否、忘れるものか!:ニーチェ
洗いものは子どもたちが中心となり、亜紀ちゃんの指揮の下、進んでいく。
俺はその間、響子を風呂に入れようと考えた。
様子を見ていると、そろそろ眠くなってもおかしくない。
この後プレゼントを皆に渡そうと思っているが、響子は明日でもいいだろう。
「響子、お風呂に入ろうか」
「うん」
「あ、じゃあ私が」
六花が立ち上がると、響子が暴れだした。
「いやいや、タカトラじゃなきゃ嫌!」
「おい、そんなことを言っても石神先生は……」
俺は六花を手で制する。
そのまま響子を抱いて、浴室に行った。
栞が少し寂しそうな顔をしていた。
服を脱がせ、洗い場で全身を洗ってやる。
数々の傷痕はまだ生々しい。
きっと時々うずいているに違いない。
膿んではいないが、完全に癒着してもいない。響子の体力が相当に落ちているためだ。
「お前、あんまり六花を困らせるなよな」
「うん、六花は好き。でも傷を見られるのは嫌」
「俺はいいのか?」
「いい。だってタカトラが付けてくれた傷だもん」
俺は響子を抱きしめてやった。
「少しずつ、元気になっていこうな」
「うん」
「焦る必要はまったくねぇ。ゆっくり行こうな」
「うん」
俺は響子の脇をちょっとくすぐってやる。
いやぁ、とクスクス笑う。
「タカトラ、また歌って」
「まかせろ」
俺は「お風呂場ソング100」の中から
『Empty Rooms』ゲイリー・ムーア
『Fly Me To The Moon』バート・ハワード
を歌ってやった。
食べたことで、少し体力を得たのか、響子は消化もきつそうにもなく上機嫌だった。
俺はタオルを湯船に浸し、空気を入れて響子と遊んだ。
「タカトラ、おっきいね!」
「そうだろう、ちょっと触ってみろよ」
「うん、あ、なんかまたおっきくなったみたい」
「そうか、でもあんまり強く触るなよ、ちょっと出ちゃいそうだからなぁ」
「石神せんせぇー! それだけは自分でもぉー!」
突然、六花が入ってきた。
俺は何事かと立ち上がる。
「え?」
湯船に浮かぶタオルの盛り上がりを、六花は確認した。
「あの、それで遊んでたんですか?」
「そうだけど」
「ああ、確かに大きいけど、大きくなってませんね」
「お前、何言ってんの?」
「し、失礼しましたぁ! たいへんにぃー!」
六花はダッシュで出て行った。
「六花、どうしたんだろう」
「さあなあ」
「そろそろ上がるか」
「うん」
響子は寝巻きに着替えて、俺に抱きかかえられてリヴィングへ戻ろうとした。
すると、六花が廊下で土下座している。
俺は笑って、お前も入って来いと言った。
六花はそれに従う。
リヴィングへ戻ると、みんなテーブルでお茶を飲んでいた。
響子はやはり眠くなったようなので、俺は自分のベッドに運ぶ。
横たえると、響子はすぐに眠ってしまった。
「響子ちゃん、大丈夫?」
栞が心配そうに言う。
「ああ、大丈夫だよ。念のため、俺が一緒に今日は寝る」
「うん」
そこへ六花が戻ってきた。まだ髪が濡れたままだ。
俺は首を掴んで浴室へ連れ戻す。
六花を脱衣所の椅子に座らせ、ドライヤーをかけてブラシを入れてやった。
「あの、先ほどは本当にすみませんでした」
「響子が心配で待ってたのか」
「はい。何かあれば駆けつけようと」
「で、どうして入ってきた?」
「あの、「おっきいね」とか「ちょっと触れとか」……」
「ばかやろ」
俺は頭を拳骨で殴る。
「なあ、六花」
「はい」
「お前、なんで響子が風呂を頑強に拒否するのか考えてみたことはあるか?」
「はい、いいえ」
「どっちなんだよ」
「考えはしましたが、さっぱり分かりませんでした。他のことは結構素直に聞いてくれるようになったんですが、お風呂だけは」
「……」
「女同士で恥ずかしいとかも無いと思うんですけど」
「恥ずかしいんだよ」
「は?」
「響子は酷い傷だらけだ。それを誰かに見られたくないんだよ」
「ハッ!」
「響子が見られてもいいと思っているのは俺だけだ。俺が刻んだ傷だからなぁ」
「……」
「とは言っても、毎回俺が入れてやるわけにもいかん。お前がなんとかしろ」
「はい」
「で、どうすんだよ?」
「は、いえ、あの……」
「あのなぁ、前に言っただろう。行き詰ったら誰かに聞けって」
「あ、はい!」
「まったく。いいか、覚えろよ! 風呂場までは引きずってでもいい。そうしたら、まずお前が裸になれ」
「えぇー?」
「お前が見られたくないものを見せろ。そうすれば少しは相手も心を開いてくれる」
「……」
「分かったな」
「はい!」
「ところで石神先生」
「ああ、なんだ」
「オチンチンが……」
「ばかやろー! 忘れろ!」
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