黙ってシステムの中にいれば生きていくことはできる。でも、ちょっと昔の人間を見てみれば分かるよ」


 「例えば、明治の田中正造という政治家だ。あの人は鉱山から流れ出る毒で、下流の人たちがみんな苦しんでいるのを知った。だからなんとかするべきだと主張したんだな」

 みんな俺に注目している。


 「だけど、明治時代というのは「富国強兵」だ。鉱山から出る大量の銅が必要だった。だから田中正造の運動は無視され、さらに投獄されたり、数々の嫌がらせをされた。日本国家からな」

 「……」


 「最後は住んでいた村を強制的に立ち退きを言われ、ボロ小屋に住みボロ布を着ながら死んでいったんだ。皇紀、分かるか?」


 「はい。政府の言うとおりにしていれば、普通に生きられたってことですよね?」

 「その通りだ。でも、その「普通に生きる」ということが、俺がさっき言った「奴隷」ということなんだよ」


 「「「「ああぁー!」」」」


 四人とも分かったようだ。


 「イスラエルの民もそうだったんだよな。奴隷と言っても、そのまま受け入れさえすればちゃんと食べて行ける。服も着れる。でもな、自分たちの神を大事にすることが出来ない。だから出たんだよ」


 「今のように、東京を出て横浜に住む、なんてものじゃない。当時は街の外は何もねぇからな。だけど、イスラエルの民はその荒野を四十年も彷徨ったんだ。大変な苦労だったはずだよ。映画の中ではあまり描かれていないけどな」


 「……」


 「あの、タカさん」

 亜紀ちゃんが手を挙げる。


 「もしかして、豊かになるとダメだってことでしょうか?」

 おずおずと聞いてくる。

 お前ら、さんざんいいものを喰いたい放題だもんなぁ(笑)。


 「そうでもあるし、そうでもない」

 「どういうことでしょうか」


 「前にも何度か話しているように、人間は弱いんだよ。だから、自分が何もしなくて良い思いをしていくと、人間の悪い面ばかりが出るようになる。それが現代だよな」

 「はい、分かります」


 「でもな、日本なら武士階級、西洋なら貴族階級だ。普通の民衆よりずっといい暮らしをしていながら、普通の人間よりずっと高貴だった。だから豊かなことが必ず悪い、ということではないんだよ」

 「ああ、タカさんがまさしくそうでした!」


 俺は笑って答える。

 「俺なんかは全然ダメだけど、要は人間の生き方なんだよな。武士も貴族も、徹底して子どもの頃から高貴な人間になるための教育を受けている。そして、大事なもののために生きて死ぬことを身に付けたんだ」


 「英国にパブリック・スクールというものがある。日本の高校と同じ年代の子どもが通う学校だけど、中流階級以上の家の子どもが通ったんだよな」

 

 「全寮制で、非常に厳しい。エリートたちがそこで鍛えられていくわけだ」

 「はい」


 「で、そのパブリック・スクールの創始者と言われているトーマス・アーノルドが言っているんだよ。それは「学校生活の中でただ一つ得ればよい」って」

 「それは何ですか?」


 「自分が、生涯をかけて命を捧げるもの、なんだよ」

 「「はぁー」」


 亜紀ちゃんと皇紀がため息を漏らす。


 「将来、社会の中心になるエリートたちを育てるにあたって、その一点が求められたんだな。人間は、それがあれば豊かであろうが何であろうが、どうでもいいんだ。まあ、俺は豊かな部類だけどな」

 双子も笑った。


 「映画で、モーセはどうだったよ。もうボロボロで、最後は何も得ないで死んでいくよな。みんな約束の地へ行くのに、自分は行かねぇ」

 「そうですよねぇ」

 亜紀ちゃんが呟く。


 「あれが偉大な人間だ、ということだ。神様に自分を幸せにして欲しいなんて、これっぽちも願わない。感謝し、神の奴隷になって生きるだけだ」

 「あ、奴隷なんですね」

 皇紀が突っ込む。


 「そうだよ。つまり、自分の頭の上に神を置いている、ということだ。人間というのは、常に自分よりも上の存在が必要なんだよ。ワガママ勝手だからなぁ」

 俺は双子のところへ行き、ほっぺたをグリグリしてやる。


 「お前らの上には俺が乗ってやるから、安心して生きろ!」

 みんなが笑った。


 俺は座っている皇紀の方にまたがった。



 「じゃあ、今日はここまでだ。皇紀、俺を担いで上に上れ」

 皇紀は立ち上がった瞬間によろけた。


 「お前もまだまだだなぁ」

 みんな声を挙げて笑った。

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