ある晩、僕は《美》をひざの上にーーランボー
居酒屋では、既に救急車の手配に入りかけていた。
食器を片付けに来た店員は、羽交い絞めにされている女性を発見し、なんとか引き剥がした。
しかし羽交い絞めにしていた女性はそのまま昏倒し、されていた女性も相当酔っているようで、ろれつが回らない。
店長が呼ばれ、どうしたものかと考えていたところへ、二人から連絡を受けたと言う大柄の男が到着した。
背が高いだけでなく、容貌が輝くように美しい。
男は二人の支払いの他、10万ほどを渡してきた。
皿が二枚ほど割れた程度だったが、迷惑をおかけしたので、という男の言葉に、店長は礼を言って受け取った。
その後、二人を脇に抱え、平然と帰っていく力強い姿に、店長や店員たちは何か神々しいものを見た。
「あ、店長、左の女性がもどしちゃってます!」
「ああ、ちょっとお助けしてきてくれ」
「はい!」
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何とか駐車場まで運んだが、ハマーに入れる手前で俺は悩んでいた。
確実に汚される。
まだ半年も経っていない新車に吐かれるのは非常に嫌だ。
吐瀉物は汚すだけではなく、長い間臭いを残す。
子どもたちを乗せられなくなるじゃねぇか。
ふと、俺は目の前にあるコンビニを見つけた。
「おい、着いたぞ!」
俺は二人に声をかける。当然返事はねぇ。
俺は独りずつシートから降ろし、外へ寝転がす。
亜紀ちゃんが気付いて、家から出て来た。
「タカさん、これって……」
異様な光景に亜紀ちゃんが固まった。
二人は70リットルのゴミ袋をかぶされ、それが首元で粘着テープで縛ってある。
ついでに暴れないように、両手を脇に、胸と腹に粘着テープをグルグル巻きにしてあった。
「ゆ、ゆうかい!」
「違うって!」
俺は短く状況を説明し、この生ゴミが一江と花岡さんであることを話した。
「びっくりしました」
そうだろうなぁ。
「ちょっと二人を家に入れるからな。他の三人はもう寝てるか?」
「はい」
ちょっと安心した。
案の定、ゴミ袋の中には大量のものが吐かれていた。
俺は一人ずつ足を持って持ち上げ、亜紀ちゃんに首のテープを剥がしてもらう。
スカートが捲くられ、パンストと下着が見えてしまうが、どうせ生ゴミだから気にしない。
一江のは気持ち悪い。
汚れたゴミ袋は別な袋へ入れ、厳重に口を縛る。
続いて庭の水場のホースを持ってきて、軽く二人に浴びせ、簡単に汚れをとった。
「つ、つめたいよー」
一江がそう言うので、花岡さんよりも多めに水を浴びせた。
ようやく家の中へ入れられる。
そのまえに全身を再びゴミ袋へ入れ、びしょ濡れの生ゴミを1階のシャワー室へ運んだ。
多少広めに作っておいて良かった。
トレーニング後のための施設だったが、生ゴミ二つを置いても多少の余裕があった。
最初は亜紀ちゃんに脱がせて貰おうかと思ったが、泥酔し動かない成人女性は手に余った。
仕方なく俺が脱がせる。
冷水で、と最初は思ったが、既に12月に入って気温も低い。温水をかけてやる。
亜紀ちゃんが健気に髪と身体を洗ってくれた。
すまないな、ほんと。
一江の貧相な身体は足で転がしながらすぐに終わったが、花岡さんの身体に目が釘付けになる。
俺は亜紀ちゃんに気付かれないように、お湯をかけ続けた。
魔乳か。
貧乳、普通、巨乳。
何段階かを経て、伝説の魔乳へ至る。
魔乳とは、ちっぱい好きな男であっても、その魅了で捕らえ、すべての男を蹂躙するという恐ろしいものだ。
俺はなるべく目を逸らして見ないようにした。
「花岡さんってスゴイですね」
「なにがだー」
思わず漏れた亜紀ちゃんの声に、俺はもう一度花岡女史を見てしまった。
うちには二人に合うサイズの服はない。
仕方が無いので、そのまま裸で寝てもらう。
亜紀ちゃんがなんとか二人の身体を拭い終え、俺は担いで客室ベッドに二人を運んだ。
「なんか荷物みたいですね」
亜紀ちゃんが両脇に裸の女性を抱える俺を見て笑った。
こんな修羅場でも笑顔でいる亜紀ちゃんは大好きです。
客室に転がし、二人で簡単にベッドメイクをして、布団をかけてやる。
「やっと終わったな。亜紀ちゃん、ほんとうにありがとう」
「いえ、お役に立てて良かったです」
俺は部屋の明かりを消し、メモを枕もとのテーブルに置いた。
「絶対に子どもたちが家を出るまで部屋を出るな」
翌朝、俺は子どもたちに言った。
「昨晩、強盗殺人犯を捕まえて、客室にとじこめてある。危険だから絶対に部屋に入るな」
「えぇー、ほんとにぃ!」
「だいじょうぶー?」
「タカさんは、やっぱすげぇや」
「ウフフフ」
子どもたちは朝食を食べ終え、学校へ行った。
俺はコーヒーを飲み終え、気分を整えてから、客室へ向かった。
俺がノックすると、二人は既に起きていて、土下座で俺を迎える。
もう一枚、シーツを取り出したようで、二人はそれぞれ身体に巻いていた。
「「たいへん! 申し訳ありませんでした!」」
声を揃えて謝る二人を見て、俺は大きなため息をつく。
「あのなぁ、病院には二人が会食中に急性食中毒と言ってあるからな。その話で合わせろ」
「はっ、すべては部長の指示通りに!」
俺は一江の頭を踏み潰す。
「お前、俺が女の顔にも平然とパンチを入れる男だって知ってるよなぁ?」
「はい、それはもう見事に、一切の躊躇無く!」
俺はもう一度一江の頭を踏み潰す。
「石神くん、私も本当にごめんなさい!」
俺は花岡さんの頭も踏み潰す。
軽めに。
ゴン、という音が聞こえないので、不審に思った一江が隣を見た。
俺はもう一度一江の頭を踏み潰す。ゴゴン。
「ちょっと待ってろ」
俺はそう言い、二人が着る服を探した。
下着は洗って、既に乾燥してある。
一江には俺のシャツとパンツの裾を上げればいいだろう。
問題は花岡さんだ。
シャツでは、恐らくあの胸は収まらない。
考えた挙句、俺のセーターを貸した。
「あ、これ肌触りがいい」
一江が言った。部屋の外の俺にも聞こえる。
二人の着ていたものは一応洗ってはいるが、あちこちが破れ、ボタンも飛んでいたので、ゴミ袋に入れて返した。
袋を見て、一瞬二人はギョッとするが、何も言わない。
朝食も茶も出さない。
また吐かれたら、冗談じゃねぇ。
俺はハマーを暖気している間、大きなあくびをした。
「石神くん、本当にごめんね。寝不足でしょ?」
ああ、そうだよ。
お前らが寝ている間、一応ずっと容態を見ていたからな。
「まったくですよ」
でも、とても良いものを見せてもらった。
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