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星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


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雄叫び響く戦いは…だれも、その勝利を讃えず:ディッキンソン

 いよいよやって来た。

 


 俺はすき焼きの鍋に火を入れた。


 先ほどまでの喧騒は嘘のように静まり返っている。


 ポジションは、俺の右に響子。

 そして響子側の辺に六花、栞、亜紀ちゃん。

 俺側の辺にルー、皇紀、ハー。


 長方形のコタツにおいて、この布陣が定番になっている。


 亜紀ちゃんと幼いハーが一番遠いのには理由がある。

 この二人は典型的な「先行」タイプだからだ。


 スタートするやいなや、亜紀ちゃんとハーはすさまじいスピードで煮えた肉をかっさらっていく。

 俺たちはモタモタしていると、三周くらいは葉っぱしか食べれない。


 だから一番遠い場所に座らせ、鍋の安定を図っているのだ。



 ルーは「捲り」タイプで、最後の最後までひたすらに肉を拾う殲滅者だ。



 皇紀は「差し」という感じか。油断していると、中間でみんな思わぬ「肉なし」状態を味わうことが多い。



 

 野菜から投入され、俺が肉を入れるまで、俺と肉を交互に見ていやがる。



 「おい、今日はお客さんがいるんだぞ! お前ら分かってるだろうなぁ!」


 「おす!」「うす!」「へい!」「だから?」



 無駄だった。





 栞が場の空気が変わったことを感じ、オロオロしていた。

 響子は何か楽しそうにしている。大物だよなぁ。



 響子が以前に来た時には、おのおのの皿に盛っていたから、響子も気付かなかっただろう。

 たくさん食べる人たち。

 その程度だったのではないか。


 しかし、野生に返してやると、こいつらは獣の本性を現わす。



 山中、お前に少しはいい服を着ろと言った俺を許してくれ。

 こいつら、ともすれば俺の収入を全部喰っちまうかもしれねぇ。



 実は今日の松坂牛の霜降り20キロで150万円支払っている。

 これでも卸から格安で譲ってもらったのだ。



 今日は20キロもあるんだから、流石に余るだろう。






 と考えていた時期もありました。





 「よし、肉を食べてもいいぞ!」


 俺がそう言った瞬間、ルーとハーが皇紀を後ろへ引っ張り倒した。


 響子が大笑いした。


 亜紀ちゃんは見えないほどのスピードで鍋に箸を入れ、そのままぐるりと捻って一気に大量の肉をかっさらう。


 その箸をハーの箸が叩き落し、半分ほどの肉が鍋に戻る。


 「チッ!」


 亜紀ちゃんは舌打ちをしながら、自分の小鉢に肉を入れ、すぐさま掻き込む。


 ハーは亜紀ちゃんの技を踏襲し、ぐるり戦法で肉を大量ゲット。

 

 ルーは残りの肉を手に入れ、体勢を取り戻した皇紀が最後の肉片を漁る。




 お前らなぁ。




 俺は肉を再度投入し、箸で一部の肉を分けて俺の近くに囲った。


 「いいかお前らぁ! これは姫のための特別境界区だぁ! ここに手を出したら鉄拳!」


 苦々しい顔をして、子どもたちはうなづく。



 「え、なに、なになに?」


 栞がまだ状況を理解できない顔をして言う。


 六花は把握したようだ。


 響子は大笑いしている。




 肉の三分の二が消え、三度目の野菜の投入がされ、ようやく亜紀ちゃんとハーのペースが落ちた。

 まあ、この後も惰性でそれなりに食べるのだが。

 皇紀は余裕があり、ルーはここからの伸びが恐ろしい。


 自分の前に身を乗り出して箸を入れる亜紀ちゃんに驚く栞。


 姉妹のような仲良しが、ただの獣になったのを見て顔が若干引き攣っている。


 六花は子どもたちの箸を左右にさばきながら、見事な喰いっぷりを見せた。


 「いしがみゅしぇんしぇ、きょんなおいしゅいにゃくははじゃめちぇでちゅ」


 多少聞き取りにくい声で、俺に感謝していた。



 小食な響子も、場のエネルギーに活性化したのか、いつもより余程食べた。


 まあ、食べ過ぎても消化にエネルギーや栄養素を使うので、少々心配ではあるが。

 今の響子にとって、下痢は大敵である。一挙に水分と栄養素を流してしまうからだ。



 「石神クン、私ほとんどお肉を食べてないんだけどぉー!」

 

 栞が堪らず叫ぶ。

 

 「まあ、そうなると思って、隠しておいた肉があるから。ちゃんと食べろよ」


 俺は棚に仕舞ってあった肉を取り出して鍋に入れた。

 栞は嬉しそうに手に顎を乗せて待っていた。


 「さっきまでは花岡さんのための肉でしたが」(あ)

 「ここに入れば」(る)

 「みんなのものです」(は)

 「そういうことで」(こ)


 肉は瞬時に四つの箸に持っていかれた。


 「ええぇー、私のおにくぅー」


 血も涙もねぇ。あ、涙はあった。


 栞はマジで涙をこぼした。





 俺はシメのウドンを入れ、栞はそれを美味しそうに食べた。


 響子がウドンを一本、箸に取り、

 「あーん」

 と俺に差し出した。







 みんな、己の戦を終えて、爽やかな顔をしていた。

読んで下さって、ありがとうございます。

もしも面白かったら、評価をよろしくお願いします。

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