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星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


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六花の決意

 栞にはきちんと二杯でやめさせ、風呂へ向かわせた。


 俺が寝室に入ると、響子はぐっすりと眠っていた。


 「おい」

 「はい」

 

 「なんでお前がいるんだよ」

 「いえ、自分も響子の番をしていようかと」


 「今日は俺がいるから大丈夫だよ」

 「いえ、自分は響子専任看護師ですから」


 「じゃあ、お前も一緒にベッドに入れ」

 「は、それでは石神先生の淫獣の情欲で蹂躙していただけるのでしょうか」

 「お前の語彙って、ちょっと偏ってるよな」


 「いいから、お前は花岡さんと一緒の部屋で寝ろ」

 「いえ、それだけはご勘弁を」

 「なんでだよ」

 「寝ぼけてバキバキやられると、仕事に障りますので」

 いや、それ死ぬだろ。仕事どこじゃねぇよ。




 「響子が心配か」

 「はい」

 「俺には任せられないか」

 「そういうわけでは、すみません」

 「お前は本当に生き方がヘタくそだよなぁ」

 「すみません」







 俺はソファに座るよう、六花に言った。


 「響子の裸を見たんです」

 六花は唐突に話し出した。

 

 「こんな小さな女の子が、あんな痛々しい傷を負って。でもこいつは懸命に生きようとしてる」

 「自分が死ぬことをこいつはずっと分かってたんですよね? それで誰も、親も医者も助けられないと知っていた」

 「こいつは親と離れて日本まで来て、孤独の中で死神とつらぁつきあわせながら……」


 「最期に、石神先生に命を預けようとした。そうですよね」

 「そうだな」

 「だから、あんな無茶苦茶な、誰だって何十回も死ぬような目に遭っても、こいつは必死で生きようとした」

 「ああ」


 「こいつはスゲェ奴だって思いました。そのお話を聞いて、自分はこいつの専任看護婦になれることを心底喜びました」

 「そうか、ありがとう」


 「でも、実際にこいつの裸を見たとき、自分の考えが全然甘かったことを感じたんです」

 「……」


 「響子が戦ったのは、自分なんかがとてもじゃないけど相手にもならない、そんなものだったんですよ。それこそ、勝つた


めには死ななきゃならないほどの」

 「……」


 「自分の持ってる全部を捧げて、何をどう奪られようと一切構わないっていう、勝っても自分に残ってるもんはなんだって


いうような」

 「お前は響子のことがよく分かってるな」


 「響子は、そんな戦いをしたんですね」




 「みんな、響子が助かったと思っているけど、響子が普通の人間みたいに戻れたわけじゃねぇ。この先も、響子がどれだけ


生きられるか、自由に歩けるようになるのか、子どもが産めるようになるのか、そんなことすら分からねぇ」


 六花は黙って聞いている。


 「今もまだ、響子は必死で戦っている。一月以上経っているのに、まだ傷が癒えない。そのため、しょっちゅう熱を出し、


起き上がれないことも多い」

 「はい」


 「でもな、それは響子の戦いだ。響子だけの痛みなんだ。響子の運命は、響子だけのものだ。響子の苦しみも痛みも、すべ


てが響子自身のものなんだぞ?」





 「六花、お前にだって辛いこと、悲しいことは幾らでもあっただろう。でもな、それはお前だけのものなんだよ。だから他


人が何とかできるものでもねぇ。お前はそれを独りで抱えて一生持ち続けるしかねぇんだ」


 「響子だってそうなんだよ。俺たちはできることをやる。でもな、それだけなんだ」


 「今はなぁ、なんだか知らねぇけど、みんなが助けたい、救いたいって言うよ。まったく頭にくる。誰も助けられないし、


何一つ救うことなんてできねぇんだよ」


 「人間は、そいつが持ってるもので一生生きるしかねぇ。それしかないんだし、それでいいんだよ」

 「幸せになれなくて、それでいいということですか」


 「その通りだ。今はみんな幸せになりたいなんて言う。ふざけんなってなぁ。だからみんなヨワヨワのヨレヨレの、薄汚ぇ


ウンコみたいな連中ばっかりよ。どいつもこいつも自分のことしか考えねぇという、俺に言わせれば人間じゃねぇクズばかり


だ」


 「人間っていうのはなぁ、六花。自分以外の誰かのために生きるもんだよ。でも、その誰かのために、何の力にもなれねぇ


、というな。どこまでも悲しい存在なんだ」

 「自分は石神先生が尻を使いたいとおっしゃるなら、すぐに拡げます!」

 俺は六花の頭をはたいた。


 「分かりました。自分は響子のために、何もできませんが、絶対にやります」

 六花は頭を押さえながら言う。


 「ああ、これからも頼むぞ。俺はお前なら響子を任せられると思った。だからお前に頼んだんだからな」

 「はい。それと、私は石神先生のためにも、すべてを捧げるつもりですから」

 そう言って、六花は着ていたジャージの下を下着ごと降ろし、俺にむき出しの尻を向けた。

 「どうぞ」

 俺はその尻を思い切りはたく。

 思わず大きな音がしたので、二人で響子を見た。

 寝息をたてて、響子は寝ていた。


 段々分かってきた。六花という女は、ジョークのつもりなのだ。

 非常に分かりにくいというか、ジョークになっていないのだが、本人は面白がってもらおうと思ってやるのだ。

 しかし、男性相手に自分の性器と尻の穴を見せるのがジョークだなどと、誰が理解する?

 でも、六花の場合、「やだぁ」と言って軽く彼氏の肩を叩くフリをする仕草と同列なのだ。

 こいつもいい加減、ぶっ飛んだ奴だなぁ。




 


 俺は六花の今後に頭を悩ませながら、彼女を部屋へ帰した。

 六花がちゃんと部屋のドアを開ける音がする。












 「あ、六花ちゃんだー」

 「花岡さん、もどり、え、ちょっ、待って…………ウゴゥッ」

 俺は何も聞こえないフリをした。

読んでくださって、ありがとうございます。

もしも面白かったら、評価をよろしくお願いします。

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